マイモニデス――聖典は理性で読み解ける(否定的属性) — Epoché
中世 イスラームとユダヤの哲学 約 16 分 本文 約 6,600 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 生涯・読み方・否定の 3 つ 生涯 コルドバに生まれ、迫害を逃れてフェスへ、さらにエジプトのフスタートへ移った。律法を整理した『ミシュネー・トーラー』と、哲学の主著『迷える者への手引き』を書いた(SEP 1)。 読み方 聖典が神に手や顔を当てはめる言葉は比喩であり、理性で読み解くべきである。字面どおりに読むと神を体あるものと思い描き、偶像崇拝に陥る(SEP 1)。 否定 神の本質を表す属性については、本当に言えるのは「〜でない」ことだけである。否定を重ねるほど理解は進み、ほかに言えるのは神のはたらきの結果(行いの属性)である(『手引き』1.58〜59、SEP 4)。 はじめに マイモニデス(モーシェ・ベン・マイモン、1138〜1204 年)は、中世のユダヤの思想家です。イスラーム支配下のスペインの町コルドバに生まれました。当時のコルドバは世界でも指折りの学問の都で、この編で読んだイブン・ルシュドも、この町の生まれです [1] 。 代表作は、律法の掟を整理した『ミシュネー・トーラー』と、哲学の主著『迷える者への手引き』(1190 年完成)です [1] 。『手引き』は、アラビア語をヘブライ文字で書くユダヤ・アラビア語で書かれ、のちにヘブライ語にも訳されて広く読まれました。 この課では、主に『迷える者への手引き』を読みます。聖書は、神に「手」や「顔」があるかのように語ります。マイモニデスは、こうした言葉を字面どおりに取ると、神を体あるものとして思い描くことになり、それは偶像を拝むのと同じ誤りだと考えました [1] 。マイモニデスの答えは、神の本質については「〜である」とは言えず、「〜でない」としか言えない、というものです [1] 。 この編で読んできたキンディーからイブン・ルシュドまでと同じく、マイモニデスもアラビア語でアリストテレスを読み、哲学と啓示の関係を問いました。この編の最後の課として、その答え方を見ます。 この課の問い 聖典が「神の手」「神の顔」と、神を人のように語るとき、それをどう読めばよいのでしょうか。そもそも神について、人の言葉で何が言えるのでしょうか。 この課のことば 『ミシュネー・トーラー』 ユダヤの律法(タルムードに書かれた掟)を整理してまとめた書です。 『迷える者への手引き』 哲学を学び、聖典の字面との間で迷う学生にあてた手紙の形の書。神を体あるもののように語る聖典の語の解説を多く含みます。 擬人的な言葉 神に手・顔・座ること・怒ることなど、人の体や心のさまを当てはめる言い方です。 否定的属性 神について「〜である」と言う代わりに「〜でない」と言う語り方。たとえば「生きている」を「死んでいない」の意味に読みます。 行いの属性 神そのものではなく、神のはたらきが世界に生む結果を言う語。「憐れみ深い」は、自然の秩序に憐れみに似た結果が見えることを言います。 偶像崇拝 マイモニデスでは、木や石を拝むことだけでなく、神を体あるものとして思い描くことも含みます。 聖典と理性――神について何が言えるか この章では三つの順に読みます。まず、三つの町を渡った生涯と主な著作を見ます。次に、聖典の擬人的な言葉を比喩として読む『迷える者への手引き』の考え方を見ます。最後に、神の本質を「〜でない」でしか語れないとする否定的属性の説を読みます。 三つの町を渡った人――律法の学者と哲学者 マイモニデスは 1138 年、コルドバの名のある家に生まれました [1] 。ところが 1148 年にムワッヒド朝がこの地に入り、ムスリムでない人々に、改宗か、町を去るか、死かを選ばせます [1] 。一家はコルドバを離れて移り住み、1160 年にモロッコのフェスに着きました [1] (図 1) 。 1138 年 コルドバに生まれる 1148 年 ムワッヒド朝が改宗か追放か 死かを迫る 1160 年 一家がフェスに着く 1166 年 エジプトへ。のちフスタートに 住む 1168 年 『ミシュナー注解』を完成 1190 年 『迷える者への手引き』を完成 1204 年 フスタートで没する 図 1 マイモニデスの生涯と主な著作(SEP の年による)。イスラームの国々の三つの町、コルドバ・フェス・フスタートを渡りました [1] 。 このころの著作として、伝統的に本人に帰される論理学の論考があります。ただし、書き手が本当に本人か、いつ書かれたかには研究上の異論があります。確かなのは、最初の大きな宗教の著作『ミシュナー注解』に取りかかり、1168 年に完成させたことです [1] 。