11.92 王勃 滕王閣序 — 落霞は孤鶩と齊しく飛び、秋水は長天と共に一色なり — Epoché
この篇でできるようになること 土地と人、秋の景、身の上、結びへの移り目を句で示せます。 夕焼けと秋の水を描く対句で、対応する語を結べます。 人名が呼び起こす不遇の例と、そこから励ましへ進む流れを説明できます。 前提 :11.91「司馬遷 報任少卿書」。古人の例から自分の仕事へ進む手紙の後、王勃が宴の景から自分の身の上へ移る文章を読みます。 土地の紹介から、宴の人々へ 滕王閣は南昌の楼閣です。 滕 は Téng と読みます。王勃が宴の席で書いたと伝えられる序です。生年や書かれた年には説が分かれています。 冒頭は 南昌故郡、洪都新府 です。古い郡と新しい府を並べ、空の星の区域、地上の山、川と湖、周囲の地方へと位置を示します。南昌故郡は、本によって 豫章故郡 と書かれます。 遠くから近くへ絞る地図のように読めます。続いて産物と人物をたたえ、閻公、宇文新州、孟學士、王將軍へ移ります。土地だけでなく、ここに集まる人々のよさを重ねる書き出しです。 自分が居合わせた事情も、先に置く 家君作宰、路出名區 は、父が地方の長官となり、その道すがらこの土地を通ったという事情です。後半で王勃が名を述べる前にも、すでに自分のことは出ています。 童子何知、躬逢勝餞 は、若輩に何が分かろう、と低く言いながら、すばらしい宴に居合わせたと続けます。名を述べるのは後半ですが、自分のことはここですでに語り始めています。 対句が、目の動きを作る 駢文は、四字や六字の句を対にして重ねる文体です。ただし、全ての句が四字か六字になるわけではありません。よく知られる夕景の対は、それぞれ七字です。字数だけでなく、上下で同じ役目を持つ語を見ます。 層巒聳翠、上出重霄 では山が上へそびえ、 飛閣流丹、下臨無地 では朱の楼閣から下を見下ろします。上と下が対になり、視線の向きも変わります。 披繡闥、俯雕甍 は、戸を開き、彫りのある屋根を見下ろす順です。 甍 は méng と読みます。対句を単語の飾りとして見るだけでなく、どこから何を見るのかを追います。 水が澄み、暮れの山に色がつく 時維九月、序屬三秋 で時を秋の終わりへ定めます。 潦水 の潦は lǎo、たまり水です。水が引き、冷たい淵が澄むことと、もやの光が凝り、夕暮れの山が紫になることを対にします。 水と光、淵と山、澄むことと紫の色が対応します。同じ形を使いながら、片方では水辺、もう片方では山を描くので、目に入る景色の範囲が広がります。 夕焼けと水に、動きと色を重ねる 落霞與孤鶩齊飛 では夕焼けの雲と一羽の鴨がともに飛びます。 秋水共長天一色 では秋の水と遠い空が一つの色になります。 鶩 は wù と読みます。 落霞と秋水、孤鶩と長天、齊飛と一色を向かい合わせます。上の句は二つのものの動き、下の句は二つのものが一色になる状態です。動と静、二つと一つという重なりを、十四字の中に読めます。 続く漁舟の歌と雁の声は、景に音と遠さを加えます。目で見るだけだった秋が、川岸へ広がる響きと寒さに驚く声を含む場面になります。 楽しみが満ちた所で、身の上へ移る 四美具、二難并 は、四つのよさと、そろいにくい二つがそろったことです。四つは良辰・美景・賞心・樂事、二つは賢い主人・よい客です。この 難 は得がたい、そろいにくいという意味で、宴に起きた災難のことではありません。 次の 天高地迥、覺宇宙之無窮 から、広い景を見て自分の位置を考え始めます。 迥 は jiǒng、はるか、という意味です。 興盡悲來 で楽しみが尽きて悲しみが来ると述べ、身の上へ移ります。 道を失った人を誰が悲しむのか、召されるのはいつか、と問いが続きます。後の嗚呼は、この移りを受けて不遇の段を区切る感嘆です。景から身の上への切り替えは、嗚呼より前の 興盡悲來 ですでに始まっています。 人名に、不遇の話を込める 馮唐易老、李廣難封 は、この二人の境遇を呼び起こします。馮唐は用いられる時には老いており、李廣は功績を持ちながら侯に封じられませんでした。故事を短く呼ぶ用典です。 賈誼と梁鴻の例が続きます。 非無聖主 、 豈乏明時 は、聖主がいなかったわけでも、明るい時代がなかったわけでもない(それでも退けられた)、という句です。世を責め切らず、次の励ましへ進みます。 命途多舛 の舛は chuǎn、食い違いやつまずきです。人名が多い所では、一生の全てを覚えようとするより、この場では何の例として呼ばれたのかを確かめます。 字の違いを残し、励ましを読む この原文の引用は 老當益壯、寧知白首之心 です。広く引かれる本文では 寧移白首之心 とあり、年老いても志を移さない意です。その読みでは、寧はどうして変えようかという反語、移は変える意味になります。底本の 寧知 でも、 寧 は「どうして…しようか」という反語です。 寧知白首之心 は、白髪の年寄りの心などどうして知ろうか(老いを気にかけない)、という意味になります。本によって字が違います。 続く 窮且益堅、不墜青雲之志 では、行き詰まってもさらに堅く、高い志を落とさないと述べます。