引用と参考文献 — Epoché
要点 出典を示すと、どこまでが他の人の考えで、どこからが自分の考えかが読者に見えます。読者は元の資料をたどって確かめることもできます。 日本の著作権法第32条は、公表された著作物を、公正な慣行に合致し、引用の目的上正当な範囲内であれば、引用して利用できると定めています。文化庁のテキストは、これに当たるかどうかの例として、引く必然性、カギ括弧などによる区別、主従関係、必要最小限の分量などを挙げています。出所の明示は、第48条が定める義務です。 自分の言葉で言い換えたり要約したりしたときも、学問の作法として出典を付けます。学会の規程では、アイディアやデータを出典なしに使うことも剽窃(盗用)とされています。 本文での示し方には、著者名と年を括弧で書く方式、番号を振る方式、脚注に書く方式があります。どれを使うかは分野と提出先で決まり、1 本の文章の中では 1 つに揃えます。 読んでいない文献を、読んだように示さないことが大切です。原典に当たり、どうしても手に入らないときは、何から引いたかを書き添えます。 書式に迷ったら、授業の指示、提出先の規程、分野の学会のスタイルガイドの順に確かめる方法があります。 こんなときに 課題のレポートに、本の一節をそのまま使いたい。けれども、どこまで書き写してよいのか分からない。「コピペと言われたらどうしよう」と手が止まる。引用は、初めてレポートを書くときに多くの人が迷うところです。 ほかにも、次のような場面でこの文書が役に立ちます。 論文の内容を自分の言葉でまとめた。これにも出典を付けるのか分からない。 ウェブで見つけた統計の図を、レポートに入れたい。 先生から「参考文献の書き方が統一されていない」とコメントが返ってきた。 教科書に引かれていた古典の一文を使いたいが、原典が手元に無い。 ゼミが変わったら、「(著者 年)」ではなく脚注で書くように言われた。投稿先が番号の方式を指定している。 この文書では、出典を示す理由、引用が認められる条件、そのまま引く方法と言い換える方法、剽窃との境目、本文での示し方、参考文献リストの書き方を順に紹介します。集めた文献を手元で整理する方法は 文献の管理 、盗用を含む研究不正の全体は 研究公正 で扱います。 出典を示すのは何のためか 出典を示すと、読者は、どこまでが他の人の成果で、どこからが書き手の考えかを見分けられます。元の資料にたどり着いて、書かれていることを確かめることもできます。書式の細かな決まりは、この 2 つの役目を果たすためにあります。 立教大学図書館の案内は、引用を、自分の意見や主張を客観的に裏付けるために、他人の研究成果や意見を自分の文章の中で紹介することだと説明しています。学問は先人の知識の積み重ねの上に進むので、他人の成果に敬意を払い、それとの関係を見きわめて自分の主張を組み立てることが大切だ、という考え方です [1] 。 慶應義塾大学メディアセンターの案内は、引用するときの留意点を 2 つ挙げています。それぞれの研究者や研究成果の独自性を尊重すること、読者が検証するときに元の資料を参照できることです [2] 。 科学技術振興機構の基準 参照文献の書き方 (SIST 02)は、参照文献の役割と要件を最初に掲げています。その 1 つが次の文です。 参照文献の記述にあたっては,読者がその参照文献にたどり着けるだけの十分な書誌事項を示さなければならない。 [3] 書誌事項は、題や掲載誌名、巻号、ページなど、文献を特定するための情報のことです [2] 。同じ基準は、参照した文献を示すことが、既存の論点を整理し、論文の新しさや独創性を明らかにすることにもつながると述べています [3] 。 出典を付けたからといって、その文献が主張を支えているとは限りません。医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE)の投稿の推奨は、引用を正確にするのは著者の責任で、挙げた文献が本文の記述を本当に支えていると言えることを求めています [4] 。引く前に該当の箇所をもう一度開いておくと、記述と出典のずれに気づけます。 「引用文献」と「参考文献」 文献の一覧の呼び方は、案内によって少しずつ違います。立教大学図書館は、本文中で要約や抜粋をした文献を「引用文献」、本文では引いていないが考えを組み立てるうえで参考にした文献を「参考文献」と呼び分けています [1] 。京都大学大学院工学研究科の案内は、厳密には 2 つを区別するが、広い意味では引用文献も含めて「参考文献」と呼ぶことが多いようだ、と書いています [5] 。 学会誌では、本文で挙げた文献だけを載せる決まりもあります。