中央と地方――連邦制と地方分権 — Epoché
制度と行動 統治の制度 約 32 分 本文 約 14,100 字 図 5・表 2 資料 3 節 この課の要点 仕組み・理由と限界・日本の 3 つ 仕組み 連邦制は中央と構成単位の権限の分け方を憲法に固め、一方だけでは変えられない。単一国家の分権は、中央の議会の法律で決まる。 理由と限界 少数者の保護、参加、政策の実験、好みに合わせた供給が分ける理由に挙げられる。外部性・規模の経済・移りにくい人・不安定が限界になる。 日本 日本は単一国家で、憲法第 92〜95 条が地方自治を定める。2000 年 4 月施行の地方分権一括法で機関委任事務が廃止された。 はじめに あなたの住む都道府県の知事と市町村長は、住民の選挙で選ばれます。議会の議員も同じです。日本国憲法第 93 条がそう定めているからです [2] 。一方で、国の首相は、国民が直接選ぶのではなく、国会議員の中から国会の議決で指名されます(第 67 条) [2] 。同じ国の中に、選び方の違う二つの段の政府があるわけです。 国の仕事を、中央の政府と地方の政府でどう分けるか。これは、どの国の政治にもある問いです。この課程の『権力分立――野心には野心で対抗させる』の課では、立法・行政・司法という横の分け方を見ました。この課で見るのは、国土を単位に分けて、権力を縦に分ける仕組みです。 縦の分け方には、大きく二つの形があります。一つは、米国やドイツのような連邦制です。州などの構成単位と中央の政府が、憲法で権限を分け合います。もう一つは、日本やフランスのような単一国家の中で、中央が法律によって地方に仕事を任せる地方分権です。二つは似て見えますが、分け方を誰が変えられるかが違います。 この課では、まず連邦制と単一国家の違いを定義から確かめます。次に、連邦的な仕組みどうしの違いを、できかた・権限の揃い方・中央の決定への関わり方の三つの軸で見ます。そのうえで、なぜ権限を分けるのかという理由と、その限界を整理します。最後に、日本の地方自治の仕組みと、2000 年に施行された地方分権の改革を取り上げます。資料では、日本国憲法の条文、米国の憲法を擁護した『ザ・フェデラリスト』の一節、各国の政府の支出の統計を読みます。 この課の問い 国の仕事を中央と地方でどう分けるのか。分け方を憲法で固める連邦制と、法律で地方に任せる地方分権は何が違い、人々はなぜ権限を分けようとするのか。 この課のことば 連邦制 州などの構成単位と中央の政府が、憲法で権限を分け合う仕組み。分け方は、どちらか一方だけでは変えられない。例:米国・ドイツ・カナダ。 単一国家 地方の政府の権限を、主に中央の議会の法律で決める国。法律を変えれば配分を変えられるが、憲法が地方自治を保障していれば、その範囲は法律だけでは奪えない。例:日本・フランス。 地方分権 中央の政府の仕事や財源を、地方の政府に移すこと。単一国家でも連邦国家でも起こる。 国家連合 連邦より結びつきの弱い形。加わる単位が抜けられ、中央は任された範囲でしか動けないことが多い。 機関委任事務 知事や市町村長を国の機関として扱い、国の事務を処理させた仕組み。2000 年 4 月施行の改革で廃止された。 外部性 ある地域の決定の影響が、決定に加わらない別の地域に及ぶこと。例:川上の町の排水が川下の町に届く。 中央と地方――権限はどう分けられ、なぜ分けるのか この章では、権力を国土の単位で縦に分ける仕組みを、四つの節で見ます。連邦制と単一国家の定義、連邦制の国どうしの違い、分ける理由と限界、そして日本の地方自治です。 連邦制と単一国家――分け方を憲法で固めるか 「地方に任せる」という言い方は、日常でよく使われます。けれども政治学では、地方に任せる仕組みを大きく二つに分けて考えます。一つは連邦制、もう一つは単一国家の中での地方分権です。両者は、地方の権限が強いか弱いかで分かれるのではありません。分け方を誰が変えられるかで分かれます。 スタンフォード哲学百科事典(SEP)の項目「連邦制」は、ワッツ(1998)の定義を引いて、連邦的な政治の秩序を「共同の統治と自己統治の組み合わせ」と呼んでいます [1] 。共同の統治とは、全体に関わる事柄を共通の政府で決めることです。自己統治とは、州などの単位が自分の事柄を自分で決めることです。そのうえで SEP は、連邦国家(連邦)を次のように特徴づけます [1] 。第一に、州・カントン・省などと呼ばれる構成単位と共通の政府との間で、権限が土地の単位で分けられています。第二に、その分け方はふつう憲法に書き込まれ、構成単位も共通の政府も、一方だけでは変えられません。第三に、どちらの政府も市民に直接に働きかけます。