キンディー――哲学と啓示は同じ真理を求める(アラビア哲学の出発) — Epoché
中世 イスラームとユダヤの哲学 約 16 分 本文 約 6,600 字 図 4・表 2 原典 1 節 この課の要点 翻訳・受容・啓示の 3 つ 翻訳 9 世紀のバグダードで、ギリシア語の哲学書がアラビア語に訳された。キンディーは訳者の一団を率い、訳を頼む後ろ盾と実際に訳す学者とのあいだをつないだらしい。その著作は、ギリシアの思想の値打ちを同時代のムスリムに示す仕事でもあった。 受容 『第一哲学について』でキンディーは、真理はたとえ遠い民族や異なる人々から来ても、恥じずに受け入れよと説いた。真理を求める者には真理よりふさわしいものはない。真理を軽んじず、それを語る者・伝える者も卑しめない。 啓示 第一哲学は、すべての真理の原因である第一の真理(神)を知る学である。哲学が知る神の唯一性や徳は、使徒たちがもたらしたものと一致する。ただし預言者の知は努力も時間も要らない点で人の学より上にある。世界は永遠ではない、とアリストテレスと違う道もとった。 はじめに キンディーは、9 世紀にアラビア語で哲学を営んだ人です。生年ははっきりしませんが、800 年ごろとされます。866 年より後に亡くなり、没年はふつう 870 年代のはじめとされます [1] 。アラブのキンダ族の出で、その家系から、後の書き手に「アラブの哲学者」と呼ばれました [1] 。 この編から、舞台はラテン語の西方を離れ、アラビア語で営まれた哲学に移ります。前の編で読んだボエティウスやアンセルムス、アベラールは、ラテン語で書いていました。同じギリシアの哲学が、もう一つの道を通ってアラビア語の世界に渡っていたのです。キンディーは、その道の入口に立つ人です [1] 。 キンディーは、外から来た知に開かれていただけではありません。世界には始まりがあると論じた点では、アリストテレスと違う道をとりました。ギリシアの哲学を受け継ぎながら、信仰の中でどう組み直したのかを見ていきます。 この課の問い 前の編のアベラールは、乏しいアリストテレスの論理学の書を手がかりに議論していました。それより約三百年前、9 世紀のバグダードでは、ギリシア語の哲学書がアラビア語に次々と訳されていました。外国の、しかも別の宗教の人々が書いた哲学を、イスラームの信仰をもつ人が学んでよいのでしょうか。哲学が見つける真理と、預言者がもたらした真理は、同じものなのでしょうか。 この課のことば 翻訳運動 アッバース朝のカリフや高官が後ろ盾となり、ギリシア語の哲学・科学の書をアラビア語に訳した大きな事業。訳者の多くはシリアのキリスト教徒でした。 第一哲学 キンディーの言い方では、第一の真理、つまりすべての真理の原因である神を知る学。哲学の中でいちばん高い部門です。 真の一者 多さをまったく含まず、ただ一つであるもの。ほかのすべてのものに「一つであること」を与える原因で、神のことです。 無からの創造 材料も時間も要らずに、無かったところから在るものをもたらすこと。キンディーはこれを神だけの働きとしました。 世界の永遠 世界には始まりも終わりもなく、ずっとあった、という説。アリストテレスや多くのギリシアの哲学者がとり、キンディーは退けました。 アラビア哲学の出発――外から来た哲学を信仰と結べるか この章では、翻訳運動の中のキンディー、「真理はどこから来ても受け入れる」という態度、哲学と預言者の知の関係を順に読みます。 翻訳運動の中で――ギリシアの書がアラビア語になる キンディーが生きた 9 世紀のバグダードでは、ギリシア語の哲学や科学の書が、次々とアラビア語に訳されていました。この事業を 翻訳運動 と呼びます。アッバース朝のカリフたちは、キンディーが生まれる前からこの事業を後ろ盾として支えていました [1] 。キンディーはバスラに生まれ、バグダードで学びました。カリフ・マアムーンのもとで学者として仕えたと伝えられ、次のカリフ・ムウタスィム(在位 833〜842)の宮廷とは確かに結びついていました。哲学者として最も活躍したのはこの時期で、主著『第一哲学について』もムウタスィムに献じられています [1] 。 9 世紀の訳者には、大きな一団が二つありました。一つはフナイン・イブン・イスハークの一団、もう一つがキンディーの率いる一団です [1] 。実際に訳した学者の多くは、シリアのキリスト教徒か、その系統の人々でした。キンディー自身は、訳を頼んで支える後ろ盾と、訳す学者たちとのあいだを取り持つ役だったらしい、と SEP は書いています [1] 。本人がどこまでギリシア語を読み、自分で訳したのかは、確かなことが分かっていません。 