論文の書き方 — Epoché
要点 論文の形は、分野と研究の種類によって違います。データで問いに答える研究では序論・方法・結果・考察(IMRaD)とその変形がよく使われ、歴史学などでは序論・本論・結論の形で論証を進めます。自分の分野の論文と、学部や投稿先の規程を先に見ておくと、あとで章を組み直さずに済みます。 先行研究の節は、研究を 1 本ずつ紹介して並べる場所ではありません。何が分かっていて何が分かっていないかを整理し、自分の研究の立ち位置と、何を付け加えるのかを示す場所です。 方法には他の人が確かめられるだけの手順を、結果には解釈を混ぜずに予想と違った事実も含めて、考察には結果の意味・先行研究との比較・限界を書きます。書き分けておくと、読み手が事実と書き手の判断を分けて読めます。 図表には番号と、それだけで内容が分かる題を付け、本文で番号を挙げて触れます。題を図の上に置くか下に置くかは、従う規程によって違います。 医学・保健や心理学などには、研究の種類ごとに論文に書く項目の一覧(報告ガイドライン)があり、書き漏れの確認に使えます。要旨は本文の見通しが立ってから書き、最後に本文と突き合わせると、食い違いを防ぎやすくなります。 こんなときに 卒業論文の中間発表は終わり、データも資料もそろってきた。ところが、いざ書こうとすると何章に分ければよいのか分からない。先輩の卒業論文とゼミで読んだ論文とで、章の立て方も違って見える。そんな場面から使えるように書いています。 ほかにも、次のような場面で役に立ちます。 「先行研究」の章を書いたら、「文献の紹介になっていて、あなたの研究との関係が分からない」とコメントが返ってきた。 結果の章に「これは〜のためだろう」と書き進めていたら、考察の章に書くことが残っていなかった。 修士論文の一部を学会誌に投稿することになったが、分量も構成も修士論文のままでは収まらない。 看護学や心理学の卒業論文で「報告ガイドラインで確認して」と言われたが、何のことか分からない。 締切の前日に要旨を書いたら、本文の結論と食い違っていた。 段落の組み立て方や、課題から問いと主張を決める手順は、レポートと共通する土台として レポートの書き方 で扱っています。この文書では、章や節の単位で研究を報告する文章を組み立てることを中心に紹介します。 論文の形を決める — レポートとの違いと分野の型 論文は、まだ明らかになっていないことを、その分野の研究者に向けて論証する文章です。形は分野と研究の種類によって違います。自分の分野の論文と、学部や投稿先の規程を先に見ておくと、章の立て方を決めやすくなります。 レポートと論文は何が違うか 名古屋大学東洋史学研究室の卒業論文の手引きは、論文を本来オリジナルな研究とし、その点がレポートと違うとしています。少なくとも日本でまだ明らかにされていないことを明らかにし、そのテーマについて日本語の文献のそれまでの研究水準を超えることが求められます。卒業論文には必ずしも厳格に当てはめないものの、それを目指すことが求められる、という説明です [1] 。 大阪大学外国学図書館の案内も、講義のレポートは多くの場合、既存の情報をまとめれば足りるが、論文ではそれでは足りないとしています [2] 。駒澤大学社会学科の手引きは、学術論文の特徴として、結論に至る研究の手続きを重視することと、読み手がその分野の研究者であることを挙げています [3] 。 実験や調査の論文 — IMRaD とその変形 医学雑誌の編集者の国際委員会(ICMJE)の勧告によると、原著論文(新しい研究の成果を報告する論文)の本文は、通常、序論・方法・結果・考察に分かれます。英語の頭文字を取って IMRAD(IMRaD とも書きます)と呼ばれ、恣意的な形式ではなく、科学的な発見の過程を映したものだという説明です [4] 。医学雑誌でこの形が標準になった経緯は 論文の読み方 で紹介しています。 工学・社会科学・人文学などの英語の学術誌から、実証研究(データや観察にもとづいて問いに答える研究)の論文 433 本を調べた研究があります。多くは IMRD に沿っていたものの、最も多かったのは文献レビューの節を独立させ、結果と考察をまとめ、結論を置く形でした [5] 。 歴史学などの論文 — 序論・本論・結論 名古屋大学東洋史学研究室の手引きは、論文は一般に序論・本論・結論の 3 つで構成されるとして、それぞれの役目を次のように説明しています [1] 。 序論: 従来の研究を読んで、何がどこまで明らかにされているかを確かめ、この論文で何を明らかにするか(問題設定)を示す。 本論: 設定した問題を解明する過程。一般に複数の章からなり、史料の提示と緻密な論理を組み合わせて論証する。