ホッブズ――自然状態は万人の万人に対する戦いである(社会契約・リヴァイアサン) — Epoché
近代 イギリス経験論 約 29 分 本文 約 12,200 字 図 6・表 3 原典 2 節 この課の要点 原因・状態・出口の 3 つ 原因 自然は人を、体の力でも心の働きでも、ほぼ等しく作った。いちばん弱い者でも、たくらみや仲間との組み合わせで、いちばん強い者を殺せる。等しいから、同じものを望めば敵になる。争いの主な原因は三つ、利益を求める競争、安全を求める不信、評判を求める名誉である(『リヴァイアサン』第 13 章)。 状態 皆を畏れさせる共通の力がないあいだ、人は万人の万人に対する戦いの状態にある。働いても実りが確かでないので、農業も航海も建物も学問も文字も社会もなく、絶えず恐れと、殺される危険がある。人の生は、孤独で、貧しく、つらく、残酷で、短い(第 13 章)。 出口 死を恐れる情念と、理性が示す平和の決まり(自然法)が、人を戦いから連れ出す。人々は互いに約束し、自分を治める権利を一人の人か一つの会議に移して、その行いを自分のものと認める。こうして生まれる国が、無数の人でできた巨人リヴァイアサンである(第 14・15・17 章)。その力は分けても限ってもならない、とホッブズは論じる。 はじめに トマス・ホッブズ(1588〜1679)は、イングランドの哲学者です。ウィルトシャーのマームズベリに生まれ、オックスフォードで学んだ後、ほぼ生涯、貴族のキャヴェンディッシュ家に仕えました [3] 。1640 年の暮れ、国が内戦へ向かう時代のなかでパリに亡命し、1651 年に帰国します。その年に出したのが、この課で読む『リヴァイアサン』です [3] 。 前の編で読んだデカルトとは、同じ時代の人です。ホッブズはパリでメルセンヌの仲間に加わり、1641 年に刊行されたデカルト『省察』には、ホッブズの反論も収められました [3] 。デカルトが確かな知の土台を探したのに対して、ホッブズは、国が内側から壊れないための土台を探しました [1] 。 この課では、ホッブズの考えを二つの章で読みます。第 1 章では、国も法もない「自然状態」を考え、そこが「万人の万人に対する戦い」になる理由をたどります(『リヴァイアサン』第 13 章) [2] 。第 2 章では、そこから抜け出すために理性が示す決まりと、人々どうしの契約で生まれる国、つまり巨人リヴァイアサンを読みます(第 14・15・17 章) [2] 。 『リヴァイアサン』は四つの部からなり、前半で人間と国を、後半で聖書の解釈と教会を長く論じます [3] 。この課が読むのは、よく抜き出される前半の、人間の本性から国の成り立ちへ進む所です。初めて読む人には、後半の二つの部も読むよう勧める解説もあります [1] 。 この課の問い もし王も法も警察もなかったら、人はどう暮らすことになるでしょうか。そこから抜け出すために、人は何を手放し、何に従うのでしょうか。そして、国を治める力は、何を土台にすれば正しいと言えるのでしょうか。 この課のことば 自然状態 人々の上に、皆を従わせる共通の力(国・法・裁き手)がない状態を仮に考えたもの。歴史上の一時期というより、国がなければどうなるかを考える思考実験の面が強い考え方です。 自然権 自分の命を守るために、自分が必要だと判断することは何でもしてよい自由。何が必要かを各人が決めるので、自然状態では事実上「すべてのものへの権利」になります。 自然法 理性が見つける平和の決まり。いちばん基本は「平和を求めよ」で、皆がそうするなら、すべてのものへの権利を手放せ、と続きます。国が作る法律とは別のものです。 社会契約 人々が互いに約束して、自分を治める権利を一人の人か一つの会議に移し、その行いを自分の行いとして認めること。これで国と主権者が生まれます。 主権者 契約で権利を託され、法を作り、裁き、守り、戦争をする力をまとめて持つ者。一人の王でも、議会のような会議でもかまいません。 リヴァイアサン 旧約聖書『ヨブ記』に出てくる海の巨獣の名。ホッブズは、契約で生まれた国を、地上の「死すべき神」とも呼んで、この名でたとえました。 自然状態――国がなければ、人はどう生きるのか ホッブズは、国が壊れて内戦になる時代を生きました。どんなに重い政府のもとでも、その重荷は内戦の惨めさに比べればほとんど感じられない、と彼は考えます [1] 。この章では、生涯と問い、争いの三つの原因、「万人の万人に対する戦い」での人の生を順に読みます。 内戦の時代の哲学者――生涯と問い ホッブズは 1588 年 4 月 5 日、マームズベリに生まれました。1602 年か 1603 年にオックスフォードのモードリン・ホールに入り、1608 年 2 月に卒業します。