さらに SEP は、ワッツ(1998)に拠って、両方の当局が直接に選ばれることも挙げています [1] 。ただし、これは SEP の整理であり、連邦の中のすべての機関が直接選挙で選ばれるという意味ではありません。たとえば第 2 節で見るドイツの連邦参議院は、州政府の構成員から成り、州が任命します [4] 。市民に直接はたらくことと、公職をどう選ぶかは、分けて考える必要があります(本教材の整理)。 連邦国家 単一国家 憲法で分け方を 固める 主に法律で分け方を 決める 一方だけでは 変えられない 法律で配分を 変えられる 地方の支出は国で 違う 地方の支出は国で 違う 例:米国・ドイツ 例:日本・フランス 図 1 連邦国家と単一国家の違い(SEP の項目「連邦制」による。例の国は本教材が選んだ) [1] 。左右の行は同じ項目(分け方・変え方・地方の支出・例)の順に並べています。単一国家でも、日本のように憲法が地方自治を保障する部分は、法律だけでは変えられません。 これに対して単一国家では、地方に分けた権限は、ふつう中央の議会が思うままに取り消せる、と SEP は対比します [1] 。「ふつう」という留保に注意してください。憲法が地方自治を保障している国もあるからです。地方分権とは、中央の仕事や財源を地方の政府に移すことです。単一国家でも分権は進みえますが、どこまで進むかは主に中央の法律で決まります。日本国憲法第 92 条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と書きます [2] 。都道府県や市町村の仕組みを決めるのは国会の法律です。この点で、日本は単一国家にあたります(本教材の整理)。ただし、その法律は「地方自治の本旨」に基づかなければなりません。また、議会を置くことと、長と議員を住民が直接選ぶことは、憲法そのものが定めています(第 93 条) [2] 。具体的な権限の配分は主に法律で決まりますが、憲法が定めた部分は法律だけでは取り上げられません(本教材の整理)。日本の単一国家は、こうした憲法の保障を伴う形です。 連邦より結びつきの弱い形が、国家連合です。SEP によると、国家連合には典型的に次のような特徴が見られます。構成単位が法的に抜けられること、中央は構成単位から任された権限だけを使うこと、多くの事柄で構成単位の拒否に服することです。さらに、中央の決定が構成単位を縛っても市民を直接には縛らないこと、中央に独自の財源や選挙の基盤が無いこと、構成単位が権限を永久には手放さないことも挙げられます。SEP はこれらを「および・または」でつないでおり、全部がそろうとは限りません [1] 。1776〜1787 年の北米の諸邦や、1291〜1847 年のスイスを国家連合とみなす人が多い、と SEP は書いています。今の EU もそうみなされることが多いものの、連邦に典型的な要素もいくつか持つ、と添えています [1] 。 憲法に固められていても、分け方がまったく動かないわけではありません。権限の範囲をめぐる争いは、連邦の裁判所が憲法を解釈して裁くことがあります。SEP は、その解釈によってある程度の集権が起こることが多いと述べています [1] 。分け方を変えるのは、憲法の改正だけではないということです。 ここで間違えやすい 「連邦国家は地方の権限が強く、単一国家は弱い」と考えがちです。区別の軸は、分け方が憲法に固められ、一方だけでは変えられないかどうかです。地方の政府がどれだけのお金を使うかは、資料で確かめるの章のグラフ (図 5) のとおり、連邦か単一かでは揃いません。 国による違い――できかた・権限の揃い方・中央への関わり方 連邦的な秩序の中でも、仕組みはさまざまです。SEP の項目から、三つの軸を取り出して見てみましょう(三つにまとめたのは本教材の整理) [1] 。なお SEP は、連邦国家だけでなく、国家連合などを含む広い「連邦的な秩序」について論じている箇所があります。どの範囲の話かに気をつけて読みます。 一つ目の軸は、連邦的な秩序がどうやってできたかです。まず、独立していた国々が集まってできるものがあります。安全や経済の繁栄のように、一国では得られない利益のために、権限の一部を譲ったり持ち寄ったりするものです。SEP はこれを「寄り集まる」連邦的な秩序と呼び、今の米国・カナダ・スイス・オーストラリアを例に挙げます。この型は、中央を縛り、多数派が構成単位を覆すのを防ぐように作られることが典型的だ、とされます [1] 。次に、単一国家から生まれるものがあります。土地にまとまって住む少数派の騒乱や分離の恐れを和らげるために、政府が権限を移すものです。SEP はこれを「まとめ保つ」連邦的な秩序と呼び、インド・ベルギー・スペインを例に挙げます。