論証に直接関わらないことは、削るか注に回す。 結論: 何を明らかにできたかを、序論の問題設定と対応させて示す。扱いきれなかった問題や、次に研究する課題も挙げる。 大阪大学外国学図書館の案内は、卒業論文の基本の構成を、要約・序章・本論・終章・参考文献として示しています [2] 。駒澤大学社会学科の手引きは、序論・本論・結論がそのまま章立てになるとは限らず、本論は複数の章に分かれることが多いとしています [3] 。 卒業論文と投稿論文 北海道大学附属図書館のセミナー資料は、学会誌などに載る学術論文と卒業論文・修士論文の主な違いを、次のような表にしています。例は理系ですが、卒論・修論の意義や大枠に分野の違いは関係ない、と断っています [6] 。 観点 学術論文 卒業論文・修士論文 読み手が見るところ 研究成果 研究成果と研究能力 公開 公開される 原則として公開されない 研究業績になるか なる ならない 目的 成果を示す(アピール) 研究能力を試す(テスト) 同じ資料は、卒論・修論では、中身は研究成果でも、論理的な文章になっているかが問われるとしています [6] 。 分量や形式の決まりは、学部・学科や投稿先ごとにあります。1 つの学科の例として、駒澤大学社会学科は卒業論文を 2 万字以上(または所定の書式で 17 ページ以上)としています [3] 。投稿先の例として、日本心理学会の「心理学研究」では、表題・要旨・本文・引用文献・図表などをすべて含めて、論文の種類ごとに決められたページ数に収めます [7] 。どちらもその学科・その雑誌の決まりなので、自分の学部や投稿先の規程で確かめられます。 序論と先行研究の節 — 何が分かっていて、何を付け加えるのか 序論では、研究の背景と、まだ分かっていないこと、この研究の目的や問いを示します。先行研究の節は、研究を 1 本ずつ紹介する場所ではなく、分かっていることを整理して、自分の研究がどこに位置し、何を付け加えるのかを示す場所です。 序論に書くこと ICMJE の勧告は、序論に、研究の文脈や背景(問題の性質と重要性)と、研究の目的・問い・検証する仮説を書くとしています。引く文献は直接関係するものに限り、報告する研究のデータや結論は序論に入れない、としています [4] 。 執筆・投稿の手びき (日本心理学会)も、序論にあたる「問題」に、何を問題にするかを簡潔明瞭に書き、先行研究の検討と仮説を含めるとしています [7] 。 北海道大学の資料は、理系の卒論の背景を、次の順に組み立てる例を示しています [6] 。 意味の広い用語から狭い用語へと定義を並べ、自分の研究分野に近づけていく。 その研究分野が積み残している問題点と、積み残されている理由を述べる。 最後に研究の目的を書く。目的は、未解決の問題点と対応させる。 先行研究の節は何のためにあるか 筑波大学附属図書館の学習支援の記事は、先行研究の章や節で書き手がすることを、次の 2 つにまとめています [8] 。 先行研究をまとめて、自分の論文の立ち位置を示す。 自分の主張の新しさや意義を示す。 記事は、研究の領域ごとに、研究の蓄積・対象・方法・調査の範囲を表にまとめる例を示し、自分の研究がこれまでとどう違い、どんな価値があるのかにつなげています。まとめ方に決まりはないとしつつ、この 2 つはどの論文でも意識するものだとしています。言語学に関わる分野の筆者の一案であること、理工系では意義を論文の中で示さないこともあるかもしれないことも断っています [8] 。 名古屋大学東洋史学研究室の手引きは、歴史学の卒業論文では「先行研究の整理→問題設定」が序論になるとしています。先行研究の議論を必要に応じて紹介し、自分の論文が従来の研究に何を付け加えるのかをはっきりさせる、という説明です [1] 。 紹介を並べた節を組み直す 研究を 1 本ずつ紹介する形から、観点ごとに整理する形へ直す例を、この文書で作ってみます。A・B・C は架空の研究です。 直す前: 「A(2019)は大学生の睡眠時間を調べた。B(2021)は睡眠と成績の関係を分析した。C(2022)は朝の授業の出席率を調べた。」 直した後の骨組み: 「大学生の睡眠については、時間の実態を調べた研究(A)と、成績との関係を分析した研究(B)がある。しかし、どちらも〜を対象としており、〜についてはまだ調べられていない。本研究は、〜を対象に〜を調べる。」 どの観点で整理するかは、自分の問いによって変わります。 書き出しでつまずきやすいところ テーマを選んだ理由から書き始めたくなるのは、自然なことです。大阪大学外国学図書館の案内は、テーマを選んだ背景を書くときは、個人的なエピソードではなく、先行研究などにもとづく客観的な背景を書くよう勧めています [2] 。 