1.4 ロマンス語と学術語の源、そして訓読 — ratiō は raison になった — Epoché
この課でできるようになること ラテン語の語がイタリア語・スペイン語・フランス語でどう変わったかを 10 語で言える。 学術語の語尾の対応( -tiō → -tion / -zione / -ci ón)を使える。 返り読みの考え方を知り、訳編で本格的に使う準備ができている。 前提 : 1.3 まで。 橋の編の最後です。ここまでの三つの橋(日本語・英語・専門用語)に、四つ目を足します。 ラテン語の娘たち ——イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・フランス語・ルーマニア語——です。ラテン語は死語と呼ばれますが、正確には「五つの言語に姿を変えて、いまも 8 億人に話されている」。当館にはフランス語の課程もあり、その哲学編で読むデカルトは、この課程の第 5 期で読むデカルトと同じ人です。 同じ語の五つの姿 ラテン語(意味) イタリア語 / スペイン語 / フランス語 → 英語 ratiō (理性) ragione / raz ón / raison → reason aqua (水) acqua / agua / eau → aquatic caelum (空) cielo / cielo / ciel → celestial nox (夜) notte / noche / nuit → nocturnal pater (父) padre / padre / pè re → paternal bonus (良い) buono / bueno / bon → bonus tempus (時) tempo / tiempo / temps → temporal vīta (生命) vita / vida / vie → vital amīcus (友) amico / amigo / ami → amicable liber (本) libro / libro / livre → library 三つのことが見えます。① イタリア語が一番近い ( vīta → vita )。②フランス語が一番遠い( aqua → eau 、 nox → nuit )。③英語はフランス語経由と直接の借用の両方を持つ( reason はフランス語経由、 ratio は直接)。日本語のカタカナ語はこの英語の層から来ています。 変化の規則も少しだけ。ラテン語の c (ク)は e・i の前でイタリア語ではチ、フランス語ではス、スペイン語では英語の th に近い音になりました——0.6 の教会式の c=チは、この変化の途中の姿です。語末の -us ・ -um はイタリア語で -o 、スペイン語で -o 、フランス語では消えました。 ラテン語の格の語尾が消えていく過程 が、五つの言語の違いです。 学術語の語尾 — 六つの言語で同じ骨 ラテン語 英・仏・伊・西 nātiō, -ōnis nation / nation / nazione / naci ón vēritās, -ātis verity / vé rit é / verit à / verdad possibilis possible / possible / possibile / posible nātūrālis natural / naturel / naturale / natural substantia substance / substance / sostanza / sustancia cōnscientia conscience / conscience / coscienza / conciencia 最後の 2 語は哲学の術語です。 substantia (実体)と cōnscientia (意識・良心)は、スコラ哲学のラテン語から近世の各国語へ渡りました。この課程の第 5 期でスピノザの substantia を読み、フランス語課程の哲学編(11.1「哲学語彙の作り方」)でデカルトの conscience を読む。 二つの課程は同じ語彙の二つの層 を扱っています。フランス語課程を先に終えた人はラテン語の学術語が半分は既知で、逆も同じです。 ★日本語話者だけの橋 — 返り点 ここまでの橋は語彙の橋でした。最後に、 読み方の橋 を一つ。日本語話者は中学・高校で漢文を訓読しています。「子曰」に返り点を打って「子曰く」と読む——語順の違う言語を、印を頼りに日本語の順で読む訓練です。ラテン語の散文は 動詞が文末に来やすく 、修飾語が離れた位置に置かれます。この構造を読むのに、返り点の発想がそのまま使えます。 セネカの一文で試します。まだ文法は習っていないので、語の意味だけ添えます。 語(順に) 意味 日本語で読む順 Nōn 〜ない ④ in verbīs, 言葉の中に ① sed 〜ではなく ② in rēbus 事柄の中に ③ est. ある ⑤ 番号の順に読むと「言葉の中に(①)ではなく(②)事柄の中に(③)〜ない(④)ある(⑤)」→「言葉の中にではなく、事柄の中にある」。レ点と一二点を打つのと同じことを、番号でやりました。訳編の第 8.1 課で、この「返り読み」を方法として教えます。そして第 3 期には番号を外し、頭から読む——足場は外すためにあります。 原文 日本語訳 見るところ Non in verbis, sed in rebus est. [1] 言葉の中にではなく、事柄の中にある。 上の表の文。 est が文末 Idem facit ratio; [2] 理性も同じことをする。 ratiō ( raison )。 idem (同じこと)が目的語 Omnes virtutes rationes sunt. [3] すべての徳は理性である。 virtūtēs ・ ratiōnēs (どちらも複数) ars est bonum fieri. [4] 善くなることは、技芸である。 ars ( arte ・ art )。 bonum fierī =善くなること Ars enim vitae est. [5] というのも、(哲学は)生きる術だから。 vītae ( vita ・ vie ) 第 1 期の残りへ — 何が待っているか 橋の編を終えると、第 1 期は本体に入ります。形編「形」で名詞の 5 変化と sum ・動詞の現在形、型編「型」で格の使い方と語順、語編「語」で核心語の上位 300、読編「読」で自作の統制文 8 篇。そのすべてで、この編で数えた橋——カタカナ語・英語の親戚・専門用語・娘たち——が毎課顔を出します。 初めて見る語より、見覚えのある語のほうが多い ——それが第 1 期のラテン語です。 新出語 語(品詞) 意味 注 tempus la 名詞・第 3 変化・中性( temporis ) 時、時間、時期 日本語との差 伊 tempo ・仏 temps 。