0.3 強勢記号(単調式) — Epoché
この 課 か でできるようになること 二 に 音節 おんせつ 以上 いじょう の 語 ご に 必ず かならず 一 ひと つ 付く つく 強勢 きょうせい の 印 しるし を 見つけ みつけ 、その 母音 ぼいん を 強く つよく 長め ながめ に 読める よめる 。 日本 にっぽん 語 ご の 高低 こうてい アクセントとギリシア 語 ご の 強勢 きょうせい の 違い ちがい を 知り しり 、 高 たか さではなく 強 つよ さで 出せる だせる 。 印 しるし の 位置 いち だけで 別 べつ の 語 ご になる 対 たい を 聞き分け ききわけ 、 言い分け いいわけ られる。 前提 ぜんてい : 0.2( 母音 ぼいん と 綴り つづり )。 0.1 と 0.2 で、ギリシア 語 ご の 語 ご には 強勢 きょうせい の 印 しるし が 付く つく と 述べ のべ てきました。この 課 か はその 印 しるし そのものの 話 はなし です。 印 しるし は 飾り かざり ではなく 語 ご の 一部 いちぶ です。 付ける つける 場所 ばしょ を 間違える まちがえる と 別 べつ の 語 ご になり、 印 しるし を 読ま よま ずに 平ら たいら に 発音 はつおん すると、 綴り つづり が 全部 ぜんぶ 正しく ただしく ても 通じ つうじ ません。 母音 ぼいん ・ 子音 しいん と 並ぶ ならぶ 三 さん 本 ぽん 柱 はしら の 一 ひと つがこの 強勢 きょうせい です。 印 しるし は 必ず かならず 一 ひと つ、 二 に 音節 おんせつ 以上 いじょう の 語 ご に 規則 きそく は 簡潔 かんけつ です。 二 に 音節 おんせつ 以上 いじょう の 語 ご には、 強勢 きょうせい の 印 しるし がちょうど 一 ひと つ 付く つく 。 一 いち 音節 おんせつ の 語 ご には 付け つけ ません。 例外 れいがい は、 同じ おなじ 綴り つづり の 別 べつ の 語 ご と 区別 くべつ するための 三 さん 組 くみ だけです。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 同じ おなじ 音 おと の 二 に 語 ご 印 しるし があるかどうかで、どう 変わる かわる か ή と η 印 しるし があれば「または」。 印 しるし が 無けれ なけれ ば 女性 じょせい の 定冠詞 ていかんし πού, που 印 しるし があれば「どこ」。 印 しるし が 無けれ なけれ ば「〜という」の 関係 かんけい 詞 し πώς, πως 印 しるし があれば「どのように」。 印 しるし が 無けれ なけれ ば「〜と」の 接続 せつぞく 詞 し この 体系 たいけい を 単調式 たんちょうしき と 呼び よび ます。1982 年 ねん に 公式 こうしき の 正書 せいしょ 法 ほう になった、 印 しるし が 一 いち 種類 しゅるい だけの 書き かき 方 かた です。それより 前 まえ の 多調式 たちょうしき は、 印 しるし が 三 さん 種類 しゅるい あり、さらに 気息記号 きそくきごう が 語頭 ごとう の 母音 ぼいん に 付き つき ました。 古い ふるい 本 ほん や 教会 きょうかい の 文章 ぶんしょう 、 碑文 ひぶん はいまも 多調式 たちょうしき で 書か かか れています。 第 だい 0.10 課 か で 読み よみ 方 かた を 扱い あつかい 、 古典 こてん 編 へん への 入口 いりぐち にします。いまは、 現代 げんだい の 印 しるし は 一 いち 種類 しゅるい で 一 いち 語 ご に 一 ひと つ、だけで 足り たり ます。 強 つよ さの 強勢 きょうせい と、 高 たか さのアクセント 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ にとって、この 課 か でいちばん 大事 だいじ な 段落 だんらく です。 日本 にっぽん 語 ご のアクセントは 高 たか さ で 作ら つくら れます。「はし」の 最初 さいしょ を 高く たかく するか 後 あと を 高く たかく するかで 橋 はし と 箸 はし が 分かれる わかれる 。 声 こえ の 大き おおき さや 長 なが さは 変え かえ ません。ギリシア 語 ご の 強勢 きょうせい は 強 つよ さ で 作ら つくら れます。 印 しるし の 付い つい た 母音 ぼいん を、まわりより 大きく おおきく 、わずかに 長く ながく 読み よみ 、ほかの 母音 ぼいん は 短く みじかく 軽く かるく 読む よむ 。 高 たか さは 自然 しぜん に 上がる あがる ことが 多い おおい ですが、 高 たか さだけを 変え かえ ても 強勢 きょうせい には 聞こえ きこえ ません。