9.2 正教の暦と名の日 — Epoché
この 課 か でできるようになること ギリシアの 一 いち 年 ねん が、 何 なん を 骨組み ほねぐみ にして 回っ まわっ ているかが 分かる わかる 。 名の日 なのひ の 習わし ならわし を、 暦 こよみ の 側 がわ から 説明 せつめい できる。 復活 ふっかつ 祭 さい がクリスマスより 大きな おおきな 祝い いわい であることを 知り しり 、 日付 ひづけ が 年 ねん ごとに 動く うごく 理由 りゆう が 分かる わかる 。 前提 ぜんてい : 9.1(ギリシアの 地図 ちず と 島 しま )。 語 ご 編 へん 2 課 か と 話 はなし 編 へん 第 だい 1 期 き 3 課 か で 名の日 なのひ にふれてきました。この 課 か ではその もとになっている 暦 こよみ を 見 み ます。ギリシアの 一 いち 年 ねん は、 正教 せいきょう 会 かい の 暦 こよみ を 骨組み ほねぐみ にして 回っ まわっ ています。 信仰 しんこう の 有無 うむ とは 関係 かんけい なく、 暦 こよみ が 生活 せいかつ の 形 かたち を 決め きめ ている。 日本 にっぽん 語 ご でいえば、 正月 しょうがつ やお 盆 ぼん が 信仰 しんこう と 切り離し きりはなし て 営ま いとなま れているのと 似 に ています。 一 いち 年 ねん でいちばん 大きな おおきな 祝い いわい 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ はまずここで 驚き おどろき ます。 ギリシアでいちばん 大きな おおきな 祝い いわい はクリスマスではありません。 復活 ふっかつ 祭 さい です。 クリスマスも 祝い いわい ますが、 規模 きぼ は 復活 ふっかつ 祭 さい に 及び および ません。 復活 ふっかつ 祭 さい には 人 ひと が 故郷 こきょう へ 帰り かえり 、 家族 かぞく が 集まり あつまり 、 街 まち が 空 そら になります。 日本 にっぽん の 正月 しょうがつ に 近い ちかい 動き うごき 方 かた です。 年 ねん に 一 いち 度 ど 、 人 ひと が 動く うごく 祝い いわい ——それが 復活 ふっかつ 祭 さい です。 そして 復活 ふっかつ 祭 さい には、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ が 知っ しっ ておくべき 性質 せいしつ が 二 ふた つあります。 一 ひと つ、 日付 ひづけ が 年 ねん ごとに 動く うごく こと。 月 つき の 動き うごき で 決める きめる からで、 三 さん 月 がつ 末 まつ から 五 ご 月 がつ 頭 あたま のあいだで 毎年 まいとし 変わり かわり ます。 二 ふた つ、 西方 せいほう のキリスト 教会 きょうかい の 復活 ふっかつ 祭 さい とも 日付 ひづけ がずれる こと。 暦 こよみ の 数え かぞえ 方 かた が 違う ちがう ので、 同じ おなじ 年 とし でも 一 いち 週間 しゅうかん から 五 ご 週間 しゅうかん ずれます。 だから「 今年 ことし の 復活 ふっかつ 祭 さい はいつ」という 問い とい が、ギリシアでは 毎年 まいとし ふつうに 交わさ かわさ れます。 日付 ひづけ が 決まっ きまっ ていない 祝日 しゅくじつ というのは 日本 にっぽん 語 ご の 感覚 かんかく に 無い ない ので、 覚え おぼえ ておくと 会話 かいわ でつまずきません 。 暦 こよみ の 表 ひょう 会話 かいわ によく 出る でる 日 ひ を 挙げ あげ ます。 表 ひょう は 六 ろく 行 ぎょう で、 左 ひだり がギリシア 語 ご 、 真ん中 まんなか が 日本 にっぽん 語 ご での 言い いい 方 かた 、 右 みぎ がその 日 ひ についてです。 ギリシア 語 ご 日本 にっぽん 語 ご では その 日 ひ について το Πάσχα 復活 ふっかつ 祭 さい と 言う ゆう 一 いち 年 ねん でいちばん 大きな おおきな 祝い いわい 。 日付 ひづけ が 年 ねん ごとに 動く うごく τα Χριστούγεννα クリスマスと 言う ゆう 十 じゅう 二 に 月 がつ 二十 にじゅう 五 ご 日 にち 。 復活 ふっかつ 祭 さい ほど 大きく おおきく ない η Πρωτοχρονιά 元日 がんじつ と 言う ゆう 一 いち 月 がつ 一日 ついたち 。 聖 せい ワシリオスの 日 ひ でもある η Καθαρά Δευτέρα 清め きよめ の 月曜 げつよう と 言う ゆう 四旬 しじゅん 節 せつ の 始まり はじまり 。 