英語 temporary ・ tempo Tempus est quaedam pars aeternitatis. [6] 時とは、永遠の一部分である。 Tempus fugit. [7] 時は飛び去る。 nox la 名詞・第 3 変化・女性( noctis ) 夜 日本語との差 伊 notte ・仏 nuit 。英語 nocturnal Nox erat. Sed luna plena lucebat. [8] 夜だった。しかし満月が輝いていた。 vīta la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 生命、生活、生涯 日本語との差 伊 vita ・仏 vie 。英語 vital Ars enim vitae est. というのも、(哲学は)生きる術だから。 Vita in urbe parva taediosa est. [9] 小さな町の生活は退屈だ。 virtūs la 名詞・第 3 変化・女性( virtūtis ) 徳、勇気、力 日本語との差 偽の友( 橋編 2課 )。伊 virt ù bonus la 形容詞・第 1・2 変化( -a , -um ) 良い 日本語との差 比較級 melior ・最上級 optimus (別語幹) ars est bonum fieri. 善くなることは、技芸である。 Bonus magister erit. [10] 彼はいい先生になるでしょう。 substantia la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 実体、本質 日本語との差 スコラの術語。第 5 期スピノザの中心語 Tulitque Deus substantiam patris vestri et dedit mihi. [11] 神はあなたがたの父の財産を取って、私に与えられた。 cōnscientia la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 共に知ること、良心、意識 日本語との差 英語 conscience ・ consciousness の両方 Ita conscientia omnes timidos facit. [12] このように、良心は私たちをみな臆病にする。 īdem la 代名詞( eadem , idem ) 同じ 日本語との差 is + -dem 。英語 identity Idem de te dicere non possum. [13] あなたについては同じことが言えません。 返り読みと訓読には違いもあります。漢文は語順がほぼ固定(主語・動詞・目的語)なので返り点の規則も固定できますが、ラテン語は 語順が自由 で、書き手が強調したい語を文頭や文末に置きます。だから返り読みの番号は文ごとに違い、規則にはなりません。番号は「語形から役割を読み取って、日本語の順に並べ直す」という 手順を目に見える形にしたもの で、手順が身につけば要らなくなります。この課程が第 3 期で番号を外すのはそのためです。番号に頼り続けると、文頭に置かれた強調の語(「言葉の中に ではなく 」)を読み落とすようになります。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 The history of Spanish - Latin gets everywhere (2/6) OpenLearn from The Open University (1:37, 2021) ラテン語がスペイン語になるまで 練習 練習 1 — 娘たちから母へ 次のイタリア語・フランス語の語から、元のラテン語を言ってください。 notte raison libro temps amigo cielo 練習 2 — 返り読み Omnēs virtūtēs ratiōnēs sunt. (すべての・徳は・理性・である)に、日本語で読む順の番号を打ってください。 練習 3 — 本文を隠して復唱する 上の 5 文を 3 段で読んでください。 ratiō をレシオでもレゾンでもなく「ラティオー」と。 この課のまとめ ラテン語は五つの言語に姿を変えた。イタリア語が一番近く、フランス語が一番遠い。英語はその両方から借りた。 学術語の骨は六つの言語で同じ( nātiō → nation / nazione / naci ón)。フランス語課程の哲学編と語彙を分け合う。 返り点の発想がラテン語に使える 。訳編で方法にし、第 3 期で外す。 第 1 期の残り(形・型・語・読)で、この編の橋が毎課出る。 次の課へ 第 2.1 課から形編「形」に入ります。最初は 格=助詞 ——主格は「が」、属格は「の」、与格は「に」、対格は「を」、奪格は「で・から」、呼格は「よ」。この対応表と、第 1 変化名詞 puella (少女)の 12 の形から始めます。 答え 練習 1 : nox / ratiō / liber / tempus / amīcus / caelum 。 練習 2 : Omnēs ①(すべての)→ virtūtēs ②(徳は)→ ratiōnēs ③(理性)→ sunt ④(である)。この文は日本語と同じ順なので、返り点は要りません。ラテン語には日本語と同じ順の文も多い、というのも大事な発見です。 参考文献 Sen . Ep . 2.16.3( Non in verbis, sed in rebus est. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 4.38.2( Idem facit ratio; )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 7.66.32( Omnes virtutes rationes sunt. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 14.90.44( ars est bonum fieri. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 19.117.12( Ars enim vitae est. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Tatoeba 文 #868232( Tempus est quaedam pars aeternitatis. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/868232 Tatoeba 文 #349905( Tempus fugit. )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/349905 Tatoeba 文 #328