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 強勢 きょうせい は、たいてい「 高 たか さだけ 上げ あげ て、 長 なが さと 大き おおき さが 変わら かわら ない」 形 かたち になります。 自分 じぶん では 強勢 きょうせい を 付け つけ たつもりでも、ギリシア 語 ご の 耳 みみ には 平ら たいら に 聞こえる きこえる 。 直し なおし 方 かた は 一 ひと つ、 印 しるし の 母音 ぼいん を 意識 いしき して 長め ながめ に 引く ひく ことです。ギリシア 語 ご には 母音 ぼいん の 長い ながい 短い みじかい が 無い ない ので、 長く ながく 引い ひい ても 別 べつ の 語 ご になる 心配 しんぱい はありません。 長 なが さは 強勢 きょうせい の 目印 めじるし としてだけ 働き はたらき ます。 もう 一 ひと つ、 英語 えいご との 違い ちがい も 知っ しっ ておくと 役 やく に 立ち たち ます。 英語 えいご は 強勢 きょうせい の 無い ない 母音 ぼいん を 曖昧 あいまい な 音 おと に 潰し つぶし ますが、 ギリシア 語 ご は 強勢 きょうせい の 無い ない 母音 ぼいん も 潰し つぶし ません 。 καλημέρα (おはよう)の 四 よん つの 母音 ぼいん は、 強勢 きょうせい のある 一 ひと つ 以外 いがい も 全部 ぜんぶ はっきりア・イ・エ・アと 出 で ます。 母音 ぼいん を 潰さ つぶさ ない 癖 くせ は 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ に 元 もと からあるので、ここは 英語 えいご 話者 わしゃ より 有利 ゆうり です。 置ける おける 場所 ばしょ は、 後ろ うしろ から 三 みっ つまで 強勢 きょうせい の 印 しるし は、 語末 ごまつ から 数え かぞえ て 一 ひと つ 目 め ・ 二 ふた つ 目 め ・ 三 みっ つ 目 め の 音節 おんせつ のどれかにしか 付き つき ません。 四 よん つ 目 め より 前 まえ には 決して けっして 付か つか ない。 古典 こてん 語 ご からずっと 続い つづい ている 規則 きそく で、 語 ご がどれだけ 長く ながく ても 同じ おなじ です。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 印 しるし の 位置 いち 例 れい の 語 ご 語末 ごまつ の 音節 おんせつ ευχαριστώ は ありがとう、 παιδί は 子ども こども 、 ποτέ は 決して けっして 語末 ごまつ から 二 ふた つ 目 め καλημέρα は おはよう、 γυναίκα は 女性 じょせい 、 σχολείο は 学校 がっこう 語末 ごまつ から 三 みっ つ 目 め άνθρωπος は 人 ひと 、 θάλασσα は 海 うみ 、 όμορφος は 美しい うつくしい この 規則 きそく には、あとで 効い きい てくる 副 ふく 作用 さよう があります。 語尾 ごび が 変わっ かわっ て 音節 おんせつ が 増える ふえる と、 強勢 きょうせい が 四 よん つ 目 め に 追いやら おいやら れてしまう——そのとき 強勢 きょうせい は 一 ひと つ 後ろ うしろ へ 動き うごき ます 。 άνθρωπος ( 人 ひと )の「〜の」の 形 かたち は ανθρώπου で、 印 しるし が 二 ふた つ 目 め の 音節 おんせつ に 移っ うつっ ています。 名詞 めいし の 変化 へんか と 動詞 どうし の 変化 へんか で、この 動き うごき を 何 なん 度 ど も 見る みる ことになります。いまは、 動く うごく ことがある、とだけ 覚え おぼえ てください。 印 しるし の 位置 いち で 語 ご が 変わる かわる 同じ おなじ 字 じ の 並び ならび で、 印 しるし の 位置 いち だけが 違う ちがう 語 ご の 対 たい です。 日本 にっぽん 語 ご の「はし」と 同じ おなじ 性質 せいしつ のものが、ギリシア 語 ご にもかなりあります。 表 ひょう は 五行 ごぎょう です。 対 たい になる 二 に 語 ご 印 しるし がどちらに 付く つく かで、どう 変わる かわる か πότε, ποτέ 前 まえ に 強勢 きょうせい なら「いつ」。 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい なら「 決して けっして 」 πίνω, πεινώ 前 まえ に 強勢 きょうせい なら「 飲む のむ 」。 