3.8 過去 ひとつめ — 出来事を一回きりで言う — Epoché
この 課 か でできるようになること 出来事 できごと を 過去 かこ のこととして 言える いえる 。 語頭 ごとう に 音 おと が 一 ひと つ 足さ たさ れる 形 かたち を 見 み て、 過去 かこ だと 分かる わかる 。 ギリシア 語 ご の 過去 かこ が 二 ふた つあることを 知り しり 、その 違い ちがい の 入り いり ぐちに 立つ たつ 。 前提 ぜんてい : 3.7( 持ち主 もちぬし は 名詞 めいし の 後ろ うしろ )。 第 だい 1 期 き の 最後 さいご の 課 か です。 ここまでは 現在 げんざい だけで 通し とおし てきました。この 課 か で 過去 かこ に 入り はいり ます。 本 ほん 課程 かてい の 文 ぶん の 池 いけ では、 過去 かこ の 形 かたち が 六 ろく 文 ぶん に 一 いち 文 ぶん に 出 で てきます。 現在 げんざい に 次い つい で 多く おおく 、これを 押さえる おさえる と 読める よめる 文 ぶん が 一段 いちだん と 増え ふえ ます。 ギリシア 語 ご の 過去 かこ は 二 ふた つあります。この 課 か で 扱う あつかう のは、 出来事 できごと を 一 いち 回 かい きりのこととして 言う ゆう ほうです。もう 一方 いっぽう は 続い つづい ていたことを 言う いう 形 かたち で、 形 かたち 編 へん の 後半 こうはん と 3.12 で 扱い あつかい ます。 二 ふた つの 違い ちがい はギリシア 語 ご の 文法 ぶんぽう でいちばん 大きな おおきな 山 やま ですが、 この 課 か ではまだ 登り のぼり ません 。まず 一方 いっぽう を 確実 かくじつ に 作れる つくれる ようにします。 型 かた の 骨格 こっかく — 頭 あたま に 音 おと が 一 ひと つ 増える ふえる 過去 かこ の 形 かたち には、はっきりした 目印 めじるし があります。 語頭 ごとう に 音 おと が 一 ひと つ 足さ たさ れる ことです。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう で、 真ん中 まんなか が 現在 げんざい 、 右 みぎ が 過去 かこ です。 動詞 どうし 現在 げんざい の 形 かたち 過去 かこ の 形 かたち 書く かく γράφω で 私 わたくし が 書く かく έγραψα で 私 わたくし が 書い かい た 読む よむ διαβάζω で 私 わたくし が 読む よむ διάβασα で 私 わたくし が 読ん よん だ 雨 あめ が 降る ふる βρέχει で 雨 あめ が 降る ふる έβρεξε で 雨 あめ が 降っ ふっ た 一 いち 行 ぎょう 目 め と 三 さん 行 ぎょう 目 め では、 語頭 ごとう にエの 音 おと が 足さ たさ れています。この 足さ たさ れる 音 おと を 加音 かおん と 呼び よび ます。 二 に 行 ぎょう 目 め には 足さ たさ れていませんが、そのかわり 強勢 きょうせい が 前 まえ へ 動い うごい ています 。ディアヴァゾがディアヴァサになる。 規則 きそく はこうです。 過去 かこ の 形 かたち は、 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め の 音節 おんせつ に 強勢 きょうせい を 置く おく 。 そこに 置ける おける 音節 おんせつ が 足り たり なければ、 頭 あたま に 音 おと を 足し たし て 作る つくる 。 二 に 音節 おんせつ の 動詞 どうし では 足り たり ないので 加音 かおん が 現れ あらわれ 、 三 さん 音節 おんせつ 以上 いじょう なら 足さ たさ ずに 強勢 きょうせい だけが 動き うごき ます。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ には「 頭 あたま が 重く おもく なったら 過去 かこ 」と 覚える おぼえる のがいちばん 早い はやい です。 日本 にっぽん 語 ご ならどう 言う ゆう か 表 ひょう は 四 よん 行 ぎょう です。 日本 にっぽん 語 ご で 言い いい たいこと ギリシア 語 ご では ずれるところ 昨日 きのう は 雨 あめ が 降っ ふっ た Έβρεξε χτες ずれない。 出来事 できごと を 一 いち 回 かい きりで 言う ゆう 今日 きょう は 雨 あめ だ Βρέχει σήμερα 同じ おなじ 動詞 どうし の 現在 げんざい 。 頭 あたま が 軽い かるい それを 買っ かっ た Το αγόρασα ずれない。 