日本社会学会の 社会学評論スタイルガイド は、本文で言及・引用した文献はすべて文献リストに載せ、リストの文献には必ず本文の文献注(本文の中に括弧で書き入れる、出典を示す注)を対応させるとしています。投稿論文には字数の制限があるので、いわゆる参考文献は載せない、ともしています [6] 。 引用が認められる条件 — 日本の著作権法 日本の著作権法第32条第1項は、公表された著作物を、公正な慣行に合致し、引用の目的上正当な範囲内で、引用して利用できると定めています。文化庁のテキストは、これに当たるかどうかの例として、引く必然性、カギ括弧などによる区別、主従関係、必要最小限の分量などを挙げています。出所の明示は第48条が定める義務ですが、出典を書きさえすればどれだけ写してもよい、という仕組みではありません。 著作権法第32条第1項の 2 つの文を並べると、次のとおりです(後の文は「この場合において、」に続く部分です)。 公表された著作物は、引用して利用することができる。 その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。 [7] 条文にある要件は、「公表された著作物」であること、「公正な慣行に合致」すること、「引用の目的上正当な範囲内」であることです。ただ、「公正な慣行」や「正当な範囲内」は、このままでは分かりにくい言葉です。文化庁の 著作権テキスト は、引用の条件を 4 つに分けて示し、2 つ目と 3 つ目には「例えば」として具体例を添えています [8] 。必然性や主従関係などは、条件に当たるかどうかを考えるための例として挙げられています。 文化庁のテキストが挙げる 4 つの条件 条件ごとに、もとになる条文と、テキストが「例えば」として挙げる例を添えます [8] 。 すでに公表されている著作物であること (第32条第1項) 「公正な慣行」に合致すること (第32条第1項) 例: 引用する必然性がある。 例: 言語の著作物では、カギ括弧などで引用部分が明確になっている。 引用の目的上「正当な範囲内」であること (第32条第1項) 例: 引用部分とそれ以外の部分の主従関係が明確である。 例: 引用される分量が必要最小限度の範囲内である。 例: 本文が引用文より高い存在価値を持つ。 「出所の明示」が必要 (第48条)。複製以外の利用では、その慣行があるときに必要です。 同じテキストは、美術作品や写真、俳句のような短い文芸作品などでは、全部を引用して利用することも考えられるとしています。一方、自分の著作物に登場する必然性の無い他人の著作物を使うことや、美術の著作物を実質的に鑑賞させるために使うことは、引用に当たらないとしています [8] 。 法律の出版に携わる編集者の会がまとめた 法律文献等の出典の表示方法 (2014 年版。法律の説明はその時点のもの)は、文化庁の見解に従って、区別を「明瞭区別性」、主と従を「主従の関係」と呼び、分量に何字以内という決まりは無いとしています [9] 。 出所を示せば何でも使える、ではない 出所の明示は、著作権法第48条が定める義務です [7] 。文化庁のテキストは、出所を示せば著作権者の了解が要らない、という受け止め方は誤解で、それは逆だと説明しています。テキストは、「著作権者の了解を得なくてもよい場合でも「出所の明示」の義務が課されるものであり」と書き、出所を示しても法律上の要件を満たさなければ了解が必要だと続けています。示すものとして、著作物の題号、著作者名、出版者名などが挙げられています [8] 。 段階 2 以上。外国語の文献を自分で訳して引くことについて、文化庁のテキストは、第32条の引用では翻訳して引用することはできるが、翻案などの利用はできないとしています [8] 。翻案は、脚色や映画化などのように、元の著作物を創作的に加工して新しい著作物を作ることを指します [8] 。 図や表を引くとき 文章だけでなく、図や表にも出典を示します。京都大学大学院工学研究科の案内は、図表を引用するときも必ずキャプション(図表の説明文)に出典を書くとしています [5] 。日本心理学会の 執筆・投稿の手びき は、他の文献の図表を引くときは、著者名・刊行年・掲載ページ・原典の図表番号を括弧に入れて書き添えるとしています。図表や文章の引用には著作権者の許可が必要な場合がある、という注意も添えています [10] 。 論文として公表するときは、医学雑誌向けの ICMJE の推奨は、すでに発表された図を載せるときは元の出典を示し、著作権者の書面の許可を得るよう求めています [4] 。投稿先の規程で許可が要るかどうかを早めに確かめておくと、あとで図を差し替えずに済みます。 そのまま引く・言い換えて引く 引用には、原文を一字一句そのまま写す直接引用と、自分の言葉にまとめ直す間接引用があります。