2.6 アオリスト語幹 ① — 規則と加音 — Epoché
この 課 か でできるようになること 現在 げんざい の 形 かたち から、 過去 かこ の 語幹 ごかん を 規則 きそく で 作れる つくれる 。 頭 あたま に 付く つく エの 音 おと が、いつ 付い つい ていつ 消える きえる かを 説明 せつめい できる。 過去 かこ の 六 むい つの 語尾 ごび を、どの 動詞 どうし にも 同じ おなじ ように 付け つけ られる。 前提 ぜんてい : 2.5( 第 だい 二 に 活用 かつよう の 現在 げんざい と、である・ 持つ もつ )。 第 だい 2 期 き の 最初 さいしょ の 課 か です。 3.8 で「 頭 あたま が 重く おもく なったら 過去 かこ 」という 見分け みわけ 方 かた を 学び まなび ました。あれは 読む よむ ための 目印 めじるし でした。この 課 か では、その 形 かたち を 自分 じぶん で 作れる つくれる ようにします。 作り つくり 方 かた が 分かる わかる と、 目印 めじるし もはっきりします。 過去 かこ の 六 むい つの 語尾 ごび — 語尾 ごび の 表 ひょう まず 語尾 ごび です。 表 ひょう は 六 ろく 行 ぎょう で、 右 みぎ が 語尾 ごび の 音 おと です。 現在 げんざい の 語尾 ごび より 覚える おぼえる のが 楽 らく で、 二 ふた つの 活用 かつよう の 区別 くべつ もありません。 誰 だれ のことか ギリシア 語 ご 語尾 ごび の 音 おと 私 わたくし が 一人 ひとり έγραψα で 私 わたくし が 書い かい た アで 終わる おわる あなたが 一人 ひとり έγραψες で あなたが 書い かい た エスで 終わる おわる あの 人 ひと が 一人 ひとり έγραψε で あの 人 ひと が 書い かい た エで 終わる おわる 私 わたくし たち γράψαμε で 私 わたくし たちが 書い かい た アメで 終わる おわる あなたたち γράψατε で あなたたちが 書い かい た アテで 終わる おわる あの 人 ひと たち έγραψαν で あの 人 ひと たちが 書い かい た アンで 終わる おわる 語尾 ごび そのものは 六 むい つだけで、しかも 第 だい 一 いち 活用 かつよう でも 第 だい 二 に 活用 かつよう でも 同じ おなじ です。 過去 かこ のほうが 現在 げんざい より 易しい やさしい ——ここはギリシア 語 ご の 得 とく なところです。 ただし、 四 よん つ 目 め と 五 いつ つ 目 め だけ 頭 あたま のエが 落ち おち ています。 書き かき 忘れ わすれ ではありません。その 理由 りゆう がこの 課 か の 芯 しん です。 語幹 ごかん の 作り つくり 方 かた — 子音 しいん とスの 出会い であい 過去 かこ の 語幹 ごかん は、 現在 げんざい の 語幹 ごかん に スの 音 おと を 足し たし て 作り つくり ます。ところが 語幹 ごかん の 終わり おわり が 子音 しいん だと、その 子音 しいん とスがぶつかって 一 ひと つの 字 じ に 溶け とけ ます。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう で、 左 ひだり がぶつかる 子音 しいん 、 真ん中 まんなか が 溶け とけ たあとの 字 じ 、 右 みぎ が 例 れい です。 語幹 ごかん の 終わり おわり の 子音 しいん スと 溶ける とける と 例 れい で 見る みる と 唇 くちびる で 作る つくる 音 おと 、プ・ヴ・フ プスの 一 いち 字 じ になる 書く かく の γράφω は、 過去 かこ で έγραψα のどで 作る つくる 音 おと 、ク・グ・ハ クスの 一 いち 字 じ になる 開ける あける の ανοίγω は、 過去 かこ で άνοιξα 歯 は で 作る つくる 音 おと 、ト・ド・ズ スのまま 残る のこる 読む よむ の διαβάζω は、 過去 かこ で διάβασα この 三 さん 行 ぎょう は、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ には ローマ 字 じ の 綴り つづり と 同じ おなじ 理屈 りくつ に 見える みえる はずです。プとスでプス、クとスでクス。ギリシア 語 ご はその 二 ふた つの 音 おと の 組 くみ を、それぞれ 一 いち 文字 もじ で 書き かき ます。0.5 で 学ん まなん だ 二 ふた つの 字 じ 、クスの 字 じ とプスの 字 じ が、ここで 働き はたらき ます。 字 じ を 覚え おぼえ た 甲斐 かい がここに 出 で ます。 第 だい 二 に 活用 かつよう の 動詞 どうし は、 語幹 ごかん が 母音 ぼいん で 終わっ おわっ ているので、ぶつかる 相手 あいて がいません。