代 だい 名詞 めいし の 位置 いち も 変わら かわら ない いま 分かっ わかっ た Τώρα καταλαβαίνω ずれる。 日本 にっぽん 語 ご は 過去 かこ 、ギリシア 語 ご は 現在 げんざい 四 よん 行 ぎょう 目 め は 型 かた 編 へん 3 課 か で 扱っ あつかっ たずれです。 日本 にっぽん 語 ご の た は 過去 かこ の 印 しるし ではなく、ことが 成立 せいりつ したという 印 しるし でした。だから、いま 成立 せいりつ したばかりのことにも 使え つかえ ます。ギリシア 語 ご の 過去 かこ は 文字 もじ どおり 過去 かこ のことだけを 指す さす ので、そこには 届き とどき ません。 逆 ぎゃく から 言え いえ ば、 過ぎ去っ すぎさっ たことなら 日本 にっぽん 語 ご もギリシア 語 ご も 同じ おなじ です。 昨日 きのう 、 去年 きょねん 、あのとき—— 時 じ を 表す あらわす 語 ご が 過去 かこ を 指し さし ていれば、 迷わ まよわ ず 過去 かこ の 形 かたち を 使っ つかっ てよい。 迷う まよう のは「いま 成立 せいりつ したこと」だけです。 実 じつ 文 ぶん で 確かめる たしかめる 十 じゅう 文 ぶん あります。 最初 さいしょ の 三 みっ つは 同じ おなじ 動詞 どうし を 三 みっ つの 形 かたち で 並べ ならべ たものです。 過去 かこ 、 現在 げんざい 、そしてもう 一方 いっぽう の 過去 かこ 。 三 みっ つ 目 め の 形 かたち はまだ 学ん まなん でいませんが、 頭 あたま に 足さ たさ れた 音 おと が 同じ おなじ で 語尾 ごび だけが 違う ちがう ことに 耳 みみ を 向け むけ てください。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Έβρεξε χτες. [1] 昨日 きのう 、 雨 あめ が 降り ふり ました。 この 課 か で 学ぶ まなぶ 過去 かこ 。 頭 あたま にエの 音 おと が 足さ たさ れている Βρέχει σήμερα. [2] 今日 きょう は 雨 あめ です。 同じ おなじ 動詞 どうし の 現在 げんざい 。 頭 あたま が 軽い かるい Έβρεχε χθες; [3] 昨日 きのう は 雨 あめ が 降っ ふっ ていましたか。 もう 一方 いっぽう の 過去 かこ 。 頭 あたま は 同じ おなじ で 語尾 ごび が 違う ちがう Διάβασες χθες; [4] 昨日 きのう は 勉強 べんきょう しましたか。 強勢 きょうせい が 前 まえ へ 動い うごい た 形 かたち 。 加音 かおん は 足さ たさ れない Άργησες χτες. [5] 昨日 きのう は 遅れ おくれ たね。 第 だい 二 に 活用 かつよう の 動詞 どうし の 過去 かこ Το αγόρασα. [6] それを 買い かい ました。 代 だい 名詞 めいし は 過去 かこ でも 動詞 どうし の 前 まえ のまま Σε άκουσα. [7] きみの 言う いう ことは 聞き きき ました。 同じ おなじ 作り つくり 。 頭 あたま にエの 音 おと が 足さ たさ れている Δεν έγραψα το γράμμα. [8] その 手紙 てがみ は 書き かき ませんでした。 否定 ひてい の 語 ご 、 動詞 どうし 、 目的 もくてき 語 ご の 順 じゅん Δεν έπαιξα τένις χτες. [9] 昨日 きのう はテニスをしませんでした。 否定 ひてい の 過去 かこ に 昨日 きのう が 添え そえ られている Έγινε δασκάλα. [10] あの 人 ひと は 先生 せんせい になりました。 なる という 動詞 どうし の 過去 かこ 。 述語 じゅつご に 冠詞 かんし が 無い ない 一 ひと つ 目 め と 三 みっ つ 目 め を 聞きくらべ ききくらべ てください。 頭 あたま は 同じ おなじ で、 語尾 ごび だけが 違い ちがい ます。 一 ひと つ 目 め は 雨 あめ が 降っ ふっ たという 出来事 できごと 、 三 みっ つ 目 め は 雨 あめ が 降っ ふっ ている 状態 じょうたい が 続い つづい ていたこと。 日本 にっぽん 語 ご なら「 降っ ふっ た」と「 降っ ふっ ていた」で 言い分ける いいわける ところです。 ギリシア 語 ご はこれを 語幹 ごかん そのもので 分け わけ ます。 この 対立 たいりつ が 3.12 の 中身 なかみ です。 