どちらを使っても出典を付けます。読んでいない文献を読んだように示すと、読者が確かめる道が途切れるので、孫引きになるときはそのことを明示します。 直接引用 — 一字一句そのまま 立教大学図書館の案内によると、直接引用では、送り仮名の表記も含めて一字一句そのまま抜き出し、カギ括弧で囲んで範囲を示します。原文に誤字があれば、自分の打ち間違いと区別するために「ママ」と添えます。省いてよい部分は「…(中略)…」とすることもできます。著者の意図を曲げないよう、前後の文脈にも注意します [1] 。 九州大学附属図書館のガイドは、原文に手を加えるときの書き方を、例を挙げて説明しています。補足は〔 〕(亀甲括弧)に入れます。傍点を打ったのが引用者か原文かは、〔傍点引用者〕〔傍点原文〕と書き添えて区別します [11] 。 引用が長くなるときは、本文から切り離して示す方法があります。 社会学評論スタイルガイド は、数行にわたる引用は前後を 1 行ずつあけ、左を全角 2 字分下げ、カギ括弧は付けないとしています。短い引用でカギ括弧を使うときは、引用文の中のカギ括弧を二重カギ括弧に変えます [6] 。直接引用には、引いたページも示します。同じガイドは、引用したときは必ずページを書くとしています [6] 。 例を 1 つ挙げます(文献は架空のものです)。 山田は「出典は読者への道しるべである」(山田 2020: 15)と述べている。 間接引用 — 自分の言葉でまとめる 間接引用は、著者の意見や主張を理解したうえで、自分の言葉に置き換えてまとめる方法です。立教大学図書館の案内は、同じ文章にもいろいろな解釈がありうるが、自分に都合のよい飛躍した解釈をせず、著者の真意を丁寧に追ってまとめることが大切だとしています [1] 。慶應義塾大学メディアセンターの案内も、元の著者の意図を曲げて伝えることは不正の 1 つだと注意しています [2] 。 出典を付ける位置は、研究者名のすぐ後と、言及が終わったところの 2 通りがあります。 社会学評論スタイルガイド はどちらでもよいとしたうえで、1 本の論文の中では一貫させるとしています [6] 。 2 つを組み合わせる 九州大学附属図書館のガイドは、2 つの方法の長所と短所を整理しています。直接引用は本文と引用をはっきり区別できますが、長くなりやすく、補足の説明がしにくい。間接引用は短くでき、直接引用した箇所の補足にも使えますが、原文の内容から離れてしまう危険が高い、という整理です。そのうえで、レポートの主題にとって最も大事な箇所は直接引用し、そうでない箇所は間接引用にとどめる併用の仕方を例で示しています [11] 。 孫引きを避ける 孫引きは、ある人が書いた文章を引用したものを、さらに別の人が引用することです [5] 。たとえば、教科書に引かれていた古典の一文を、原典を見ずに、原典から引いたように書く場合がこれに当たります。SIST 02 は、参照文献としては一次情報、つまり元の資料そのものを示すのが望ましいとしたうえで、次のように述べています。 著者が読んでいない資料に依拠し,それを参照したものとして示すことは,論文内容の記述に対する信頼性を欠くことに繋がる。 [3] 九州大学附属図書館のガイドは、孫引きの問題として、言葉の責任を間の著者に負わせてしまうことと、伝言ゲームのように誰が言い出したのかが分からなくなることを挙げています [11] 。 同じガイドは、孫引きになりそうなときの手順を示しています [11] 。 元の文献を探す。自分の大学の図書館にあれば、そこから引く。他の大学の図書館にある場合も、該当箇所の複写を取り寄せられることがある。 手に入らなければ、同じ内容が書かれた別の文献で代えられないか考える。 それでも無理なら、元の文献の書誌事項に続けて「(間の文献)が引用するところによる」と書き、孫引きであることを明示する。 ただし、手順を踏んでもレポートの評価が下がることはありうるので、不安なら理由を添えて担当の先生に確かめる方法もある、とガイドは書いています [11] 。 生成 AI が示した文章や文献も、同じ考え方で扱えます。ICMJE の推奨は、AI が生成したものを一次資料として参照することは認められないとしています。また、すべての参考文献について、PubMed のような書誌のデータベースか原典で確かめるよう求めています [4] 。AI が挙げた文献は、自分で原典を開き、本当に存在し、本当にそう書いてあるかを確かめてから引くと、孫引きと同じ落とし穴を避けられます。生成 AI を使ったことの申告は 研究公正 、資料の確かめ方は 情報源の見きわめ方 で扱います。 言い換えても出典は