経済と選挙――景気は政権を左右するか — Epoché
制度と行動 政策と政治経済 約 28 分 本文 約 12,500 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 評価・限界・日本の 3 つ 評価 有権者は経済の出来を政府の責任とし、投票で報いたり罰したりする傾向がある(経済投票)。ただし経済だけを見るのではない。 限界 評価は選挙の年の経済や政府と無関係な出来事に引きずられることがある。政権が選挙を見て経済を動かすという逆向きの矢印も論じられてきたが、検証の結論は分かれた。 日本 日本では、経済の評価と内閣支持の結びつきを示す研究と、都道府県の経済が選挙結果に与える影響は限られるとする研究があり、結論はそろっていない。 はじめに 「景気が悪くなると、内閣の支持率が下がる」。ニュースでこう解説されるのを聞いたことがあるかもしれません。暮らしの不安が強いときには有権者が政権に厳しくなる、と感じている人は多いのではないでしょうか。 政治学では、有権者が経済の状態をもとに政権を評価して投票することを、経済投票と呼んで調べてきました。この課程の「投票行動――人は何で投票先を決めるか」の課では、政権のこれまでの実績を振り返って続けさせるか替えるかを決める業績投票を、投票先を決めるものの一つとして見ました。この課は、その評価の材料として最もよく調べられてきた経済に焦点を当てます。 この課の問いは三つです。第一は、経済の状態が本当に選挙の結果や政権の支持と結びついているのか、という問いです。第二は、有権者が経済の何を見て評価しているのか、という問いです。自分の暮らしを見るのか国全体の経済を見るのか、過去の実績を見るのかこれからの見通しを見るのかで、答えは変わりえます。第三は、その評価がどこまで当たっているのか、政府と関係のない出来事に左右されることはないのか、という問いです。 さらに、矢印を逆にした問いもあります。政権の側が、選挙に勝つために景気を動かすことはないのか、という問いです。景気と選挙が同じ時期に動いて見えても、経済が選挙を動かしたのか、選挙が経済を動かしたのかは、すぐには分かりません。 この問いは、民主制のしくみとも深く関わります。経済の出来を政府の責任とみなし、投票で政府に報いたり罰したりする有権者は、研究では「経済的な有権者」と呼ばれます [1] 。ヒーリーとマルホトラによれば、業績評価で投票する有権者は、公職者に公共の福祉を高めさせる誘因を、ときに効果的に与えますが、いつもではありません [4] 。業績評価投票の研究を展望したヒーリーとマルホトラは、それが有効な民主的説明責任を実現する条件と、失敗する条件を理解することを、今後の研究の重要な課題に挙げました [4] 。 日本についても、内閣支持や選挙の結果と経済の関係を調べた研究がありますが、結論は一つにそろってはいません。たとえば 2009 年の総選挙では政権交代が起きました [13] 。この年の完全失業率は 5.1% で、前の年の 4.0% より上がっていました [15] 。では、景気の悪化が政権を替えたと言ってよいのでしょうか。資料では、総務省統計局の完全失業率の推移を読み、グラフから言えることと言えないことを分けてみます。 この課の問い 景気が良いと政権は続き、悪いと替わるのでしょうか。有権者は経済の何を見て、どこまで当たる形で政権を評価しているのでしょうか。 この課のことば 経済投票 経済の状態を政府の責任とみなし、その出来しだいで政権の側に投票したり、しなかったりすること。「景気が悪いから与党には入れない」がその例です。 業績評価投票 政府のこれまでの実績を振り返って評価し、それをもとに投票すること。回顧的投票とも呼ばれます。 社会志向の経済評価 自分の家計ではなく、国全体の経済の状態についての評価。「日本の景気は悪くなった」という見方です。 個人志向の経済評価 自分や家族の暮らし向きについての評価。「うちの家計は苦しくなった」という見方です。 政治的景気循環 政権が選挙に合わせて景気を動かすことで、景気の波が選挙の周期と重なる、という考え方です。 完全失業率 仕事がなく、すぐに働くことができ、仕事を探している人が、働き手全体(労働力人口)に占める割合です。 経済と選挙――有権者は景気で政権を裁くのか この章では、経済投票の研究を四つの段で見ていきます。第 1 節で経済投票という見方とその証拠を、第 2 節で有権者が経済の何を見て評価するのかを見ます。第 3 節ではその評価の限界と、政権の側から経済を動かすという逆向きの矢印を、第 4 節では日本の研究を取り上げます。 