6.43 聞一多『死水』 — Epoché
この篇でできるようになること 美しい語と、それが指す物を五組以上挙げられます。 変化の結果や、現れる動きを補語で書けます。 させる形と受け身の形を、主題と結びつけて読めます。 三つの現代詩の違いを、一篇ずつ説明できます。 前提 :6.42「徐志摩『再別康橋』」。本文は別の読書ページにあります。語だけを追わず、何をそう呼んでいるかも一緒に見ます。 流れない水を、美しい名で呼ぶ 聞一多の『死水』は1926年の作で、同じ題の詩集の表題作です。 死水 は流れの止まった水です。水が動く 活水 と対にして、どぶ水の場面を思い浮かべます。 日本語の「死」の字から、死者に関わる水と読まないようにします。ここでは流れずにたまった水で、その中の物が腐っていく様子を描きます。 それなのに、本文にはひすい、桃の花、あやぎぬ、雲霞、真珠、緑の酒が並びます。美しい語が指している物を戻って見ると、銅や鉄のさび、油、かび、泡です。このずれを保ったまま読みます。 本文の句 美しい呼び名 指している物 铜的要绿成翡翠 翡翠 緑青の吹いた銅 铁罐上锈出几瓣桃花 桃花 鉄の缶のさび 再让油腻织一层罗绮 罗绮 水面の油の膜 霉菌给他蒸出些云霞 云霞 かび 飘满了珍珠似的白沫 珍珠 白い泡 让死水酵成一沟绿酒 绿酒 腐って発酵した水 美しい語だけなら宝物の景色になりますが、指す物を忘れなければ、汚れた水から離れられません。腐敗の段階を、宝物の名で呼び直しています。そのため、きれいな言葉を読むほど、対象との隔たりを感じます。 変わる結果と、出てくるもの 绿成翡翠 では、 绿 が緑になる動きを、 成 が何に変わるかを示しています。緑のひすいという名詞の修飾だけではなく、銅が変化することを述べています。結果補語の 型編 17課 につながる形です。 绿成翡翠 を「緑のひすい」と静かな物の名だけにしません。緑になってひすいへ変わるという、動きと結果を読みます。 锈出几瓣桃花 では、さびる動きから、桃の花が現れたように言います。 出 が出てくる動きを添えています。 咬破 でも、かむ動作に、破れる結果が加わります。動詞だけを訳して終わらず、何がどうなったかを取りましょう。 一沟 ・ 一层 ・ 几瓣 は、溝、層、花びらを単位に小さく数えるまとまりです。 些 は数をはっきりさせず、「いくらか」を表します。大きな美を表す言葉と、小さく区切る量詞が、どう組み合わされるかも読みます。量詞は 型編 7課 で学んだ働きです。 物にさせ、物に任せる 再让油腻织一层罗绮 では、油の汚れに織らせています。 让 の後ろの油の汚れが、織る動作をする側になります。 让死水酵成一沟绿酒 でも、水に発酵する動きを任せています。兼語文の 型編 27課 を、物について使う形です。 最後の 不如让给丑恶来开垦 は、醜いものに明け渡し、開墾するのに任せる形です。自分がきれいに直すとは述べていません。させる、明け渡すという言い方を重ねています。その投げやりさが、冒頭の 绝望 の気分につながります。 動かない場所で、小さな出来事が目立つ 清风吹不起半点漪沦 は、風が吹いてもさざなみを立てられないという形です。 吹不起 は可能補語の否定で、水が動かない場所だと初めに示します。 後の 如果青蛙耐不住寂寞 にも、 耐不住 という可能補語があります。さびしさに耐えられないなら、という仮定です。 型編 19課 の可能と、 型編 34課 の仮定を結びます。 又被偷酒的花蚊咬破 は、泡がやぶ蚊に食い破られる受け身です。 被 の後ろに動作をするものが出ます。小さな泡が大きな泡に変わり、破られます。動かない水の中では、それが目立つ出来事になります。受け身は 型編 25課 の形です。