14.79 指導者か親分か — 外に立つと、忠義がすり替わる — Epoché
この篇でできるようになること ★ 二つの語を対にして章を組む 書き方が読める。 ★ not … but … で定義する やり方が分かる。 ★ 同じ語を二つに割る (忠義・指導)運びが追える。 ★ のちの経営の考えの 種 が、どこに書かれていたかが言える。 前提 : 特別編に門はありません。第 5 期まで済んでいれば、どこからでも読めます(目安は 3.40 まで/4.60 まで)。 読む前に ★ 特別編は 順番に読む必要がありません 。★ 1 篇が 1 作品 で、★ どの篇から始めてもかまいません。 ★ フォレット(一八六八〜一九三三)は、 いまの経営学のもとを作った人 の一人です。★ 『新しい国家』は 政治の本 ですが、★ のちに 会社の組織の話として読み直され ました 。 ★ 読む前に、二つ確かめてください。 どちらのことか 確かめること ★ 仕事のこと ★ 仕事のことばの層( 12.19 知編 ) ★ 論のこと ★ 定義の作り方( 9.3 論編 ) ★ 同じ本の 前の章 は、もう読編の課になっています。 どこか 何を読むか 8.183 読編 ★ 同じ本の 第 2 章 。集団の過程(読編) 8.184 読編 ★ 同じ本の 第 3 章 。その続き(読編) 11.22 商編 ★ この本から仕事で使う句を抜いた課(商編) ★ 8.183 読編 は 1363 語で、 「集団の考えはどう生まれるか」 、★ この篇は 「では、だれが導くのか」 です。★ 本の ずっとうしろ(第 3 部) にあります。 ★ ★一つ断っておきます。 ★ 設計書はここに 「命令の非人格化」(千九百二十六年の論文) を置いて いました。★ ところが その論文は単体で公開されていません (当館で当たって確かめました)。★ そこで 同じ人の、その考えの種が書かれた章 に替えて あります。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1545 語、段落は 12 に分かれ、文は 71 本、一文の平均は 21.8 語、いちばん長い一文は 60 語です。 ★ 語の出方を数えると、 この章の作りがそのまま見え ます。 どの語か 本文に何回 ★ leader ・ leaders ★ 30 回 ★ leadership ★ 13 回 ★ group ・ groups ★ 17 回 ★ boss ・ bosses ★ 6 回 ★ loyalty ★ 2 回 ★ leader と group が いつも一緒に出て きます 。★ いっぽう boss は 6 回しか出ません ——★ 題に入っているのに です。★ つまり 章の中身は「指導者とは何か」 で、★ boss は それを言うための引き立て役 です。 ★ loyalty が 2 回しか出ないことも覚えておいてください ——★ その二回が この章のいちばん大事な一行 です。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 近隣の組織は、民衆のほんものの意志を作り出すことによってだけでなく、親分たちに取って代わるほんものの指導者を生み出すことによっても、政党の組織にとって命取りとなるでしょう。 アメリカの民主政は、ずっと指導ということを怖がってきました。十八世紀に作られた私たちの憲法は、指導する部門を一つも定めず、議会の中にも指導する人を一人も定めませんでした。そのため、指導はどうしても必要なものですから、定まらない、責任を負わない指導が数多く生まれてきました。これはしばしば腐敗と乱用を意味し、それだけでも十分に悪いのですが、もっと悪いことに、腐敗を長続きさせる仕組み、乱用を後押しする仕組みが作られることを意味してきました。マシーン政治のもとで、私たちは指導者として、その時いちばん人気のある人か、いちばん行き届いた情実の仕組みを作り上げた人を選びます。いや、むしろ、もちろん私たちはまったく選んでいないのです。私たちの政党制度のもとには二種類の指導者がいて、どちらも間違った種類です。実際の指導者である親分たちと、政党の思いどおりに動かせる人がなりがちだった公式の指導者たちです。私たちの公職者は選挙演説で、自分たちは「人民の召使い」だと言います。しかし私たちは、親分を求めないのと同じように「召使い」も求めていません。私たちが求めているのはほんものの指導者です。ますます多くの直接の権力が人民に与えられつつある今、私たちがマシーンの親分たちに導かれないこと、そして、ほんとうの民主政に仕え、ほんとうの民主政の表れとなり、民主的な方法によって民主的な目的へとそれを導くような指導を、私たちが育て上げることが、とりわけ必要です。 