かわりにイの 音 おと を 挟ん はさん でからスを 足し たし ます。 話す はなす は μιλώ から μίλησα へ、 愛する あいする は αγαπώ から αγάπησα へ。 第 だい 二 に 活用 かつよう はこの 一 ひと つの 型 かた だけ で、 例外 れいがい がほとんどありません。 読み よみ 方 かた — 頭 あたま のエは、 強勢 きょうせい を 置く おく 場所 ばしょ を 作る つくる ために 現れる あらわれる ここがこの 課 か でいちばん 大事 だいじ なところです。 多く おおく の 教科 きょうか 書 しょ は「 過去 かこ には 頭 あたま にエを 足す たす 」と 教え おしえ 、そのあとで「ただし 複数 ふくすう では 落ちる おちる 」と 例外 れいがい を 足し たし ます。 覚える おぼえる ことが 二 ふた つになります。 実際 じっさい には、 規則 きそく は 一 ひと つです。 過去 かこ の 形 かたち は、 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め の 音節 おんせつ に 強勢 きょうせい を 置く おく 。 音節 おんせつ が 三 みっ つに 足り たり ない 語 ご にだけ、 頭 あたま にエを 足し たし て 数 すう を 合わせる あわせる 。 書く かく で 確かめ たしかめ ます。 語幹 ごかん はグラプで 二 に 音節 おんせつ にしかならないので、 頭 あたま にエを 足し たし て 三 さん 音節 おんせつ にし、その 頭 あたま に 強勢 きょうせい を 置き おき ます。ところが 私 わたくし たち の 語尾 ごび はアメで 音節 おんせつ が 一 ひと つ 増える ふえる ので、 足さ たさ なくても 三 みっ つあります。だから 足す たす 必要 ひつよう が 無くなり なくなり 、 消える きえる 。 例外 れいがい ではなく、 同じ おなじ 規則 きそく の 結果 けっか です。 もともと 三 さん 音節 おんせつ ある 語 ご では、 頭 あたま に 足す たす ことは 最初 さいしょ から 起き おき ません。 開ける あける なら アノイゴ が 三 さん 音節 おんせつ あるので、 強勢 きょうせい の 位置 いち だけが 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め に 動い うごい て アノイクサ になります。 読む よむ も 同じ おなじ で、ディアヴァゾ から ディアヴァサ。 頭 あたま は 何 なん も 変わら かわら ず、 山 やま だけが 動く うごく 。 3.8 で「 頭 あたま が 重く おもく なったら 過去 かこ 」と 言っ いっ たのは、この 規則 きそく の 見 み た 目 め のほう を 言っ いっ たものでした。 頭 あたま が 重く おもく なるのは、 強勢 きょうせい が 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め まで 下がる さがる からです。 同じ おなじ ことを、 読む よむ 側 がわ から 言う ゆう か 作る つくる 側 がわ から 言う ゆう かの 違い ちがい です。 頻出 ひんしゅつ 語 ご で 通す とおす 十 じゅう 文 ぶん あります。 三 みっ つの 溶け とけ 方 かた と、 第 だい 二 に 活用 かつよう の 型 かた が 混ざっ まざっ ています。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 十 じゅう の 文 ぶん すべてで、 強勢 きょうせい が 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め の 音節 おんせつ にあります。 数え かぞえ ながら 聞い きい てください。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Αυτός έγραψε ένα γράμμα. [1] あの 人 ひと は 手紙 てがみ を 書き かき ました。 プスに 溶け とけ た 型 かた 。 二 に 音節 おんせつ なので 頭 あたま にエが 足さ たさ れる Όλοι χόρεψαν. [2] みんな 踊り おどり ました。 これもプスの 型 かた 。あの 人 ひと たち の 語尾 ごび はアン Σήμερα δούλεψα πολύ. [3] 今日 きょう はたくさん 働き はたらき ました。 プスの 型 かた 。 私 わたくし が 一人 ひとり の 語尾 ごび はア Η πόρτα άνοιξε. [4] 戸 と が 開き ひらき ました。 クスに 溶け とけ た 型 かた 。もともと 三 さん 音節 おんせつ なので 頭 あたま は 変わら かわら ない Κάτι άλλαξε. [5] 何 なん かが 変わり かわり ました。 