政治文化と社会関係資本――信頼が制度を動かす — Epoché
制度と行動 政治体制の比較 約 28 分 本文 約 12,700 字 図 4・表 2 資料 2 節 この課の要点 文化・つながり・制度の 3 つ 文化 アーモンドとヴァーバは五か国の調査から、参加の態度に従う態度などが混ざった「市民文化」で民主主義が最も安定すると論じた つながり パットナムは、結社や互酬の規範・信頼(社会関係資本)の厚いイタリアの地域ほど、同じ形の州政府がよく働くと報告した 制度 ロススタインとストッレは因果の向きを逆にし、公正で効果的な警察・裁判所・窓口こそが人々の信頼を育てると論じた はじめに 同じ法律に基づく、同じ形の役所なのに、ある町では物事がてきぱき進み、別の町では進まないことがあります。そんな違いを感じたことはないでしょうか。政治学は、この違いを制度の形だけでなく、制度を使う人々の側からも説明しようとしてきました。人々が政治をどう見ているか(政治文化)、人と人がどうつながり、互いをどれだけ信頼しているか(社会関係資本)という見方です。 前の課『革命』では、体制を倒す力を見ました。この課では逆に、制度の働きを内側から支える力を見ます。出発点は、18 世紀の哲学者ヒュームのたとえです。麦の熟れる日が一日ずれた二人の農夫は、手伝い合えば二人とも得をします。それなのに相手を信頼できないので、それぞれ一人で働き、ついには二人とも収穫を失います [4] 。協力すれば皆が得をするのに、協力が起きないのです。この苦境を何が解くのでしょうか。 この課では三つの答えを順に見ます。一つ目は、1960 年代のアーモンドとヴァーバによる政治文化の研究です。二つ目は、1990 年代のパットナムによる社会関係資本の研究です。パットナムはイタリアの州政府の比較から、つながりと信頼が制度を動かすと論じました。三つ目は、因果の向きを逆にして、公正な制度こそが信頼を生むと考えるロススタインとストッレの説です。最後に、日本の自治会や NPO にこれらの見方を当てはめます。 資料では、OECD(経済協力開発機構)の 2025 年の調査を使い、他人への信頼と公的機関への信頼の関係を数で確かめます。また、ヒュームの原文を読み、彼がこの苦境をどう解こうとしたかを確かめます。二つの量が一緒に動くこと(相関)と、一方が他方を引き起こすこと(因果)を区別しながら読むのが、この課の練習です。 この課の問い 同じ形の制度が、ある社会ではよく働き、別の社会では働かないのはなぜでしょうか。人々のつながりと信頼が制度を動かすのでしょうか。それとも、制度の方が信頼を作るのでしょうか。 この課のことば 政治文化 政治に対して人々が持つ知識・感情・評価の型のことです。政府の存在を意識しているか、自分が政治を動かせると感じるか、といった違いを指します。 社会関係資本 人と人のつながり(ネットワーク)と、そこで育つ助け合いの決まりや信頼のことです。道具や技能と同じように協力を生み出す元手になるので「資本」にたとえます。 一般的信頼 知り合いに限らず、「たいていの人は信頼できる」と思う気持ちです。調査では「たいていの人をどの程度信頼しますか」と尋ねて測ります。 互酬性の規範 「今あなたを助ければ、いつかあなたか誰かが返してくれる」と見込んで助け合う決まりです。町内のお祭りの手伝いを順に引き受け合うのが身近な例です。 結束型と橋渡し型 似た者どうしを固く結ぶつながりが結束型、違う集団の人どうしをつなぐつながりが橋渡し型です。同窓会は前者、さまざまな人が集まるボランティアは後者に近いでしょう。 集合行為の問題 集団として協力すれば皆が得をするのに、必要な協力が実現しにくい問題です。自分は協力せずに他人の協力の成果だけを受け取ろうとする「ただ乗り」の誘い、他人が協力してくれるかどうかの不安などが原因になります。ヒュームの二人の農夫は、相手を信頼できないために協力が起きない例です。 信頼と制度――文化が先か、制度が先か この章では、人々の態度やつながりと、制度の働きとの関係を四つの節で見ます。第 1 節は政治文化、第 2 節は社会関係資本、第 3 節は因果の向きを逆にした制度中心の説、第 4 節は日本の市民社会です。節を追うごとに「文化が先か、制度が先か」という問いが鋭くなっていきます。 政治文化――人々の向きが制度に合うか 政治文化の研究の古典は、アーモンドとヴァーバの『市民文化』(1963)です。二人は米国・英国・西ドイツ・イタリア・メキシコの五か国で調査を行い、自由民主主義が根づき安定しやすいのはどんな政治文化のもとかを探りました [1] [2] 。国の選び方には狙いがありました。