6.41 戴望舒『雨巷』 — Epoché
この篇でできるようになること 繰り返す語を数え、詩の動きと結びつけられます。 最初と最後で願いがどう変わるかを説明できます。 たとえの形を見つけ、短い句を含む文を作れます。 語を飛ばさず、並ぶ順序を読む理由を言えます。 前提 :4.50「改まった別れ」。本文は別の読書ページにあります。この解説では必要な句を引き、全文を重ねて載せません。 説明文から、詩の読む順序へ ここから6.48までは、詩と漢文への渡りです。説明文では、名前の列から必要な情報を拾って読みました。その読み方を、そのまま詩へ持ち込みません。繰り返された語を飛ばすと、詩の中心にある動きまで落とすことがあります。 戴望舒の『雨巷』は1927年の作です。雨の路地で傘をさしてさまよう「私」が、ライラックのような娘との出会いを願います。娘が近づき、通り過ぎ、消えた後で、初めとよく似た願いへ戻ります。大きな事件の展開よりも、言葉がどう動くかを読みます。同じ場所を行きつ戻りつするような動きです。 もとの詩は行と連に分かれています。解説と対訳は七つの連の順に読みます。読書ページの本文が続いて見えても、同じ形の繰り返しを保って読みます。願い・近づく動き・遠ざかる動きの区切りも保ちます。 同じ語が戻る回数を数える この課の本文を、句読点と空白を除いて漢字だけで数えると259字です。次の回数は、この本文の中で同じ文字の並びが出る回数を数えています。題名やこの解説の中の語は含めません。 語 回数 読むときに追うこと 丁香 7回 娘に重なる花の印象 一样 7回 同じ形で続くたとえ 彷徨 4回 さまよう足取り 雨巷 4回 戻ってくる場所 飘过 4回 ただよい過ぎる動き 一般 3回 夢やため息とのたとえ 説明文なら同じ語を省けるところでも、この詩では戻ってくること自体が形を作ります。何を言うかだけでなく、何度、どの順で聞こえるかを追います。足取りが前へ進むだけでなく、同じ路地に戻るように感じられます。 色、香り、うれいの順に読む 丁香一样的颜色,丁香一样的芬芳,丁香一样的忧愁 は、色、香り、うれいの順です。目で見るもの、鼻で受け取るもの、心の中のものへと進みます。一つだけを代表として読んでは、この移り方がなくなります。 同じ形が三つ並んでいるからといって、二つを飛ばして読みません。三つの中身と、外から内へ進む順序を一緒に取ります。詩の繰り返しは、余分な説明とは限りません。 丁香一样的颜色 は、ライラックのような色です。 一样的 が前のものをたとえとして、後ろの名詞へ掛けています。 梦一般 にも、夢のようだというたとえがあります。 ここを、ライラックと同じ娘、という数量や性質の比較だけで読まないようにします。 像 が書かれていない句でも、花のような姿や気持ちを重ねています。 話編 46課 で学んだたとえを、詩の句の中で見つけます。 動作と状態を、句の中で確かめる 撑着油纸伞 では、傘をさした状態が続きます。 结着愁怨的姑娘 の 着 も、状態の継続に関わります。 型編 15課 の形を、終わりきらない姿として読みます。 她静默地远了,远了 は、黙って遠くなった、遠くなった、という変化を重ねています。 型編 13課 の 了 が二度現れることで、距離が広がる動きを追えます。 走尽这雨巷 では、 尽 が終わりまで歩く結果を示します。 投出太息一般的眼光 では、 出 が外へ向けて放つ方向を添えます。結果補語は 型編 17課 、方向補語は 型編 18課 とつなげます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 撑 動詞 支える・傘をさす ここでは傘を広げて保つ 撑着油纸伞 油紙の傘をさして 油纸伞 名詞 油紙の傘 油を引いた紙の傘 撑着油纸伞 油紙の傘をさして 彷徨 動詞 さまよう 行きつ戻りつする動き 独自彷徨 ひとりさまよう 悠长 形容詞 長く続く 時間や距離の長さ 悠长又寂寥的雨巷 長く、ものさびしい雨の路地 寂寥 形容詞 ものさびしい 静けさを伴うさびしさ 