この注解には、ユダヤ教徒みなが守るべき信仰の 13 の原則を並べた箇所があります。ユダヤ教に信仰箇条を持ち込んだ最初の試みとされ、今も議論を呼んでいます [1] 。 1166 年、マイモニデスはエジプトに着き、やがてカイロの一角フスタートに落ち着きました [1] 。医師として働いたと伝えられます。この地で著した『ミシュネー・トーラー』で、彼は思想家としての名を確かなものにしました。この書は、タルムードに記された掟をすべて整理し、どの掟にも理にかなった目的があって、ただ従わせるための掟は無いと示そうとしました [1] 。整理の見事さの反面、この書には疑いも向けられました。タルムードを注解したのか、それとも取って代わろうとしたのか、という疑いです。学塾の学者の多くは後者だと疑った、と SEP は述べます [1] 。 晩年まで仕事に追われたマイモニデスは、疲れ切った末に 1204 年、フスタートで亡くなりました [1] 。「モーセからモーセまで、モーセのような者はいなかった」という古い言い習わしがあります [1] 。聖書のモーセから、モーシェ・ベン・マイモンまで、という意味です。律法を伝えたモーセに並べられるほどの重みを、彼が受けていたことが分かります。 ここで間違えやすい マイモニデスを、ヨーロッパのキリスト教世界の人と取るのは誤りです。彼は生涯をイスラームの国々で過ごし、主著『迷える者への手引き』もユダヤ・アラビア語で書きました。ヨーロッパの読者がこの書に触れたのは、ヘブライ語訳などを通じた、のちのことです。 『迷える者への手引き』――神の「手」や「顔」は比喩である 『迷える者への手引き』は、1190 年に完成した、マイモニデスの哲学の主著です [1] 。表向きは、哲学に従うべきか、宗教の教えに従うべきかを決めかねている、学びの進んだ学生への手紙の形をとります [1] 。けれども中身はそれ以上です。神に体の性質を当てはめるように見える聖書の語の注解、否定神学の擁護、イスラームの神学(カラーム)への批判、創造・預言・摂理の論、法の理論までを含みます [1] 。 この書の根にある心配は、こうです。律法全体は、体をよくすることと魂をよくすることを目指し、前者はいつも後者の手段です [1] 。魂は正しい考えを得るほどよくなり、「神を愛せよ」という掟(申命記 6:5)を果たせるようになります [1] 。その最大のつまずきは、聖書に忠実であるには字面どおりに読むしかない、という思い込みです [1] 。字面どおりに読めば、神を物のように思い描くことになります。マイモニデスの考えでは、それは偶像崇拝にあたります [1] (図 2) 。 聖典の字面 「神の手」「神の顔」と、神を 人のように語る 比喩と知る 神は体でも、体の中の力でもない 理性で読む 「顔」は本質、「背」は神のはたらきの 結果と読む 図 2 聖典の擬人的な言葉の読み方(本教材の整理)。字面のまま止まれば体ある神を思い描き、偶像崇拝に陥ります。多くの人には比喩で語られ、学んだ者は理性で読み解きます [1] 。 では、なぜ比喩と言えるのでしょうか。マイモニデスは、天の絶えまない運動を説明するには、体でも体の中の力でもないものが要る、と論じました(『手引き』第 2 部第 1 章) [1] 。神が体でないなら、「手」や「顔」はそのままの意味ではありえません。例を一つ挙げます。出エジプト記 33 章で、神はモーセに顔を見せず、背を見ることだけを許します。マイモニデスは「顔」を神の本質、「背」を神から流れ出る結果と読みました [1] 。人は神の本質を知れなくても、そのはたらきの跡は知れる、という読みです。 マイモニデスは、聖典はもともと哲学を含んでいたと考えました。ユダヤの伝統が「始まりの物語」として教えたことは、ギリシアの人々が自然学として教えたことにあたります。「エゼキエルの車の物語」として教えたことは、形而上学にあたります(『手引き』序) [1] 。ただ、こうした事柄は多くの人には難しすぎるため、たとえや比喩で語られました。学んだ少数の者は、それを別の層まで読み解く、とされます [1] 。 ここで間違えやすい マイモニデスが聖典を捨てて哲学を選んだ、と取るのは誤りです。彼にとって、聖典は初めから哲学を含んでいました。ただし、その読みがモーセの理解どおりなのか、アリストテレスやファーラービーに負う作り直しなのかは、今も論じられています。本当の意味を学んだ少数の者に限るべきか、という秘教の問題も同じです [1] 。 否定的属性――「〜でない」を重ねて神に近づく 天の運動からの論証は、神が在ることを示します。しかし、神が何であるかまでは言えません。神はどの観点から見ても一つで、分けられないからです(『手引き』1.51) [1] 。