8.206 意識の流れ — だれの声か、決めながら読む — Epoché
この篇でできるようになること ★ 自由間接話法(だれの声か決まらない文) が読める。 ★ セミコロンで外と内が同じ列に置かれる のが分かる。 ★ 長い文のあいだに落ちる一語の文 の働きが言える。 ★ 同じ著者の評論と小説の差 を数で言える。 前提 : 8.205 まで。 読む前に ★ 小説の書き出しは、 だれかの外から始まります 。 ★ ところが数行で、 その人の頭の中に入っています 。 ★ 入ったという合図はありません ——★ 「と彼女は思った」が付かないまま、 地の文が思いになります 。 ★ これを 自由間接話法 と呼びます 。★ 読む側の仕事は一つ ——★ 一文ごとに これはだれの声かを決める こと です。 何を見るか この篇(小説) 前の篇(評論) ★ 一文の語数 ★ 平均 30.9 語 ★ 平均 27.3 語 ★ セミコロン ★ 56 個 ★ 18 個 ★ いちばん長い文 ★ 199 語 ★ 95 語 ★ いちばん短い文 ★ 1 語 ★ 4 語 ★ 同じ人の、同じ年の文です 。★ それでもセミコロンが 3 倍 ——★ 句点で切らずに並べていく書き方が、 小説でだけ強く出ます 。 ★ 8 字以上の長い語は 9.8% で、★ 前の篇(10.1%)とほとんど同じ です。★ つまり 語は難しくなっていません ——★ 変わったのは つなぎ方だけ です。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1544 語、文は 50 本、一文の平均は 30.9 語です。 ★ 句読点の数を先に見てください ——★ セミコロン 56、ダッシュ 19、疑問符 8、感嘆符 8 。★ 疑問符と感嘆符が地の文に出る のが★ この篇の印 です——★ 地の文が だれかの心の声になっている から です。 ★ ダッシュは 二本のハイフン で組まれています (原文のとおりに残しました)。★ これはこの版の組み方であって、 ウルフの書き癖ではありません 。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 ダロウェイ夫人は、花は自分で買うと言った。 というのも、ルーシーには仕事が山ほどあったからだ。扉は蝶番から外されることになっていた。ランペルマイヤーの店の者たちが来ることになっていた。それに、とクラリッサ・ダロウェイは思った、なんという朝だろう——浜辺の子どもたちに配られたばかりのように、すがすがしい。 なんという楽しさ。なんという飛び込み。いつもそんなふうに思えたのだった。いまも聞こえる、蝶番の小さなきしみとともに、バートンでフランス窓をぱっと押し開けて、外の空気の中へ飛び込んだときには。早朝の空気はなんとすがすがしく、なんと静かだったことか。もちろん、いまのこの空気よりもっと静かだった。波のひと打ちのよう、波の口づけのよう。冷たく鋭く、それでいて(当時の彼女のような十八の娘にとっては)厳かで、開いた窓辺に立っていると、何か恐ろしいことが起ころうとしている気がしたものだった。花を眺め、煙がたなびく木々を眺め、舞い上がっては降りるミヤマガラスを眺めた。立って眺めていると、ピーター・ウォルシュが言ったのだ、「野菜にかこまれて物思いかい」——そうだったかしら——「ぼくはカリフラワーより人間のほうがいいな」——そうだったかしら。ある朝の朝食のとき、彼女がテラスに出ていったときに言ったにちがいない——ピーター・ウォルシュが。彼は近いうちにインドから帰ってくる。六月か七月か、どちらだったか忘れてしまった。彼の手紙はひどく退屈だったから。思い出に残るのは彼の言ったことだった。彼の目、彼のポケットナイフ、彼の笑顔、彼の不機嫌、そして、無数のことがすっかり消えてしまったときに——なんと不思議なことだろう——キャベツについてのこんな言葉がいくつか残るのだ。 彼女は縁石の上で少し身をこわばらせ、ダートナルの運送車が通り過ぎるのを待った。魅力のある人だ、とスクループ・パーヴィスは彼女を思った(ウェストミンスターで隣に住む人を知る程度には、彼女を知っていた)。どこか鳥のようなところがある、カケスのような、青緑で、軽やかで、生き生きとした。五十を過ぎ、病気をしてからすっかり白くなってしまったけれども。そこに彼女はとまっていた。彼には気づかずに、渡るのを待って、とても背筋を伸ばして。 というのも、ウェストミンスターに暮らしていると——もう何年になるだろう、二十年を超える——車の行き交うただ中でも、夜に目を覚ましたときでも、とクラリッサは確信していた、ある特別な静けさ、あるいは厳かさを感じるのだ。言いようのない間、宙づりの時(でもそれは心臓のせいかもしれない。