私たちは、地域の集団の組織を通じて、ほんものの指導者を育て上げたいと願っています。民主政には、あらゆる種類の能力が上へ出てくるような、何らかの規則正しい、絶え間ない過程があるべきです。また、新しい能力がいつでもいちばん役に立つ場所を見つけられるよう、そして、もはや役に立たなくなった働きを役に立つ働きと入れ替えられるよう、私たちの形に柔軟さがあるべきです。問題ごとに違う組み分けができる近隣の集団では、どの時点でも、いま手もとにあるその事がらについていちばん指導する力のある人が指導する傾向が生まれるでしょう。こうして、機械的な指導が、生きた指導に席を譲ることになります。たとえば、話題が公衆衛生だとしましょう。いちばん関心を持ち、何が必要かをいちばんはっきり見ていて、いちばん粘り強くそれを唱える人が、自然とその件の指導者として進み出るでしょう。教育の事がらをいちばんよく知っている人は、その件で指導し、やがて学校委員会や州議会の教育委員会に選ばれるでしょう。こうして民主政のさまざまな指導者が現れます。ここ、近隣の集団の中で、指導者が生まれるのです。民主政は貴族を育てる土壌です。あなたには、世の中が与えるあらゆる機会があります。あなたの近隣の集団の中で、あなたの頭の明晰さ、つかむ力の強さ、協同の行動を引き出し導く力を示しなさい。そうすれば、あなたは人々の指導者として現れるのです。 指導については、集団心理との関わりの中で研究されるまでは、十分なことは何も言えません。英国の首相の指導や、ウィルソン大統領の指導は、この主題がもっとよく分かるようになったときに、興味深い研究の対象となるでしょう。それまでのあいだ、指導の資質のいくつかを手短に見てみましょう。 指導者は集団を導き、同時に自分も集団に導かれ、いつも集団の一部です。だれも、内側からでなければ、ほんとうに導くことはできません。指導者を外にいるものと考えることの危うさの一つは、そうすると、集団への忠義であるべきものが、人への忠義になってしまうことです。指導者が集団の中にいるとき、この二つの忠義は一つに溶け合うことができます。 指導者は、あらゆる悪をその原因までたどる勘を持っていなければなりません。しかし、それと同じくらい大切なこととして、その原因が集団の一人ひとりにとってどれほどの重みを持つかを見ることができなければなりません。言いかえれば、その原因が集団にとって持つ関わりの全体を見ることができなければなりません。指導者は、その原因に関わる近隣のさまざまな必要をすべて引き出し、それらを解決策の中で折り合わせなければなりません。赤ん坊が病気だとします。もしかすると牛乳が赤ん坊には濃すぎるのでしょうか。けれども、おそらく近隣のほかの人たちは濃い牛乳を求めています。牛乳に関する近隣のあらゆる必要が引き出され、病気の子どもへの解決策の中で折り合わされなければなりません。つまり、解決策は薄い牛乳ではありえませんが、牛乳屋に赤ん坊用の牛乳を別に用意するよう求めることならありうるのです。 言いかえれば、私たちの近隣の集団の指導者は、私たちの経験を私たちに向けて解き明かさなければならず、私たちの日々の営みの底にあるさまざまな見方のすべてと、それらのつながりを見なければならず、さまざまで、しばしば食い違う必要を調整しなければならず、集団を、自分たちの必要の理解へ、目的の一本化へと導かなければなりません。指導者は、ぼんやりしたもの、隠れているもの、まだ傾きにすぎないものに形を与えなければなりません。指導者は、私たちを賢い決定へと導くことができなければならず、自分の賢い決定を私たちに押しつけるのではありません。私たちに必要なのは指導者であって、主人や追い立て役ではありません。 指導の力とは、まとめ上げる力です。これこそが共同体を作り出す力です。二、三人の見知らぬ人や、ちょっとした知り合いが、だれかの家を訪ねているときに、それを見ることができます。ある女主人のもとでは、みなが互いに、まったく別々の個人として向こう側へ話しかけます。たしかに感じよく、親しげにではありますが、それでも橋の架かっていない深い溝をはさんでのことです。いっぽう別の女主人には、その場のみなに、しばらくのあいだ互いにつながっていると感じさせ、まるでそのひとときだけの一つの小さな共同体であるかのように感じさせる力があります。これは、貴重であるとともに微妙な才能です。人々の指導者が持っていなければならない才能です。こうしてこそ、さまざまな人柄と込み入った事情の混沌の中から、集団の意志が育て上げられるのです。 ですから、巧みな指導者は、個人の力に頼りません。集団を支配することによってではなく、集団を言い表すことによって、集団を統御します。