0.8 抑揚と疑問、数と時刻 — Epoché
この 課 か でできるようになること 語順 ごじゅん を 変え かえ ずに 文末 ぶんまつ を 上げる あげる だけで 疑問 ぎもん 文 ぶん になることを 知り しり 、ギリシア 語 ご の 疑問 ぎもん 符 ふ を 読める よめる 。 はい・いいえで 答える こたえる 問い とい と、 疑問 ぎもん 詞 し で 始まる はじまる 問い とい の、 抑揚 よくよう の 違い ちがい を 出せる だせる 。 一 いち から 百 ひゃく までの 数 かず と、 時刻 じこく の 言い いい 方 かた を、 聞い きい て 数字 すうじ に 直せる なおせる 。 前提 ぜんてい : 0.7( 子音 しいん の 連なり つらなり と 音節 おんせつ )。 音 おと と 語 ご の 並べ ならべ 方 かた が 済ん すん だので、この 課 か からは 文 ぶん の 音 おと です。 文 ぶん の 音 おと でいちばん 大事 だいじ なのは、 上げ下げ あげさげ です。ギリシア 語 ご の 抑揚 よくよう は、 語順 ごじゅん を 動かし うごかし て 疑問 ぎもん 文 ぶん を 作る つくる 英語 えいご やフランス 語 ご より、 日本 にっぽん 語 ご にずっと 近い ちかい 。 加え くわえ て、 数 すう と 時刻 じこく の 言い いい 方 かた をここで 入れ いれ ます。 文法 ぶんぽう としては 型 かた 編 へん で 扱い あつかい ますが、 耳 みみ が 慣れる なれる には 時間 じかん がかかるので、 聞き取り ききとり の 材料 ざいりょう として 先 さき に 出し だし ておきます。 疑問 ぎもん 文 ぶん は 語順 ごじゅん を 変え かえ ない 「それは 青い あおい 」と「それは 青い あおい ですか」——ギリシア 語 ご では、この 二 ふた つの 文 ぶん の 語 ご は 一 いち 字 じ も 変わり かわり ません 。 変わる かわる のは 文末 ぶんまつ の 上げ あげ 方 かた と、 書く かく ときの 記号 きごう だけです。 文 ぶん 訳 わけ 抑揚 よくよう Είναι μπλε. [1] それは 青い あおい 。 文末 ぶんまつ を 下げる さげる Είναι μπλε; [2] それは 青い あおい ですか。 文末 ぶんまつ を 上げる あげる 。 書く かく ときは 疑問 ぎもん 符 ふ を 付ける つける これは 日本 にっぽん 語 ご の「 元気 げんき です」と「 元気 げんき ですか」を、 語尾 ごび を 変え かえ ずに 声 こえ だけで 区別 くべつ するのと 同じ おなじ 仕組み しくみ です。 英語 えいご のように 主語 しゅご と 動詞 どうし を ひっくり返す ひっくりかえす 必要 ひつよう も、フランス 語 ご のように 疑問 ぎもん の 語 ご を 足す たす 必要 ひつよう もありません。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ は、この 点 てん でヨーロッパの 学習 がくしゅう 者 しゃ より 一 いち 段 だん 楽 らく をしています。 疑問 ぎもん 符 ふ は 0.1 で 触れ ふれ たとおり、ラテン 文字 もじ のセミコロンと 同じ おなじ 形 かたち で 書き かき ます。 読む よむ ときは 問い とい として 読み替え よみかえ てください。 逆 ぎゃく にセミコロンの 役目 やくめ をするのは、 行 ぎょう の 高 たか さの 中ほど なかほど に 打つ うつ 点 てん で、 文 ぶん の 途中 とちゅう で 軽く かるく 切る きる ときに 使い つかい ます。この 二 ふた つを 取り違える とりちがえる と、 平叙 へいじょ 文 ぶん を 疑問 ぎもん 文 ぶん に 読ん よん でしまいます。 二 に 種類 しゅるい の 問い とい 、 二 に 種類 しゅるい の 抑揚 よくよう 問い とい には 二 に 種類 しゅるい あり、 抑揚 よくよう が 違い ちがい ます。 はい・いいえで 答える こたえる 問い とい は、 文末 ぶんまつ をはっきり 上げ あげ ます。 元気 げんき ですかという 問い とい の 最後 さいご の 音節 おんせつ を、 日本 にっぽん 語 ご で 同じ おなじ ことを 言う いう ときと 同じ おなじ ように 上げる あげる 。 上げ幅 あげはば は 日本 にっぽん 語 ご より 大きめ おおきめ で、 最後 さいご の 音節 おんせつ だけを 持ち上げ もちあげ ます。 