14.58 扱わないことを宣言して進む — 名前は多く、年は二つ — Epoché
この篇でできるようになること ★ 人の名で学問の道筋を作る 書き方が読める。 ★ 扱わないことを宣言して飛ばす 手つきが分かる。 ★ 強みと弱みを同じ一文で言う 形が読める。 ★ 名前は多く、年は少ない のに気づける。 前提 : 特別編に門はありません。第 5 期まで済んでいれば、どこからでも読めます(目安は 3.40 まで/4.60 まで)。 読む前に ★ 特別編は どの篇から読んでもかまいません 。★ 前の篇を読んでいなくても通じるように書いてあります。 ★ これは 雑誌に載った文章 です。★ 専門の論文ではなく、 科学に関心のある読者に向けたもの です。★ 書いた人はニュージーランド生まれで、 マンチェスターで働いていました 。 どちらのことか 確かめること ★ 科学のこと ★ 科学者がだれに向けて書いたか( 12.14 知編 ) ★ 英語のこと ★ 英語がどう世界語になったか( 12.21 知編 ) ★ 読むときの手がかりを一つ 。★ この篇には 人の名が 13 人 出ます が、★ 年は 二つだけ です( 1803・1827 )。★ 数えました 。★ これが この文章の作り です——★ だれが何を言ったかは書き、 いつかはほとんど書きません 。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1680 語、段落は 7 つ、文は 53 本、一文の平均は 31.7 語です。 ★ 段落の長さが ひどく不ぞろい です——★ いちばん長い段落が 603 語、いちばん短い段落が 51 語 です。★ 短い段落は 「触れない」と断る段落 です。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 物質の成り立ちについての思索は、科学の知識の発展のなかで重要な位置を占めてきました。すべての物質は原子と呼ばれるごく小さな粒からできているという考えは、はるか昔にギリシアの哲学者たちによって唱えられ、科学の時代が始まったころ、思索する人びとによって、さまざまな程度の確信をもって再び唱えられました。たとえばニュートンは、物質は「硬くて重い玉」にたとえられる原子からできていると示唆し、一方ロバート・ボイルは、気体は勢いよく動き回る原子から成ると考えました。科学の仮説としての原子論を初めてはっきりと定式化したのは、マンチェスターのドルトンで、1803 年のことです。原子が倍数の割合で結びつくことを説明するためでした。化学の原子と化学の分子を区別する必要はまもなく認められ、さらに、同じ温度と圧力のもとでは、どの気体も同じ体積に同じ数の分子を含むという、アボガドロの名高い仮説が、この理論の有用さをいっそう広げました。近代化学の上部構造の全体は、大部分、原子論という土台の上に築かれてきました。化学者たちの働きによって、80 を超える別々の種類の元素があることが明らかになりました。そのどれもが固有の原子量を持ち、たいていの場合、適切な方法を当てれば他のどの元素からも分け取れるほど、はっきりと異なる物理的・化学的性質を持っています。 一つの元素の原子はすべて、形も重さも同じだと一般に考えられてきました。そして数年前までは、原子は永久に変わらず、壊れないものだと思われていました。元素の化学的性質が原子量とともにどう変わるかを詳しく調べたことから、フランクランドとメンデレーエフは名高い「周期律」を唱えました。そこでは、元素を原子量の増える順に並べると、化学的性質が周期的に変わることが示されました。この経験に基づく一般化は化学の発展に広い影響を与えてきました。そして多くの人は、周期律は、すべての原子が何か元になる物質、つまり原質からできていることを示すものだと考えてきました。私たちの原子についての知識が、この驚くべき周期性にもっともな説明を与えられる段階に達したのは、ここ数年のことにすぎません。 時間の都合で、ル・ベルとファント・ホッフが複雑な分子の構造と、空間のなかでの原子の並び方について行った重要な貢献には、ついでに触れることしかできません。それは有機化学の発展に、きわめて広く重要な影響を与えてきました。 化学者が元素を解きほぐし、その相対的な原子量を定め、ありうる結びつき方を調べるのに忙しくしていたあいだ、物理学者もじっとしていたわけではありません。気体は速いが不規則に動く多数の分子から成るという考えは、気体のいくつかの性質を説明するために、さまざまな時期に試みとして唱えられていました。これらの考えは、前世紀の中ごろ、クラウジウスとクラーク・マクスウェルの天才によって、それぞれ別々に復活させられ、非常に詳しく展開されました。