ファシズムなどを経験したドイツとイタリアが民主主義を保てるか、発展途上の国メキシコで民主主義がどうなるかを問いました。そして、民主主義から離れたことのない米国と英国を、比べるための基準にしたのです [1] 。 二人は政治文化の三つの純粋な型を区別しました (表 1) 。未分化型(parochial)では、市民は中央の政府があることをぼんやりとしか意識していません。臣民型(subject)では、市民は自分を政治過程の参加者としてではなく、政府に従う者として見ます。参加型(participant)では、市民は自分が政治の仕組みに働きかけることができ、また仕組みから影響を受けるとも考えます [2] 。三つの型は一般に、それぞれ伝統的な構造、中央集権的で権威主義的な構造、民主主義の構造に最も合うとされました [1] 。 この表で分かること: 三つの純粋型は、政府を意識しているかと、自分をどんな役割で見るかで分かれ、それぞれ合う政治の構造があるとされました。 型 人々の向き 一般に最も合う構造 未分化型 中央の政府をぼんやりとしか意識しない 伝統的な構造 臣民型 政府に従う者として自分を見る 中央集権の権威主義の構造 参加型 政治に働きかけ、影響も受けると考える 民主主義の構造 表 1 アーモンドとヴァーバの政治文化の三つの純粋型(ブリタニカとポトゥルスキの説明による [1] [2] )。実際の国の文化は、これらの混ざり方で捉えられます。 しかし、文化と構造はしばしば合いません。ポトゥルスキによれば、アーモンドとヴァーバは、とくに社会が速く変わる時期には文化と構造がずれやすく、そのずれが政治の構造を不安定にしうると考えました。三つの純粋型は分析の出発点にすぎず、二人は未分化と臣民、臣民と参加、未分化と参加の三つの混合型も区別しています。新しい態度は古い態度を消し去るのではなく、その上に層として重なる、という見方です [1] 。 では、民主主義に最も合うのは参加型だけの文化でしょうか。二人の答えは「いいえ」でした。二人の言う市民文化は、参加の態度に、未分化と臣民の態度が加わった混合の文化です [1] [2] 。ブリタニカの政治文化の項(ヴィンクラー執筆)の要約では、市民文化の市民は、自分の好みを統治者に伝えるほどには政治に関わります。しかし、同意できない決定を受け入れないほどには関わりません [2] 。理由の段を補うと、ポトゥルスキの読みでは、多くの市民が変化を求めて大勢で参加し続けると、民主主義に「過負荷」がかかって不安定になりえます。従う態度や身近な世界に向かう態度が参加を和らげ、政府が統治する力と、市民に応える責任とのつり合いを保つ、という論理です [1] 。 五か国の比較では、この理想に最も近かったのは英国で、米国がそれに次ぎました [2] 。一方、イタリアは「疎外された政治文化」と描かれました。政治からの疎外、社会的な孤立、不信が目立つというのです。二人はその背景に、統一前の分裂と外部の勢力による支配、ファシズムの経験を挙げました。ただし、戦後の速い経済発展については、社会の構造と伝統的な態度が変わる望みを与え、暮らしの水準を高めて国家への信頼を高めた、とも見ていました [1] 。次の節では、このイタリアの中の地域の違いを調べた研究を取り上げます。 『市民文化』は広く読まれる一方、批判も受けました。多くの批判は、政治文化が政治の構造を形づくるという一方向だけを主張し、構造が文化を形づくる逆の関係を考えていない、というものでした。二人は、信念・感情・価値観が政治の行動に強く影響し、それらが社会化の経験から生まれることは多くの証拠で支えられたと応じました。そのうえで、『市民文化』は初期の試みで、批判や補いに開かれていると認めています [1] 。また、ポトゥルスキ自身は、英米の規範的な理想を出発点にしていることを、より大きな問題だと見ています [1] 。 ここで間違えやすい 三つの型を、国を分ける分類と取り違えやすい点に注意しましょう。アーモンドとヴァーバは純粋型を分析の出発点として立て、実際の国の文化を型の混ざり方で捉えました。また、「参加型が多いほど良い」という主張でもありません。二人は、参加の態度に従う態度などが混ざった文化を、民主主義の安定に最も合うと考えました。 社会関係資本――つながりが協力を生む パットナムは 1993 年の論文の冒頭に、ヒュームの二人の農夫のたとえを掲げました (図 1) [3] 。二人は互いに好意を持たず、見返りも当てにできないので手伝い合いません。そのため、季節が移ると二人とも収穫を失います [4] 。パットナムは、協力の失敗は無知や不合理や悪意のしるしとは限らず、ヒュームの農夫は愚かでも悪人でもなく、閉じ込められているのだと書きます。