インフルエンザで弱ったと言われていたから)、ビッグ・ベンが鳴る前の。そら。鳴りだした。はじめに予告の音、音楽のような。それから時刻の音、取り消せない。鉛色の輪が、空気のなかに溶けた。なんて愚かなのだろう、私たちは、と彼女はヴィクトリア通りを渡りながら思った。というのも、なぜこんなにもこれを愛するのか、どうしてこんなふうに見えるのか、天のみぞ知るのだから。作り上げ、自分のまわりに築き、崩し、一瞬ごとに新しく創り出しているのだ。けれども、ひどく身なりのかまわない女たちも、戸口の段に座りこんだいちばんみじめな者たちも(酒が身を持ちくずすもと)、同じことをしている。だからこそ、議会の法律でどうにかできるものではないのだ、と彼女は確信していた。彼らは生きることを愛しているのだから。人々の目の中に、揺れる歩み、踏みしめる足音、とぼとぼ歩く足どりの中に。どなり声と騒ぎの中に。馬車、自動車、乗合自動車、荷車、足を引きずり体を揺らして歩くサンドイッチマン。吹奏楽団。手回しオルガン。勝ち誇った響き、ちりんちりんという音、頭上のどこかの飛行機の、奇妙に高い歌声の中に、彼女の愛するものがあった。生きること。ロンドン。六月のこの瞬間。 というのも、六月の半ばだったのだ。戦争は終わっていた。ただ、ゆうべ大使館にいたフォックスクロフト夫人のような人は別だった。あの感じのいい息子が戦死して、いまや古い屋敷はいとこの手に渡るほかないので、胸を痛めていた。あるいはベクスバラ令夫人。話によれば、手に電報を持ったままバザーの開会をしたという。いちばんかわいがっていたジョンが戦死したという電報を。けれども戦争は終わっていた。ありがたいことに——終わったのだ。六月だった。国王と王妃は宮殿にいた。そしてあちこちで、まだこんなに早い時刻なのに、何かが脈打ち、ざわめいていた。駆けるポニーの蹄の音、クリケットのバットの打つ音。ローズ、アスコット、ラニラ、そのほかもろもろ。それらは灰青色の朝の空気の柔らかな網に包まれていて、日が進むにつれ空気は網をほどき、芝生やグラウンドに降ろすのだった。前足がちょっと地面を打ったかと思うと跳ね上がる、弾むポニーたちを。くるくる回る若い男たちを。透ける綿モスリンを着て笑う娘たちを。娘たちはいまも、夜通し踊ったあとで、ばかげた毛のふさふさした犬を散歩に連れ出しているところだった。そしていまも、この時刻に、慎み深い老未亡人たちが、謎めいた用事で自動車を走らせて出ていくところだった。そして店の主人たちは、ショーウィンドーの中で模造宝石やダイヤモンドを、十八世紀の台にはめこんだ美しい古い海緑色のブローチを並べ直して、アメリカ人の気を引こうとしていた(でも節約しなければ、エリザベスのために軽はずみに物を買ってはいけない)。そして彼女もまた、ばかげた、それでいてひたむきな情熱でそれを愛し、その一部であって——彼女の家の者たちは、昔ジョージ王たちの時代に廷臣だったのだから——彼女もまた、まさにその夜、火をともし、明かりをともそうとしていた。パーティーを開こうとしていた。けれども、公園に入ると、なんと不思議なのだろう、この静けさ。もや。かすかな物音。ゆっくり泳ぐ幸せそうな鴨。のし歩く、喉に袋のある鳥。そして官庁の建物を背にしてやって来るのはだれかといえば、いかにもふさわしく、王家の紋章を押した公文書箱を持って、ほかならぬヒュー・ホイットブレッドだった。彼女の古い友人のヒュー——あっぱれなヒュー。 「おはよう、クラリッサ」とヒューは言った。いささか大げさに。というのも、二人は子どものころからの知り合いだったから。「どこへお出かけ?」 「ロンドンを歩くのが大好きなの」とダロウェイ夫人は言った。「本当に、田舎を歩くよりいいわ」 二人は上京してきたばかりだった——あいにくなことに——医者に診てもらうために。ほかの人たちは絵を見に来たり、オペラに行ったり、娘を連れ出したりするのに、ホイットブレッド夫妻は「医者に診てもらうために」来るのだった。クラリッサは数えきれないほど、療養所にイーヴリン・ホイットブレッドを見舞っていた。イーヴリンはまた具合が悪いの? イーヴリンはだいぶ調子が悪くてね、とヒューは言った。とても肉づきのよい、男らしい、すこぶる見目のよい、申し分なく仕立てられた体を、口をとがらせるような、ふくらませるような仕方で動かして、ほのめかしたのだ(彼はいつもほとんど身なりがよすぎるくらいだったが、おそらく宮廷でのちょっとした役目のために、そうでなければならなかったのだろう)。妻は体の内側に何か病気をかかえているが、深刻なものではない。古い友人として、クラリッサ・ダロウェイなら、彼にはっきり言わせなくても、すっかり分かってくれるだろう、と。ええ、もちろん、彼女には分かった。