14.11 十音節の行 — 『ハムレット』が韻を踏まない理由 — Epoché
この篇でできるようになること ★ 一行十音節 (弱強五歩格)を数えられる。 ★ 行またぎ ——行の終わりで文が切れないことが分かる。 ★ 無韻詩 (韻を踏まない詩)だと言える。 ★ 詰めた綴り ( fix'd )がなぜあるか分かる。 前提 : 特別編に門はありません。第 5 期まで済んでいれば、どこからでも読めます(目安は 3.40 まで/4.60 まで)。 読む前に ★ 特別編は 順番に読む必要がありません 。★ 1 篇が 1 作品 で、★ どの篇から始めてもかまいません。 ★ シェイクスピアは、 英語の教養の二本柱の一つ です( 12.17 知編 )。★ もう一本は聖書 で、★ どちらも 出典を書かずに引かれる ——★ 引いたと分かるのが前提 だからです。 ★ この篇で見るのは 内容ではなく形 です。★ 芝居の台詞が なぜ「詩」なのか ——★ そこを数えて確かめます。 読む前に確かめること どこで置いたか ★ シェイクスピアが英語に残したもの ★ 12.17 知編 ★ 古い英語の六つの違い ★ 3.63 型編 語の層(ゲルマンとラテン) 12.1 知編 ★ 読 H でも同じ戯曲を読みました ——★ 8.195 読編 が「生きるべきか」の独白、 8.196 読編 が墓掘りの場 です。★ この篇は それより前の場 で、★ 重なる行はありません 。 原文 原文は別の文書にあります(作品ページの「原文」)。本文は 261 語、★ 31 行 です。★ 1 行が 1 段落 になっているのは、★ 行が 意味の単位ではなく音の単位 だからです。 ★ 文は 19 本 しかありません。★ 行の数と文の数が合わない ——★ これがこの篇の一つめの読みどころ です。 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 ああ、この固すぎる、あまりに固すぎる肉が溶けてくれれば、 溶けて崩れ、露になってくれればよいのに。 あるいは、永遠なる神が、自ら命を絶つことを禁じる 掟を定めていなければよかったのに。おお神よ、神よ。 なんと疲れて、古びて、平らで、何の得にもならないものに この世のあらゆるいとなみは見えることか。 ちっ、いやになる。ああ、いやだ。草もむしらない庭だ、 伸び放題に種をつけ、性の悪い、粗いものばかりが すっかりはびこっている。こんなことになろうとは。 死んでまだ二か月――いや、それほどでもない、二か月にもならない。 あれほど立派な王だった。今の王と比べれば、 ヒュペリオンとサテュロスほども違った。母をあれほど愛し、 天の風が母の顔に 強く吹きつけることさえ許さなかったほどだ。天よ、地よ。 思い出さなければならないのか。母は父にすがりついていた、 まるで食べるほどに食欲が いっそう増していくかのように。それなのに、ひと月もたたないうちに―― 考えまい――もろさよ、お前の名は女だ。 ほんのひと月、まだあの靴も古びないうちに。 母はその靴をはいて、気の毒な父の亡骸のあとに従ったのだ、 ニオベのように、涙にくれて――それなのに、母が、あの母が―― おお神よ。理を考える力をもたない獣でさえ もっと長く喪に服しただろうに――叔父と結婚した、 父の弟と。だが、私がヘラクレスに似ていないほどに、 父には似ていない男と。ひと月もたたないうちに、 不実きわまりない涙の塩が ただれた目の赤みからまだ消えないうちに、 母は結婚した。おお、なんと邪な速さだ、 あれほど手際よく、道ならぬ寝床へ駆けつけるとは。 これはよくない。よいことになるはずもない。 だが砕けよ、わが心。口は閉じていなければならない。 語釈 帯の外の語は 34 語です。★ 三つの群れに分かれます ——★ 神話の名 ( Hyperion ・ satyr ・ Niobe ・ Hercules )、★ 古い形 ( Ere ・ beteem ・ fie )、★ 詰めた綴り ( fix'd ・ gainst ・ on't )です。★ 三つめが、 音節の数を合わせるために縮めた形 です。 語(品詞) 意味 注 Ere en 接 〜より前に。 before の古い形 Ere the dawn broke, the soldiers made their solemn vows. 夜明け前に、兵士たちは厳かな誓いを立てました。 Everlasting en 名 永遠のもの。 the Everlasting で神 The monks prayed nightly to the Everlasting for lasting peace. 修道士たちは、永遠なる者に夜ごと平和を祈りました。 