指導者は私たちの中のいちばんよいものを刺激します。私たちが手探りで、ばらばらにしか感じていないものを一つにまとめ、集中させます。しかし、私たちも指導者もともにその欠かせない一部である流れから、決して離れません。指導者とは、一人ひとりの中にあるまだ形をなさない力に形を与える人です。私にいちばん影響を与える人は、偉大な行いをする人ではなく、私に偉大な行いができると感じさせてくれる人です。多くの人が、私が何をすべきか、それをどうすべきかを事細かに教えてくれますが、私に何かをしたいと思わせてくれた人はわずかです。私から火花を打ち出し、そうでなければ取らなかったであろう行動へと私を奮い立たせた人は、だれであれ、私の指導者だったのです。共同体の指導者とは、その共同体の中にあるいちばん多くの力を解き放つことのできる人です。 それから、近隣の指導者は、実際的な政治家でなければなりません。近隣を、その近隣自身に向けてだけでなく、ほかの人々に向けても解き明かすことができなければなりません。掃除婦一人ひとりの必要を知っているだけでなく、政治がどうすればその求めに応えられるかを知っていなければなりません。現在の大きな運動とその意味を知っていなければならず、近隣のどんなに小さな必要も、どんなにつつましい力も、私たちの時代の進歩的な運動の中にどうはめ込めるかを知っていなければなりません。指導者の務めは、政治を絶えず形作ることです。一つの必要が満たされたり、一つの隠れた力が言い表されたりすると、さらに多くのものが見えてくるので、指導者はいつも油断なく、いつでも多くの糸を集めて、一致した努力の一本の撚り糸にする用意ができていなければなりません。指導者は、忍耐強い見張り役であり、活動的な代弁者であり、共同体の意識を誠実に熱心に説く人です。指導者を導き、すべてを包み込み、支配している考えは、その共同体の意識を、政府の中ではっきりと言い表されるものにすることです。 政治家は、集団の指導者ではなく、群衆の指導者です。群衆の指導者が支配するのは、群衆が支配されたがっているからです。政治家は、納得させようとするのではなく、目をくらませようとします。事実を扱うのではなく、決まり文句やぼんやりした一般論、国旗や祖国を扱います。もし私たちの政治家や代表者が、私たちのうちいちばん力のある人たちではなく、暗示の力をいちばん持ち、それを使うのがいちばん巧みな人たちなのだとすれば、ここでの提案は、ほんものの指導者を生み出す方法を私たちが育てようということです。私たちは今、州憲法の再編において、責任を負わない政党の親分の仕組み——何らかの指導者を持たなければならなかったために、かつては必要だった仕組み——に代えて、責任を負う公式の指導を目指しています。この新しい運動がどこまで成功するかは、群衆の指導者ではなく集団の指導者を育てるような組織を、どこまで背後に持っているか、あるいは背後に持たせることができるかにかかっているでしょう。 近隣の組織を通じて、親分たちの代わりにほんものの指導者が育て上げられることを、私たちは願っています。民主政は、よく言われるように指導を抑えつける傾きを持つものではありません。民主政は、指導を引き出す唯一の社会の組織なのです。私たちの中にある力を解き放つ機会が与えられるやいなや、私たちのあいだから英雄と指導者が現れるでしょう。その人たちは、すべての人から刺激と情熱と命を汲み取り、そして今度は、すべての人の中に、情熱と力と創り出す力を増していくでしょう。 語釈 帯の外の語は 45 語です。★ 二つの群れに分かれます ——★ 指導と集団の語 ( elicit ・ liberate ・ inchoate )と、★ 暮らしの中の人の名 ( charwoman ・ milkman ・ hostesses )です。★ 二つめの群れがあるのが、この章の面白いところ です——★ 政治の本なのに 掃除婦と牛乳配りが出て きます 。 語(品詞) 意味 注 British en 形 英国の The British countryside is famous for its rolling green hills. イギリスの田園地帯は、なだらかな緑の丘で知られています。 Wilson en 名 ウィルソン。米国の大統領( President Wilson ) acquaintances en 名 知り合い(複数) She invited several old acquaintances to her small wedding last spring. 彼女は去年の春の小さな結婚式に、古くからの知り合いを何人か招きました。 adroit en 形 手ぎわのよい。巧みな The adroit negotiator settled