9世紀のバグダード:訳す人と読む人 訳す人(シリア系の学者) ギリシア語からアラビア語へ 訳が渡る キンディー 『第一哲学について』 ムウタスィムへ献じる 作例:部屋と人の配置は想像 知恵の館の実態は争われる 図 1 9 世紀のバグダードで、訳す人と、その訳を読んで考える人を描いた本教材の作例です。左の机で訳された紙の束が、右の机のキンディーに渡り、そこから『第一哲学について』が生まれます。部屋の様子と人の配置は想像です。 教材の作例で場面を思い描いてみましょう (図 1) 。宮廷の一室で、訳す学者がギリシア語の写本を一行ずつたどり、アラビア語に置き換えていきます。訳の束は、キンディーのような学者の手に渡ります。そこで初めて、「この書は何を言っているのか」がアラビア語で論じられます。訳す人と、読んで考える人との分業が、アラビア哲学の出発の場面でした。 「キンディーの一団」が訳したものには、アリストテレスの『形而上学』や、プロティノスの書を元にした『アリストテレスの神学』があります。これらの訳は、その後何百年も標準の哲学書になりました [1] 。キンディーの名で伝わる『定義について』は、哲学の術語に定義を付けて並べた書です。真作かどうかは疑われてきましたが、少なくとも一団の産物とみられます [1] 。外国の哲学を語るには、まずギリシアの術語に当たる言葉を作る必要があったのです。SEP は、キンディーの著作全体を、ギリシアの思想の値打ちを同時代のムスリムに示し広める、粘り強い宣伝の仕事とも見ています [1] 。 ここで間違えやすい 「知恵の館」と呼ばれた施設を、大勢の訳者が集まる国立の翻訳学校だったと思い込まないようにしましょう。その実態は研究者のあいだで争われ、主に書庫だったとする見方があります [4] 。キンディーがそこにどう関わったのかも、本教材では確かめられていません。もう一つ、「アラブの哲学者」という呼び名は、キンダ族という家系にちなんで後の書き手が付けたものです [1] 。アラビア語で哲学をした最初の人、という意味の称号ではありません。 真理はどこから来ても受け入れる――哲学に反対する人々への答え 『第一哲学について』は、現存するのが第 1 部だけで、その中が四つの節に分かれています [1] 。第 1 節は、ギリシアの哲学の知恵を敬うよう読者に勧める部分です。キンディーはそこで、まず先人への感謝を説きます。真理を求めて、一人で十分に真理をつかんだ人はいません。一人一人がつかむ真理はわずかでも、寄せ集めると大きなものになります。だから少しでも真理をもたらした先人には、大いに感謝すべきだ、というのです(第 1 部第 1 節) [2] 。 一人では真理に届かない 皆の一片を合わせると大きくなる 真理 どこから来ても恥じずに受け取る 理由を示すのも哲学 ギリシアの人々 私たち 哲学に反対する人 遠い国の人 一代ずつ積み上がる 寄せ集める話は本人の言葉 塔と石の姿は本教材の描き方 図 2 一人一人の真理はわずかな一片でも、時代と民族を越えて持ち寄れば大きなものになる、という『第一哲学について』第 1 部第 1 節の話を描いた本教材の絵です。左では遠い国の人の一片を「私たち」が受け取り、右では哲学に反対する人が、理由を示した時点で哲学をしてしまうことを示します。 絵にすると、時代も民族も違う人々が、小さな石を一つずつ持ち寄って塔を積み上げる場面になります (図 2) 。一片を寄せ集めるという話は本人のものですが、塔と石の姿は本教材の描き方です。キンディーはここで、「ギリシア人のうちで哲学に最も秀でた」アリストテレスの言葉を引きます。真理をもたらした人々の父祖にまで感謝すべきだ、というものです。これは『形而上学』第 2 巻 1 章で、先人に感謝すべきだと述べるくだりにあたります。ただしアリストテレスの文に「父祖」という言い方はなく、キンディーがその趣旨を言い換えて引いたものです。 そのうえでキンディーは、真理はどこから来たものでも、恥じずに認め、手に入れよと言います。遠い民族や異なる人々から来たとしても同じです。真理を求める者にとって、真理よりふさわしいものはありません。人は真理を軽んじず、それを語る者や伝える者をも卑しめない、とキンディーは続けます [2] 。この一節は、あとの原典を読むで訳します。 反対者への切り返しも鋭いものです。哲学を学ぶべきでないと言う人も、なぜ学ぶべきでないのか、理由と証明を示さねばなりません。ところが、理由と証明を示すことこそが哲学の営みです。だから哲学に反対する人も、反対するためには哲学をせざるをえない、とキンディーは言います(第 1 部第 1 節) [2] 。 ここで間違えやすい キンディーが、ギリシアの哲学なら何でも正しいと言った、と取らないようにしましょう。