8.140 エウテュプロン — 「正確に知っている」と言う人 — Epoché
この篇でできるようになること ★ 台本の形 の文章を読める。 ★ ほめる形でけなす ——皮肉を見分けられる。 ★ 「正確に知っている」という言い切り が何を招くか分かる。 ★ なぜ定義が要るのか を言える。 前提 : 8.139 まで。型は 3.48 まで。 読む前に ★ 場所は、王の柱廊 です。★ アテナイで宗教に関わる訴えを受けつける役所の前 で、★ 8.137 読編 の裁判の、少し前 にあたります。 ★ 二人が、ばったり出会います。 ★ ソクラテスは 訴えられて 来ており、エウテュプロンは 訴えに 来ています。 ★ エウテュプロンが訴える相手は、 自分の父 です。 ★ 当時のアテナイで、これは ふつうでないどころか、不敬とすら見られること でした。 ★ 読むときの手がかりを置きます。 ★ この篇では、話し手の交代が 34 回、六語以下の文が 18 本 あります。★ ほとんど台本です。 ★ 短い返事が続くところは、 読み飛ばさないでください 。 ★ 対話では、 短い返事のところで話が決まります 。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1272 語、文は 71 本、一文の平均は 17.9 語、いちばん長い一文は 52 語です。 ★ 一文の平均を見てください。 ★ 読 F でいちばん短い です。★ けれども、 いちばん長い一文は 52 語 あります。 ★ この差が、対話の文章の特徴 です。★ 短い受け答えと、長い説明が、交互に出てきます。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 ソクラテス、どうしてリュケイオンを離れたのですか。それに、王のアルコンの柱廊で何をしているのですか。まさか、私と同じように、王の前での訴訟に関わっているわけではないでしょう? ソクラテス:訴訟ではないよ、エウテュプロン。アテナイ人が使う言葉は「公訴」だ。 エウテュプロン:なんですって! 誰かがあなたを訴えているのでしょうね。あなたがほかの人を訴える側だとは信じられませんから。 ソクラテス:もちろん、そうではない。 エウテュプロン:では、誰かほかの人があなたを訴えているのですね? ソクラテス:そうだ。 エウテュプロン:それで、その人は誰です? ソクラテス:あまり知られていない若い男だよ、エウテュプロン。私もほとんど知らない。名前はメレトスで、ピットス区の出だ。ひょっとすると、見た目を覚えているかもしれない。かぎ鼻で、まっすぐな長い髪をしていて、ひげは生えそろっていない。 エウテュプロン:いいえ、覚えていません、ソクラテス。でも、彼があなたに向けている訴えとは何なのですか。 ソクラテス:訴えは何かって? それが、たいへん重大な訴えでね。その若者がなかなかの人物であることをよく示していて、確かに軽んじるべきではない訴えだ。彼は、若者がどのようにして堕落させられるのか、そして誰が若者を堕落させているのかを知っていると言う。彼はきっと賢い人にちがいないと思う。そして私が賢い人の正反対だと見て、私を見つけ出し、彼の若い仲間たちを堕落させたと私を訴えようとしているのだ。そして、このことを裁くのは、私たちの母である国家だ。政治に関わる者のうち、私には彼だけが正しいやり方で、つまり若者の徳を育てることから始めているように見える。よい農夫のように、彼はまず若い芽を大事にし、それを損なう私たちを取り除く。これは最初の一歩にすぎない。彼はそのあとで年長の枝に手をかけるだろう。そして始めたとおりに進めば、彼は大いなる公の恩人になるだろう。 エウテュプロン:そうなるとよいのですが。でも、ソクラテス、私はむしろ逆のことが本当になるのではないかと心配です。私の考えでは、彼はあなたを攻撃することで、まさに国家の土台に一撃を加えようとしているのです。それにしても、あなたがどのようにして若者を堕落させると彼は言っているのですか。 ソクラテス:彼は私に対して驚くべき告発をしている。初めて聞くと驚かされるような告発だ。彼が言うには、私は詩人、つまり神々の作り手で、新しい神々を作り出し、古い神々の存在を否定している。これが彼の起訴の根拠だ。 エウテュプロン:分かりました、ソクラテス。彼は、あなたの言うように、ときどきあなたに訪れるあのおなじみの合図のことで、あなたを攻撃するつもりなのです。彼はあなたを新奇な神の説を唱える者だと考え、そのことであなたを法廷に引き出そうとしているのです。そういう訴えが世間ですぐに受け入れられることを彼は知っています。私自身もいやというほど知っています。