景気がよければ政権は続くか――経済投票という見方 経済と選挙の関係を広く調べた展望論文で、ルイス=ベックとステグマイヤーは、経済の状況が世界の民主制の選挙結果を形づくると述べました [1] 。好況は政党を政権にとどめ、不況は政権から追い出す、という傾向です [1] 。二人はこの命題を頑健だと評価し、その根拠として、展望した膨大な研究を挙げています [1] 。ここで「頑健」とは、調べる国やデータを変えても同じ結論がくり返し出る、という意味の言葉です。 では、国全体の数の上で見られるこの傾向は、一人ひとりの有権者のどんな行動から生まれるのでしょうか。二人の整理では、マクロの水準(国全体の集計)の強い知見の土台には「経済的な有権者」がいます [1] 。経済の出来を政府の責任とみなし、投票で政府に報いたり罰したりする有権者です [1] 。ただし、有権者は経済の争点だけを見るわけではありません [1] 。二人によれば、有権者はたいてい経済をほかのどの争点より重く量り、それはどの民主制で投票する人でも見られる傾向だとされます [1] 。 この見方を早くに統計で確かめた研究の一つが、クレイマーの 1971 年の論文です。クレイマーは、1896〜1964 年の米国の下院選挙の得票の揺れを、いくつかの単純な統計モデルで説明しようとしました [2] 。モデルの前提は、有権者は少なくとも限られた意味で合理的で、政権党に投票するかを、その実績が何らかの単純な基準で「満足」かどうかで決める、というものです [2] 。データの限界のため、分析は経済の実績に絞られ、外交などほかの実績は偶然の揺れとして扱われました [2] 。その結果、モデルは得票の系列の分散(揺れの大きさ)の 3 分の 2 近くを説明しました [2] 。この研究の期間とモデルでは、主な経済の変数は一人当たりの実質所得の変化で、失業やインフレには独立の効果がほとんど見られませんでした [2] 。どの経済の数が効くのかは、研究によって違いうる点に注意しておきましょう。 キンダーとキーウィットは 1981 年の論文の冒頭で、米国についてのそれまでの証拠を次のようにまとめています。米国の選挙は国の経済の活力にかなり左右され、好況は政権党の下院候補に、不況は野党の候補に有利に働く、というまとめです [3] 。ここでいう政権党は、選挙の時点で大統領の職を握る党です [3] 。短期の経済の揺れは、大統領選での選択や、任期中の大統領の支持の水準にも影響するように見える、とも述べています [3] 。 景気の変化 所得・失業・物価などが動く 有権者の評価 暮らしや国の経済を見て、 政府の実績を評価する 投票と内閣支持 評価が選挙の票や世論調査の 支持に表れる 続投か交代か 政権が続くか、替わるかが 決まる 選挙を 見て 政権が 経済を 動かす 図 1 経済投票の流れ(ルイス=ベックとステグマイヤー、ヒーリーとマルホトラの見方を本教材がまとめた)。各段の結びつきの強さは研究によって違う。 図 1 は、この節の見方を本教材が一つの流れにまとめたものです。景気が変わると、有権者は政権の実績を評価し、その評価が投票や内閣支持に表れ、政権が続くか替わるかが決まります。ヒーリーとマルホトラは、市民が政府の実績についての自分の認識を評価し、それにもとづいて行動することを、業績評価投票として研究の対象にしています [4] 。本教材の整理として言えば、経済投票のうち、過去の経済の出来を振り返って政権を評価する形は、業績評価投票の一つと見ることができます。ただし第 2 節で見るように、これからの経済の見通しで選ぶ展望の形の経済投票もあり、経済投票のすべてが業績評価投票というわけではありません。 この見方は、民主制の理論とも結びつきます。SEP(スタンフォード哲学百科事典)の「民主主義」の項目によれば、シュンペーターの見方でも、市民には深刻な災いを避ける役割があります [7] 。政治家がほとんど誰にでも問題だと分かる行動をとったとき、市民は彼らを追い出せる、というのです [7] 。シュンペーターにとって選挙は、たいてい、支配する者を保つか替えるかの、かなり平和な方法にすぎません [7] 。本教材の整理として言えば、暮らしに響く経済の悪化は、多くの人の目に入りやすい問題の一つです。 本教材の作例で考えてみます。ある年、勤め先の残業が減り、家計が苦しくなった人がいるとします。その人が「この内閣のもとで暮らしが悪くなった」と感じ、次の選挙で与党の候補に投票しなかったなら、それは経済投票の一つの形です。ただし、同じ人が外交の評価や候補者の人柄で投票先を決めることもあります。経済投票は、投票を決めるいくつもの材料のうちの一つとして考えます。 ここで間違えやすい 「経済投票」は、有権者が経済だけを見て投票するという意味ではありません。