1.3 ぢ・づ・くわ・ぐわ — Epoché
この課でできるようになること 本文の ぢ を「じ」、 づ を「ず」と読める。 本文の くわ を「か」、 ぐわ を「が」と読める。 現代語で「ぢ」「づ」と書き続ける語(ちぢむ・つづく・はなぢ)との線引きができる。 『徒然草』と『小倉百人一首』から引いた六つの実例を、声に出して読み通せる。 前提 : 1.2 まで。 ここまでの二つの課で、字の形が変わるもの( ゐ ・ ゑ ・ を )と、位置で読みが変わるもの(語中・語尾のハ行)を片づけました。この課で扱うのは、 音が一つにまとまってしまったせいで、書き分けだけが残った 仮名です。 ぢ と「じ」、 づ と「ず」、そして くわ と「か」。 前の二つと違って、この課の読み替えには落とし穴があります。 現代語にも ぢ と づ が生き残っている からです。「ちぢむ」「つづく」「はなぢ」。これらを見て「古文と同じだ」と思うと、線を引く場所を間違えます。先に、その線から見ていきます。 現代語に残っている形 現代仮名遣いは、原則として ぢ を「じ」、 づ を「ず」と書きます。ただし二つだけ、 ぢ ・ づ のままにすると決めた場合があります。 いまも ぢ・づ と書く場合 例 理由 同じ音を続けて言う語 ちぢむ(縮む)、つづく(続く)、つづみ(鼓) 前の「ち」「つ」が濁ってすぐ続くから 二つの語がくっついて濁った語 はなぢ(鼻血)、みかづき(三日月)、こづつみ(小包) もとの語が「ち」「つ」で始まるから それ以外は じ・ず じかん(時間)、ちず(地図)、みず(水) 音の区別が無くなったから 大事なのは、 この三行はどれも音の話ではない ということです。「ちぢむ」の二つ目の音と「じかん」の一つ目の音は、いま同じ音です。「つづく」の二つ目と「みず」の二つ目も同じ音です。書き分けが残っているだけで、耳では区別できません。ですから、この課で古文の ぢ ・ づ を「じ」「ず」と読むとき、あなたは新しい音を覚えるのではなく、 すでに一つになっている音を、そのまま出す だけです。 古文ではこうなる 規則は一つです。 本文の ぢ は「じ」、 づ は「ず」、 くわ は「か」、 ぐわ は「が」と読む。 ぢ・づ ——四つの仮名が二つになった 平安時代には ぢ ・ づ ・「じ」・「ず」の四つが別の音でした。この四字をまとめて「四つ仮名」と呼びます。区別は室町の終わりから江戸の初めにかけて崩れ、いまの京都・東京では二つになりました。土佐や九州の一部には四つの区別が残った地域があり、それが失われた時期の手がかりになっています。 本文で みづ とあれば「みず」、 いづれ とあれば「いずれ」、 もみぢ とあれば「もみじ」。迷うところはありません。前の節で見た「ちぢむ」「つづく」は いまの書き方の決まり であって、古文を読むときの判断には関わりません。 くわ・ぐわ ——漢字の音読みに現れる くわ ・ ぐわ は「合拗音」と呼ばれ、「く」と「わ」を二拍で読むのではなく、一拍で「クヮ」と読みます。これは漢字を音で読むときの音で、和語にはほとんど出ません。 くわんおん (観音)、 ぐわんじつ (元日)、 くわじ (火事)、 ぐわん (願)。江戸の後期から明治にかけて「か」「が」に合流し、いまは書き分けも消えました。 和語に出ないので、和歌の本文にはまず現れません。実際、百人一首でも くわ が出てくるのは歌そのものではなく、作者の名の読みのほうです。漢字の音読みを含む語を見たら、この読み替えを思い出してください。 原文で確かめる 『徒然草』から二つ。 みづからいましめて、恐るべくつつしむべきはこのまどひなり。 [1] 読み: みずから いましめて、おそるべく つつしむべきわ この まどいなり。/訳: 自分で自分をいましめて、恐れつつしむべきなのは、この惑いである。 みづから が「みずから」。 まどひ が「まどい」になるのは前の課の規則です。 いづくにもあれ、しばし旅だちたるこそめさむるここちすれ。 [1] 読み: いずくにもあれ、しばし たびだちたるこそ めさむる ここちすれ。/訳: どこでもかまわない、しばらく旅に出るのは目のさめる心地がする。 いづく は「どこ」の意味で、読みは「いずく」です。 次は『小倉百人一首』から三首。歌の読みの行を引きます。 おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こゑきくときぞ あきはかなしき [2] 読み: おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきわかなしき。/訳: 奥山で紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞くときこそ、秋は悲しい。 