凧 たこ を 上げる あげる 日 ひ ο Δεκαπενταύγουστος 八 はち 月 がつ 十 じゅう 五 ご 日 にち と 言う ゆう 聖母 せいぼ の 日 ひ 。マリアという 名 な の 人 ひと の 名の日 なのひ η γιορτή 名の日 なのひ と 言う ゆう 自分 じぶん の 名 な の 聖人 せいじん が 記念 きねん される 日 ひ 五 いつ つ 目 め に 注目 ちゅうもく してください。 八 はち 月 がつ 十 じゅう 五 ご 日 にち 、という 日付 ひづけ そのものが 一 いち 語 ご の 名前 なまえ になっています。 十 じゅう 五 ご と 八 はち 月 がつ をつないだ 語 ご です。それだけこの 日 ひ が 特別 とくべつ だということで、ギリシアでは 夏休み なつやすみ の 中心 ちゅうしん がこの 日 ひ です。マリアという 名前 なまえ の 人 ひと が 多い おおい ので、この 日 ひ はギリシア 中 ちゅう で 名の日 なのひ が 祝わ いわわ れます。 名の日 なのひ は、 暦 こよみ の 裏返し うらがえし 話 はなし 編 へん 第 だい 1 期 き 3 課 か で 名の日 なのひ の 習わし ならわし を 扱い あつかい ました。ここで 暦 こよみ の 側 がわ から 見直し みなおし ます。 正教 せいきょう 会 かい の 暦 こよみ は、 一 いち 年 ねん のほとんどの 日 ひ に 聖人 せいじん が 割り当て わりあて られています 。そして 話 はなし 編 へん 第 だい 1 期 き 2 課 か で 見 み たとおり、ギリシアの 人 ひと の 名前 なまえ は 大半 たいはん が 聖人 せいじん の 名 な です。この 二 ふた つが 重なる かさなる と、 誰 だれ にでも 自分 じぶん の 日 ひ がある ということになります。 だから 名の日 なのひ は、 個人 こじん の 記念 きねん 日 ひ ではありません。 同じ おなじ 名前 なまえ の 人 ひと が、 同じ おなじ 日 ひ にいっせいに 祝わ いわわ れる 。ヨルゴスという 名前 なまえ の 人 ひと は 全員 ぜんいん 、 同じ おなじ 日 ひ が 名の日 なのひ です。 日本 にっぽん 語 ご の 誕生 たんじょう 日 ひ が 人ごと ひとごと にばらばらなのとは、まるで 違う ちがう 仕組み しくみ です。 この 仕組み しくみ には 利点 りてん があります。 相手 あいて の 名前 なまえ を 知っ しっ ていれば、 名の日 なのひ も 分かる わかる 。 誕生 たんじょう 日 ひ は 聞か きか なければ 分かり わかり ませんが、 名の日 なのひ は 名前 なまえ から 引け ひけ ます。だから 話 はなし 編 へん 第 だい 1 期 き 3 課 か で「いつが 名の日 なのひ ですか」という 問い とい を 覚え おぼえ ました。あれは、 聞か きか なくても 分かる わかる ことを 確かめ たしかめ ている 問い とい でもあるわけです。 そして、 名の日 なのひ を 持た もた ない 名前 なまえ もあります。 外国 がいこく から 来 き た 名前 なまえ や、 古代 こだい の 名前 なまえ を 復活 ふっかつ させたものです。そういう 人 ひと は 誕生 たんじょう 日 ひ を 祝う いわう か、 聖人 せいじん 全部 ぜんぶ を 記念 きねん する 日 ひ にまとめて 祝い いわい ます。 日本 にっぽん の 名前 なまえ には 対応 たいおう する 聖人 せいじん がいないので、こちらもその 組 くみ に 入り はいり ます。 断食 だんじき と 食べ物 たべもの 暦 こよみ は 食べ物 たべもの にも 関わり かかわり ます。 正教 せいきょう 会 かい には 断食 だんじき の 期間 きかん があり、 復活 ふっかつ 祭 さい の 前 まえ の 四十 よんじゅう 日 にち がいちばん 長い ながい 。 断食 だんじき といっても 何 なん も 食べ たべ ないのではなく、 肉 にく と 乳製 にゅうせい 品 ひん を 避ける さける という 意味 いみ です。 語 ご 編 へん 4 課 か で 食べ物 たべもの の 語 ご を 覚え おぼえ ました。 断食 だんじき の 期間 きかん には、その 中 なか の 肉 にく ・チーズ・ 牛乳 ぎゅうにゅう ・ 卵 たまご が 食卓 しょくたく から 消え きえ ます。かわりに 魚介 ぎょかい と 豆 まめ と 野菜 やさい が 中心 ちゅうしん になる。 ギリシアの 精進 しょうじん 料理 りょうり は、この 期間 きかん のために 発達 はったつ しました。 