悠长又寂寥的雨巷 長く、ものさびしい雨の路地 雨巷 名詞 雨の路地 雨と路地の組合せ 走尽这雨巷 この雨の路地を歩ききる 丁香 名詞 ライラック この詩では花にたとえる 丁香一样的颜色 ライラックのような色 愁怨 名詞 うれいとうらみ 悲しみを含む心の状態 结着愁怨的姑娘 うれいとうらみを結んだ娘 姑娘 名詞 娘・若い女性 ここでは願いの中の人物 结着愁怨的姑娘 うれいとうらみを結んだ娘 芬芳 名詞 よい香り 花の香りを指す 丁香一样的芬芳 ライラックのような香り 忧愁 名詞 うれい 心の中の悲しみ 丁香一样的忧愁 ライラックのようなうれい 哀怨 動詞 悲しみうらむ 悲しみと恨みが混じる気持ち。書き言葉寄り 在雨中哀怨 雨の中で悲しみうらむ 彳亍 動詞 ゆっくり歩く・ためらいがちに歩く 古い書き言葉 像我一样地默默彳亍着 私と同じように黙ってゆっくり歩き続ける 冷漠 形容詞 冷ややかだ 態度の冷たさ 冷漠,凄清,又惆怅。 冷ややかに、うすら寒く、うら悲しい。 凄清 形容詞 うすら寒くさびしい 冷たさとさびしさ 冷漠,凄清,又惆怅。 冷ややかに、うすら寒く、うら悲しい。 惆怅 形容詞 うら悲しい 思いが満たされない気持ち 冷漠,凄清,又惆怅。 冷ややかに、うすら寒く、うら悲しい。 静默 形容詞 静かに黙っている 動き方にも掛かる 她静默地走近走近 彼女は黙って近づき、近づく 太息 名詞 ため息 書き言葉の語 又投出太息一般的眼光 さらにため息のようなまなざしを投げる 眼光 名詞 まなざし 目から向ける視線 又投出太息一般的眼光 さらにため息のようなまなざしを投げる 飘过 動詞 ただよい過ぎる 軽く通り過ぎる動き 我身旁飘过这女郎 私のかたわらをこの娘がただよい過ぎる 凄惋 形容詞 もの悲しい 哀しい調子 像梦一般地凄惋迷茫。 夢のようにもの悲しく、ぼんやりと。 迷茫 形容詞 ぼんやりしている はっきり見定められない 像梦一般地凄惋迷茫。 夢のようにもの悲しく、ぼんやりと。 颓圯 形容詞 崩れかけた 壊れて崩れるさま 到了颓圯的篱墙 崩れかけた垣根の塀まで行く 篱墙 名詞 垣根の塀 路地の先の境界 到了颓圯的篱墙 崩れかけた垣根の塀まで行く 走尽 動詞 歩ききる 終わりまで歩く結果 走尽这雨巷 この雨の路地を歩ききる 哀曲 名詞 悲しい調べ ここでは雨に重ねる 在雨的哀曲里 雨の悲しい調べの中で 消散 動詞 消えて散る 姿や気配が消える 消散了 消えうせてしまった 対訳 第一連 — 出会いを願う 油紙の傘をさし、ひとり、長い、長い、そしてものさびしい雨の路地をさまよう。私は願う、ライラックのようにうれいとうらみを結んだ娘に出会うことを。 第二連 — 三つのたとえ 彼女はライラックのような色をもち、ライラックのようなかおりをもち、ライラックのようなうれいをもって、雨の中で悲しみうらみ、悲しみうらみ、そしてさまよう。 第三連 — 私と同じ足取り 彼女はこのものさびしい雨の路地をさまよい、私と同じように油紙の傘をさし、私と同じように黙ってゆっくりと歩き、冷ややかに、うすら寒く、そしてうら悲しい。 第四連 — 近づき、過ぎる 彼女は黙ったまま近づき、近づき、そしてためいきのような目を投げてよこす。彼女は夢のようにただよい過ぎ、夢のようにもの悲しく、ぼんやりとして過ぎていく。 第五連 — 遠ざかる 夢の中を一枝のライラックがただよい過ぎるように、私のかたわらをこの娘がただよい過ぎる。彼女は黙ったまま遠くなり、遠くなり、くずれかけた垣根の塀のところまで行き、この雨の路地を歩ききってしまう。 第六連 — 消える 雨の悲しい調べの中で、彼女の色は消え、彼女のかおりは散り、消えうせてしまう。ためいきのようなその目も、ライラックのようなそのうら悲しさも。 第七連 — 戻ってくる願い 油紙の傘をさし、ひとり、長い、長い、そしてものさびしい雨の路地をさまよう。私は願う、ライラックのようにうれいとうらみを結んだ娘がただよい過ぎることを。 最初と最後を、同じだと読み流さない 最初の 我希望逢着 は出会うことを願い、最後の 我希望飘过 はただよい過ぎることを願います。