Frailty en 名 もろさ、弱さ His frailty forced him to rely on his son's help. 彼のもろさのせいで、息子の助けに頼らざるを得ませんでした。 Hercules en 名 ヘラクレス。力の強い英雄 Hyperion en 名 ヒュペリオン。太陽の神 Niobe en 名 ニオベー。子を失って泣き続け石になった女 Thaw en 動 とける。氷がゆるむ The heavy snow will thaw once spring finally arrives here. 重い雪は、春がついに訪れれば解けるでしょう。 beast en 名 けもの A wounded beast limped slowly across the empty moonlit field. 傷ついた獣が、月明かりの誰もいない野原をゆっくり歩きました。 beteem en 動 許す。させておく canon en 名 掟・戒律(神の定め) The newspaper follows a strict canon of fair reporting. その新聞は、公正な報道という厳しい規準に従っています。 dew en 名 露 Morning dew covered every blade of grass at sunrise. 朝露が、日の出のころ、草の葉のすべてを覆いました。 dexterity en 名 手際のよさ Her dexterity with a needle impressed everyone in the workshop. 彼女の針さばきの手際のよさは、工房のみんなを感心させました。 fie en 間 ちっ。いやなものへの声 Fie upon such filthy manners at a royal table! ちっ、王の食卓でそんな汚い行儀とは、けしからんことです。 fix'd en 動 定めた。 fixed を一音節に詰めた形 flushing en 名 赤み(泣いて赤らんだ目の) A sudden flushing of anger spread across his pale face. 怒りによる急な赤らみが、彼の青白い顔に広がりました。 gainst en 前 〜に逆らって。 against を詰めた形 galled en 形 すり切れた。泣きすぎて赤らんだ The tight new boots left his heel raw and galled. きつい新しい靴のせいで、彼のかかとはすり切れて赤くなりました。 heaven en 名 天 The old farmer looked up to heaven and prayed for rain. 年老いた農夫は天を仰いで、雨を祈りました。 incestuous en 形 近親のあいだの。許されない縁の The old kingdom forbade any incestuous marriage among its nobles. その古い王国は、貴族のあいだの近親の縁組をいっさい禁じていました。 melt en 動 溶ける The chocolate will melt quickly in the summer heat. そのチョコレートは、夏の暑さで早く溶けるでしょう。 mourn'd en 動 嘆いた。 mourned を詰めた形 nay en 間 いや Nay, I shall not abandon my post this night. いいえ、私はこの夜、持ち場を離れません。 oh en 間 ああ Oh, what a glorious sunset over the quiet bay! ああ、静かな入り江に沈む夕日はなんと見事でしょう。 on't en 句 of it を詰めた形 satyr en 名 サテュロス。半分が獣の森の精 In the old legend, a satyr danced among moonlit trees. 古い伝説の中で、サテュロスが月明かりの木々のあいだで踊りました。 slaughter en 名 殺すこと。 self-slaughter で自分を殺すこと The drought led to the slaughter of thousands of cattle. 干ばつは、何千頭もの牛の殺処分につながりました。 stale en 形 古びた。味の抜けた The bread had gone completely stale after a week. そのパンは一週間後には、すっかり味が抜けていました。 