「全知」「全能」「善い」を別々の属性と取れば、神の中に多さが入ってしまいます [1] 。また神は、人が「動物」に含まれるように、より広い種類に含まれることもありません(1.52) [1] 。種類に入らなければ定義できません。「最も力がある」と言うのも、神の力を人の力と同じ物差しに載せることです(1.56) [1] 。 そこでマイモニデスは、神について言われる語を否定に読み替えます。「神は力がある」は「神は力を欠いていない」と読みます。ただし、ふつうの二重否定のように「力がある」に戻るのではありません。「力を欠いてはいないが、ほかのものと比べられる仕方で持つのでもない」という、もっと強い否定です(1.58) [1] 。1.58 は、否定を一つずつ重ねる道筋も示します [2] (表 1) 。 この表で分かること: 神についての言い方は、何かを退ける否定として読めます。退けるたびに、神は元素とも天とも知性とも違うと分かります。 ふつうの言い方 否定としての読み 退けるもの 神は在る 無いのではない 無いこと 神は生きている 死んでいない 死んだ物体である元素 神は体でない 体ではない 生きた体である天 神は始まりがない 原因をもたない 原因から生じる知性 神は力がある 欠けていない・比べられない 人や物の力との比較 表 1 上の四行は『手引き』1.58 の道筋 [2] 、最後の行は SEP の説明 [1] によります。 1.60 の「船」の例は、否定で理解が進むさまを示します。「船」という語は知っていても何を指すかを知らない人が、それは偶有(色など物に付く性質)でなく、鉱物でも動物でも地に生えた植物でもなく、自然の一続きの物体でもないと知ります。さらに平らでも球でも尖った円錐でもなく、丸くも辺の等しい形でもなく、中が詰まった物でもないと知るうちに、船の姿に近づきます (図 3) 。 否定を重ねて船の形にたどり着く 語は知っている 「船」が何を指すかは知らない 偶有でも鉱物でもない 色のような性質でも、石でもない 動物ではない 地に生えた植物でもない 形を一つずつ退ける 一続きの物でも、平らでも、 球でも、尖った形でもない 船の形が見えてくる 丸くも等辺でもなく、 中が詰まってもいない 1.60の順を五つのこまにまとめた教材の絵 図 3 『手引き』1.60 の船の例の絵です(本教材の絵)。否定の順は 1.60 に沿い、十の否定を五つのこまにまとめました。上から下へ否定を重ね、最後に船の形が見えてきます。 それでも言葉は神に届きません。否定でさえ「あれでもこれでもない」という複雑さを持ち込むからです [1] 。神について否定できることが多いほどよく、肯定するほど神を人に似せて真の知から遠ざかる、とマイモニデスは言います(1.59) [1] 。そして詩編 65 を引き、最も高い賛美は沈黙だと結びます [1] 。ただし船とちがい、神では否定の先に姿が現れることはない、と読めます(本教材の読み方)。祈りで語る神の性質も、否定か、神のはたらきの結果です。火は蝋を柔らかくし粘土を固くしますが、火そのものは柔らかくも固くもありません [1] 。 ここで間違えやすい 「神は〜でない」は、神に何かが欠けているという意味ではありません。目の見えない人の視力の欠けとは違います。マイモニデスは、壁について「見ない」と言うような、もともとその性質を持たない物から退ける否定を挙げ、神についての否定をこの型で考えます(1.58) [2] 。 原典を読む 第 1 章の三つ目の節で見た否定の読み替えを、『迷える者への手引き』第 1 部第 58 章の段で確かめます。 『迷える者への手引き』第 1 部第 58 章 否定は知性を導く ここに示すのは訳ではなく、本教材の要約です。自由に使える原文(ユダヤ・アラビア語)の電子本文を確かめられなかったため、イブン・ティボンによる中世のヘブライ語訳の写しをもとに、否定の属性を説く段の趣旨をまとめました。 1 神の本質については、肯定の属性はどれも使えません。 2 神には合成が無く、人に分かるのは神が在ることだけで、何であるかではないからです。 3 肯定の属性は、対象の一部か、それに付く性質を指してしまいます。 4 否定の属性は、本質について何も告げず、神に多さも持ち込みません。 5 そのかわり、人が神について知りうる限りのところまで、知性を導きます。 6 道筋は、感覚でとらえるどのものとも違う何かが在る、という論証から始まります。 7 そこから、死んだ物体である元素とも、生きた体である天とも、体ではないが原因から生じる知性とも違う、と一つずつ退けます。 8 「生きている」「始まりがない」という肯定の語は、こうした否定の言い換えです。 原典 1 マイモニデス『迷える者へ