入れ替わるのは 逢着 と 飘过 という一語ずつです。 傘、ひとりの歩み、長くものさびしい路地、娘のたとえが戻ってきても、願いの中身は同じではありません。会いたいという願いから、過ぎていく姿を願う形へ変わっています。同じ語の反復の中にある、小さな変化として読みます。 練習 本文の最初と最後の連をそれぞれ書き出し、違う語を示してください。その違いが何を意味するか、日本語で二〜三文にします。 本文から三回以上出る語を三つ選び、本文だけで回数を数えてください。 本文を手がかりに空欄を埋め、句全体を書いてください。 撑_油纸伞 本文を手がかりに空欄を埋め、句全体を書いてください。 她静默地远_,远了 本文を手がかりに空欄を埋め、句全体を書いてください。 走_这雨巷 本文どおりに空欄を埋め、句全体を書いてください。 丁香_的颜色 梦 ・ 眼光 を使い、たとえるものと名詞を 一样的 でつないだ句を作ってください。主語を付けた短い文にしてもかまいません。 丁香 ・ 芬芳 を使い、たとえるものと名詞を 一样的 でつないだ句を作ってください。主語を付けた短い文にしてもかまいません。 雨 ・ 忧愁 を使い、たとえるものと名詞を 一样的 でつないだ句を作ってください。主語を付けた短い文にしてもかまいません。 她静默地远了,远了 の遠ざかる動きを、近づく動きへ替えて一文を書いてください。変化の語を二度重ねます。 三つ並ぶ色、香り、うれいを、本文と同じ順に中国語で書いてください。 散文の情報を拾う読み方で、詩の並びを飛ばすと何が失われるか、日本語で説明してください。 戻り語 前の課で学んだ語を、本文のたとえの形に入れて句を作ります。 鲜花 ・ 泪水 を一つずつたとえるものにして、 一样的 で名詞につないだ句を作ってください。 树林 ・ 宁静 を使い、 像 … 一样 の形で、静けさをたとえる句を一つ作ってください。 松树 ・ 寒冷 を使い、 像 … 一样 の形で、寒さに負けない様子をたとえる句を一つ作ってください。 眼光 を使い、本文の 投出 にならって、相手のまなざしが自分に向く場面を短い文で書いてください。 音読 一度目は句読点で区切り、▶から音の並びを聞きます。 二度目はライラックの語が戻るたびに、少し間を置いて読みます。 三度目はふつうに通して読み、反復と最後の変化を追います。 この篇のまとめ 同じ語が戻る回数と、並びの順序が詩の形を作ります。色、香り、うれいを順に読み、最初と最後で願う動きが替わったことを確かめます。知っている型も、詩では繰り返される位置ごとに読みます。 次の篇へ 次の6.42は徐志摩『再別康橋』です。ケンブリッジへの別れを描く詩で、最初と最後がよく似た形に戻る仕掛けを見比べます。 答え 撑着油纸伞,独自彷徨在悠长,悠长又寂寥的雨巷,我希望逢着一个丁香一样地结着愁怨的姑娘。 撑着油纸伞,独自彷徨在悠长,悠长又寂寥的雨巷,我希望飘过一个丁香一样地结着愁怨的姑娘。 違いは 逢着 ・ 飘过 です。願う娘は同じでも、出会いたいという願いが、ただよい過ぎることを願う形に替わっています。 丁香 七回、 一样 七回、 彷徨 四回。ほかに 雨巷 ・ 飘过 も各四回です。 撑着油纸伞 她静默地远了,远了 走尽这雨巷 丁香一样的颜色 那是梦一样的眼光。 她有丁香一样的芬芳。 那是雨一样的忧愁。 她近了,近了。 本文: 丁香一样的颜色,丁香一样的芬芳,丁香一样的忧愁 。目で見えるものから、香り、心の中へ進みます。 この詩では、語が戻る回数や順序が足取りを作っています。一部を飛ばすと、色から香り、うれいへ進む順序や、最初と最後の願いの違いを落とします。 鲜花一样的姑娘 、 泪水一样的雨 像树林一样宁静 像松树一样不怕寒冷 她把眼光投向我。 参考文献 戴望舒『雨巷』( 撑着油纸伞,独自彷徨在悠长,悠长又寂寥的雨巷,我希望逢着一个丁香一样地结着愁怨的姑娘。 )。1927年作。繁体字を簡体字に改めた本文を使用。パブリックドメイン。出所:https://zh.wikisource.org/wiki/雨巷