なんて厄介なことでしょう。そして妹のような気持ちになり、同時に妙に自分の帽子が気になった。早朝にはふさわしくない帽子、そういうことかしら。というのも、ヒューはいつも彼女にそう感じさせるのだった。せかせかと歩きながら、いささか大げさに帽子を持ち上げて、あなたは十八の娘のようですよと請け合い、もちろん今夜のパーティーには行きますよ、イーヴリンがどうしてもと言うのでね、ただ宮殿のパーティーのあとなので少し遅れるかもしれません、ジムの息子の一人を連れていかなければならないのでね、と言うと——彼女はいつもヒューの隣にいると少しみすぼらしく感じた。女学生のように。けれども彼には好意を抱いていた。一つには、ずっと前から知っていたからだが、彼なりに気のいい人だと本当に思ってもいた。リチャードは彼のせいでほとんど気が変になりそうだったし、ピーター・ウォルシュはといえば、彼女がヒューを好いていることを今日に至るまで許していなかったけれど。 バートンでの場面が次々と思い出された——激怒するピーター。もちろんヒューは、どの点でもピーターにかなう相手ではなかった。けれども、ピーターが言いたてるほどのまったくの愚か者でもなかった。ただの床屋の人形でもなかった。年老いた母親が狩猟をやめてほしいと言ったり、バースに連れていってほしいと言ったりすると、彼は一言も言わずにそのとおりにした。彼は本当に自分のことを考えない人だった。それに、ピーターが言ったように、彼には心も頭もない、あるのはイギリス紳士の作法と育ちだけだ、などと言うのは、彼女の大好きなピーターのいちばん悪いところが出ただけだった。そして彼は耐えがたい人にもなりえた。手に負えない人にもなりえた。けれども、こんな朝に一緒に歩くには、すてきな人だった。 (六月は木々の葉をすっかり引き出していた。ピムリコの母親たちは子に乳を飲ませていた。艦隊から海軍本部へ知らせが送られていた。アーリントン通りとピカデリーは、公園の空気そのものをこすり、その葉を熱く、輝かしく、クラリッサの愛するあの神々しい生気の波に乗せて持ち上げているようだった。踊ること、馬に乗ること、彼女はそういうことがみんな大好きだった。) というのも、何百年離れていてもかまわないのだから、彼女とピーターは。彼女は手紙を一通も書かなかったし、彼の手紙は乾いた棒切れのようだった。けれども、ふいに心に浮かぶのだ。もし彼がいま一緒にいたら、何と言うだろう、と——ある日々、ある光景が、彼を静かに連れ戻してくる。昔の苦い思いもなしに。それはたぶん、人を大切に思ってきたことの報いなのだろう。人々は戻ってくるのだ、晴れた朝のセント・ジェームズ公園のただ中に——本当に戻ってくるのだ。けれどもピーターは——どんなに美しい日でも、木々や草が美しくても、ピンクの服の小さな女の子がいても——ピーターはそういうものを何ひとつ見なかった。彼女が言えば、眼鏡をかけるだろう。見はするだろう。彼が関心をもつのは世界の情勢だった。ワーグナー、ポープの詩、いつまでも人の性格のこと、そして彼女自身の魂の欠点。彼はなんと彼女を叱ったことか。二人はなんと言い争ったことか。君は首相と結婚して、階段のいちばん上に立つだろうね。完璧な女主人役、と彼は彼女を呼んだ(そのことで彼女は寝室で泣いたのだった)。君には完璧な女主人役になる素質がある、と彼は言った。 語釈 帯の外の語は 160 語です。★ 三つに分かれます ——★ 一つめはロンドンの地名と店の名 、★ 二つめは通りの音の語 ( uproar ・ bellow ・ jingle )、★ 三つめは人の見た目と気分の語 ( grumpiness ・ vivacious )。★ 二つめが多いのは、 主人公が町を歩いているから です。 語(品詞) 意味 注 Admiralty en 名 海軍本部 Americans en 名 アメリカの人々 Many Americans traveled abroad for the first time that summer. その夏、多くのアメリカの人々が初めて海外旅行に出かけました。 Ascot en 名 アスコット(競馬の開かれる地) Ben en 名 ベン(国会議事堂の大時計の名の一部) Bexborough en 名 ベクスバラ(貴族の家名) Bourton en 名 バートン(クラリッサが娘時代を過ごした家) Clarissa en 名 クラリッサ(この小説の主人公の名) Dalloway en 名 ダロウェイ(主人公の姓) Durtnall’s en 名 ダートナルの(運送屋の名) Elizabeth en 名 エリザベス。クラリッサの娘 Embassy en 名 大使館 He worked as a clerk at the embassy f