キンディーは、先人が真理の一部に届かなかったこともあると認めます。そして、その足りない所を、自分たちの言葉と時代のならいに沿って補うと書きます(第 1 部第 1 節) [2] 。また、ギリシアの思想を使うことを責める同時代の人々を激しく非難しますが、相手の名は挙げていません [1] 。 哲学と啓示――第一の真理を知る学と預言者の知 キンディーは『第一哲学について』の冒頭で、哲学を、人の力の及ぶかぎり物事をその真実のとおりに知る学だとします。その中でいちばん高いのが 第一哲学 で、「すべての真理の原因である第一の真理」、つまり神を知る学です [1] [2] 。在るものにはすべて真実があるので、神は存在の原因でもあります [1] 。物事をその真実のとおりに知る学には、神が主であること、唯一であること、徳についての知が含まれます。それは真実の使徒たちが神のもとからもたらしたものだ、とキンディーは述べます(第 1 部第 1 節) [2] 。 第 3 節と第 4 節は、その神を「 真の一者 」として論じます。「動物」は一つの類ですが、多くの種を含みます。どんなものも、一つであると同時に多いのです。一と多が結びついている原因は、その外にある、多さをまったく含まないものでなければなりません。それが真の一者、つまり神で、神には類も種も性質も当てはまりません(第 1 部第 3〜4 節) [1] 。 第 2 節では、アリストテレス自身の「現実にある無限は無い」という説を逆手にとり、世界には始まりがあると論じます (図 3) 。この道筋は、キリスト教徒ピロポノスに拠っています [1] 。三者の答えの違いは表のとおりです (表 1) 。 ① 現実の無限は無い アリストテレス自身の説を出発点に使う ② 世界の物体は有限 宇宙の物体は大きさに限りがある ③ 時間も有限 時間はその物体について言える ものだから、限りがある ④ 世界に始まりがある アリストテレスと違う結論。神が 無からもたらした 反論への答え 無限の時がすでに過ぎたのなら、いまに 届かないはずだ 図 3 『第一哲学について』第 1 部第 2 節の、世界の永遠を否定する議論の道筋です(SEP による本教材の整理) [1] 。①②はアリストテレスの言葉を使い、④でアリストテレスと違う結論に至ります。点線の段は、過去の時間は「可能的な無限」にすぎないという反論への、キンディーの答えです。道筋はピロポノスに拠ります。 この表で分かること: 三人ともアリストテレスの無限の考えを知っていますが、世界に始まりがあるかで答えが分かれます。キンディーはピロポノスの側に立ちます。 人物 世界に始まりはあるか 無限について 神は何の原因か アリストテレス 始まりも終わりもない(永遠) 現実にある無限は無い 動きを引き起こす目的 ピロポノス 時間の中で始まった 過ぎた無限は通り抜けられない 無から在るものをもたらす キンディー 神が無から始めた 限りある物体の時間は有限 一つであることと存在の原因 表 1 世界の始まりと無限をめぐる三者の答え。SEP の整理(創造と世界の永遠の項)による本教材のまとめです [1] 。 預言者の知と哲学者の知には、届き方の違いもあります。キンディーは『アリストテレスの書の数について』で、人の学は数学や論理学を長い努力と時間をかけて学ぶものだとします。これに対し、預言者の知は努力も時間も要らず、神の意志によって与えられます [2] 。同じ真理に向かいながら、位は預言者の知のほうが上です。本教材ではこれを「行き先は一つ、道は二つ」と読みます。 ここで間違えやすい 二つの方向の誤解に気をつけましょう。一つは、キンディーが啓示を持ち出して哲学を無価値として退けた、と取ることです。哲学の結論は使徒のもたらしたものと一致するのです。もう一つは、哲学と預言者の知を同じ位に置いた、と取ることです。真理が一致することと、預言者の知が上にあることは分けて読みます。なお SEP は、物体の有限から時間の有限を導く議論は「可能的な無限」の区別を十分に扱っておらず弱い、と評しています [1] 。 原典を読む 第 1 章で見た「真理はどこから来ても受け入れる」の一節を読みます。原文はアラビア語で、本教材の訳です。 キンディー『第一哲学について』第 1 部第 1 節 真理を、どこから来ても恥じずに受け入れる 真理の一片を寄せ集める話の直後です。〔〕は本教材の補いです。 1 さて、ギリシア人のうちで哲学に最も秀でたアリストテレスは言った。「真理を少しでももたらした人々の、その父祖にも感謝すべきである。父祖はその人々が在ることの原因であり、ひいては〔その人々がもたらしたものの〕原因でもあるのだから」。 2 そしてその人々は、私たちが真理を得る原因なのだから、彼が