thy en 代 あなたの( your の古い形) Guard thy heart, my child, and always speak the truth. わが子よ、あなたの心をよく守り、いつも真実を語りなさい。 tis en 縮約 it is の古い縮め方(' tis ) My aunt always says that 'tis never too late to learn. おばはいつも、学ぶのに遅すぎることはけっしてないと言います。 unprofitable en 形 何の得にもならない The failed venture proved entirely unprofitable within a year. その失敗した事業は、一年のうちにまったく利益を生まなくなりました。 unrighteous en 形 正しくない The prophet condemned every unrighteous ruler in the ancient land. その預言者は、古代の地のあらゆる不正な支配者を非難しました。 unweeded en 形 草をむしっていない The unweeded flower bed looked neglected all through summer. 草をむしっていない花壇は、夏じゅう放っておかれたように見えました。 weary en 形 疲れた The weary travelers rested beneath a shady old oak. 疲れた旅人たちは、日陰の古い樫の木の下で休みました。 wicked en 形 悪い The wicked witch trapped children inside her forest cottage. その悪い魔女は、森の小屋の中に子どもたちを閉じ込めました。 一行は十音節 ★ 詩の行の長さは 語数ではなく音節で数え ます。 ★ この篇の行を、 発音辞書で一語ずつ数えました 。 ★ 数えられたのは 19 行 です(残りの 12 行は 詰めた綴り を含み、辞書に無いので外しました)。★ その 19 行は、 すべて 10 か 11 音節 でした。 音節の数 行の数 ★ 10 音節 ★ 11 行 ★ 11 音節 ★ 8 行 ★ 十音節が基本 です。★ 弱・強を五回くり返す ——★ これを 弱強五歩格 と呼びます。 Thaw, and resolve itself into a dew! ★ 十一音節の行は、 最後に弱い音節が一つ余る 形です。★ 余ると 行が言い切られない感じ になり 、★ ためらいや続きを示します。 ★ ここで、 詰めた綴りの意味が分かり ます 。★ fix'd は fixed を 一音節に縮めた形 です——★ 二音節のままだと 行が一つ長くなる からです。★ 綴りの省きは、 音の都合 です。 行またぎ — 行の終わりで文が切れない ★ 散文は 文で切れ ます 。★ 詩は 行で切れ ます 。★ この二つが ずれる のが★ 行またぎ です。 ★ 31 行のうち 22 行は、 終止符で終わっていません 。 ★ つまり 半分以上の行が、文の途中で切れて います 。 ★ 最初の一文は 2 行を使い ます。 O that this too too solid flesh would melt, Thaw, and resolve itself into a dew! ★ 一行めは melt (とける)で終わり、 読点 が付いて います。★ ここで 一度息を置く けれども、★ 文は終わっていません 。 どこで切るか 何が起きるか ★ 行の終わりで完全に止める ★ 文がばらばらになる ★ 行の終わりを無視して続ける ★ 詩の形が消える ★ 軽く置いて、続ける ★ 行も文も生きる ★ 三つめが 正しい読み方 です。★ 行の終わりは 止まる場所ではなく、息をつく場所 です。 韻を踏まない — 無韻詩 ★ 「詩」と聞くと 韻 を思うかもしれません 。★ 行の終わりの音を揃えること です。 ★ この篇の行の終わりの語を、 音で並べてみました ——★ 近い行どうしで揃っている組は 0 組 ——★ 一つもありません 。★ つまり 韻を踏んでいません 。★ ただし 同じ語で終わる行 が 1 組 あります——★ これは韻ではなく くり返し です( this ・ month )。 詩の作り 行の長さ 行の終わり ★ 無韻詩(この篇) ★ 十音節でそろう ★ 揃えない ★ ソネット( 14.14 英語の名文 ) ★ 十音節でそろう ★ 型どおりに揃える 散文 そろわない 揃えない ★ なぜ揃えないのか。 ★ 芝居の台詞だから です。★ 韻を踏むと 行の終わりが目立ちすぎ 、★ 人が話しているようには聞こえません 。 ★ 十音節で 詩の重み を作り、