美しいという判断は何を求めるか――判断力への入口 — Epoché
解説 美しいと、欲しいは同じか カントは、美の判断を快の感情に基づくと考える。ただし、その物を手に入れたい、役立てたいという欲望に依存しない快である。これを無関心の快という。 無関心とは、注意を向けないことではない。おいしいという快適さや、道徳的に善いという評価とも区別する。 出典1 同意を求めるが、証明ではない 美しいと言うとき、私が好きだと述べる以上に、他人もそう判断すべきだと求める。しかし、決まった概念や規則で美しさを証明し、同意を強制できるわけではない。 全員が実際に同意したという人数の報告ではない。感情に基づく判断なのに、なぜ他者の同意を求められるかが問題となる。 出典1 用途でなく、自由な調和 合目的性とは、適っているようなまとまり。美では、特定の用途を先に定めなくてもそれを感じる、と説明する。カントは、想像力と悟性が特定の概念に縛られず自由に調和する働きに、その快を求めた。 これはカントの説明である。共通する認識の働きから美の判断の同意要求を正当化できるか、その論証には異論と解釈差がある。 出典1 三つの判断を区別する 判断 根拠 同意の求め方 快適だ 自分にとっての好ましさ 他人も好きであるべきとはしない 美しい 欲望に依存しない快 同意を求めるが規則で証明しない 善い 何が善いかという概念 概念に基づく妥当性を求める カントの区別の整理。多数派の好みを美の証明にはしない。 参考文献 [1] Ginsborg, Hannah「Kant’s Aesthetics and Teleology」。 出典