先行研究を網羅的に集めて整理する方法そのもの(系統的レビューなど)は 先行研究のレビュー 、文献の探し方は 文献の探し方 で扱います。 段階 2 以上: 論文の序論がどんな順に何をしているかを分析する研究もあります。Samraj(2002)は、CARS(Create-A-Research-Space)と呼ばれる序論の分析のモデルを使って、野生動物行動学と保全生物学の論文の序論を比べました。要旨によると、近い 2 つの分野でも序論の構造は違い、保全生物学の序論は研究の重要性を主張する働きが強く、研究を行う理由を現実の問題に置いていました。研究は、モデルに入れ子の構造を足した修正版も示しています [9] 。2 つの分野の比較なので、一般化はできません。 方法・結果・考察を書き分ける 方法には「何を、どのように行ったか」、結果には「何が得られたか」、考察には「それが何を意味し、どこまで言えるか」を書きます。結果に解釈を混ぜず考察で扱うと、読み手が事実と書き手の判断を分けて読めます。予想と違った結果も、結果の一部として書きます。 ここでは、医学雑誌向けの ICMJE の勧告、日本心理学会の手びき、北海道大学の理系の卒論の資料をもとに、実験や調査の論文での書き分けを紹介します。 方法 — 他の人が確かめられるように ICMJE の勧告は、方法の節の原則を、研究をどのように、なぜそのやり方で行ったかを明確にすることとしています。データを手にした他の人が結果を再現できるだけ詳しく書くことを目指し、一般に、研究の計画を書いた時点で分かっていた情報だけを書きます。研究の途中で得た情報は、結果の節に入れます。独立した倫理審査の機関の承認を受けたことも、方法の節に書くとしています [4] 。 日本心理学会の手びきは、研究の対象・材料・方法・手続きなどを、要点を漏らさず詳しく書くとしています。標準的な方法は既刊の論文を引いて簡略にでき、研究倫理についても書きます [7] 。 北海道大学の資料は、結果に影響する可能性のあることは余さず書き、解析の方法には「何を比べるために用いたか」という目的も添えるとしています [6] 。 実験・調査・インタビューなど、どの方法を選ぶかは研究そのものの設計の問題で、 研究デザインの選び方 で扱います。 結果 — 解釈を混ぜず、省かずに ICMJE の勧告は、結果を本文・表・図で論理的な順に、主な知見や最も重要な知見から示すとしています。表や図のデータを本文ですべて繰り返さず、最も重要な観察を強調したり要約したりします [4] 。 日本心理学会の手びきは、研究の結果を内容の重要度に従って事実に即して述べるとし、続けて「自分の予期に反した事実も省略しない。」と定めています [7] 。 北海道大学の資料も、例外は、大勢に影響しないと判断できるものでも結果の中で示すとしています。そのうえで考察で扱わないと、都合の悪い情報を隠したと読み手に思われる、という理由です [6] 。データの扱いで不正にあたる行為の全体は 研究公正 で扱います。 考察 — 結果が問いに何を答え、どこまで言えるか ICMJE の勧告が考察について挙げていることを並べます [4] 。 主な知見を短く要約して始め、その仕組みや説明を検討する。 研究の新しく重要な点を強調し、関連する証拠の全体の中に位置づける。 研究の限界と、今後の研究や実践への意味を書く。 序論や結果に書いたデータなどを、詳しく繰り返さない。 結論を研究の目的と結びつけ、データで十分に支えられない言い切りを避ける。 新しい仮説を述べるときは、仮説だとはっきり分かるようにする。 日本心理学会の手びきは、得られた結果を従来の研究成果と比べ、その理論的な意義を考察し、結論に至る過程を述べるとしています [7] 。 北海道大学の資料は、考察の各節を、背景・問題点・結果の概要・結論の順に書く例を示しています。初めに置く背景と問題点は背景の節で出したものにし(詳しく説明し直すのはよい)、結果が先行研究と合うのか合わないのかをはっきりさせる、としています [6] 。 同じ資料は、結果とその解釈のうち、新しい知見で、独自のもので、反論されないものを結論とし、例外や未確定の議論は「課題・展望」として示すとしています。現段階で言えることと言えないことを整理し、今後の研究の指針を示すことも研究者としての能力だ、という説明です [6] 。 本論で論証を進める論文では 歴史学の論文のように、史料を示しながら論証を進める論文では、方法・結果・考察を別々の節に立てるとは限りません。名古屋大学東洋史学研究室の手引きでは、本論が史料の提示と論理による論証の部分です [1] 。大阪大学外国学図書