ルイス=ベックとステグマイヤーも、有権者は経済の争点だけを見るわけではないと断ったうえで、たいてい経済をほかの争点より重く量る、と述べています [1] 。外交の評価が投票にはっきり表れた日本の例は、第 4 節で見ます。 何を見て裁くのか――自分の暮らしか、国の経済か 有権者が経済で政権を評価するとしても、その「経済」とは何でしょうか。キンダーとキーウィットは、まさにこの点を問いました。市民は政権党が成功したか失敗したかをどうやって知り、政治の評価でどんな経済の証拠を量っているのか、という問いです [3] 。 二人は、個人の市民について二つの対照的な描き方を比べることを論文の目的にしました [3] 。一つは、市民自身の経済の苦境、つまり自分の暮らし向きの政治的な意味を強調する見方です [3] 。もう一つは、国の経済の状態についての市民の評価を重く見る見方です [3] 。前者を個人志向の経済評価、後者を社会志向の経済評価と呼びます。論文の題「社会志向の政治――米国の場合」にも、後者の語が使われています [3] 。 本教材の作例で違いを確かめます。残業が減って家計が苦しくなった人が、そのことで政権を評価するなら、個人志向の評価です。自分の家計は変わらないのに、「国の景気は悪い」と報道で知って政権を評価するなら、社会志向の評価です。二つは同時に当てはまることもあります。失業した人が、国全体の失業率の上昇も知っている場合です。 この表で分かること: 評価の対象と時間の向きで、経済の評価は四つの型に分けられる 評価の型 何を見るか 有権者の問いの例 個人志向・回顧 自分の暮らしのこれまで うちの家計は良くなったか 社会志向・回顧 国の経済のこれまで 日本の景気は良くなったか 個人志向・展望 自分の暮らしのこれから この党で家計は楽になるか 社会志向・展望 国の経済のこれから この党で景気は良くなるか 表 1 経済の評価の四つの型(キンダーとキーウィットの二つの見方に、時間の向きを加えた本教材の整理) 表 1 は、評価の対象(自分の暮らしか国の経済か)に、時間の向き(過去を振り返るか、将来を見通すか)を加えて、本教材が整理したものです。過去の実績を振り返る評価を業績評価(回顧)、これからの政権への期待を展望と呼んで分けます。この区別は、第 4 節で日本の 2009 年の総選挙を読むときに使います。 振り返るとしても、どれだけの期間を振り返るのか、という問題も残ります。ヒーリーとレンツによれば、多くの研究が、米国の大統領選挙の結果には、任期全体の累積の成長よりも、選挙の年の経済のほうがはるかに強く影響することを示してきました [5] 。二人は一連の調査と実験から、この偏りに、政治学の標準の説明とは逆の説明を与えます [5] 。有権者は実際には、任期全体の成長で大統領を判断するつもりでいます [5] 。しかしその情報は手に入りにくいので、手に入りやすい選挙の年の出来を、意図せず代わりに使うというのです [5] 。 二人はこれを、人が振り返りの評価を、終わりの状態で全体を置き換えて単純にする、という一般の傾向の表れとみます [5] 。実験で、人々が求めている累積の成長の情報を示すと、選挙の年への偏りは消えました [5] 。本教材の整理として言えば、評価の偏りは、何を重く見るつもりかという意図だけでなく、どんな情報が手元にあるかによっても生じうる、ということになります。 日本の有権者についても、社会志向の評価を確かめた研究があります。大村華子によれば、経済投票の研究では、社会志向の経済評価と政治的な支持の間の内生性が指摘されてきました [11] 。内生性とは、ここでは、経済の評価が支持を生むのか、もともとの支持が経済の見方を左右するのかを分けにくいことです。その指摘から、経済評価の効果は実際には限られているとする「経済投票修正主義」の知見も示されてきました [11] 。大村は、調査の中の実験で外から与えた雇用の予測値を使ってこの問題に対処し [11] 、内閣への支持には社会志向の経済評価が政党支持よりも影響を与えていると示しました [11] 。 ここで間違えやすい 「自分の暮らしが良い人ほど与党に投票する」とは限りません。キンダーとキーウィットが比べたように、人々が量るのは自分の家計ではなく国の経済の状態だ、という見方もあるからです [3] 。家計が苦しくない人でも、国の経済が悪いと見れば、政権に厳しくなりえます。 裁きはどこまで当たるか――読み違いと、逆向きの矢印 有権者の評価は、どこまで当たっているのでしょうか。業績評価投票の研究を展望したヒーリーとマルホトラによれば、最近の研究は、有権者が公職者に公共の福祉を高めさせる誘因を、ときに効果的に与えるが、いつもではない、と描きます [4] 。多く