クスの 型 かた 。 山 やま だけが 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め に 動い うごい ている Με κοίταξε. [6] あの 人 ひと は 私 わたくし を 見 み ました。 クスの 型 かた 。 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし が 動詞 どうし の 前 まえ にある Δε διάβασα το μήνυμα. [7] その 知らせ しらせ を 読み よみ ませんでした。 スが 残る のこる 型 かた 。 否定 ひてい の 語 ご は 動詞 どうし の 前 まえ のまま Τι αγόρασες; [8] 何 なん を 買い かい ましたか。 スが 残る のこる 型 かた 。あなたが 一人 ひとり の 語尾 ごび はエス Όλοι μίλησαν. [9] みんな 話し はなし ました。 第 だい 二 に 活用 かつよう 。イを 挟ん はさん でからスを 足す たす Του τηλεφώνησα. [10] あの 人 ひと に 電話 でんわ しました。 第 だい 二 に 活用 かつよう 。 長い ながい 語 ご でも 山 やま の 位置 いち は 同じ おなじ 規則 きそく 六 むい つ 目 め と 七 なな つ 目 め を 見くらべ みくらべ てください。 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし も 否定 ひてい の 語 ご も、 過去 かこ になっても 動詞 どうし の 前 まえ のまま です。3.6 と 3.4 で 学ん まなん だ 並び ならび は、 時 とき が 変わっ かわっ ても 動き うごき ません。ギリシア 語 ご の 語順 ごじゅん で 覚え おぼえ 直し なおし が 要る いる ところは、 思っ おもっ たより 少ない すくない のです。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ の 近道 ちかみち 日本 にっぽん 語 ご の 過去 かこ は「た」を 付ける つける だけで、 書く かく が 書い かい た になります。 頭 あたま は 変わり かわり ません。ギリシア 語 ご は 頭 あたま と 山 やま が 動く うごく ので、そこだけが 慣れ なれ の 要る いる ところです。 近道 ちかみち は、 音節 おんせつ を 三 みっ つ 数える かぞえる 癖 くせ を 付ける つける ことです。 過去 かこ の 形 かたち を 作る つくる とき、まず 語尾 ごび を 付け つけ 、それから 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め の 音節 おんせつ を 探し さがし て、そこに 山 やま を 置く おく 。 三 みっ つ 無けれ なけれ ば 頭 あたま にエを 足す たす 。この 順 じゅん で 手 て を 動かせ うごかせ ば、 頭 あたま のエを 付ける つける かどうかを 別 べつ に 覚える おぼえる 必要 ひつよう がありません。 そして、 聞く きく ときの 手がかり てがかり も 同じ おなじ です。 山 やま が 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め にあれば、たいてい 過去 かこ です。 現在 げんざい の 形 かたち は 第 だい 一 いち 活用 かつよう なら 語幹 ごかん に、 第 だい 二 に 活用 かつよう なら 語尾 ごび に 山 やま があり、どちらも 後ろ うしろ から 三 みっ つ 目 め には 来 き ません。 山 やま の 位置 いち だけで、 現在 げんざい か 過去 かこ かがほぼ 分かる わかる ——これは 日本 にっぽん 語 ご には 無い ない 手がかり てがかり で、 耳 みみ で 覚える おぼえる 価値 かち があります。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — 溶け とけ 方 かた を 当てる あてる 次 つぎ の 動詞 どうし の 過去 かこ は、プスとクスとスのどれになりますか。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 κόβω ( 切る きる ) παίζω ( 遊ぶ あそぶ 、 演奏 えんそう する) αγοράζω ( 買う かう ) δουλεύω ( 働く はたらく ) 練習 れんしゅう 2 — 頭 あたま にエが 要る いる か 次 つぎ の 形 かたち に、 頭 あたま のエは 付き つき ますか。 音節 おんせつ を 数え かぞえ て 答え こたえ てください。 切る きる の 私 わたくし が 一人 ひとり の 形 かたち 切る きる の 私 わたくし たち の 形 かた