共有地の悲劇や集合行為の論理も、この苦境の別の姿だというのです [3] 。 今日、あなたの麦が熟れた 一人で刈る 手伝わない 季節が移ると 二人とも収穫を失う 図 1 ヒュームの二人の農夫(本教材のたとえの絵)。上の絵では、今日麦が熟れた人が一人で刈り、明日麦が熟れる人は手伝いません。下の絵では、季節が移り、二人とも収穫を失っています。ヒュームは、その原因を互いの信頼と安心が欠けていることに見ました [4] 。 パットナムが苦境を解く鍵として挙げたのが、社会関係資本です。道具や訓練が個人の生産性を高める物的資本・人的資本にならって、社会関係資本とは「ネットワーク・規範・信頼のような、相互の利益のための調整と協力を容易にする社会組織の特徴」を指します [3] 。 根拠は、イタリアの研究でした。パットナムの 1993 年の論文によれば、イタリアは 1970 年から、強い権限を持ちうる州政府を全国に置き始めました。パットナムはこれらを「20 の新しい制度」と呼び、形はほぼ同じなのに、置かれた社会・経済・政治・文化の文脈は大きく違ったと書いています。パットナムたちは、同じ種を違う畑にまいて育ち方を測る植物学者のように、同じ制度がどう育つかを比べたのです [3] 。結果、非効率で動きが鈍く腐敗した州政府もあれば、保育や職業訓練の新しい施策を生み出し、市民を満足させた州政府もありました [3] 。 では、差を生んだのは何だったのでしょうか。パットナムの報告では、政府の組織はどの州も似ているので説明になりませんでした。党派やイデオロギーもほとんど違いを生まず、豊かさにも直接の効果はありませんでした。最もよく予測したのは、市民の参加の強い伝統でした。投票率、新聞の購読、合唱団や文芸サークル、ライオンズクラブ、サッカークラブへの参加です [3] 。エミリア=ロマーニャやトスカーナのような「市民的共同体」では、人々は互いが公正にふるまい法を守ると信頼し、ネットワークは上下ではなく横に組まれていました。カラブリアやシチリアのような「非市民的」な地域では、公の事柄は「ボス」や「政治家」の仕事と見られていました。皆が他人の無法を恐れてより厳しい取り締まりを求める、という悪循環も描かれています [3] 。 つながりが良い政治を支える理由として、パットナムは三つの仕組みを挙げます。第一に、市民の参加のネットワークは「今あなたのためにこれをすれば、いつかあなたか誰かが返してくれる」という一般化された互酬の規範を育てます。第二に、協調と意思疎通を助け、誰が信頼できるかという情報を広めます。何度も出会う関係では、相手をだます得が小さくなるからです。第三に、過去の協力の成功が、新しい問題に取り組むときの型になります [3] 。また、社会関係資本は、恩恵を受ける人の私有物ではない公共財で、多くは他の活動の副産物として生まれます。パットナムによれば、フィレンツェの合唱団の人々は歌が好きで集まるのであって、地域の結びつきを強めるために集まるのではありません。けれども、結果として結びつきを強めているのです [3] 。 パットナムは、北中部の市民的な伝統が 11 世紀の自治都市(フィレンツェ・ボローニャ・ジェノヴァなど)にまでさかのぼると述べました。そして、これらの地域は豊かだから市民的になったのではなく、市民的だったから豊かになったと、歴史の記録が強く示唆すると論じました [3] 。これは彼の解釈で、次の節で見るように批判を受けます。パットナムは 1995 年の論文「孤独なボウリング」で、米国の社会関係資本が衰えていると論じました。ボウリングをする米国人の総数は 1980〜1993 年に 10% 増えたのに、リーグでのボウリングは 40% 減りました。「たいていの人は信頼できる」と答える人の割合も、1960 年の 58% から 1993 年の 37% に下がりました [5] 。1991 年の世界価値観調査の 35 か国では、社会的な信頼と市民の参加が強く相関していた、とも報告しています [5] 。 パットナム自身、社会関係資本には負の面もあると留保しています。差別的な規範や、分け隔てられたネットワークは、ある集団に役立つ一方で、ほかの集団の妨げになりうるからです。誰が内側にいて恩恵を受け、誰が外側にいるのかを問う必要がある、と彼は書いています [3] 。 ここで間違えやすい 「市民的だったから豊かになった」は、パットナムが歴史の記録から引き出した解釈で、確定した事実ではありません。イタリアの州の比較が示したのは、市民の参加の伝統と州政府の働きとの強い結びつきです。どちらが原因でどちらが結果かは、次の節の争点になります。 因果はどちら向きか――制度から信頼が生まれる ロススタインとストッレは 2007 年の論文で、信頼の源につい