その後はキャヴェンディッシュ家に、のちの第 2 代デヴォンシャー伯の家庭教師として仕えました [3] 。この家に仕えたことで、本に触れ、大陸の哲学者や科学者とつながることができました [3] 。1620 年ごろには、この課程のベーコンの課で読んだフランシス・ベーコンの秘書も務めています [3] 。 最初の大きな仕事は、トゥキュディデス『戦史』の英訳(1629 年)でした [3] 。国どうし、党派どうしが争う戦争の歴史です。哲学の著作が目立ち始めるのは 1640 年ごろで、この年に回覧させた『法の原理』で、心と言葉の働きから始めて政治へ進む、という彼の決まった順序が初めて現れます [3] (図 1) 。 1588 年 マームズベリに生まれる 1608 年 オックスフォードを出て、 キャヴェンディッシュ家へ 1629 年 トゥキュディデス『戦史』を英訳 1640 年 『法の原理』を回覧・暮れに パリへ亡命 1641 年 デカルト『省察』に反論が載る 1642 年 『市民論』を出す 1651 年 『リヴァイアサン』を出し、帰国 1655 年 『物体論』を出す(1658 年 『人間論』) 1668 年 ラテン語版『リヴァイアサン』 1679 年 ハードウィック・ホールで没 図 1 ホッブズの生涯の主な出来事(本教材の整理)。年は SEP によります [3] 。強く示した 1651 年が、『リヴァイアサン』の刊行と帰国の年です。 1640 年の暮れ、ホッブズはパリへ亡命し、1651 年まで帰りませんでした。王党派の側と見られていたうえ、絶対の主権を擁護する考えのために罰を恐れる理由もあったようです [3] 。亡命の終わりごろに書いたのが『リヴァイアサン』です。政治の崩壊を目の当たりにしたホッブズは、ほとんどどんな政府でも内戦よりはましだと考え、人々は絶対的な政治の権威に従うべきだ、と論じました。服従と平和が互いを支えることを示すのが、彼のねらいでした [1] 。 パリでは、メルセンヌとその仲間、とくにガッサンディと親しく交わりました [3] 。デカルトとの間には、敬意と見下しの入り混じった関係がありました。1648 年に一度会ったときも、うまく合わなかったと伝えられます [3] 。 恐れは、彼の哲学の出発点でもあります。ホッブズは晩年のラテン語の詩の自伝で、スペインの艦隊が攻めてくるという噂に恐れた母が早く産んだので、「恐れと私は双子として生まれた」と書いたと伝えられます。彼の政治哲学と結びつけて、よく語られる逸話です。 ここで間違えやすい ホッブズを、王の権力は神から授かったとする王権神授説の人だ、と取らないようにしましょう。ホッブズが主権の土台に置いたのは、神の授けではなく、人々どうしの契約と、平和を求める理性です(『リヴァイアサン』第 17 章) [1] [2] 。血筋が王を正しくする、という考えとは根のところで違います。 ほぼ等しい人間――争いの三つの原因 ホッブズは、争いの原因を人の悪さに求めず、人がほぼ等しいことから始めます。体の力には差がありますが、まとめて見れば大きな差ではありません。いちばん弱い者でも、ひそかなたくらみか、同じ危険の中にいる者と組むことで、いちばん強い者を殺せるからです(『リヴァイアサン』第 13 章) [2] 。 心の働きは、体以上に等しいとホッブズは言います。思慮は経験から来るもので、同じだけの時間を過ごせば、誰にも同じだけ与えられるからです。誰もが自分は人より賢いと思っていますが、皆が自分の取り分に満足していることこそ、等しく分けられているしるしだ、と彼は皮肉を込めて書きます [2] 。 ホッブズはほかにも、いくつかの前提を置いています。人はふつう死を避け、自分の命を守りたいと強く望みます。好意は身近な人に限られがちです。自分への高い評価に他人も同意してほしいので、軽んじられることに敏感です [1] 。 能力が等しいと、望みを果たせるという見込みも等しくなります。二人が同じものを望み、二人とも手に入れられないとき、二人は敵になります。ホッブズによれば、人の本性には争いの主な原因が三つあります。利益を求める競争、安全を求める不信、評判を求める名誉です(第 13 章) [2] (表 1) 。 この表で分かること: 三つの原因は、求めるものも、ねらうものも違いますが、止める共通の力がなければ、どれも暴力に行き着きます。 争いの原因 求めるもの 暴力を使う目的 起こるきっかけ 競争 利益 人・家族・家畜を奪う 同じものを望む 不信 安全 奪われる前に守る 先に襲われる恐れ 名誉 評判 軽んじた者を罰する 一言・笑い・違う意見 表 1 争いの三つの原因(本教材の整理。『リヴァイアサン』第 13 章による) [2] 。 