11.88 史記 刺客列傳 荊軻 — 圖窮まりて匕首見はる — Epoché
この篇でできるようになること 準備、出発、易水、宮殿、最後の言葉、燕の結末を句でたどれます。 あらわれる意味の字と、後ろから人を説明する形を読み分けられます。 秦王が剣を抜けなかった事情と、荊軻自身が述べる失敗の理由を説明できます。 前提 :11.87「史記 廉頗藺相如列傳 負荊請罪」。行動の理由を本人の言葉から読んだ後、刺客列傳の荊軻へ進みます。 道具を先に描いて、人物を送る 抄文は太子丹が匕首を求める場面から始まります。 徐夫人 は男性の人名で、ある人の妻を呼んだものではありません。 本文は試した者について 人無不立死者 と述べ、たちどころに死なない者はいなかった、と例外をなくします。 無不 の二重否定を読み、まず道具の強さを示す段だと捉えます。 焼き入れの字は原文では 焠 で、淬とも書き、cuì と読みます。ここでは歴史物語に書かれた準備の位置を読みます。次には秦舞陽が副役として置かれ、荊軻は一緒に行く客を待っています。 急がせる太子に、怒る 出発が遅いと思った太子は、気が変わったのではないかと疑います。 荊卿豈有意哉 の 豈 は、もしや、という婉曲な問いにも、責める反語にも読まれます。ここでは、気が変わったのではという疑いを含む「その気がおありなのですか」という問いとして読みます。 前にある太子の疑いと、後の荊軻の怒りを一緒に読み、問いの声を考えます。 荊軻は 往而不返者,豎子也 と、ただ行って帰らない者はこわっぱだと言います。自分は客を待っているのだ、と説明して出発します。死ぬこと自体を達成とせず、何を果たして戻るかを問題にする言葉です。これは最後に本人が語るねらいと対応します。 白い衣冠と、二つの音 事情を知る見送りの人々は、白い衣冠を着けます。易水で髙漸離が 筑 を打ち、荊軻が歌います。楽器の読みは zhù です。 初めの 變徵 は biàn zhǐ と読み、悲しい調子を作ります。人々は涙を流します。続く羽の声では、目をいからせ、髪が逆立ちます。色と音、その音に応じる体の動きで、別れの様子が描かれます。 風蕭蕭兮易水寒 は七字、 壯士一去兮不復還 は八字です。前の句は項羽の歌と同じ三字・ 兮 ・三字、後の句は四字・ 兮 ・三字です。 終已不顧 で、最後まで振り返らず去る姿を置き、見送りを閉じます。 誰が見送り、誰が殿上にいるか 太子及賓客知其事者 は、事情を知る太子と賓客たちを示します。人を述べた後ろに説明を置き、 者 で受ける形に注目します。 群臣侍殿上者 は、殿上に侍る群臣という一つの名詞のまとまりです。群臣と、それとは別に殿上にいる者、という二組に分けません。 このように、後ろから名詞を説明する形があります(定語後置)。現代語では 型編 4課 の 的 を使い、説明を名詞の前へ出せます。誰のうち、どのような人を指すかを保ちます。 地図の最後で、姿を現す 秦に着くと、荊軻は蒙嘉に贈り物をし、取り次いでもらいます。秦王は喜んで燕の使者に会います。進んだ秦舞陽が震えると、荊軻は天子に会った経験がないためだと説明します。 未嘗見天子 は、これまで会ったことがないという経験の否定です。 型編 14課 の 过 を使う現代語へ直す時も、今見えていないという意味に変えません。 圖窮而匕首見 の 見 は xiàn、あらわれるという意味で、 現 に通じます。主語は匕首です。誰かが匕首を見た、と見る人を主語にする訳ではありません。 地図を広げ終えた時に隠れたものが現れるため、準備と謁見までの話がこの瞬間へ集まります。この句は、物事の本当の姿が最後に現れることを言う成語にもなっています。 短い句で、動きを追う 左手把秦王之袖 の 把 は、袖をつかむという動詞です。現代語の 型編 24課 の形と同じ役目として、目的語を前へ出す印にしません。この場面では左手が何をするかを述べています。 まだ体に届かず、秦王が身を引き、袖が切れます。次は剣を抜こうとして、剣が長く、さやをつかんでいることが書かれます。 時惶急,劍堅 も続き、慌てたうえに抜きにくい状態だと説明します。 劍長 や 劍堅 は名詞の後ろに様子を置く短い文です。 型編 6課 の形容詞述語文と比べられます。短い句が次々に切り替わるため、誰の動作かを取り違えずに読み進めます。 群臣がすぐ救えない事情 秦王は柱を巡って逃げます。群臣は驚きますが、殿上では武器を持てない法があります。武器を持つ警護官は殿の下にいて、召されなければ上がれません。急な時に呼ぶ暇もありません。 無以擊軻 は、荊軻を撃つ手だてがないという形です。この場面では、群臣に力が全くないという意味よりも、使える武器や機会がない事情へ結びます。 その中で侍医の夏無且が薬袋を投げつけます。 提 はここでは dǐ、投げつける意味です。秦王は周りの言葉で剣を背へ回し、ようやく抜きます。誰が助け、何が使われたかを、前の制約と対にして読みます。 当たらなかった、という結果 荊軻は動けなくなると匕首を投げますが、 不中,中桐柱 と、王には当たらず桐の柱に当たります。