1.12 通じる発音の優先順位 — 訛りは消さなくてよい — Epoché
この課でできるようになること 通じるために外せない音と、残してよい訛りを区別できる。 自分の弱点を、記録から選んで上位三つに絞れる。 「訛りを消す」ことを目標にしないと決められる。 この先どこで発音を扱い続けるかを知っている。 前提 : 1.11 まで。 発音の学習でいちばん多い失敗は、 全部を同じ重さで直そうとする ことです。直す場所は十や二十では済みません。全部を同じ熱心さで追うと、どれも中途半端なまま時間だけが過ぎます。そして「何年やっても訛りが消えない」という結論にたどり着きます。 前提が間違っています。 訛りは消さなくてよい のです。消す必要があるのは、 通じなくさせているもの だけ。この二つはまったく違う集合で、しかも重なりが小さい。日本語話者がいちばん気にする音のいくつかは 通じるかどうかにほとんど関係がありません 。 どれが関係してどれが関係しないかは、研究で調べられています。母語の違う者どうしが英語で話すとき、どの音を外すと伝達が壊れるかを集めた一覧があり [1] 、この課ではその線をそのまま使います。 1.8 音編 で核強勢を扱ったときに一度引いた、同じ一覧です。 核心と非核心 まず線を見ます。左が 通じるために外せないもの 、右が 残してよいもの です。右のものを直しても悪くはありませんが、 左が済んでからにしてください 。 外せないもの(核心) この課程のどこで扱ったか 外すとどうなるか 語の中に母音を足さない 1.1 音節が増えて別の語に聞こえる 子音の連なりから音を落とさない 1.1 語の骨が消えて復元できない 語頭の p ・ t ・ k に息を乗せる 1.11 濁った子音に聞こえる 似た子音を分ける( l と r など) 1.3・1.4・1.5 別の語になる 母音の長短を分ける 1.2・1.11 別の語になる 核を 1 つ立てる 1.8 どこが新しい話か伝わらない 残してよいもの(非核心) この課程のどこで扱ったか 残してよい理由 th の二つの音 1.5 置き換えても取り違えが起きにくい 暗い l (語の終わりの l ) 1.5 英語の話し手のあいだでも揺れている 母音の細かい響き(長短以外) 1.2 地域ごとに大きく違う 弱く短く言う形 1.7 はっきり言っても通じる つながり・脱落・同化を 自分で作る こと 1.9・1.10 聞き取れれば足りる( 1.10 音編 で線を引いた) 語の中の山の位置 1.6 核が立っていれば補える 強い音節で刻む調子 1.7 母語の調子のままでも通じる 右の表を見て驚いた人がいるはずです。 th は、日本語話者が発音の話でまっさきに挙げる音です。そして 非核心 です。置き換えて言っても、聞き手が別の語と取り違えることはめったにありません。同じように、弱形も、リズムも、語の中の山の位置も、通じるかどうかを決めていません。 逆に、左の表には日本語話者があまり気にしない項目が並んでいます。終わりの子音に母音を足すこと、頭の息が足りないこと、核が立っていないこと——どれも「訛り」として自覚されにくく、しかも 外すと通じなくなる ものです。気にしているものと直すべきものが、ほぼ入れ替わっています。 自分の弱点を選ぶ 線が引けたら、次は 自分の場合 です。左の六つのうち、どれが自分の弱点かは人によって違います。推測で決めず、記録から決めてください。手順は三つです。 一 — 音読判定の記録を見返す 第 1 期から音読判定を使ってきました。返ってきた綴りが崩れた行を、課をまたいで集めてください。崩れ方には 型 があります。同じ種類の崩れが三度以上出ていたら、それが弱点です。 よくある型を挙げます。語の後ろに余分な文字が付いて返る——終わりを開いています。短い語が長い語に化けて返る——母音を足しています。別の子音として返る——頭の息か、似た子音の作り分けです。文の一部だけがまるごと落ちて返る——弱く言いすぎたか、核が立っていません。 二 — 下の八本で自己診断する 記録が足りない人のために、診断用の八本を置きます。行を押して聞き、そのあと音読して判定にかけてください。七本めまでが核心、八本めは非核心です。 八本めが崩れても直さなくてかまいません 。 英文 日本語訳 見るところ Put it back. [2] 元の場所に戻して。 核心 — 語の中に母音を足していないか Take your time. [3] ゆっくりやってくれ。 核心 — 頭の子音に息が乗っているか Have a seat. [4] 座りなよ。 核心 — 終わりの子音を開いていないか He tries hard. [5] 彼は精一杯努力している。 