自分で考えるとは何か――啓蒙・公的な理性・平和 — Epoché
解説 自分で考える、公に論じる カントは啓蒙を、他人の指導に頼る未成熟から出て、自分の理性を用いることと考える。公的使用は、学者として読者公衆に論じること。私的使用は、引き受けた職務の役割で理性を用いることをいう。 公的は役所、私的は家庭という意味ではない。同じ人でも、職務と公に論じる役割は区別される。 出典1 批判による改革と、その限界 教義や国家の行為も、公的な議論では批判できる。統治者も誤りうるため、公に理由を述べて是正を促す道を開こうとした。 当時の職務上の服従要求も併存する。また女性などを投票から除外しており、現代の平等な参政権と同じではない。 出典1 平和を、制度の条件から考える 戦争を決める人がその費用や危険を負う共和的な国家なら、開戦に慎重になるとカントは論じる。国家間でも、争いを戦争でなく法に沿って解決する連合などを構想した。 制度だけで必ず平和になるという実証法則ではない。国家連合と、強制力を持つ世界共和国の位置づけには解釈差がある。 出典1 理性の二つの役割 使用 立場 例 公的 読者公衆に論じる学者 職務の教義の問題を論じる 私的 引き受けた職務の担当者 その職務に従って教義を伝える カントの用語の整理。職務上の制約の全てを教材が正当化するものではない。 参考文献 [1] Rauscher, Frederick「Kant’s Social and Political Philosophy」。 出典