私が民会で神々のことを話し、人々に未来を予言すると、彼らは私を笑い、私を狂人だと思うのですから。それでも、私の言うことは一語残らず真実です。でも、彼らは私たちみんなをねたんでいるのです。私たちは勇敢になって、彼らに立ち向かわなければなりません。 ソクラテス:彼らの笑いは、友エウテュプロン、たいして重要なことではない。人が賢いと思われるのはかまわない。だがアテナイ人は、思うに、その人が自分の知恵をほかの人に分け与え始めるまでは、その人のことをあまり気にかけない。そしてそうなると、何かの理由で、もしかするとあなたの言うようにねたみから、腹を立てるのだ。 エウテュプロン:私がこんなふうに彼らの気性を試すことは、まずないでしょう。 ソクラテス:たぶんそうだろう。あなたは振る舞いが控えめで、めったに自分の知恵を分け与えないから。しかし私には、誰に対しても自分をさらけ出してしまうという親切な癖があって、聞き手がいるならお金を払ってもいいくらいだ。だから、アテナイ人が私をおしゃべりがすぎると思うのではないかと心配している。さて、さっき言っていたように、もし彼らが、あなたを笑うとあなたが言うように、ただ私を笑うだけなら、法廷での時間はけっこう楽しく過ぎるかもしれない。しかし、ひょっとすると彼らは本気かもしれない。そうなれば、結末がどうなるかは、あなたがた予言者にしか予言できない。 エウテュプロン:きっとこの件は何事もなく終わりますよ、ソクラテス。あなたは訴訟に勝つでしょう。そして私も自分の訴訟に勝つと思います。 ソクラテス:それで、あなたの訴訟とは何なのかね、エウテュプロン。あなたは訴える側か、それとも訴えられる側か。 エウテュプロン:訴える側です。 ソクラテス:誰を? エウテュプロン:言えば、あなたは私を狂っていると思うでしょう。 ソクラテス:なんと、逃げた男に翼でもあるのかね? エウテュプロン:いいえ、あの年では、そう身軽に飛び回れはしません。 ソクラテス:誰なのだ? エウテュプロン:私の父です。 ソクラテス:あなたの父だって! きみ、本当かね? エウテュプロン:そうです。 ソクラテス:それで、何の罪で訴えられているのかね? エウテュプロン:殺人です、ソクラテス。 ソクラテス:これは驚いた、エウテュプロン! 世の多くの人は、正しさと真理の本性について、なんと知らないことか。そんな訴えを起こす道が見えるようになるには、人は並はずれた人物で、知恵において大きく進んでいなければならない。 エウテュプロン:本当に、ソクラテス、そうでなければなりません。 ソクラテス:あなたの父親が殺した男は、あなたの身内の一人だったのだろうね。——明らかにそうだ。もしよその人だったら、あなたは父親を訴えようなどとは決して思わなかっただろうから。 エウテュプロン:おかしいですね、ソクラテス、あなたが身内である人と身内でない人を区別するなんて。というのも、本来なら殺した者を訴えることで自分も相手も清めるべきときに、それを知りながら殺した者と付き合っているなら、どちらの場合でも穢れは同じだからです。本当の問題は、殺された男が正当に殺されたのかどうかです。正当に殺されたのなら、あなたの務めはその件を放っておくことです。しかし不当に殺されたのなら、たとえ殺した者があなたと同じ屋根の下に住み、同じ食卓で食べていても、その人を訴えなさい。さて、死んだ男というのは、私の家の貧しい雇われ人で、ナクソス島の私たちの農園で畑の働き手として働いていました。ある日、酒に酔ってかっとなり、うちの召し使いの一人とけんかになって、その召し使いを殺してしまったのです。私の父はその男の手足を縛って溝に投げ込み、それから、その男をどうすべきか占い師に尋ねさせるために、アテナイへ人をやりました。そのあいだ、父はその男の面倒をまったく見ず、何の手当てもしませんでした。父はその男を人殺しと見なしていて、たとえ死んでもたいした害にはならないと考えていたのです。そして、まさにそのとおりのことが起こりました。寒さと飢えと鎖が男にそれほどこたえて、使いの者が占い師のところから戻る前に、男は死んでしまったのです。そして父と家族は、私が人殺しの肩を持ち、父を訴えていることで、私に腹を立てています。彼らは、父は男を殺していない、たとえ殺したとしても、死んだ男はただの人殺しにすぎないのだから、私は気にかけるべきではない、父を訴える息子は不敬なのだから、と言います。このことは、ソクラテス、神々が敬虔と不敬について何を考えているのかを彼らがいかに知らないかを示しています。 ソクラテス:なんということだ、エウテュプロン! それで、あなたの宗教についての知識、敬虔なことと不敬なことについての知識はそれほど正確で、事情があなたの言うとおりだとして、父親を相手に訴えを起こすことで、あなたもまた不敬なことをしているのではないかと恐れはしないのかね? エウテュプロン:エウテュプロンのいちばんよいところ、ソクラテス、ほかの人たちと彼を分けているものは、そういう事がらすべてについての正確な知識です。