核心 — 終わりが有声なので母音が長いか I lost heart. [6] 元気がなくなった。 核心 — 終わりが無声なので母音が短いか Three times four is twelve. [7] 4の3倍は12です。 核心 — 子音の連なりから音を落としていないか What are you going to do? [8] 君は何をするつもりなの。 核心 — 核が 1 つだけ立っているか I think I can. [9] 出来ると思います。 非核心 — th は置き換えても通じる 崩れた行の注記を見れば、どの核心が弱いかが分かります。四本めと五本めは対で、 両方とも同じように崩れる なら母音の長短が作れていません。片方だけ崩れるなら、その語の母音そのものが作れていません。 三 — 上位三つに絞る 弱点が四つ以上見つかっても、 三つに絞ってください 。残りは今は見ないことにします。三つに絞る基準は表の上からの順です。上にあるものほど、外したときの損が大きい。 絞ったら、その三つだけを これから半年、音読のたびに見る ことにします。半年というのは長いようですが、音は語彙や文法と違って、意識しなくなるまでに時間がかかります。意識しなくてもできるようになってから、次の三つへ移ってください。 「日本語訛りで通じる英語」という到達点 この課程が目指すのは、訛りの無い英語ではありません。 日本語訛りのまま、確実に通じる英語 です。理由は二つあります。 一つ、英語を使う場面の多くは 非母語話者どうし です。相手もそれぞれの母語の訛りを持っています。そこで必要なのは、母語話者に似せることではなく、 誰にでも取り違えられない形 で言うことです。核心の六つは、まさにその条件から選ばれています。 二つ、訛りを消すことに費やす時間は、 ほかに使ったほうが効く 。語彙を千語増やすほうが、 th を完璧にするより、はるかに多くの場面で助けになります。発音は 通じる水準で止めて、先へ進む ——それがこの課程の立場です。 日本語との差 日本語にも訛りがあり、地域によって音がかなり違います。それでも日本語話者どうしは問題なく通じています。 訛りがあっても通じるという経験は、すでに持っています 。ずれるのは、その経験を英語に当てはめていないことです。 学校英語が「正しい発音」を一つに決めた 日本の英語教育は、長いあいだ一つの発音を正解として教えてきました。正解が一つだと、そこから外れた音はすべて誤りになります。だから日本語話者は、 通じているかどうかとは別に 自分の発音を恥ずかしく感じます。 実際には、英語の話し手のあいだでも音はかなり違います。同じ語の母音が地域で違い、語の終わりの r を鳴らす人と鳴らさない人がいて、どちらも正しい英語です。一つの正解を目指すという前提そのものが、実態に合っていません。 日本語の音の数が少ないことは、不利ではない 日本語は音の数が少ない言語です。だから英語の音を作るのに苦労します。ただし、これは 不利とは限りません 。音の数が少ない言語の話し手は、少ない音をはっきり作る習慣を持っています。英語でも、 はっきり言うことは通じやすさに直結します 。 むしろ危ないのは、通じないまま速く言うことです。 1.10 音編 で「崩れた形は聞く側だけ」と線を引いたのはそのためでした。 はっきり、ゆっくり、核を立てて ——それが日本語話者にとっていちばん確実な英語の話し方です。 これからどこで音を扱うか 音編はこの課で終わりますが、音の学習は終わりません。この先は、二つの場所で扱い続けます。 一つは 第 5 編「聞」 です。1.9 から 1.11 音編 で見た連結・脱落・同化は、聞く側の課題として聞編にそのまま出てきます。第 2 期の聞編からは、崩れた形を聞いてもとに戻す練習が本格的に始まります。 もう一つは 語編の語表 です。語表には「カタカナとの差」という列があり、その語の山の位置が示してあります。語を覚えるときに山も一緒に入れてしまえば、発音のための時間を別に取る必要がありません。 語彙の学習に音を混ぜ込む ——これがいちばん続きます。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 👄 Shadow English pronunciation in a lift with George! Pronunciation Shadowing BBC Learning English (7:48, 2026) 影読み(シャドーイング)の実演 👄 Improve your pronunciation with BBC Learning English - Introduction BBC Learning English (1:37, 2009) 発音をどこから直すか 練習 「自分の弱点を選ぶ」の八本を、行を押して聞いてから続けて 音読 し、音読判定にかける。