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 死水 名詞 流れの止まった水 死者の水という意味ではない 这是一沟绝望的死水 これは絶望のひとすじのどぶ水だ 沟 量詞 ひとすじ・ひと溝 溝にたまる水を数える 一沟绝望的死水 ひとすじの絶望のどぶ水 绝望 名詞 絶望 望みのない状態 一沟绝望的死水 ひとすじの絶望のどぶ水 漪沦 名詞 さざなみ 水面の小さな波 清风吹不起半点漪沦。 涼風が吹いてもさざなみ一つ立たない。 破铜烂铁 名詞 壊れた銅や鉄くず 捨てられる金属 不如多扔些破铜烂铁 いっそもっと壊れた銅や鉄くずを投げ込むがいい 爽性 副詞 いっそ・いっそのこと 思いきってする調子 爽性泼你的剩菜残羹。 いっそお前の残り物の菜と汁をぶちまけるがいい。 剩菜 名詞 残り物の料理 食べ残した菜 爽性泼你的剩菜残羹。 いっそお前の残り物の菜と汁をぶちまけるがいい。 残羹 名詞 残った汁 食べ残しの汁物 爽性泼你的剩菜残羹。 いっそお前の残り物の菜と汁をぶちまけるがいい。 翡翠 名詞 ひすい 緑色の宝石 也许铜的要绿成翡翠 あるいは銅が緑になってひすいになるだろう 铁罐 名詞 鉄の缶 さびる物 铁罐上锈出几瓣桃花 鉄の缶にさびが幾片かの桃の花を咲かせる 锈 動詞 さびる ここでは動作として使う 铁罐上锈出几瓣桃花 鉄の缶にさびが幾片かの桃の花を咲かせる 瓣 量詞 花びらなどのひとかけ 小さく数える語 几瓣桃花 幾片かの桃の花 油腻 名詞 油の汚れ 水面の油の膜 再让油腻织一层罗绮 さらに油の汚れにあやぎぬを一枚織らせる 罗绮 名詞 うすぎぬとあやぎぬ 美しい織物 再让油腻织一层罗绮 さらに油の汚れにあやぎぬを一枚織らせる 霉菌 名詞 かび 雲霞に重ねる物 霉菌给他蒸出些云霞。 かびがそこから雲と霞を蒸し出す。 云霞 名詞 雲と霞 美しい空の色 霉菌给他蒸出些云霞。 かびがそこから雲と霞を蒸し出す。 酵 動詞 発酵する 水が酒へ変わる動き 让死水酵成一沟绿酒 どぶ水を発酵させてひとすじの緑の酒にする 绿酒 名詞 緑の酒 発酵した水の呼び名 让死水酵成一沟绿酒 どぶ水を発酵させてひとすじの緑の酒にする 珍珠 名詞 真珠 白い泡のたとえ 飘满了珍珠似的白沫 真珠のような白い泡がいっぱいに浮く 白沫 名詞 白い泡 真珠にたとえる物 飘满了珍珠似的白沫 真珠のような白い泡がいっぱいに浮く 花蚊 名詞 やぶ蚊 泡を食い破るもの 又被偷酒的花蚊咬破 また酒を盗むやぶ蚊に食い破られる 咬破 動詞 かんで破る 破れる結果を添える 又被偷酒的花蚊咬破 また酒を盗むやぶ蚊に食い破られる 鲜明 形容詞 あざやかだ ここでは皮肉な評価 也就夸得上几分鲜明。 いくらかあざやかだとほめられる 寂寞 名詞 さびしさ かえるが耐えられないもの 如果青蛙耐不住寂寞 もしかえるがさびしさに耐えられなければ 丑恶 名詞 醜いもの・醜悪 美と対になる 不如让给丑恶来开垦 いっそ醜いものへ明け渡して開墾させよう 开垦 動詞 開墾する 土地を開くことを重ねる 不如让给丑恶来开垦 いっそ醜いものへ明け渡して開墾させよう 対訳 これは絶望の、ひとすじのどぶ水だ。涼しい風が吹いてもさざなみ一つ立たない。いっそもっと壊れた銅や鉄くずを投げ込むがいい。いっそのこと残り物の菜と汁をぶちまけるがいい。あるいは銅は緑に錆びてひすいになるだろう。鉄の缶にはさびが幾片かの桃の花を咲かせるだろう。さらに油の汚れにはあやぎぬを一枚織らせよう。かびにはそこから雲と霞を蒸し出させよう。どぶ水を発酵させて、ひとすじの緑の酒にしよう。真珠のような白い泡がいっぱいに浮かぶ。小さな泡たちの笑い声が大きな泡に変わり、そしてまた、酒を盗みに来たやぶ蚊に食い破られる。そうなればこの絶望のひとすじのどぶ水も、いくらかはあざやかだと言えるだけのものにはなる。もしかえるが寂しさに耐えかねたら、どぶ水が歌声をあげたということにでもしておこう。これは絶望の、ひとすじのどぶ水だ。ここは決して美のある場所ではない。いっそ醜いものに明け渡して開墾させ、そいつがどんな世界を造り出すか見てやろう。 