よくある 誤り あやまり 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 どんな 誤り あやまり か やってしまう 形 かたち 直し なおし た 形 かたち いま 分かっ わかっ た を 過去 かこ にする 日本 にっぽん 語 ご の た につられる 現在 げんざい の 形 かたち で 言う ゆう 。 状態 じょうたい だから 加音 かおん をいつも 足す たす 三 さん 音節 おんせつ 以上 いじょう の 動詞 どうし にも 頭 あたま の 音 おと を 足す たす 足さ たさ ない。 強勢 きょうせい が 動く うごく だけ 代 だい 名詞 めいし の 位置 いち を 変える かえる 過去 かこ だからと 後ろ うしろ に 回す まわす 過去 かこ でも 動詞 どうし の 前 まえ 。 位置 いち は 変わら かわら ない 二 ふた つ 目 め について 補い おぎない ます。 加音 かおん を 足す たす か 足さ たさ ないかは 音節 おんせつ の 数 かず で 決まる きまる ので、 動詞 どうし ごとに 覚える おぼえる 必要 ひつよう はありません。 過去 かこ の 形 かたち を 作っ つくっ たあと、 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め に 山 やま があるかを 確かめる たしかめる 。あればそれで 正しく ただしく 、なければ 頭 あたま に 音 おと を 足す たす 。 数え かぞえ て 決め きめ られる のがこの 規則 きそく のありがたいところです。 もう 一 ひと つ、この 課 か では 扱い あつかい きれないことを 正直 しょうじき に 言っ いっ ておきます。 語幹 ごかん そのものが 変わる かわる 動詞 どうし が 三十 さんじゅう ほどあります。 見る みる 、 言う ゆう 、 来る くる 、 食べる たべる ——どれも 頻出 ひんしゅつ 語 ご で、 過去 かこ になると 別 べつ の 語 ご のような 姿 すがた になります。これは 覚える おぼえる ほかなく、2.7 でまとめて 扱い あつかい ます。この 課 か の 実 じつ 文 ぶん にも 一 ひと つ 混じっ まじっ ていますが、いまは 形 かたち が 違う ちがう と 気づく きづく だけで 十分 じゅうぶん です。 広げる ひろげる — 第 だい 1 期 き を 終え おえ て この 課 か で 第 だい 1 期 き が 終わり おわり ます。 手 て に 入れ いれ たものを 数え かぞえ ておきます。 字 じ と 音 おと を 十 じゅう 課 か で 通し とおし 、 カタカナ 語 ご からの 橋 はし を 六 ろく 課 か で 架け かけ 、 名詞 めいし と 動詞 どうし の 形 かたち を 五 ご 課 か で 組み くみ 、 使い つかい どころ を 八 はち 課 か で 決め きめ ました。 冠詞 かんし が 十 じゅう 、 名詞 めいし の 型 かた が 八 よう つ、 形容 けいよう 詞 し の 一致 いっち 、 動詞 どうし の 活用 かつよう が 二 ふた つ、 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし 、そして 過去 かこ 。 これで 何 なん ができるかというと、 誰 だれ が 誰 だれ に 何 なん をしたかを、 過去 かこ と 現在 げんざい で 言える いえる ようになっています。 文 ぶん の 池 いけ でいえば、 冠詞 かんし が 半分 はんぶん 、 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし が 三 さん 分 ぶん の 一 いち 、 否定 ひてい と 疑問 ぎもん が 三 さん 分 ぶん の 一 いち 、 過去 かこ が 六 ろく 分 ぶん の 一 いち の 文 ぶん に 出る でる 。 重なり かさなり を 差し引い さしひい ても、 池 いけ のかなりの 部分 ぶぶん に 手 て が 届く とどく ところまで 来 き ました。 第 だい 2 期 き では、 残る のこる 過去 かこ の 形 かたち と 相 そう の 対立 たいりつ に 登り のぼり 、 前置 ぜんち 詞 し と 語彙 ごい を 増やし ふやし ます。 いちばん 急 きゅう な 坂 さか はここから ですが、その 坂 さか を 登る のぼる ための 足場 あしば はこの 八 はち 課 か で 組み くみ 終わっ おわっ ています。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 過去 かこ の 形 かたち を 作る つくる 次 つぎ の 動詞 どうし の 過去 かこ の 形 かたち はどうなりますか。 頭 あたま に 音 おと を 足す たす か、 強勢 きょうせい が 動く うごく だけかも 答え こた