崩れた行の注記を書き出す。3 周する。3 周目は崩れた行だけを、音声に重ねて シャドーイング する。八本めが崩れても直さないこと。 第 1 期からの音読判定の記録を見返し、 同じ種類の崩れが三度以上出ている ものを探す。見つかったものを核心の表の上からの順に並べ、 上位三つ を選んで紙に書く。記録が足りなければ、前の問いの結果をそのまま使ってよい。 選んだ三つについて、それぞれ「この課程のどこで扱ったか」の課に戻り、その課の音読課題を 1 周やり直す。やり直したあとで、もう一度この課の八本を音読して判定にかけ、崩れ方が変わったかを見る。 この課のまとめ ★ 全部を直す必要はない。直す順がある。 通じるために外せないものと、残してよい訛りの線は研究で引かれている。 外せないのは六つ——母音を足さない/子音を落とさない/頭の息/似た子音の分け/母音の長短/核を 1 つ。 残してよいのは th ・暗い l ・母音の細かい響き・弱形・つながりを自分で作ること・語の中の山の位置・リズム。 気にしているものと直すべきものが、ほぼ入れ替わっている。 th は非核心、終わりの子音に母音を足すことは核心。 弱点は推測で決めず、 音読判定の記録から 選ぶ。同じ種類の崩れが三度以上出ていたら、それが弱点。 見つかっても 三つに絞る 。意識しなくてもできるようになってから次へ。 目指すのは訛りの無い英語ではなく、 日本語訛りのまま確実に通じる英語 。英語を使う場面の多くは非母語話者どうし。 日本語話者にいちばん確実なのは はっきり、ゆっくり、核を立てて 話すこと。 この先の音は、第 5 編「聞」と、語編の語表の「カタカナとの差」列で扱う。 次の課へ 第 1 編「音」はこの課で終わりです。次は 2.5 、第 2 編「橋」の第 2 期の 1 課目で、題は 和製英語の罠 100 です。第 1 期の橋編で、カタカナとして日本語に入っている語を棚卸しし、音を戻す規則と、意味がずれた語を見ました。第 2 期では、そのずれを 一覧にして片づけます 。百語の表を作り、日本語のカタカナと、それに当たる英語と、実際に使われた文を並べます。音を直す仕事から、意味を直す仕事へ移ります。 答え 崩れた行の注記が、そのまま弱点の名前になります。七本めが崩れた場合は、核が立っていないか、そもそも文が長くて息が続いていません。長い文で核が立たないのはふつうのことなので、短く切って言い直してから、もう一度通してください。八本めは崩れても直しません。 そこは訛りとして残します 。 三度以上出ている崩れが見つからなかったら、記録の量が足りないだけです。この課の八本の結果を弱点として扱ってかまいません。四つ以上見つかった人は、 表の上からの順 で三つに切ってください。上にあるものほど、外したときの損が大きいからです。 やり直したあとで崩れ方が変わっていなくても、気にしないでください。音は一度で変わりません。変わるのは 崩れていることに気づけるようになる ことが先で、口が追いつくのはそのあとです。気づけるようになっていれば、これからの音読すべてが練習になります。 参考文献 Jenkins, The Phonology of English as an International Language (2000)。「通じる発音の核心(Lingua Franca Core)」の提案。 Tatoeba 文 #2249836(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/2249836 Tatoeba 文 #30121(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/30121 Tatoeba 文 #1553500(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/1553500 Tatoeba 文 #293742(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/293742 Tatoeba 文 #239425(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/239425 Tatoeba 文 #1304578(CC BY 2.0 FR)。https://tatoeba.org/en/sentences/show/1304578 Tatoeba 文