11.53 陶淵明 桃花源記 — 遂に迷ひて復た路を得ず — Epoché
この篇でできるようになること 入る・見る・聞く・出る・探すという話の順を示せます。 古い意味と今の意味が違う語を言い換えられます。 省かれた主語を補い、村人と漁師の会話にできます。 前提 :11.52「孟子 告子上 魚我所欲也」。論の対から物語へ移り、誰が何をしたかを場面で読みます。 詩に添えた記から、桃源郷へ 陶淵明の作品で、もとは桃花源詩に添えられた記です。記の方が広く読まれるようになり、日本語の桃源郷、現代語の 世外桃源 の出どころになりました。 物語は、村へ入る、村を見る、村の人から聞く、外へ出る、もう一度探す、という五つで追えます。初めに林の果てまで行こうとする動きと、最後の探す動きは、同じ結果にはなりません。 最初に年と土地が置かれ、途中には細かい道や人の動きが続きます。本当らしく読ませる目印があるのに、最後は行き着けなくなります。その順を、夢だったと先に決めて飛ばさないように読みます。 狭い穴の先で、一気に開く 緣溪行 は、谷川に沿って進むことです。道の遠近を忘れ、ふと桃の林へ出会います。 林盡水源 で林が水源に尽き、山と小さな穴へ目が移ります。 初めはひどく狭く、やっと人が通れるほどです。その後に 豁然開朗 と、一気に開けて明るくなります。谷川から林、山、小さな穴へと視界を絞っておくので、開けた時の差が大きく感じられます。 村にあるのは、田や池、桑と竹、あぜ道、鶏や犬、耕す人、老人や子どもです。見慣れない宝物を並べるのではありません。日常のものが穏やかにそろっている景色として描きます。 知っている字を、今の意味だけで読まない A 読み B 読み 違い 妻子 妻と子 妻子 妻 本文では子も含む 交通 行き交って通じる 交通 交通・交通機関 本文ではあぜ道のつながり 無論 言うまでもない 无论 〜にかかわらず 本文は前より後を強く否定する 絕境 人里離れた地 绝境 逃げ場のない窮地 本文は外との隔たりを述べる 率妻子邑人 は、妻、子、村の人を率いることです。現代語で妻だけを指す語だと思うと、子どもを連れてきたことが落ちます。隣り合う字をどのまとまりで読むかも、意味に関わります。 乃不知有漢、無論魏晉 は、なんと漢があったことも知らず、魏や晉は言うまでもない、という驚きです。秦の乱を避けた人々と外の世の時間のずれが分かります。 続く 此人一一爲具言所聞、皆歎惋 は、漁師が自分の聞き知ったことを一つ一つ詳しく話し、村人がみな嘆き驚いた、という文です。 所聞 は 具言 の目的語です。 妻子を妻だけ、無論を何々にかかわらず、と読まないでください。連れてきた人と、知らない王朝の関係を、前後の句から確かめます。 外人という語が三度出る 本文では 悉如外人 、 遂與外人間隔 、 不足爲外人道也 と、同じ語が三度出ます。身なりが似ていること、隔たったこと、話す相手を限ることに使われています。 桃花源の外の人と読むのが普通ですが、異国の人と取る説もあり、解釈が分かれます。ここでは外の世の人という読みを足場にします。三か所とも外の世の人と訳すと、身なりは外の世の人と同じ、外の世の人と隔たった、外の世の人に話すほどのことではない、となります。 村の景色そのものは日常的でも、外との交わりと時間はずれています。土地が遠いということだけで説明を終えず、王朝を知らない返事まで進んでください。 不思議に思う人、驚く人 漁人甚異之 の 異 は、そのものを不思議に思う、という働きです。形容詞に目的語が付き、そうだと思う意味になることを意動用法と呼びます。 単に、漁師が変わっている、という形容詞述語文ではありません。漁師が何をどう受け取ったかを述べるので、現代語では 觉得 を補い、不思議だと思う対象を示します。 見漁人、乃大驚 では、村人が漁師を見て驚きます。今度は驚く側が入れ替わっています。 乃 の調子も、外から来た人に出会う驚きとして受け取れます。 問所從來、具答之 も、問う側は村人、答える側は漁師です。名が書かれていなくても、誰が来た道を知りたがり、誰がそれを答えられるかを、動詞と場面から補います。 目印を付けたのに、戻れない 外へ出ると漁師は舟を見つけ、前の道をたどり、所々に印を付けます。太守へ知らせると、 太守卽遣人隨其往 と、人を送ってついて行かせます。 この 人 は、送る動作の対象であり、次のついて行く動作をする側でもあります。 型編 27課 の兼語文と比べ、誰を送り、誰が行くかを分けます。 尋向所誌 は、先に印を付けた所を探すことです。準備も人手もあるのに、道へ行き着けません。印を忘れたから失敗した、と本文に無い理由を補うのではなく、付けた印がありながら迷う結末を読みます。 