この型は、一部の構成単位に言語や文化の権利などで特別の領分を認めることが多く、その一方で中央と多数派に広い行動の範囲を残す、とされます [1] (図 2) 。 連邦的な秩序 共同の統治と自己統治の 組み合わせ 国家連合 抜けられる。中央は任された権限だけ。 例:1776〜87年の北米 寄り集まる型 独立の単位が集まり中央を縛る。 例:米国・スイス まとめ保つ型 単一国家が権限を移す。 例:インド・スペイン 図 2 連邦的な秩序の種類とできかた(SEP の項目「連邦制」から本教材が三つを選んで整理) [1] 。「寄り集まる型」と「まとめ保つ型」は、SEP が連邦的な秩序のできかたとして挙げる二つの道です。SEP はほかに同盟などの形も挙げています。 二つ目の軸は、構成単位の権限が揃っているかどうかです。SEP は、連邦と国家連合をまとめて「(con)federation」と書き、どの単位も同じ束の権限を持つものを対称、単位ごとに束が違うものを非対称と呼びます。非対称の例にはロシア・カナダ・EU・スペイン・インドを挙げ、言語や文化について特別の権利を持つ単位がありうると述べます [1] 。この例には、性格の違うものが混じっています。EU は第 1 節で見たとおり国家連合とみなされることが多く、スペインは OECD の分類では「連邦・準連邦の国」に入ります [1] [11] 。ですから、非対称は「連邦国家の一つの型」ではなく、連邦的な仕組み全般に見られる性質として読むのが安全です(本教材の整理)。まとめ保つ型で非対称が多いのは、特定の地域の少数派に応えるためにできた仕組みだからだ、と読むことができます(本教材の読み)。 三つ目の軸は、中央の決定に構成単位が関わるかどうかです。中央の決定に構成単位がまったく関わらず、事柄ごとに中央と単位が受け持ちを分け、市民が両方の代表を直接選ぶ形を、SEP は「分離型」と呼びます [1] 。これに対して、構成単位が中央の決定に組み込まれる形を「連動型(協調型)」と呼びます。連動型には二つのやり方があります。構成単位の代表が中央の内閣や議会に加わるやり方と、構成単位の政府の代表が上院をつくり、中央の決定を拒んだり遅らせたりするやり方です [1] 。後者に近い例がドイツです。ドイツの基本法は、州が連邦参議院を通じて連邦の立法と行政に関わると定めます(第 50 条)。そして、連邦参議院は州政府の構成員から成り、州がその人を任命し解任すると定めます(第 51 条) [4] 。州の政府そのものが、連邦の法律づくりに加わる仕組みです。 連動型には代価もあります。SEP は、連動型は人々の声に応える力を高めうるが、しばしば透明性と説明責任を代価にする、と指摘します [1] 。中央と州の交渉で決まると、誰が決めたのかが外から見えにくくなるからです(本教材の説明)。SEP は、EU の「民主主義の赤字」をめぐる懸念も、構成単位の政府の代表から成る中央の機関を民主的にどう統制するか、という問題の一部だとしています [1] 。日本と比べてみましょう。日本の参議院は、憲法第 43 条により「全国民を代表する選挙された議員」で組織されます [2] 。都道府県の政府の代表が集まる場ではありません。 ここで間違えやすい 「連邦的な仕組みでは、どの単位も同じ権限を持つ」と考えるのは誤りです。SEP は、単位ごとに権限の束が違う非対称の例として、カナダ・スペイン・EU などを挙げています。ただし EU は国家連合とみなされることが多いので、非対称の例をすべて「連邦国家」と呼ばないように注意しましょう。また、連邦かどうかと、州が中央の決定に組み込まれているかどうかは、別の軸です。 なぜ分けるのか――理由と限界 中央と地方に権限を分けると、何が良いのでしょうか。SEP は、単一国家よりも連邦の秩序を選ぶ理由として、いくつもの議論を挙げています [1] 。ここでは、保護・参加と実験・効率の三つの束にまとめ、それぞれの限界と並べます(まとめ方は本教材の整理) (表 1) 。 第一は、少数者の保護と中央の抑制です。憲法が構成単位に権限を割り当てれば、個人は中央から守られます。連動型の仕組みなら、構成単位を通じて中央の決定に影響を及ぼすこともできます [1] 。SEP はマディソン、ヒューム、グッディンの名を挙げ、構成単位が中央を抑え、少数者の意思に反する不当な行為を防ぎうると述べます。さらに、アクトンの「大きな民主国家は、統一のために自治を犠牲にするか、連邦制によって自治を守るかのどちらかである」という一文を引いています [1] 。 第二は、参加と実験です。構成単位と中央の両方に議論と公職の場があれば、より多くの市民が政治に加わります。S