朝は過ぎても夕暮れは遅くないという対も、自分を励ます方向へ働きます。 孟嘗高潔 の孟嘗は後漢の人です。戦国の孟嘗君ではありません。 空懷報國之心 と合わせ、国に報いる思いを抱きながら用いられなかった例として読みます。 自分を低く名のり、知る人との出会いを喜ぶ 勃、三尺微命、一介書生 で、自分の名を述べます。取るに足りない身、一人の書生だと低く構え、終軍や宗慤の志に話を結びます。 慤 は què と読みます。 謝家の宝の木、孟氏のよい隣、孔鯉が父に受けた教えなどの故事が続きます。 非謝家之寶樹 で、自分は謝家の宝樹ではないと低く言い、よい人々の近くにいる喜びを述べます。 楊意不逢 は、楊意のような推す人に会えず、自分の文章を撫でて惜しむばかりだ、という今の境遇です。一方、鍾期に会えた今は曲を奏でることを恥じない、と結びます。ここでは自分を理解する人との出会いを喜び、宴の相手へ言葉を向けています。 人の宴が過ぎ、川が流れ続ける 勝地不常、盛筵難再 で、美しい場所や盛んな宴もいつまでも続かないと述べ、結びへ移ります。蘭亭は過ぎ、梓澤は丘の跡になったという用典も、この流れを支えます。 最後は一行七字の八行の詩です。楼閣と歌舞、朝の雲と夕暮れの雨、時の移りを描き、 閣中帝子今何在 と問います。何で場所を尋ねる形は 型編 3課 の疑問詞の問いと比べられます。肯定と否定を並べる反復疑問ではありません。 終わりの 檻外長江空自流 では、人の姿を探す問いに、流れる川の景が続きます。宴も人も過ぎる一方、川は流れるという余韻を、静かに読み終えます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 潦 名詞 たまり水 水の状態を示す 潦水盡而寒潭清 たまり水が引いて冷たい淵が澄む 鶩 名詞 鴨 鳥の名 落霞與孤鶩齊飛 夕焼けの雲と一羽の鴨がともに飛ぶ 迥 形容詞 はるかである 空間の広がり 天高地迥 天は高く地ははるか 舛 形容詞 食い違う、つまずきが多い 身の上について使う 命途多舛 生涯の道にはつまずきが多い 竄 動詞 追いやる ここでは人を遠くへ移す 竄梁鴻於海曲 梁鴻を海辺へ追いやる 甍 名詞 屋根の棟 建物の上部 俯雕甍 彫りのある屋根を見下ろす 舸 名詞 大きな舟 舟の形を表す語 舸艦迷津 大きな舟が渡し場を埋める 盛筵 名詞 盛大な宴 筵は宴席 盛筵難再 盛大な宴は再び開きにくい 練習 夕焼けと秋の水の対、たまり水と暮れの山の対で、対応する語を結んでください。 この課の原文の字を補って書いてください。 落霞_孤鶩齊飛、秋水_長天一色 この課の原文の字を補って書いてください。 馮唐易_、李廣難_ この課の原文の字を補って書いてください。 老當益壯、_知白首之心 この課の原文の字を補って書いてください。 閣中帝子今_在 落霞與孤鶩齊飛、秋水共長天一色 を、二つの景が分かる現代語の二文に直してください。 閣中帝子今何在 と 檻外長江空自流 を、問いと景の関係を保つ現代語にしてください。 楼上の景から想像した場面を、 宁静 ・ 诗人 ・ 独自 ・ 激动 を全て使い、短い現代語の三文で書いてください。 景から身の上へ移る所と、結びへ移る所を示し、それぞれ何が変わるかを二文で書いてください。 馮唐易老、李廣難封 の二人は、何の例として呼ばれていますか。また、 老當益壯、寧知白首之心 の 寧 はどんな働きですか。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 落霞與孤鶩齊飛、秋水共長天一色。 夕景の二句を、ゆっくり同じ長さで読んでください。上の句と下の句の間を軽く切ります。 この篇のまとめ 土地と人、秋の景、不遇と励まし、自分の名のり、結びの詩へ進みました。上下の句で語の役目をそろえ、景の動きと人の思いを対から読みました。 次の篇へ 次の11.93は屈原 離騷です。香草を身につけて王に尽くし、退けられても自分の善しとすることを守る声を、詩の本文で読みます。 答え 落霞 と 秋水 、 孤鶩 と 長天 、 齊飛 と 一色 です。もう一組は 潦水 と 煙光 、 盡 と 凝 、 寒潭 と 暮山 、 清 と 紫 です。 落霞與孤鶩齊飛、秋水共長天一色 馮唐易老、李廣難封 老當益壯、寧知白首之心 閣中帝子今何在 晚霞和一只野鸭一起飞着。 秋水和远处的天空一个颜色。 阁中的王子如今在哪里? 栏外的长江独自流淌。 楼上的景色很宁静。 诗人独自在窗前。 晚霞很美,他很激动。 天高地迥 から 興盡悲來 へ進む所で、楽しむ景から不遇な自分の身の上へ移ります。 勝地不常、盛筵難再 では、自分の志や出会いから、宴が過ぎることを惜しむ結びへ移ります。 二人とも、力がありながら時に恵まれず、用いられなかった人の例です。馮唐は用いられる時には老いており、李廣は功があっても侯に封じられませんでした。 寧 は「どうして…しようか」と問い返す反語の働きで、そうはしない、と強く言います。 参考文献 王勃『滕王閣序』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷7