8.139 弁明 三 — 問いで、相手を縛る — Epoché
この篇でできるようになること ★ 自分に有利な読みを、自分で外す 形が読める。 ★ 憎まれる仕組み を、説明として追える。 ★ 問答 ——問いで相手を縛る形が分かる。 ★ 三人の訴え手が誰を代表しているか が読める。 前提 : 8.138 まで。型は 3.48 まで。 読む前に ★ この篇で、文の調子が変わります。 ★ 十二語以下の短い文が 28 本、問いが 17 個 出ます。 ★ 後半で、 ソクラテスが訴え手に直接問いかける から です。★ 読 F ではじめての 問答 です。 ★ 問答は、この期の読 F でくり返し出てきます ——★ 8.140 読編 のエウテュプロン、 8.141 読編 の洞窟の比喩。 ★ どれも、 相手に答えさせて、その答えで相手を縛る 形 です。 ★ 読むときの手がかりを一つ置きます ——★ 引用符も話し手の名も無いまま、地の文の中で受け答えが進みます。 ★ 短い文が続いたら、 そこは問答だ と思ってください。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 1297 語、文は 52 本、一文の平均は 24.9 語、いちばん長い一文は 105 語です。 ★ 平均は短くありません が、★ 長い文と短い文が はっきり分かれています 。 ★ 説明のところは長く、問答のところは短い のです。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 最後に、私は職人たちのところへ行きました。私は、言ってみれば自分が何ひとつ知らないことを自覚していましたし、彼らがたくさんのすばらしいことを知っていると確信していました。そしてこの点で私は間違っていませんでした。彼らは私の知らない多くのことを確かに知っており、その点では確かに私より賢かったのです。しかし私は、よい職人たちでさえ詩人たちと同じ誤りに陥っていることに気づきました。——よい職人であるがゆえに、彼らは自分がほかのあらゆる高尚な事がらについても知っていると思っていたのです。そして彼らのこの欠点が、彼らの知恵を覆い隠していました。そこで私は神託に代わって自分に問いました。私は、彼らの知識も彼らの無知も持たない今のままの自分でいたいか、それとも両方の点で彼らのようになりたいか、と。そして私は自分自身と神託に、今のままのほうがよい、と答えました。 この調べのせいで、私は最も悪く最も危険な種類の敵を数多く持つことになり、また多くの中傷を招くことにもなりました。そして私は賢いと呼ばれています。というのも、私の話を聞く人たちは、私が他人に欠けていると見いだす知恵を私自身が持っているといつも思い込むからです。しかし真実は、アテナイの皆さん、神だけが賢いということです。そして神はその答えによって、人間の知恵はほとんど、あるいはまったく価値がないということを示そうとしているのです。神はソクラテスのことを言っているのではなく、例として私の名を使っているだけです。まるでこう言っているかのように——「人々よ、ソクラテスのように、自分の知恵が実は何の価値もないと知っている者が、いちばん賢いのだ」。ですから私は、神に従って世の中を歩き回り、市民であれ外国人であれ、賢そうに見える人なら誰でも、その知恵を探り、調べます。そしてその人が賢くなければ、神託の正しさを示すために、その人が賢くないことを本人に示すのです。この仕事が私をすっかり占めてしまい、公のことにも自分自身のことにも割く時間がありません。神への献身のために、私はまったくの貧窮のうちにいるのです。 もう一つあります。——裕福な階層の若者たちが、たいしてすることもないので、自分から私のまわりに集まってきます。彼らは知ったかぶりの人たちが調べられるのを聞くのが好きで、しばしば私をまねて、ほかの人たちを調べにかかります。彼らがすぐに見つけるとおり、自分は何かを知っていると思っていながら、実はほとんど、あるいはまったく知らない人はいくらでもいます。すると、彼らに調べられた人たちは、自分自身に腹を立てる代わりに私に腹を立てるのです。「このいまいましいソクラテスめ、若者を惑わすこの悪党め!」と彼らは言います。——そして、もし誰かが彼らに「いったい、彼はどんな悪いことを行ったり教えたりしているのか」と尋ねると、彼らは知らず、答えられません。けれども、困っているように見えないように、あらゆる哲学者に対して使われるできあいの非難をくり返すのです。天の上のことを教えるとか、地の下のことを教えるとか、神々を持たないとか、悪い主張をよりよく見せるとかいったことです。というのも、彼らは、自分の知ったかぶりが見破られたこと——それこそが真実なのですが——を認めたくないからです。そして彼らは数が多く、野心があって精力的で、戦いの隊列を組み、説得力のある弁舌を持っているので、その声高で根深い中傷で皆さんの耳を満たしてきたのです。そしてこれが、私の三人の告発者、メレトスとアニュトスとリュコンが私に襲いかかった理由です。メレトスは詩人たちに代わって私と争い、アニュトスは職人と政治家たちに代わって、リュコンは弁論家たちに代わって争っています。そして初めに言ったように、これほどの量の中傷を一瞬で取り除けるとは思えません。そしてこれが、アテナイの皆さん、真実であり、真実のすべてです。私は何も隠さず、何も偽っていません。それでも私は、自分の率直な話しぶりが彼らに私を憎ませていることを知っています。そして彼らの憎しみこそ、私が真実を語っていることの証拠でなくて何でしょうか。——ここから私への偏見が生まれました。そしてこれがその理由であることは、今回の取り調べでも、今後のどんな取り調べでも、皆さんにお分かりになるでしょう。 最初の告発者たちに対する弁明は、もう十分に述べました。次に二番目の告発者たちに向かいます。彼らを率いているのはメレトス、本人の言うところでは、あの善良な人、真の愛国者です。この人たちに対しても、私は弁明を試みなければなりません。——彼らの宣誓供述書を読み上げてもらいましょう。それはおおよそこういう内容です。ソクラテスは悪をなす者であり、若者を堕落させ、国家の神々を信じず、自分独自の別の新しい神霊を持っている、と。これが訴えです。では、その一つ一つの訴因を調べてみましょう。彼は、私が悪をなす者で、若者を堕落させていると言います。しかし私は、アテナイの皆さん、悪をなす者はメレトスのほうだと申し上げます。なぜなら、彼はただの冗談でしかないのに本気であるふりをし、自分が実はほんのわずかな関心も持ったことのない事がらについて、見せかけの熱意と関心から、人を裁判にかけたがってばかりいるからです。そしてこのことが真実であることを、皆さんに証明してみせましょう。 こちらへ来なさい、メレトス。一つ質問させてください。あなたは若者をよくすることについて、大いに考えているのですね? ええ、そうです。 では、若者をよくするのは誰なのかを裁判官たちに言いなさい。あなたは知っているはずです。若者を堕落させる者をわざわざ見つけ出し、裁判官たちの前で私を召喚して告発しているのですから。さあ、話して、若者をよくするのは誰なのかを裁判官たちに言いなさい。——ご覧なさい、メレトス、あなたは黙っていて、何も言うことがありません。しかし、これはむしろ恥ずかしいことであり、私が言っていたこと、つまりあなたがこの問題に関心を持っていないということの、きわめて大きな証拠ではありませんか。友よ、はっきり話して、若者をよくするのは誰なのかを私たちに言いなさい。 法律です。 しかし、あなた、それは私の言う意味ではありません。私が知りたいのは、まず第一に法律を知っている人、その人が誰なのかということです。 裁判官たちです、ソクラテス。法廷にいる人たちです。 なんと、メレトス、あなたは、この人たちが若者を教え、よくすることができると言うのですか。 もちろん、できます。 なんと、全員がですか。それとも一部の人だけで、ほかの人はそうではないのですか。 全員がです。 女神ヘラにかけて、それはよい知らせです! では、若者をよくする人はたくさんいるわけです。では、傍聴人についてはどうですか。——彼らも若者をよくしますか。 ええ、よくします。 では、評議員たちは? ええ、評議員たちも若者をよくします。 しかし、ひょっとすると民会の人たちは若者を堕落させるのでは?——それとも彼らもまた若者をよくするのですか。 彼らも若者をよくします。 すると、アテナイ人は誰もが若者をよくし、高めている。私自身を除いて全員が。そして私だけが若者を堕落させる者だと? それがあなたの主張なのですか。 それこそ、私が断固として主張することです。 あなたの言うとおりなら、私はたいへん不運です。しかし、一つ質問させてください。馬についてはどうでしょう。一人の人が馬に害を与え、世の中の人はみな馬によいことをするのでしょうか。まさにその逆が真実ではありませんか。馬によいことができるのは一人、あるいは少なくとも多くはない人たちです。——つまり、馬の調教師は馬によいことをし、ほかの、馬に関わる人たちはむしろ馬を損なうのではありませんか。メレトス、馬についても、ほかのどんな動物についても、そうではありませんか。間違いなくそうです。あなたとアニュトスが「はい」と言おうと「いいえ」と言おうと。もし若者を堕落させる者がたった一人で、世の中のほかの人がみな若者をよくする者だったなら、若者の境遇はまことに幸せなものでしょう。