三つの詩を並べる 『雨巷』は出会いたいという願いを繰り返し、最後に願う動きを替えます。『再別康橋』は美しいものへの愛着を、持ち去らないという結びで示します。『死水』は腐る物を美しい名で呼び、そこへ任せる姿を描きます。 三つとも1920年代の新しい形の詩ですが、語の選び方と繰り返しの位置が違います。同じ形だから同じ気持ちだと決めず、何を願い、何を残し、何を見ているかを比べます。 練習 空欄に補語を入れて、本文の句を中国語で書いてください。 铜的要绿_翡翠 空欄に補語を入れて、本文の句を中国語で書いてください。 铁罐上锈_几瓣桃花 空欄に補語を入れて、本文の句を中国語で書いてください。 又被偷酒的花蚊咬_ 空欄に補語を入れて、本文の句を中国語で書いてください。 清风吹_半点漪沦 物に何かをさせる句を本文から一つ書き写してください。続けて、書き手を主語にして物に何かをさせる短い文を、中国語で二つ作ってください。 やぶ蚊が大きな泡を食い破ったことを、まず蚊を主語にして中国語で書き、次に泡から述べる受け身へ替えてください。 物が壊れる短い能動文を中国語で一つ作り、受け身の文へ替えてください。 左の美しい呼び名と、右の指している物を組にしてください。左: 翡翠・桃花・罗绮・云霞・珍珠・绿酒 。右:ア 白い泡/イ 発酵した水/ウ かび/エ 鉄の缶のさび/オ 油の膜/カ 緑青の吹いた銅。 『雨巷』『再別康橋』『死水』がそれぞれ何を描くか、一篇につき日本語一文で書いてください。 冒頭の水の状態を示す句と、後半の泡の出来事を示す句を書き出し、小さな出来事が目立つ理由を日本語で説明してください。 戻り語 前の課で学んだ語を使い、汚れた川をわざと美しい語で書く中国語の文を 3 文作ります。 垃圾・塑料・沉・浓・黑暗・失望 から三つ以上使います。 垃圾 と 塑料 を使い、川に浮くごみが花に変わったように中国語で書いてください。 浓 と 沉 を使い、濃い水の底に沈んだ物を美しい名で中国語で書いてください。 黑暗 と 失望 を使い、暗い川をわざとほめる文を中国語で書いてください。 音読 本文を▶で聞き、声に出します。ひすい、桃の花、織物、雲霞、真珠を表す語は、皮肉な声を付けず、美しい物の名としてまっすぐ読みます。その響きと、指す物の汚れの差を感じます。 この篇のまとめ 美しい語と汚れた物を、どちらも忘れずに読みます。補語が変化を描き、させる形と受け身が、書き手が物に任せる姿を作ります。動かない場所だから、小さな泡の出来事も目立ちます。 次の篇へ 次の6.44から古典に入り、王維・孟郊・李紳・賀知章・白居易の唐詩五首を読みます。省かれた語を補いながら、短い詩のつながりをほどきます。 答え 铜的要绿成翡翠 铁罐上锈出几瓣桃花 又被偷酒的花蚊咬破 清风吹不起半点漪沦 本文: 再让油腻织一层罗绮 。文の例: 我让清风吹起漪沦。 我让死水变成绿酒。 花蚊咬破了大珠。 大珠被花蚊咬破了。 他打破了杯子。 杯子被他打破了。 翡翠 ―カ、 桃花 ―エ、 罗绮 ―オ、 云霞 ―ウ、 珍珠 ―ア、 绿酒 ―イ。 『雨巷』は出会いへの願いと、通り過ぎる姿を描きます。『再別康橋』は、美しいものを持ち去らずに別れる愛着を描きます。『死水』は、腐る物を美しい語で呼び、絶望と投げやりさを描きます。 「 清风吹不起半点漪沦 」と「 又被偷酒的花蚊咬破 」。風でもさざなみが立たない場所なので、泡が食い破られる小さな動きが目立ちます。 河上的塑料垃圾开成了花。 河水很浓,沉着几瓣桃花。 黑暗的河不让人失望。 参考文献 聞一多『死水』( 这是一沟绝望的死水,清风吹不起半点漪沦。 )。1926年作。繁体字を簡体字に改め、底本に混ざっていた註・校勘を除いた本文。保護期間は満了。出所:https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AD%BB%E6%B0%B4