主語の省略が続いても、ずっと漁師が同じ動作をするとは限りません。村人の問い、漁師の答え、太守の命令を、動詞ごとに確かめます。 最後に名前が出て、探す人も消える 南陽の劉子驥という実在の人の名を置きます。この人も行こうとしたが果たせず、まもなく病んで亡くなったと続けます。名前を出して本当らしさを強めながら、もう一度たどり着く機会は実現しません。 後遂無問津者 で、その後は渡し場を尋ねる者もいなくなります。村がどうなったかをすべて説明して終えるのでなく、そこへ向かう人の側から話が消えていきます。 入口では細かな道を見せ、出口の後では探す道を失わせます。最初と最後を合わせると、静かな村を描くことと、そこに再び届かないことが、一つの物語としてつながります。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 緣 動詞 沿う 縁という名詞だけではない 緣溪行 谷川に沿って行く 豁然 副詞 ぱっと開ける様子 狭い道の後の変化 豁然開朗 ぱっと開けて明るくなる 異 動詞 不思議に思う 意動用法 漁人甚異之 漁師はそれをたいそう不思議に思う 妻子 名詞 妻と子 現代語の妻だけと違う 率妻子邑人 妻と子と村の人を率いる 交通 動詞 行き交って通じる 交通機関ではない 阡陌交通 あぜ道が行き交って通じる 無論 まとまり 言うまでもない 〜にかかわらずではない 無論魏晉 魏や晉は言うまでもない 絕境 名詞 人里離れた地 窮地ではない 來此絕境 この人里離れた地へ来る 外人 名詞 外の人 外の世か異国か解釈が分かれる 悉如外人 みな外の人と同じだ 具 副詞 詳しく 道具ではない 具答之 詳しく答える 向 時の語 先の・以前の 向かう動作ではない 尋向所誌 先に印を付けた所を探す 練習 入口の道すじの空欄を埋め、本文の句を書いてください。 緣溪_ 入口の道すじの空欄を埋め、本文の句を書いてください。 林盡_ 入口の道すじの空欄を埋め、本文の句を書いてください。 山有小_ 入口の道すじの空欄を埋め、本文の句を書いてください。 豁然_ 本文の 率妻子邑人 、 阡陌交通 、 乃不知有漢、無論魏晉 、 來此絕境 を、古い意味が見える現代語へ言い換えてください。同じ四つの語を今の意味でも使い、短い文を一つずつ書きます。 漁人甚異之 と 見漁人、乃大驚 に主語を補い、 觉得 を使った現代語へ置き換えてください。 問所從來、具答之 を、村人と漁師が一度ずつ話す現代語の会話にしてください。話す人を添えます。 最後に劉子驥の名を出すことには、どのような働きがありますか。 前の課で学んだ 树林 ・ 鲜花 ・ 宁静 ・ 步行 ・ 拍照 を使い、道に迷って見つけた静かな場所を三文で書いてください。 次の五つの句は、話の五つの場面(入る・見る・聞く・出る・探す)の始まりです。話の順に並べ、どの場面の始まりかを答えてください。 旣出 / 土地平曠 / 太守卽遣人隨其往 / 便捨船、從口入 / 自云先世避秦時亂 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 緣溪行、忘路之遠近。 林盡水源、便得一山。山有小口、髣髴若有光。便捨船、從口入。初極狹、纔通人。復行數十步、豁然開朗。 後遂無問津者。 ▶ の手本を聞いて音読します。入口では静かに細く読み、 豁然開朗 で開き、最後の 後遂無問津者 を落として、消えるように終えてください。 この篇のまとめ 入る道を細かくたどり、村の暮らしと時間の隔たりを読みました。語の古い意味と省かれた主語を捉え、目印を付けても戻れない結末を、入口と合わせて読みます。 次の篇へ 次の11.54では王羲之の蘭亭集序を読みます。春の集まりの喜びから、それが過ぎ去ることへの嘆きへ移る序を確かめます。 答え 緣溪行 林盡水源 山有小口 豁然開朗 他带着妻子、孩子和乡亲。 / 他的妻子来了。 田间小路交错相通。 / 这里交通方便。 不知道有汉朝,更别说魏晋了。 / 无论谁问,他都不说。 他们来到这个隔绝的地方。 / 这是一个绝境。 渔人觉得这很奇怪。 村民看见渔人,觉得很惊讶。 村人: 你从哪里来? 漁師: 我从武陵来。 実在の人の名で本当らしさを与えながら、その人の計画も果たされず、再び行けない結びを強めます。 我步行去树林。 这里有鲜花,非常宁静。 我停下来拍照。 入る: 便捨船、從口入 。見る: 土地平曠 。聞く: 自云先世避秦時亂 。出る: 旣出 。探す: 太守卽遣人隨其往 。 参考文献 陶淵明『桃花源記』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/古文觀止/卷7