それが無ければ、私に何の取り柄があるでしょう? 語釈 帯の外の語は 70 語です。★ impeachment (弾劾)・ pious (敬虔な)・ diviner (占う人)が要 です。★ 宗教と法がまだ分かれていない社会 の言葉だと思って読んでください。 語(品詞) 意味 注 Archon en 名 アルコン。アテナイの執政官 Athenians en 名 アテナイの人びと The Athenians gathered in the square to hear the news. アテナイの人びとは知らせを聞くために広場に集まりました。 Athens en 名 アテナイ。古代ギリシアの都市国家 Euthyphro en 名 エウテュプロン。対話篇の相手 Lyceum en 名 リュケイオン。アテナイの学園 Meletus en 名 メレトス。ソクラテスを訴えた一人 Naxos en 名 ナクソス島 Nay en 間 いや。古い言い方 Nay, I will not sell this land for any price. いや、私はどんな値段でもこの土地を売りません。 Pitthis en 名 ピットス区。アテナイの区名 Porch en 名 柱廊( the Porch of the King Archon =王のアルコンの役所) Socrates en 名 ソクラテス accusation en 名 訴え The merchant denied the accusation and demanded to see proof. その商人はその訴えを否定し、証拠を見せるよう求めました。 amused en 形 面白がっている The old fisherman seemed amused by the children's clumsy attempts to swim. その老いた漁師は子どもたちの下手な泳ぎの試みを面白がっているようでした。 beak en 名 鉤鼻(くちばしのような鼻) The eagle used its sharp beak to tear the fish apart. その鷲は鋭いくちばしを使って魚を引き裂きました。 beard en 名 あごひげ The old shepherd's long gray beard reached almost to his waist. その老いた羊飼いの長い白髪まじりのあごひげは、ほぼ腰まで届いていました。 benefactor en 名 恩人 The grateful orphan never forgot the name of his benefactor. その感謝している孤児は、恵んでくれた人の名前を決して忘れませんでした。 benevolent en 形 情け深い The benevolent landlord forgave the farmer's debt after a poor harvest. その情け深い地主は、凶作のあとに農夫の借金を帳消しにしました。 brave en 形 勇ましい The brave firefighter carried the sleeping child out of the smoke. その勇ましい消防士は眠っている子どもを煙の中から運び出しました。 corrupt en 動 だめにする The judge refused every bribe and would not corrupt his office. その裁判官はあらゆる賄賂を拒み、自分の職をだめにすることはしませんでした。 corrupted en 動 だめにした Years of easy money had corrupted the once honest official. 長年の楽な金稼ぎは、かつて正直だったその役人をだめにしていました。 corrupting en 動 だめにしている The elders feared the new games were corrupting the village youth. 長老たちは、その新しい遊びが村の若者たちをだめにしていると恐れていました。 corruptors en 名 だめにする人びと The council branded the traveling merchants as corruptors of local custom. 評議会は旅の商人たちを地元の慣習をだめにする人びとだと決めつけました。 cultivati