概念と測定 — Epoché
要点 「孤独感」「貧困」のような言葉は、そのままでは測れません。まず意味を言葉で決め(概念的定義)、次に何をどう数えるかに置き換えます(操作的定義)。操作的定義は概念の一面を映す手段なので、どの定義を選んだかで結果の意味が変わります。 数値がどんな情報を持つか(尺度水準)で、意味のある計算が変わります。水準をどこまで規則として守るかには、立場の違いがあります。 信頼性は、測り直しても同じような値になるかです。時点・項目・評定者のどれを取り替えて測り直すかで種類が違い、値は測った集団と条件によって変わります。 妥当性は、測りたいものを測れているかです。米国の 3 つの学会が定めたテストの標準(2014 年版)は、妥当性を別々の種類に分けず、得点の解釈を支える証拠を集めて程度で判断するものとして扱います。 α 係数が高いことは、尺度が 1 つのものを測っている証拠にも、妥当性の証拠にもなりません。項目どうしの相関が同じでも、項目の数が多いほど大きくなります。 こんなときに 卒業研究で「大学生の孤独感」を調べることにした。けれど、何をどう聞けば孤独感を測ったことになるのか、見当がつかない。測ることについての迷いは、たいていこのあたりから始まります。 ほかにも、次のような場面で役に立ちます(どれも架空の例です)。 先行研究に「〇〇尺度(α = .85)を用いた。信頼性と妥当性は確認されている」とある。対象の年代が違う自分の調査に、そのまま使ってよいか迷う。 満足度を「1 満足、2 どちらともいえない、3 不満」で聞いて平均を出したら、「その平均に意味はあるの?」と聞かれた。 観察の記録を 2 人で分類したら、9 割が一致した。これで十分なのか分からない。 この文書は、概念を測れる形にし、測り方の質を確かめるところまでを扱います。問いと仮説の立て方は 研究の問いの立て方 、誰からデータを集めるかは 標本と一般化 、質問文や選択肢の作り方は 調査 で扱います。 概念から測れる形へ — 概念的定義と操作的定義 研究で扱う概念の多くは、直接には見えません。意味を言葉で決め、観察できる手続きに置き換えて、はじめてデータになります。この置き換えは概念そのものではなく、概念の一面を映す手段です。何を取り込み、何を落としたかを書いておくと、結果の意味が読み手に伝わります。 村山(2012)は、心理学の特徴の一つとして、記憶や動機づけのように直接見たり触ったりできない概念(構成概念)をもとに理論を作ることを挙げています。測った値がその構成概念を捉えている保証は無いので、後で扱う妥当性が問題になります [1] 。 東京外国語大学の講義資料 科学的研究方法の基礎概念 (投野由紀夫)は、抽象的な概念を、自分が実験や調査でデータを集められる具体的な定義に置き換えることを、操作的定義と説明しています。例として、「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」を、外国人講師の授業で挙手・発言した回数とする定義が挙がっています [2] 。 概念から得点までの 4 つの段 政治学者の Adcock と Collier(2001)は、概念から事例ごとの得点までを 4 つの段に分けて整理しました。背景の概念から体系化された概念へ進むのが概念化、体系化された概念から指標へ進むのが操作化です [3] 。右の列は、この文書で貧困に当てはめてみた例です。 段 Adcock と Collier の説明 貧困に当てはめた例(この文書の例) 背景の概念 その語に結びつく、さまざまな意味や理解の広がり 「暮らしに困っている」「必要なものが買えない」など、人によって違う意味 体系化された概念 研究者が採る、明示的な定義 研究で使う「貧困」の意味を、言葉で 1 つに決めたもの 指標 得点をつけたり分類したりする手続き。単純な指標から複合的な指数まであり、質的研究の分類の手続きも含む 次に紹介する相対的貧困率の計算方法 事例の得点 事例ごとの数値の得点や、質的な分類の結果 ある人が貧困線を下回るかどうか 例 — 相対的貧困率 公的統計は、概念を数値にするときの選択を定義として公開しています。厚生労働省は、「国民生活基礎調査における相対的貧困率は、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいいます。」と説明しています [4] 。 ここでの等価可処分所得は、世帯の手取り収入(可処分所得)を世帯の人数の平方根で割って調整した所得で、貧困線はその中央値の半分です。「これらの算出方法は、OECD(経済協力開発機構)の作成基準に基づきます。」とされています [4] 。