知性をめぐる主張と批判 — Epoché
解説 本人の主張と、その理由 質料的知性とは、抽象された内容を受け取って考える働きで、身体の器官ではない。イブン・ルシュドは後期の大注解で、これを人類に一つとした。個人の想像が思考を働かせるとも説明する。概念が共有されなければ教師から生徒へ知識が伝わらない、というのが理由の一つ。 全生涯で同じ説だったとも、全員の記憶が同じとも考えない。 出典1 受容者は、別の問題も考える ラテン語圏の受容者は、一つの知性と個人の身体の結び付きを論じ、異なる説明を展開した。受け取られた説は、本人の文章の単なる複写ではない。 受容者全員を、一様なアヴェロエス主義という学説にまとめない。 出典2 批判と、応答を並べる トマスは、この個人が考えることを説明できるのかと批判した。本人と支持者の標準的な答えは、個別の想像された形を通じて知性とその人が結び付く、というものだった。 同じ知性説についての比較であり、どちらかの完全な勝利を宣言するものではない。 出典2 同じ知性説の、異なる場面 場面 見る内容 本人の主張 一つの知性と、個人の想像 ラテン語圏の受容 知性と個人の身体の結び付き トマスの批判 この個人が考えることを説明できるか 本人・支持者の応答 個別の想像された形を通じた結び付き 本人の主張と、後代の受容・批判を分ける。同時代の直接対話ではない。 参考文献 [1] Fouad Ben Ahmed; Robert Pasnau「Ibn Rushd [Averroes]」。 出典 [2] Dag Nikolaus Hasse「Influence of Arabic and Islamic Philosophy on the Latin West」。 出典