しかしメレトス、あなたは、自分が若者のことを一度も考えたことがないことを十分に示しました。あなたの無関心は、あなたが私に対して持ち出しているまさにその事がらに、あなた自身が関心を払っていないことに表れています。 語釈 帯の外の語は 64 語です。★ calumny (中傷)と prejudice (偏見)が要 です。★ この篇は、 中傷がどうやって育つか を説いた文章 でもあります。 語(品詞) 意味 注 Anytus en 名 アニュトス。ソクラテスを訴えた一人 Athenian en 形 アテナイの The Athenian navy sailed out early to defend the harbor. アテナイの海軍は港を守るために早朝に出航しました。 Athens en 名 アテナイ。古代ギリシアの都市国家 Lycon en 名 リュコン。ソクラテスを訴えた一人 Meletus en 名 メレトス。ソクラテスを訴えた一人 Socrates en 名 ソクラテス accusers en 名 訴える人びと Her accusers gathered outside the courtroom before the trial began. 彼女を訴える人びとは裁判が始まる前に法廷の外に集まりました。 affidavit en 名 宣誓した供述書 The witness signed an affidavit describing exactly what she had seen. 証人は自分が見たことを正確に述べた宣誓供述書に署名しました。 ambitious en 形 望みの大きい The young clerk was ambitious and hoped to become a judge someday. その若い書記官は野心家で、いつか裁判官になりたいと望んでいました。 artisans en 名 職人(複数) Skilled artisans carved wooden bowls and sold them at the market. 熟練した職人たちは木の器を彫り、市場でそれを売りました。 assuredly en 副 たしかに Assuredly, the old sailor knew every rock along that dangerous coast. たしかに、その老いた船乗りはあの危険な海岸沿いのすべての岩を知っていました。 behalf en 名 ため。 on behalf of で「〜のために」 The young clerk pleaded on his father's behalf before the strict judge. その若い書記官は厳しい裁判官の前で父の代わりに嘆願しました。 calumnies en 名 中傷(複数) The old teacher endured many calumnies without ever losing his patience. その老いた教師は忍耐を失うことなく多くの中傷に耐えました。 calumny en 名 中傷 Such calumny against an honest merchant should never be believed. 正直な商人に対するそのような中傷は決して信じられるべきではありません。 carelessness en 名 不注意 His carelessness with the lantern nearly set the barn on fire. 彼のランタンの扱いの不注意さは、もう少しで納屋を火事にするところでした。 concealed en 動 隠した The hunter concealed himself behind a thick hedge near the stream. その猟師は小川のそばの厚い生け垣の後ろに身を隠しました。 confess en 動 白状する Please confess the truth before the whole village hears a different story. 村中が別の話を耳にする前に、真実を白状してください。 corrupt en 動 だめにする Some feared his strange ideas would corrupt the minds of the young. 彼の奇妙な考えは若者たちの心をだめにするだろうと恐れる人もいました。 corrupter en 名 だめにする人 The council accused him of being a corrupter of honest citiz