疑問 ぎもん 詞 し で 始まる はじまる 問い とい は、 逆 ぎゃく に 疑問 ぎもん 詞 し を 高く たかく 言い いい 、 文末 ぶんまつ は 下げ さげ ます 。ここが 日本 にっぽん 語 ご と 違う ちがう ところです。 日本 にっぽん 語 ご の「 何時 いつ に 閉まる しまる の」は 文末 ぶんまつ を 上げ あげ ますが、ギリシア 語 ご で 同じ おなじ ことをすると、 聞き返し ききかえし たような 驚い おどろい た 響き ひびき になります。 疑問 ぎもん 詞 し があれば、それだけで 問い とい だと 分かる わかる ので、 文末 ぶんまつ を 上げる あげる 必要 ひつよう が 無い ない のです。 表 ひょう は 七 なな 行 ぎょう です。 疑問 ぎもん 詞 し 意味 いみ と、 覚え おぼえ ておくこと τι 「 何 なん 」。 一 いち 音節 おんせつ なので 強勢 きょうせい の 印 しるし が 付か つか ない πού 「どこ」。 印 しるし があると 疑問 ぎもん 詞 し 、 無けれ なけれ ば 関係 かんけい 詞 し になる(0.3) πώς 「どのように」。これも 印 しるし の 有無 うむ で 別 べつ の 語 ご になる πότε 「いつ」。 強勢 きょうせい が 後ろ うしろ だと「 決して けっして 」になる(0.3) πόσο 「どれだけ」。 値段 ねだん を 聞く きく ときの 語 ご でもある γιατί 「なぜ」。 答え こたえ の「なぜなら」も 同じ おなじ 語 ご を 使う つかう ποιος 「 誰 だれ 」。 一 いち 音節 おんせつ でピョスと 読む よむ 。 性 せい で 形 かたち が 変わる かわる 最後 さいご の 語 ご は、 頭 あたま の 二 に 字 じ がイの 綴り つづり で、そのイが 次 つぎ の 母音 ぼいん にくっつくので(0.7)、 一 いち 音節 おんせつ です。ポイオスと 三 さん 拍 はく に 割ら わら ないこと。 はい、と、いいえ 答え こたえ の 語 ご は 0.1 で 出し だし ました。 はいを 意味 いみ する 語 ご はネと 読み よみ ます。 英語 えいご の 否定 ひてい の 語 ご や 日本 にっぽん 語 ご の「ね」に 似 に て 聞こえる きこえる ので、 耳 みみ が 慣れる なれる まで 取り違え とりちがえ ます。 声 こえ に 出し だし て 十 じゅう 回 かい 言っ いっ て、 体 からだ に 入れ いれ てください。 身振り みぶり も 一 ひと つだけ。ギリシアでは、 あごを 少し すこし 上げる あげる 動作 どうさ がいいえです。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 首 くび を 横 よこ に 振る ふる いいえとは 違い ちがい 、あごを 上げ あげ て 舌 した を 軽く かるく 鳴らす ならす 。 首 くび を 縦 たて に 振れ ふれ ばはいで、これは 同じ おなじ です。 話 はなし 編 へん の 会話 かいわ で 相手 あいて の 身振り みぶり を 読む よむ ときに 効い きい てきます。 数 すう を 聞き取る ききとる — 一 いち から 十 じゅう 二 に まで 数 すう の 変化 へんか は 形 かたち 編 へん で 扱う あつかう ので、ここでは 聞い きい て 数字 すうじ に 直せる なおせる ことだけを 目指し めざし ます。 次 つぎ の 表 ひょう は 十 じゅう 二 に 行 ぎょう です。 左 ひだり の 数字 すうじ を 見 み ながら、 右 みぎ のギリシア 語 ご を 音声 おんせい で 追っ おっ てください。 数字 すうじ ギリシア 語 ご 1 ένα 2 δύο 3 τρία 4 τέσσερα 5 πέντε 6 έξι 7 εφτά 8 οχτώ 9 εννιά 10 δέκα 11 έντεκα 12 δώδεκα 十 じゅう の 倍数 ばいすう と、その 組み立て くみたて 次 つぎ の 表 ひょう は 七 なな 行 ぎょう です。 同じ おなじ ように、 数字 すうじ を 見 み ながら 音 おと を 追っ おっ てください。 数字 すうじ ギリシア 語 ご 20 είκοσι 30 τριάντα 40 σαράντα 50 πενήντα 60 εξήντα 70 εβδομήντα 100 εκατό 十 じゅう 三 さん から 十 じゅう 九 きゅう までは、 十 じゅう を 表す あらわす 形 かたち に 三 さん から 九 きゅう を 続け つづけ ます。 二十 にじゅう 一 いち 以上 いじょう は、 十 じゅう の 倍数 ばいすう のあとに 一 いち から 九 きゅう を 置く おく だけ。 