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい なら「 お腹 おなか が 空い あい ている」 νόμος, νομός 前 まえ に 強勢 きょうせい なら「 法律 ほうりつ 」。 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい なら「 県 けん 」 γέρος, γερός 前 まえ に 強勢 きょうせい なら「 老人 ろうじん 」。 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい なら「 丈夫 じょうぶ な」 άλλα, αλλά 前 まえ に 強勢 きょうせい なら「ほかの」。 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい なら「しかし」 飲む のむ という 語 ご と 空腹 くうふく だという 語 ご は、 綴り つづり も ι と ει で 違い ちがい ますが、0.2 で 見 み たとおり 音 おと は 同じ おなじ イなので、 耳 みみ では 強勢 きょうせい だけが 手がかり てがかり です。 飲む のむ と 空腹 くうふく だは 食卓 しょくたく で 隣り合う となりあう 語 ご なので、 取り違え とりちがえ は 実害 じつがい になります。この 対 たい は、この 課程 かてい の 音読 おんどく 課題 かだい で 繰り返し くりかえし 使い つかい ます。 書き かき 方 かた の 約束 やくそく 印 しるし の 置き おき 方 かた には、 細かい こまかい 約束 やくそく が 四 よん つあります。 二 に 字 じ で 一 いち 音 おん の 組 くみ では、 二 ふた つ 目 め の 字 じ に 付ける つける 。 είναι 、 πού 。 一 ひと つ 目 め に 付ける つける と 二 に 音 おん に 分かれ わかれ ます(0.2)。 語頭 ごとう の 大 だい 文字 もじ に 付ける つける ときは、 字 じ の 左肩 ひだりかた に 置く おく 。 Έλα (おいで)、 Όχι 。 語 ご 全体 ぜんたい が 大 だい 文字 もじ なら 付け つけ ません。 分 ぶん 音 おん 記号 きごう と 重なる かさなる ときは、 点 てん の 間 あいだ に 印 しるし を 置く おく 。 稀 まれ なので、 見 み て 分かれ わかれ ば 十分 じゅうぶん です。 語末 ごまつ から 三 みっ つ 目 め に 強勢 きょうせい のある 語 ご のあとに、 μου ・ σου ・ του のような 短い みじかい 語 ご がくっつくと、 もう 一 ひと つ 印 いん が 増え ふえ ます 。 Απάντησέ μου. ( 私 わたくし に 答え こたえ て)は、 答え こたえ てという 語 ご の 語末 ごまつ にも 印 しるし が 付い つい ています。くっついた 語 ご と 合わせ あわせ て 一 いち 語 ご のように 読む よむ と、 強勢 きょうせい が 四 よん つ 目 め より 前 まえ に 来 き てしまうので、 規則 きそく を 守る まもる ために 後ろ うしろ に 印 しるし を 足す たす のです。 理屈 りくつ は 型 かた 編 へん で 扱い あつかい ます。ここでは、 印 しるし が 二 ふた つある 語 ご を 見 み ても 驚か おどろか ない、でよい。 頻出 ひんしゅつ 文 ぶん で 通す とおす 印 しるし の 母音 ぼいん を 強く つよく 長め ながめ に、ほかを 短く みじかく 。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Τι πίνεις; [1] 何 なん を 飲ん のん でいるの。 飲む のむ という 語 ご の 前 まえ に 強勢 きょうせい がある Δεν πεινάς; [2] お腹 おなか 、 空い あい てないの。 空腹 くうふく だという 語 ご の 後ろ うしろ に 強勢 きょうせい がある Θα πεινάω. [3] お腹 おなか が 空く あく だろう。 未来 みらい を 示す しめす 一 いち 音節 おんせつ の 語 ご には 印 しるし が 付か つか ない Δεν πίνω ποτέ. [4] 私 わたくし は 決して けっして 飲ま のま ない。 決して けっして という 語 ご は 語末 ごまつ に 強勢 きょうせい がある Ξέρεις πότε κλείνει; [5] いつ 閉まる しまる か 知っ しっ てる。 いつという 語 ご は 前 まえ に 強勢 きょうせい がある Προσπάθησα αλλά απέτυχα. [6] やってみたが、だめだった。 しかしという 語 ご は 語末 ごまつ に 強勢 きょうせい がある Απάντη