なかでも重いのは不信です。相手が先に襲ってくるかもしれないなら、身を守るいちばん理にかなった道は、先手を打つことになります。征服を楽しむ一部の者がいる以上、控えめに暮らしたい人も、守るだけでは生き延びられません [1] [2] 。名誉の争いは、一言や笑い、意見の違いのような、軽んじられたしるしからも起こります [2] 。こうした条件が重なり、共通の力のない所では戦いが避けられなくなります (図 2) 。 能力はほぼ等しい いちばん弱い者も、いちばん強い者を 殺せる 望みも等しい 同じものを望めば、二人は敵になる 三つの原因 競争は利益、不信は安全、名誉は評判の ため 共通の力がない 止める者も、裁く者もいない 万人の万人に対する戦い 戦いの構えが知られ、安心できない時が 続く 図 2 能力の等しさから、万人の万人に対する戦いまでの流れ(本教材の整理。『リヴァイアサン』第 13 章による)。三つの原因は、止める共通の力がないとき、戦いに行き着きます。 本教材の作例で確かめましょう。湧き水が一つしかない無人島に、二人が流れ着いたとします。水は二人分に足りません(競争)。相手が夜のうちに水場を独り占めするかもしれないので、先に柵を作ります(不信)。柵を見た相手は、見くびられたと腹を立てます(名誉)。どちらも悪人でなくても、止める第三者がいなければ、争いへの道は三つともそろいます。 ここで間違えやすい ホッブズが「人は生まれつき邪悪だ」と考えた、と取らないようにしましょう。ホッブズは、人の欲望や情念はそれ自体では罪ではない、と書いています(第 13 章) [2] 。自然状態は、一つひとつはもっともな前提を組み合わせて作られています [1] 。争いの元が先を見ない近視眼なのか、囚人のジレンマのような罠なのか、一部の人の情念なのかは、今も研究者の論争が続いています [1] 。 万人の万人に対する戦い――孤独で、貧しく、つらく、残酷で、短い 三つの原因を止める共通の力がないとき、人は「戦争」と呼ばれる状態、それも万人の万人に対する戦いの状態にある、とホッブズは言います(『リヴァイアサン』第 13 章) [2] 。ここで言う戦争は、戦闘そのものではありません。戦う意志が知られていて、そうでないという保証がない時のひと続きです。悪天候が一、二度のにわか雨ではなく、何日も降りそうな空模様であるのと同じだ、と彼はたとえます [2] 。 そのような時には、働いても実りが確かでないので、誰も畑を耕さず、船を出さず、家を建てず、学問も文字も社会も育ちません。何より悪いのは、絶えず恐れ、殺される危険があることです。人の生は「孤独で、貧しく、つらく、残酷で、短い」とホッブズは書きます [2] 。この所は、原典を読むの章で原文から読みます。 理屈を信じない人には、自分の暮らしを見てみよ、とホッブズは言います。旅に出るときは武器を持ち、連れ立って行きます。寝るときは戸に鍵をかけ、家の中でさえ箱に鍵をかけます。法があり、武器を持った役人がいると知っているのに、です。そうする人は、行いで人間を責めているのではないか、と彼は問います(第 13 章) [2] (図 3) 。 法も役人もいるのに 守ってくれると知っていても 旅 夜 家の中 旅には武器を 持ち連れ立つ 寝るときは 戸に鍵をかける 家の中でも 箱に鍵をかける 行いで人間を責めているのは、誰か 旅・戸・箱は本人の例(第 13 章) 図 3 第 13 章でホッブズ自身が挙げる、鍵をかける人の例を絵にしたものです(本教材の絵。服装や連れの姿は本教材の描き方)。旅・夜・家の中の三つの場面で、法も役人もいる今でさえ、人は互いを信じきれていないことを示します。 では、そんな状態はどこにあるのでしょうか。ホッブズの挙げる例は三つです。一つは、主権者どうしが今も互いにこの状態にあることです。二つ目に、アメリカの多くの土地の人々はまだそうだ、とホッブズは書きました。三つ目に、最も重いのは、平和だった国が内戦に落ちたときの暮らしです [1] 。二つ目の例は、今日の目で見れば偏見を含みます(本教材の注記)。 争いには、宗教や道徳の判断の違い、何が本当に必要か、どれだけの敬意に値するかの食い違いも加わります。皆が自分で判断し、その判断を他人にも当てはめ、できる所では力で通そうとするからです [1] 。主権者どうしの例から、ホッブズは国際関係の「現実主義」の代表とされることもあります [1] 。 共通の力がなければ、正と不正の区別もありません。法がなければ不正もなく、自分のもの・他人のものの区別もなく、手に入れて守れるあいだだけ、それがその人のものです(第 13 章) [2] 。 ここで間違えやすい 「万人の万人に対する戦い」を、人がいつも殺し合っている状態だ、と取らないよ