今日、気体の運動論あるいは力学的理論として知られる彼らの理論では、気体の分子は、たえず動き回り、互いに、また器の壁にぶつかっていると考えられています。その動きの速さは温度とともに増すと考えられ、圧力は、気体の分子が囲いの壁に打ち当たることによって生じます。この理論は気体の根本的な性質を簡単で明らかなやり方で説明することが分かり、分子の理論で非常に重要なものとなりました。原子が勢いよく、激しく動いているにちがいないという考えは、気体どうし、また液体どうしが互いに拡散するというよく知られた性質によって強く支えられており、近年は、「ブラウン運動」という名で呼ばれる、非常に興味深い現象の研究から、事実上、直接の具体的な証明を得ました。イングランドの植物学者ブラウンは、1827 年に、液体に浸した小さな植物の胞子を高倍率の顕微鏡で見ると、たえず動いているように見えることを発見しました。液体のなかの小さな粒のこの動きは、はじめは温度の乱れの結果だと考えられていましたが、前世紀の終わりに、ブラウン運動は液体のなかの小さな粒の根本的な性質であることが示されました。この問題の全体は、近年、ペランによって、すぐれた能力と技量をもって調べられてきました。彼は、液体のなかに浮かぶごく小さな粒の、つり合いの状態と動きの状態を詳しく調べました。ブラウン運動による行き来は、液体の性質にもある程度左右されますが、主に粒の大きさによります。必要な大きさの小さな球は、さまざまな方法で作ることができます。ペランが用いたいちばん簡単な方法の一つは、ガンボージかマスチックのアルコール溶液の下に、じょうごから純粋な水をゆっくり注ぎ出すというものです。層が出会うところに、無数のごく小さな球から成る、液に細かい粒が散った液ができます。これらの粒を強い光のもとで高倍率の顕微鏡で見ると、どれもブラウン運動に特有の動きを見せます。すなわち、粒は不規則に激しくあちこちへ飛び回り、一瞬より長くじっとしているようには決して見えません。顕微鏡の下でのこれらの小さな粒の動きを見ると、溶液のなかにひそむ不思議な力の働きによって、あちこちへ投げ飛ばされているという印象を、どうしても受けます。このような結果は、液体の分子そのものが、運動論で描かれたような、目には見えないが速く激しい動きをしているのなら、予想されることです。粒は分子に比べて非常に大きく、四方八方から多数の分子に打ちつけられています。ときおり、打ちつけによる圧力が、一瞬、粒の片側でもう一方の側より大きくなり、粒は前へ押し出されます。そして、打ち当たり方の新しい分かれ方が、粒を別の方向へ投げ飛ばすまでそれが続きます。実際、これらの粒の動きは、分子の理論が予言したものと正確に一致することが分かっています。 小さな粒の分かれ方と動きの研究からペランが到達した驚くべき結論を論じるには、時間がかかりすぎるでしょう。何百万もの分子が寄り集まったかたまりであるかもしれない粒は、多くの点で、はるかに小さい分子と同じようにふるまいます。液体のなかの多数の粒は、重力のもとで一様に分かれて広がるのではなく、その数は、大気中の気体と同じ法則にしたがって高さとともに減ります。 こうして運動論の上に立つと、物質の原子は、固体・液体・気体のどの形であれ、たえずせわしなく不規則に動いていると信じる強い証拠が得られます。その動きの速さは温度が下がるにつれて減り、達しうるいちばん低い温度では、動きは止まっているか、ごく小さくなっています。よく知られているように、適切な条件のもとでは、同じ種類の物質が、固体・液体・気体という三つの別の形で存在しえます。部屋のふつうの空気を取れば、ある温度と圧力の条件のもとで澄んだ液体に変えることができ、この液体は、温度をさらに下げると凍らせて固体にすることができます。あらゆる気体のなかで最も扱いにくいヘリウムも、ほかのすべての気体のふるまいに従い、絶対零度からわずか数度しか離れていない温度で液体になることが、ごく最近示されました。元素が一つの状態から別の状態へ移るときの、見かけと物理的な性質の著しい変化は、よく知られたことです。しかし、だからといって説明がたやすいわけではありません。これらの変化は、一つの原子あるいは分子をほかのものから隔てる平均の距離と、その動きの速さに関係していると考えられています。気体あるいは蒸気の形では、分子は平均して互いに遠く離れているので、互いに引き合う力は比較的重要ではありません。温度が下がるにつれて、分子の距離と動きの速さは小さくなり、ついにある条件のもとで、分子どうしの引き合う力がまさるようになって、ずっと詰まった並び方となり、液体の形が現れます。しかし分子はまだある程度の動きの自由を保っています。