いまは 厳密 げんみつ に 守る まもる 人 ひと ばかりではありませんが、 食堂 しょくどう の 献立 こんだて にはその 区別 くべつ が 残っ のこっ ています 。 断食 だんじき の 期間 きかん には、 精進 しょうじん の 献立 こんだて が 別 べつ に 用意 ようい される。 旅先 たびさき で「 断食 だんじき のもの」と 書か かか れた 欄 らん を 見かけ みかけ たら、それがこれです。 菜食 さいしょく の 人 ひと にとっては、 探し さがし やすい 期間 きかん でもあります。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 近道 ちかみち この 課 か で 覚える おぼえる ことは、 語彙 ごい としては 六 むい つだけです。しかし 会話 かいわ での 効き目 ききめ は 大きい おおきい 。 相手 あいて の 名前 なまえ を 聞い きい たあと、 名の日 なのひ の 話 はなし ができる。 夏 なつ の 話 はなし をするとき、 八 はち 月 がつ 十 じゅう 五 ご 日 にち を 軸 じく にできる。 春 はる に 会え あえ ば、 今年 ことし の 復活 ふっかつ 祭 さい はいつかを 聞ける きける 。 そして、 暦 こよみ の 話 はなし は 宗教 しゅうきょう の 話 はなし ではありません 。ギリシアで 復活 ふっかつ 祭 さい の 話 はなし をするのは、 日本 にっぽん で 正月 しょうがつ の 話 はなし をするのと 同じ おなじ です。 信仰 しんこう について 立ち入る たちいる 必要 ひつよう はなく、いつ 帰る かえる のか、 何 なん を 食べる たべる のか、という 日常 にちじょう の 話題 わだい として 扱わ あつかわ れます。 逆 ぎゃく に、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ が 気 き をつけるとよいのは 宗教 しゅうきょう そのものを 話題 わだい にしないこと です。 暦 こよみ や 祝日 しゅくじつ は 日常 にちじょう ですが、 信じ しんじ ているかどうかは 日常 にちじょう ではありません。 日本 にっぽん 語 ご でも 同じ おなじ ですが、 外国 がいこく 語 ご では 線引き せんびき が 見え みえ にくいので、 暦 こよみ の 側 がわ にとどまる のが 安全 あんぜん です。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 暦 こよみ から 答える こたえる 次 つぎ のことについて、この 課 か で 読ん よん だことから 答え こたえ てください。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 ギリシアでいちばん 大きな おおきな 祝い いわい は 何 なん ですか。 その 祝い いわい の 日付 ひづけ が 年 ねん ごとに 動く うごく のはなぜですか。 八 はち 月 がつ 十 じゅう 五 ご 日 にち は 何 なん の 日 ひ で、 誰 だれ の 名の日 なのひ ですか。 断食 だんじき の 期間 きかん には、 何 なん を 避け さけ ますか。 練習 れんしゅう 2 — 名の日 なのひ を 説明 せつめい する 次 つぎ のことを、 日本 にっぽん 語 ご で 説明 せつめい してください。 名の日 なのひ が 誕生 たんじょう 日 ひ と 違う ちがう のはどこですか。 相手 あいて の 名前 なまえ を 知っ しっ ていれば 名の日 なのひ も 分かる わかる のはなぜですか。 日本 にっぽん の 名前 なまえ を 持つ もつ 人 ひと は、 名の日 なのひ をどうしますか。 練習 れんしゅう 3 — 音読 おんどく 暦 こよみ の 表 ひょう の 六 むい つを、 音声 おんせい のあとについて 声 こえ に 出し だし てください。 五 いつ つ 目 め の 長い ながい 一 いち 語 ご を、 切ら きら ずに 読む よむ こと 。 数 かず と 月 つき の 名 な がつながった 一 いち 語 ご なので、 途中 とちゅう で 切る きる と 二 に 語 ご に 聞こえ きこえ ます。 冠詞 かんし と 名前 なまえ を 続け つづけ て、 一 ひと つの 塊 かたまり として 鳴らし ならし てください。 この 課 か のまとめ ギリシアの 一 いち 年 ねん は 正教 せいきょう 会 かい の 暦 こよみ を 骨組み ほねぐみ にして 回る まわる 。 信仰 しんこう の 有無 うむ とは 関係 かんけい なく、 暦 こよみ が 生活 せいかつ の 形 かたち を 決め きめ ている。 いちばん 大きな おおきな 祝い いわい は クリスマスではなく 復活 ふっかつ 祭 さ