欲望と不安をほどく――エピクロスの快と原子論 — Epoché
解説 自然を、原子と空虚で考える エピクロスは、原子という分割できない小体と、物体が動く空虚を自然の基本と考えた。物の運動から空虚を推論し、魂も原子からなり、身体の死後には感覚を保たないと論じた。 この考えから死後の罰への恐れを退けようとした。古代の自然説明であり、現代物理学と同一ではない。死に至る苦痛や、他者を失う悲しみを否定する議論ではない。 Epicurus 快は、刺激を増やすことだけではない 目指す生は、身体の苦痛と心の乱れがない快い状態。目先の快が後の苦痛につながることもあるため、すべての快をその都度選ぶのではない。 心の落ち着きを、何も感じないことや、あらゆる危険が消えることにしない。 Epicurus 欲望の種類と、求めている安心 自然で必要な欲望、自然だが必要でない欲望、空しい欲望を区別した。富や名声を際限なく求めても、それによって安心が得られるとは限らない、と考える。 欲望をすべて否定するのではない。必要な食事と際限のない富の追求は同じではなく、現代の不安への万能治療とも保証しない。 Epicurus 欲望の区別 種類 この説での位置 自然で必要 生や身体の安らぎに関わる 自然だが不要 よい香りやおいしい飲食など 空しい 不死や際限のない富の追求など どれも我慢するという表ではない。何を求め、その満足が何に役立つのかを分ける。 参考文献 David Konstan「Epicurus」。 出典