文言では 中 (zhòng)だけで当たる動作を述べています。 現代語では 型編 17課 の結果補語で 打中 とできます。動作をしたことと、ねらった相手に当たったことを分け、否定をどこに置くか確かめます。最初に描いた道具の強さだけでは、ねらいは果たせません。 荊軻は 倚柱而笑 、柱に寄りかかって笑い、 箕踞 して語ります。箕のように足を投げ出して座る姿で、jī jù と読みます。敗れた後も、その姿と声を描いてから最後の言葉を置きます。 本人の理由と、その後の記録 荊軻は、生きたまま秦王を脅し、必ず約束の証文を得て太子へ報告しようとしたから、事が成らなかったと述べます。出発前の、ただ行って帰らぬ者はこわっぱだという言葉と合わせると、本人が何を成功と考えたかが見えます。 これは失敗した本人による説明です。語りが最後に本人の理由を聞かせる形だと捉えます。 最後は秦が燕を攻める経過です。 十月而拔薊城 の時は、十か月で、と取る読みと、十月に、と取る読みがあります。 薊 は jì です。 燕王は太子丹を殺して秦へ献じようとしますが、秦はまた攻めます。五年後に燕を滅ぼし、燕王喜を捕らえたと結びます。荊軻の言葉だけで終わらず、その後の国の記録を置く順が、易水の別れを振り返らせます。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 匕首 名詞 短剣 地図の末で現れる物 圖窮而匕首見 地図が尽きて短剣が現れる 焠 動詞 焼き入れする 淬とも書く 使工以藥焠之 職人に薬を用いて焼き入れさせた 筑 名詞 打って鳴らす弦楽器 築く字とは異なる 髙漸離擊筑 髙漸離が筑を打つ 變徵 名詞 音律の名 徵の読みはzhǐ 爲變徵之聲 変徴の調べを奏でる 見 動詞 あらわれる この例は見るでなく現 圖窮而匕首見 地図が尽きて短剣が現れる 室 名詞 さや ここでは部屋ではない 操其室 そのさやを握る 提 動詞 投げつける この例では持ち上げるでない 乃以藥囊提荊軻也 薬袋を荊軻に投げつけた 箕踞 動詞 足を投げ出して座る 最後の姿を描く 箕踞以罵 足を投げ出して座りののしる 練習 倚柱而笑 、 圖窮而匕首見 、 人無不立死者 、 風蕭蕭兮易水寒 を本文の順に並べ、場面を結んでください。 原文の字を補って書いてください。 人無_立死者 原文の字を補って書いてください。 圖窮而匕首_ 原文の字を補って書いてください。 群臣侍殿上_不得持尺寸之兵 原文の字を補って書いてください。 左手_秦王之袖 群臣侍殿上者 と 太子及賓客知其事者 を、 的 で説明を前に置く現代語の名詞句に直してください。 未嘗見天子 を秦舞陽が主語の 过 の文に、 不中,中桐柱 を 打中 の文に書き換えてください。 泪水 ・ 冷静 ・ 着急 ・ 投 を全て使い、易水と宮殿の描写や印象を、短い現代語の三文で書いてください。 出発前の 往而不返者,豎子也 と、最後に本人が述べる失敗の理由を結び、二文で説明してください。 秦王がすぐ剣を抜けなかった理由を、本文の句を二つ引いて説明してください。 圖窮而匕首見 を訳し、 見 の意味と、この文の主語を答えてください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還! 易水の歌は、前の句をゆっくり、後の句を強く読んでください。 この篇のまとめ 道具の準備から別れの歌、短い句の連なる宮殿へ進みました。あらわれる意味の字と後ろから説明する形を確かめ、本人が語る目的と失敗、その後の燕の記録を分けて読みました。 次の篇へ 次の11.89は史記 陳涉世家です。雇われて耕した陳勝が、期日に遅れた人々の前で、王侯将相に生まれつきの種があるのかと問う場面へ進みます。 答え 人無不立死者 は準備、 風蕭蕭兮易水寒 は易水、 圖窮而匕首見 は咸陽宮、 倚柱而笑 は荊軻の最後の言葉の前です。 人無不立死者 圖窮而匕首見 群臣侍殿上者不得持尺寸之兵 左手把秦王之袖 侍立在殿上的群臣 知道这件事的太子和宾客 秦舞阳没见过天子。 匕首没打中秦王,打中了柱子。 送行的人流下了泪水。 荆轲很冷静,秦王却很着急。 荆轲投出了匕首。 出発前は、ただ行って帰らないことを目的とはせず、事を果たすつもりだと述べています。最後は、秦王を生きたまま脅し、約束の証文を得て報告しようとしたため失敗した、と本人が説明しています。 劍長,操其室 で、剣が長いうえにさやを握っていたこと、 時惶急,劍堅 で、慌てていたうえに剣が固く抜けなかったことが書かれています。 「地図を広げ尽くすと、匕首があらわれた」と訳します。 見 は 現 と同じ「あらわれる」で、主語は 匕首 です。 参考文献 司馬遷『史記 刺客列傳』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は抄。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/史記/卷086