8.196 頭の骨と言葉遊び — 文体は身分では決まらない — Epoché
この篇でできるようになること ★ 散文と韻文の別が身分では決まらない と、数えて確かめられる。 ★ 一語を二つの意味で使う 言葉遊びが追える。 ★ 同じ名を並べて下る 運びが読める。 ★ 有名な引用が本文と違う ことを確かめられる。 前提 : 8.195 まで。 読む前に ★ 8.195 読編 の結びで、 韻文か散文かは場で決まる と置きました。 ★ この篇は その確かめ です。★ 身分の違う三人が、 同じ場で別の形で話し ます。 誰が話すか この篇での形 ★ 墓掘り(下の身分) ★ しゃべるのは散文。歌だけ韻文 ★ 王子(上の身分) ★ ほとんど散文。最後の四行だけ韻文 ★ 祭司(式を司る) ★ ずっと韻文 ★ 学校では「身分の高い人は韻文、低い人は散文」と習うことがあります が、★ この場は そうなっていません 。★ 王子が いちばん長く散文で話し ます。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1401 語、行は 211 行、文は 189 本、一文の平均は 7.4 語です。話し手の名が立つ行は 62 行あり、話し手は 5 人です。 ★ 一文の平均 7.4 語 ——★ 読 H のここまでで いちばん短い です( 8.194 読編 は 24.5 語でした)。★ 疑問符が 44 個 あります。★ 掛け合いで、 ほとんど問いだけで進んで います。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 こいつは自分の仕事を何とも感じないのか、歌なんぞ歌っているぞ、 墓を掘りながら。 ホレイショー 慣れてしまって、あの男には何でもないことになっているのでしょう。 ハムレット まったくそうだ。あまり働かない手のほうが、感じやすいものだ。 墓掘り(一) [歌う] ところが歳めが忍び足で おれをつかんで爪にかけ、 土の国へと送り込む、 まるでおれなど居なかったように。 [頭蓋骨を放り上げる] ハムレット あの頭蓋骨にも舌があって、昔は歌えたのだ。あいつめ、なんと乱暴に 地べたに叩きつけることか、まるで最初の人殺しをした カインの顎の骨みたいに! これは政治家の脳天かもしれんぞ、いまこのろばが 上から仕切っている。神をさえ出し抜こうとした男のな、そうではないか。 ホレイショー そうかもしれません、殿下。 ハムレット あるいは廷臣のものか。「おはようございます、殿様! ご機嫌 いかがです、殿様?」と言えた男だ。これは何某の殿様かもしれん、別の 何某の殿様の馬を、ねだりたくてほめそやしたやつだ、そうではないか。 ホレイショー はい、殿下。 ハムレット まったくそうだ。そして今は蛆虫の奥方のものだ。顎は無くなり、 墓守の鋤で脳天を叩かれている。大した移り変わりだ、もしわれわれに それが見える術があればな。この骨も、育てるのにかかった手間は、 木切れ投げの的にされるだけのものだったのか。考えるとこちらの骨が痛む。 墓掘り(一) [歌う] つるはし一本、鋤一本、鋤一本、 それから経帷子を一枚。 ああ、土の穴を掘ってやろう、 こういうお客にはお似合いだ。 [もう一つ頭蓋骨を放り上げる] ハムレット また一つ出た。これが法律家の頭蓋骨でないとどうして言える。どこへ行った あいつの屁理屈は、言い抜けは、訴訟は、土地の保有権は、手管は。 どうしてこの無作法なやつに、汚い鋤で頭をこづかれるままになって、 暴行罪で訴えると言ってやらないのだ。 ふむ。この男は生きていたころ、土地をどっさり買い込んだのかもしれん、 証文だの、債務証書だの、和解譲渡だの、二重の担保証人だの、 土地回復訴訟だのを使って。これが和解譲渡の果て、土地回復の 果てか、立派な脳天に立派な泥を詰め込まれるのが。担保証人どもは、 あいつの買った土地を、それも二重に保証したものを、保証してやるのに、 証文一組の縦と横の広さしか残してくれないのか。あいつの土地の譲渡証書だけでも、 この箱にはとても入りきるまい。それなのに、相続した当の本人が これ以上は持てんというのか、え? ホレイショー ほんの少しも、殿下。 ハムレット 羊皮紙は羊の皮でできているのではないか。 ホレイショー はい、殿下、子牛の皮でも。 ハムレット あんな物に安心を求めるのは、羊か子牛だ。 この男に話しかけてみよう。――これは誰の墓だ、おい。 墓掘り(一) わしのでさ、旦那。 [歌う] ああ、土の穴を掘ってやろう、 こういうお客にはお似合いだ。 ハムレット なるほどおまえのものらしい。その中で寝ている( liest 、嘘をついているとも取れる)のだからな。 