八十 はちじゅう と 九十 きゅうじゅう も 同じ おなじ 作り つくり です。 十 じゅう の 倍数 ばいすう はンダで 終わる おわる ——この 一 いち 点 てん を 覚え おぼえ ておくと、 四十 よんじゅう から 九十 きゅうじゅう までが 一まとめ ひとまとめ で 聞き取れ ききとれ ます。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 聞き取り ききとり の 罠 わな は 二 ふた つあります。 一 ひと つ 目 め は、 二 に と 十 じゅう 二 に がどちらも 同じ おなじ 子音 しいん で 始まり はじまり 、 十 じゅう と 十 じゅう 二 に の 末尾 まつび が 同じ おなじ ことです。 語頭 ごとう ではなく 音節 おんせつ の 数 かず で 聞き分け ききわけ てください。 二 ふた つ 目 め は、 六 ろく と 六十 ろくじゅう です。 六十 ろくじゅう は 末尾 まつび にンダが 付き つき 、 強勢 きょうせい が 後ろ うしろ へ 移り うつり ます。 時刻 じこく を 聞き取る ききとる 何 なん 時 じ ですかという 問い とい は 0.3 で 出 で ました。 答え こたえ は、である という 動詞 どうし のあとに 数 かず を 置き おき ます。 一時 いちじ だけ 女性 じょせい 形 けい を 使い つかい 、 二 に 時 じ 以降 いこう は 上 うえ の 表 ひょう の 数 かず です。 分 ぶん は「 時 じ と 分 ぶん 」または「 時 じ に 分 ぶん 足り たり ない」の 形 かたち で 言い いい 、 十 じゅう 五 ご 分 ふん と 三十 さんじゅう 分 ふん には 専用 せんよう の 語 ご があります。 表 ひょう は 五行 ごぎょう です。 時刻 じこく 言い いい 方 かた 1 時 じ μία η ώρα 5 時 じ 10 分 ふん πέντε και δέκα 6 時 じ 15 分 ふん έξι και τέταρτο 7 時 じ 30 分 ふん εφτά και μισή 8 時 じ 45 分 ふん εννιά παρά τέταρτο 最後 さいご の 行 ぎょう に 注意 ちゅうい してください。 九 きゅう 時 じ に 十 じゅう 五 ご 分 ふん 足り たり ない、という 言い いい 方 かた で 八 はち 時 じ 四十 よんじゅう 五 ご 分 ふん を 表し あらわし ます。 日本 にっぽん 語 ご に 無い ない 言い いい 方 かた なので、 足り たり ないという 語 ご が 聞こえ きこえ たら、 次 つぎ の 時 とき から 引く ひく と 覚え おぼえ てください。 頻出 ひんしゅつ 文 ぶん で 通す とおす 問い とい は 疑問 ぎもん 詞 し の 有無 うむ で 抑揚 よくよう を 変え かえ 、 数 すう は 音節 おんせつ の 数 かず で 聞き分け ききわけ てください。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Είσαι καλά; [3] 元気 げんき ですか。 はい・いいえの 問い とい 。 文末 ぶんまつ を 上げる あげる Ποιος είσαι; [4] あなたは 誰 だれ ですか。 疑問 ぎもん 詞 し を 高く たかく 、 文末 ぶんまつ を 下げる さげる Ποιος ξέρει; [5] 誰 だれ にも 分から わから ない。 誰 だれ が 知ろう しろう か、という 形 かたち の 言い回し いいまわし Τι ώρα κλείνει; [6] 何 なん 時 じ に 閉まり しまり ますか。 頭 あたま の 疑問 ぎもん 詞 し を 高く たかく 。 文末 ぶんまつ は 上げ あげ ない Γιατί άργησες; [7] なぜ 遅れ おくれ たのですか。 なぜという 語 ご の 後半 こうはん を 高く たかく Είμαι τριάντα. [8] 私 わたくし は 三十 さんじゅう 歳 さい だ。 三十 さんじゅう という 語 ご の 末尾 まつび がンダ。 十 じゅう の 倍数 ばいすう の 印 しるし Κοντεύει έξι. [9] もうすぐ 六 ろく 時 じ だ。 六 ろく は 二 に 音節 おんせつ 。 六十 ろくじゅう なら 末尾 まつび にンダが 付く つく Έχει τρεις αδερφούς. [10] 彼女 かのじょ には 兄弟 きょうだい が 三 さん 人 にん いる。 三 さん という 語 ご は、 数える かぞえる 相手 あいて の 性 せい で 形 かたち が 変わる かわる Έχω πέν