もみぢ が「もみじ」。続く ふみわけ の ふ は語の頭なので、そのままです。 ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは [2] 読み: ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとわ。/訳: 神々の時代にも聞いたことがない、竜田川が水を唐紅にくくり染めにするとは。 みづ が「みず」。 たつたがは は前の課の規則で「たつたがわ」、 なゐ はその前の課で「ない」です。 ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは [2] 読み: ひともおし ひともうらめし あじきなく よおおもうゆえに ものおもうみわ。/訳: 人がいとおしくもあり、うらめしくもある。世をつまらなく思うために物思いをするわが身には。 あぢきなし は「思うようにならない・つまらない」で、読みは「あじきなし」。 最後に、 くわ の実例です。第八十三番の作者の名の読みです。 くわうたいごうぐうのたいぶとしなり [2] 読み: こうたいごうぐうのたいぶとしなり。/訳: 皇太后宮大夫俊成、つまり藤原俊成のこと。 くわう の くわ がまず「か」になり、そのうしろの う と合わさって「こう」と伸びます。この後半の伸ばし方は 1.4 の中身なので、いまは くわ が「か」になったところだけを見てください。 読み上げと音読 読み上げでは みづ が「みず」、 もみぢ が「もみじ」と鳴ります。耳で聞くかぎり、現代語の「水」「紅葉」とまったく同じ音です。 字が違って音が同じ という関係を、耳で確かめておいてください。目で見ると難しく、耳で聞くと何も起きていない——それがこの課の規則の正体です。 音読では、和歌の三首を五・七・五・七・七の区切りで読んでください。字の読み替えに気を取られると拍が崩れます。拍を守って読めば、読み替えは自然に口から出ます。 練習 次の語の読みを、ひらがなで書いてください。 いづれ / あぢさゐ / くわんおん / ぐわんじつ / まづ 。 「ちぢむ」と「みず」は、いまの書き方では二つ目の仮名が違います。音は同じでしょうか、違うでしょうか。理由も一文で書いてください。 百人一首の三首を、五・七・五・七・七の拍を守って三回、声に出して音読してください。三回目は読み上げを止め、自分の声だけで読んでください。 この課のまとめ 表記 読み 例 ぢ じ もみぢ → もみじ、 あぢきなし → あじきなし づ ず みづ → みず、 いづく → いずく くわ か くわんおん → かんおん、 くわじ → かじ ぐわ が ぐわんじつ → がんじつ、 ぐわん → がん いまの書き方で残る ぢ・づ そのまま書く ちぢむ、つづく、はなぢ、みかづき いちばん下の行だけは、古文を読むための規則ではなく、現代語を書くための決まりです。読むときには使いません。混ぜないでください。 次の課へ 1.4 では、伸びる音を扱います。 やうやう が「ようよう」、 けふ が「きょう」、 てふ が「ちょう」になる規則です。この課の最後に出てきた くわう が「こう」と伸びた仕組みも、そこで説明します。 答え いずれ/あじさい/かんおん/がんじつ/まず。二つ目の語の ゐ は、音編の最初の課の規則で「い」と読みます。 同じ音です。四つ仮名の区別はすでに失われていて、書き分けだけが決まりとして残っているからです。 読みの目安: おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきわかなしき。/ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとわ。/ひともおし ひともうらめし あじきなく よおおもうゆえに ものおもうみわ。 参考文献 兼好法師『徒然草』第9段・第15段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改め、踊り字は開いた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 藤原定家撰『小倉百人一首』第5番(猿丸大夫)・第17番(在原業平朝臣)・第83番(皇太后宮大夫俊成)・第99番(後鳥羽院)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。読みの行は原文で折り返されているものを一行につないだ。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首