墓掘り(一) 旦那はその外で嘘をついていなさる、だから旦那のものじゃない。 わしはと言えば、中で嘘はついちゃいませんが、それでもわしのもんでさ。 ハムレット おまえは中に入っていて、自分のだと言うのだから、嘘をついている。これは死人のためのものだ、 生きている者のためではない。だからおまえは嘘をついている。 墓掘り(一) そいつは生きのいい嘘でさ、旦那。またわしから旦那のほうへ飛んでいきまさあ。 ハムレット どの男のために掘っているのだ。 墓掘り(一) 男のためじゃありませんよ、旦那。 ハムレット では、どの女のためだ。 墓掘り(一) 女のためでもありませんや。 ハムレット そこには誰が葬られるのだ。 墓掘り(一) 女だった者でさ、旦那。でも、魂よ安らかに、もう死んでます。 ハムレット なんと四角四面なやつだ! こちらも言葉を正確に使わないと、言葉の綾で やりこめられるぞ。誓って言うが、ホレイショー、この三年というもの、気づいていたのだが、 世の中がすっかり気取ってきて、百姓のつま先が廷臣のかかとに ぴったり迫り、そのしもやけをすりむくほどだ。――おまえはいつから 墓掘りをしているのだ。 墓掘り(一) 一年のうちでもよりによって、あの日にこの仕事についたんでさ、先の王様の ハムレット様がフォーティンブラスを打ち負かした日でさ。 ハムレット それはどれくらい前のことだ。 墓掘り(一) そんなことも知らないんですかい。どんな馬鹿だって知ってまさあ。ちょうどその日に 若いハムレット様がお生まれになった――気が狂って、イングランドへやられたお方でさ。 ハムレット ほう、そうか。なぜイングランドへやられたのだ。 墓掘り(一) そりゃあ、気が狂ってるからでさ。あちらで正気に戻りなさるでしょう。もし戻らなくても、 あちらでは大したことじゃありません。 ハムレット なぜだ。 墓掘り(一) あちらじゃ目立ちませんや。あちらの連中はあのお方と同じくらい狂ってますからね。 ハムレット どうして狂ったのだ。 墓掘り(一) えらく妙な具合に、って話でさ。 ハムレット どう妙なのだ。 墓掘り(一) いやなに、正気をなくしたってわけで。 ハムレット 何がもとで。 墓掘り(一) そりゃ、ここデンマークがもとでさ。わしはここで墓守をやってます、小僧のころから大人まで、三十 年。 ハムレット 人は土の中でどれくらい経つと腐るものだ。 墓掘り(一) そうですな、死ぬ前から腐っていなけりゃ――近ごろは梅毒やみの死骸が多くて、 埋めるまでもたないのもいますがね――まあ 八年か九年はもちますよ。皮なめし屋なら九年もちます。 ハムレット なぜその男はほかの者より長くもつのだ。 墓掘り(一) そりゃ旦那、商売柄、皮がよくなめしてあるんで、長いこと 水を通さないんでさ。それに水ってやつは、このろくでもない死骸をひどく 腐らせるもんでね。ほら、ここに頭蓋骨がある。この頭蓋骨は土の中に 二十三年寝ていたんでさ。 ハムレット 誰のだったのだ。 墓掘り(一) ろくでもない、いかれた野郎のでさ。誰のだと思います? ハムレット いや、知らん。 墓掘り(一) 疫病にでもかかりやがれ、いかれた悪党め! あいつはいつだったか、ライン酒を一瓶、わしの 頭にぶっかけやがった。この頭蓋骨はですね、旦那、ヨリックの頭蓋骨でさ、王様の道化の。 ハムレット これがか。 墓掘り(一) それでさ。 ハムレット 見せてくれ。[頭蓋骨を手に取る]ああ、哀れなヨリック。私はこの男を知っていた、 ホレイショー、限りなく冗談のうまい、とびきり想像の豊かな男だった。この男は 何千回も私を背中におぶってくれた。それが今は、思い浮かべると なんとおぞましいことか! 胸が悪くなる。ここに唇があって、私は 何度口づけしたか分からない。今はどこにある、おまえの皮肉は? おまえのおどけた跳ね回りは? おまえの歌は? 食卓じゅうを どっと笑わせたおまえの冗談のひらめきは? 一つも無いのか、自分のにやにや顔をからかう冗談が? すっかり顎が落ちてしまったか。 さあ、奥方さまの部屋へ行って、言ってやれ、お化粧を一寸の 厚さに塗ったところで、いずれこの顔になるのだと。それで笑わせてやれ。――頼む、 ホレイショー、一つ教えてくれ。 ホレイショー 何でしょう、殿下。 ハムレット アレクサンドロス大王も、土の中ではこんな姿になったと思うか。 ホレイショー そのとおりでしょう。 ハムレット そしてこんなふうに臭ったと? ふう! [頭蓋骨を下に置く] ホレイショー そのとおりでしょう、殿下。 ハムレット われわれは、なんと卑しい用途に戻ってゆくことか、ホレイショー! 想像でたどってゆけば、 アレクサンドロスの高貴な塵が、樽の栓穴をふさいでいるのを見つけることにもならないか。 