けれどもこれは温度が下がるにつれて小さくなり、ついにある段階で分子はより固くまとまります。これが固体の状態に当たり、そこでは一つひとつの分子の動きの自由は大きく制限されています。固体が押し縮めることや引き伸ばすことに抵抗することを説明するために、分子のあいだの力は、遠い距離では引き合い、近い距離では押し合うと考えられてきました。元素が一つの状態から別の状態へ移ることについて、全体としての説明を示すことはできますが、そうした現象を完全に説明することができるのは、原子の詳しい構造と、原子のあいだに働く力の性質と大きさが分かったときだけでしょう。 気体の運動論は気体の根本的な性質を説明するのに大いに成功してきましたが、その強みは、そして同時にその弱みも、たいていの場合、説明のために原子や分子の構造や、それらのあいだの力について何も知る必要がない、という点にあります。いくつかの研究では、気体のより奥深い性質のいくつかを説明するために、分子のあいだに働く力について一定の法則が仮定されてきましたが、この方向では、これまでのところ、あまりはっきりした、確かな結果は得られていません。しかし、運動論が初めて私たちに、分子の大きさと、一定の重さの物質のなかにある実際の数とをおよそ見積もる、満足のゆく方法を与えたことは指摘しておくべきでしょう。近年の科学の発展によって、これらの重要な量を見積もるもっと確かな方法が得られたので、今のところこの問題にはこれ以上立ち入りません。 語釈 帯の外の語は 76 語です。★ 半分近くが 人の名 です( 13 人)。★ 残りは 気体と粒の語 ( kinetic ・ agitation ・ emulsion )。★ 人の名は 覚えなくてよい です——★ どれも 「この人がこれを言った」 という形で一度ずつ出るだけ です。 語(品詞) 意味 注 Avogadro en 名 アボガドロ。同じ体積の気体に同じ数の分子があると説いた Bel en 名 ベル。 Le Bel で立体化学を開いた人 Boyle en 名 ボイル。気体の法則に名を残す Brownian en 形 ブラウンの。 Brownian movement で細かい粒の不規則な動き Under the microscope, the tiny pollen grains showed classic Brownian motion. 顕微鏡の下では、その小さな花粉の粒が典型的なブラウンの動きを示していました。 Clausius en 名 クラウジウス。気体の運動論を組み立てた Clerk en 名 クラーク。 Clerk Maxwell で人の名 Dalton en 名 ドルトン。原子論を科学の仮説として立てた English en 形 イングランドの・英国の Frankland en 名 フランクランド。元素の並べ方を調べた化学者 Greek en 形 ギリシアの Hoff en 名 ホッフ。 van ' t Hoff で立体化学を開いた人 Le en 名 ル。 Le Bel で人の名 Manchester en 名 マンチェスター。イングランドの都市 Maxwell en 名 マクスウェル。気体の運動論と電磁気の両方に名を残す Mendelief en 名 メンデレーエフ。周期律を立てた(今の綴りは Mendeleev ) Newton en 名 ニュートン Perrin en 名 ペラン。粒の動きから分子の数を出した Robert en 名 ロバート agglomeration en 名 寄り集まったかたまり The old town grew from a small agglomeration of fishing huts. その古い町は、漁師小屋の小さな寄り集まったかたまりから発展しました。 agitation en 名 せわしない動き The washing machine's gentle agitation loosened the mud from the cloth. 洗濯機の穏やかなせわしない動きは、布から泥を落としました。 alcoholic en 形 酒の、アルコールを含む The recipe called for a small amount of alcoholic vinegar. そのレシピは、少量のアルコールを含む酢を使うよう指定していました。 attainable en 形 届くことのできる The coach set a goal that felt attainable within a single season. そのコーチは、たった一季節で届くことのできる目標を立てました。 bombarded en 動 打ちつけられた The old castle wall had