この定義には、いくつもの選択が含まれています [4] 。 子どもに所得が無くても、属する世帯の等価可処分所得で計算します。 「子どもの貧困率」は、子ども(17 歳以下)全体のうち貧困線に満たない子どもの割合です。「子どもがいる現役世帯の貧困率」は、その世帯の大人も含めて計算します。 同じ「貧困」でも、誰を数える対象にするかで別の数字になります。統計の数値の読み方は 図表と統計の読み方 で扱っています。 操作的定義の限界 『スタンフォード哲学百科事典』の「操作主義」の項目によると、物理学者のブリッジマン(Percy Williams Bridgman、1882–1961)は、概念は対応する操作の集まりと同じ意味だと考えました。この考えは一般的な教義(操作主義)に作り替えられて、特に心理学の方法論の論争に大きな影響を与えました。今日この教義は極端で時代遅れの立場とみなされることが多い一方、初期の考えの可能性が尽きたわけではない、とされています [5] 。 日本科学哲学会で発表された太田陽の研究発表の要旨 心理学における操作的定義 は、操作的定義への批判を紹介しています。概念の意味が操作の手続きで尽くされるなら、その測り方が意図した概念を測れているかを問えなくなる、という批判です。知能を IQ テストの得点と定義すれば、そのテストは定義上いつも知能を測れていることになります。一方で、実験の哲学の近年の議論では、理論や概念がまだ固まっていない領域の探索的な実験で、操作的定義が概念を形づくる道具として見直されている、とも紹介しています [6] 。 名前が同じなら同じもの、とは限らない 髙本と服部(2015)は、名前が同じテストは同じ特性を測っているという思い込み(jingle fallacy)と、名前が違えば別の特性だという思い込み(jangle fallacy)を紹介しています。尺度や構成概念の乱立への批判にも触れています [7] 。先行研究どうしの結果が食い違うときは、尺度の名前より、それぞれが概念をどう定義し、どんな項目で測ったかを並べてみる方法があります。 (段階 2 以上)村山(2012)によると、通常の因子分析のモデルは、構成概念が各項目への回答に影響すると考えます。逆に、項目が構成概念の原因になると考えるモデルでは、項目どうしの内的一貫性が無くても構いません。このモデルが勧められるのは、社会経済的地位のように、教育水準や収入といった指標そのものが概念を規定する限られた場合だと紹介しています [1] 。 (段階 3)西山と齊藤(2026)は、語の意味は使われる文脈に表れるという考え(分布仮説)を前提に、『心理学研究』の 1974〜2023 年の論文を分析し、12 の構成概念のうち「性格」以外で文脈が変わっていたと報告しました。そのうえで、妥当性が確かめられた尺度も定期的に確かめ直す必要があると論じ、限界として、和文誌、それも 1 誌の 50 年分に限ることと、変化の原因は調べていないことを挙げています [8] 。 変数と尺度水準 — どの計算に意味があるか 変数は、知りたい現象を形づくる要素で、データの表では 1 つの列になります。数値が持つ情報の違い(尺度水準)によって、意味のある計算が変わります。ただし、水準から分析の手法を機械的に決めることには批判があり、問いに照らして判断する余地があります。 投野の講義資料は、変数を、自分が知りたい現象を構成している要素と説明し、因果関係を見たい項目も、影響を統制したい項目も、すべて変数として定義するとしています。因果関係を調べるデザインでは、原因とみる独立変数(説明変数)、結果とみる従属変数(目的変数)、影響が出ないように制御する制御変数、因果関係に影響を及ぼしそうな調整変数を分けています [2] 。データファイルでは、列が各質問への回答を変数として表します [9] 。 講義資料には、自分の研究課題を変数の関係(変数モデル)として描く演習があります [2] 。どの変数をどの役割に置くかを、自分の課題で考えてみる方法があります。独立変数以外の要因を統制する実験の手順は 実験 (そこでは統制する要因を剰余変数と呼んでいます)、観察データから因果を推し量る考え方は 因果推論 で扱います。 4 つの尺度水準 数値が持つ情報の違いを、尺度水準と呼びます。この「尺度」は、心理尺度(いくつかの質問項目で 1 つの構成概念を測る道具)とは別の意味です。統計データ利活用センターの教材 データと変数の尺度 (三輪哲 執筆・監修)は、意識調査のデータを例に、4 つの水準を説明しています [9] 。 水準 数字が表すもの 教材の例 名義尺度 違いを区別するだけの数字。順序の情報は無い 性別を 1 と 2 で表す 順序尺度 順序の関係を表す数字。