ホレイショー そこまで考えるのは、考えが細かすぎるというものでしょう。 ハムレット いや、誓って、少しもそんなことはない。控えめに、ありそうな筋道に 従って、あとをたどるだけだ。こんなふうにな。アレクサンドロスは死んだ、アレクサンドロスは 葬られた、アレクサンドロスは塵に還る。塵は土だ。土から私たちは 壁土を作る。そして、彼が変じたその壁土で、ビール樽の栓を ふさいではいけない理由があるか。 威光あまねきシーザーも、死んで土くれとなり果てて、 穴をふさいで風よけとなる。 ああ、世界を恐れさせたその土が 壁をつくろい冬の風を締め出すとは。 だが静かに、静かに! 隠れよう! 王が来る。 司祭たちなどが列をなして登場。オフィーリアの棺。レアティーズと 会葬者たちが続く。王、王妃、その供回りなど。 王妃に、廷臣たち。誰のあとについてゆくのだ。 それに、あんな略式の儀式で? あれが示しているのは、 彼らがついてゆく亡骸が、捨て鉢な手で 自分の命を断ったということだ。身分のある者だったのだろう。 しばらく身を潜めて見ていよう。 [ホレイショーとともに退く] レアティーズ ほかにどんな儀式は。 ハムレット あれはレアティーズだ、とても立派な若者だ。見ていろ。 レアティーズ ほかにどんな儀式は。 司祭 この方の弔いは、許される かぎり広げてございます。そのご最期は疑わしいものでした。 大いなる御命令が定めを曲げられなかったなら、 この方は清められていない土に宿っておられたはずです、 最後のらっぱの鳴る日まで。慈悲深い祈りの代わりに、 瀬戸物のかけらや火打ち石や小石が投げつけられたことでしょう。 それなのにここで、この方には乙女の儀式が許されております、 乙女の撒き花も、そして弔いの鐘と埋葬をもって 家へ送り届けることも。 語釈 帯の外の語は 161 語です。★ この篇はとくに 三つの群れ ——★ 墓と骨の語 ( skull ・ spade ・ pate )、★ 法の書きつけの語 ( indentures ・ recognizances ・ conveyances )、★ 詰めた綴り ( in’t ・ on’t ・ e’en )です。★ 二つめが要 です——★ 法の語がまとめて出るのは、 法律家の頭の骨 を見るところ です。 語(品詞) 意味 注 Alexander en 名 アレクサンドロス大王 CLOWN en 名 道化。ここでは墓を掘る男。台詞の頭に立つ役名 Caesar en 名 カエサル Cain’s en 名 カインの。聖書で弟を殺した兄 Denmark en 名 デンマーク Every summer, our exchange student returns home to visit Denmark. 毎年夏、その交換留学生はデンマークを訪ねるために帰国します。 England en 名 イングランド The old ferry still carries passengers between France and England. その古いフェリーは、今もフランスとイングランドの間で乗客を運んでいます。 Fordo en 動 自ら絶つ。 fordo it own life で自分の命を絶つ In despair, the broken old king resolved to fordo his own life. 絶望のうちに、打ちひしがれた老王は自ら命を絶つ決意をしました。 Fortinbras en 名 フォーティンブラス。ノルウェーの王の名 HAMLET en 名 ハムレット。台詞の頭に立つ話し手の名 HORATIO en 名 ホレイショー。台詞の頭に立つ話し手の名 Hamlet en 名 ハムレット。デンマークの王子 Hath en 動 has の古い形。歌の中の語 Hath your master returned yet from his long journey abroad? あなたの主人は、長い海外旅行からもう戻りましたか。 Horatio en 名 ホレイショー。ハムレットの友 LAERTES en 名 レイアティーズ。台詞の頭に立つ話し手の名 Laertes en 名 レイアティーズ。オフィーリアの兄 Lord en 名 主。神( By the Lord =誓って) My lord, a messenger has arrived with urgent news from Denmark. 殿、デンマークから緊急の知らせを持った使者が到着しました。 Mourners en 名 弔いの列に加わる人びと A long line of mourners followed the coffin slowly through town. 弔いの列に加わる人びとの長い列が、棺のあとを