本質と存在を分ける――イブン・スィーナーの問い — Epoché
解説 何であるかと、あるかを分ける 本質はそれが何であるか、存在はそれがあるかに関わる。ある道具の設計を理解しても、実際にその道具があるかまでは分からない、という作例で違いを考えられる。 これは説明用の作例。本質と存在は二つの材料でも、時間順の二段階でもない。区別は知り方だけでなく存在の説明にも関わる。 出典1 あるために、他に依存するか それ自体では存在してもしなくてもよいものは、存在するには他の原因を要する、と論じる。他によって存在が定まっても、それ自体では可能、という二つの見方を分ける。 可能は、本人がよく分からず迷っているという意味ではない。原因があるものは、それによって必然とされる。 出典1 原因のない第一原理との違い この区別から、原因を持つものと、それ自体で必然的に存在して原因を要しない第一原理の違いを説明する。 本人の形而上学の見取りであり、定義だけで第一原理の存在が証明されたとはしない。何もかもが原因を持つという一般化でもない。 出典1 同じ対象について、問いを分ける 問い 確かめること 何であるか 本質:どんなものか あるか 存在:実際にあるか 他に依存するか 存在の原因を必要とするか 何であるかを理解するだけで、実在が確定するわけではない。 参考文献 [1] Olga Lizzini「Ibn Sina’s Metaphysics」。 出典