間の距離が等しいとは限らない 生活満足度(1 満足、2 どちらともいえない、3 不満) 間隔尺度 等間隔に並ぶ得点。差を計算できる 感情温度計(政党への好感度を、好意も反感もなければ 50 度、好意的なら 60〜100 度、反感があれば 0〜40 度で答える) 比尺度 等間隔で、絶対的な原点がある。何倍かを計算できる 年収(0 は収入がまったく無いことを表す) この教材は、水準によって意識調査のデータ分析の方法が異なると説明しています [9] 。投野の講義資料も、同じ 4 つの分類を挙げています [2] 。 水準は規則か、目安か 4 つの水準は、心理物理学者の S. S. Stevens が 1946 年の論文で示した分類に由来します。Velleman と Wilkinson(1993)の紹介によると、Stevens は各水準を、値に施しても差し支えない変換の範囲で区別しました(比尺度なら定数倍だけ、など) [10][11] 。 この分類の使い方には、立場の違いがあります。 統計データ利活用センターの教材は、順序尺度の数値は間の距離が等しいとは限らないので、得点のように扱うことはできない、と説明しています [9] 。 Velleman と Wilkinson は、水準を宣言すれば手法が決まるかのようにこの分類を使うことを批判しました。尺度の種類はデータに尋ねる問いで一部決まり、分類を規則として課すと問いが狭まって悪い分析につながる、という主張です [11] 。 Velleman と Wilkinson が紹介する古くからの例では、選手を区別するだけのフットボールの背番号でも、新入生に渡った番号が小さすぎないかを問うなら、番号の平均などに意味が出てきます [11] 。 満足度の平均を使うかどうかは、分野の慣行と自分の問いに照らして判断することになります。使うなら、その理由を方法の節に書いておくと、読み手が結果を評価しやすくなります。平均やばらつきの意味は 図表と統計の読み方 、水準に応じた分析の選び方は 量的データの分析 で扱います。 信頼性 — 測り直しても同じような値になるか どんな測定にも誤差があります。信頼性は、測定を繰り返したときに得点がどれだけ一貫しているかです。何を取り替えて測り直すか(時点・版・項目・評定者)で種類が違い、係数どうしは置き換えられません。値は測った集団と条件によって変わり、尺度に固定した性質ではありません。 米国の 3 つの学会(AERA・APA・NCME)が共同で定めた Standards for Educational and Psychological Testing (以下 Standards)は、教育・心理テストの標準です。Standards は信頼性を、測定の手続きを繰り返したときに、ある集団の得点が一貫している程度と定義しています [12] 。この文書は 2014 年版に基づきます(改訂の委員が 2024 年に発表され、2025 年 11 月の時点で改訂版は未刊) [13][14] 。 医学の総説で大山(2025)は、信頼性を、測定値全体のばらつきのうち、対象者どうしの違いによるばらつきが占める割合として説明しています。そのため、よく似た人ばかりの集団では、測定の誤差が小さくても信頼性は低くなりえます [15] 。Standards も、全国から代表的に選んだ集団とよく似た人だけの集団とでは、係数が大きく違いうるとしています [12] 。大山は、信頼性は尺度に固有の変わらない値ではないので、対象の集団・測定者・測定方法を明確に報告するよう勧めています [15] 。 髙本と服部(2015)によると、信頼性が低いと、相関が弱く出たり(希薄化)、平均値の差の検定で差を見つけにくくなったり(検定力の低下)して、その後の分析にも大きく影響します [7] 。 何を取り替えて測り直すか Standards は、信頼性係数を大きく 3 つに分けています [12] 。資料によって呼び名が揺れるので、かっこに別名を添えます。 種類 求め方 代替形式の係数 同じものを測る別の版を、別の機会に実施する 再検査信頼性(再テスト信頼性) 同じ版を、別の機会に実施する 内的一貫性(内的整合性)の係数 1 回の実施での、項目どうしの関係から求める。折半法や α 係数など 採点に人の判断が入る場合、Standards は、評定者のあいだの一貫性と、同じ人を繰り返し測ったときの一貫性の、両方の証拠を示すよう求めています。また、種類の違う係数は測定誤差の定義がそれぞれ違うので、同じものとみなさないよう注意を促しています [12] 。 2 時点の得点の相関で求める再検査信頼性について、髙本と服部(2015)は、個人の中で値が安定していることを必ずしも示さないと注意しています [7] 。 評定者のあい