9.2 否定の六字 — 打ち消す先で決まる — Epoché
この課でできるようになること 六つの否定を、何を打ち消すかで選べます。 否定の字の後ろを見て、その範囲を説明できます。 書き下し文から否定の句を書き戻せます。 まだ、禁止、存在、判断の否定を現代中国語へ言い換えられます。 前提 :9.1。原文と書き下し文の語順を比べる読み方を使います。 まず、打ち消す対象を分ける 現代中国語では、 不 ・ 没 を基本に否定を学びました。漢文では、さらに細かな違いを別の字で書き分けます。この課で中心にするのは 不 ・ 未 ・ 非 ・ 無 ・ 莫 ・ 勿 の六字です。 最初は、動詞や形容詞、名詞のまとまり、存在の三つに分けます。その後で、まだ起きていないこと、主語の範囲、禁止という違いを重ねます。日本語の「ない」だけを頼りにせず、否定の右に何があるかを見ます。 字 書き下し 打ち消す先・働き 原文の例 不 〜ず 動詞・形容詞 學而不思 [1] 未 未だ〜ず まだ起きていない動作 未能遠謀 [2] 非 〜に非ず 名詞のまとまりに対する判断 非常道 [3] 無 〜無し 存在 至人無己 [4] 莫 〜するもの莫し 主語に当たる範囲まで含む否定 物莫能陷也 [5] 勿 〜すること勿かれ 相手への禁止 勿施於人 [6] 補いとして 弗 もあります。この課では 不 に近い否定として、 弗敢專也 [2] を読みます。六字の表に混ぜず、本文で会ったときに同じ否定の仲間だと分かれば十分です。 動作を否定するか、名詞を否定するか 學而不思 [1] の 不 は、考えるという動詞を打ち消しています。「學びて思はざれば」と読み、学ぶことまで否定しているわけではありません。 道可道,非常道 [3] では、 非 の後ろが「常の道」という名詞のまとまりです。「道の道ふべきは、常の道に非ず」と読みます。ここでは、何かをしないという動作の話ではなく、それは常の道ではないという判断です。 この位置の 非 を 不 に替えても、同じ判断の形にはなりません。 不 は動詞・形容詞を打ち消す字として見ています。そのため、後ろの名詞のまとまりと合わなくなります。まず後ろが何かを確かめると、二字を区別できます。 日本語では動作も判断も「〜ない」と言えるため、同じ否定だと思いやすくなります。原文では、思うという動詞なのか、常の道という名詞なのかを先に見てください。 「それではない」と「無い」は違う 至人無己,神人無功,聖人無名 [4] は「至人は己無く、神人は功無く、聖人は名無し」と読みます。自分、手柄、名というものを持たないことを述べています。 無 は、有ることの反対です。 非 も 無 も後ろに名詞が来ますが、 非 は「それではない」、 無 は「そもそも無い」という違いがあります。名詞が後ろにあるという一点だけで、二つを同じにしません。 現代語へ移すときは、 非 の判断を 不是 、 無 の存在を 没有 と結び付けて考えます。 型編 2課 と 型編 5課 で見た否定を使い、何を否定するかを保ちます。 まだ起きていないことと、禁止 小惠未徧 [2] は「小惠未だ徧からず」です。小さな恵みが、まだ行き渡っていないと述べています。これから行き渡る余地を残す点が大切です。 単に「行き渡らない」としてしまうと、まだ、という時間の含みが薄くなります。現代語の 还没 と結び付けて読みます。 型編 12課 で見た、まだ実現していないことの表し方が手がかりです。 己所不欲,勿施於人 [6] には、二種類の否定があります。前半の 不 は望むことの否定です。後半の 勿 は、相手に「してはならない」と言う禁止です。 勿 は、ある出来事が起きなかったという報告ではありません。相手の行動へ向けた言葉です。現代語では 别 ・ 不要 を使う禁止の形へ言い換えられます。 未 には「まだ」、 勿 には「してはならない」という違いがあります。どちらも短く「しない」と訳してしまわず、時間を述べているのか、相手に働きかけているのかを残します。 どの物も、貫けない 矛盾の話で、売り手は盾を 吾楯之堅,物莫能陷也 [5] とほめます。「吾が楯の堅きこと、物として能く陷す莫きなり」です。貫くことができる物は、一つもないと述べています。 ある物について貫けないと言う場合と、貫ける物が一つもないと言う場合があります。二つは、範囲が違います。莫では、主語に当たる側までまとめて否定している点を見ます。 ところが矛の説明では、 吾矛之利,於物無不陷也 [5] と述べます。こちらは、貫けない物がないという意味です。どんな物も通さない盾と、どんな物も通す矛が、同時にあるという言い分になっています。 否定の字は、話の結末を作る働きもします。単に武器の名だけを読まないようにします。 莫 と 無不 の範囲を読めば、客の問いに答えられなくなる理由が見えます。 右から、打ち消す範囲を確かめる 人不知而不慍 [7] では、 不 が二つあります。一つ目は知ること、二つ目は恨むことを打ち消します。一つ目の 不 が、後ろの文全体を全部まとめて否定するわけではありません。 この課の例では、否定の字は打ち消す語より前です。日本語の「思わない」のように後ろに付く形と違います。否定の字を見つけたら、右の動詞や名詞を探し、どこまでが一つのまとまりかを読んでください。 句読点までが、いつも一つの否定の範囲になるとは限りません。今の例でも、而でつながった二つの否定を分けます。音読で少し間を取り、書き下し文の「ず」「なし」「なかれ」と対応させると、区切りが見えます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 不 否定の副詞 〜ない 動詞・形容詞を打ち消す 不思 [1] 考えない 未 否定の副詞 まだ〜ない まだ起きていない含み 未能遠謀 [2] まだ遠い先を考えられない 非 否定の語 〜ではない 名詞のまとまりについての判断を否定 非常道 [3] 常の道ではない 無 動詞 ない・持たない 存在を打ち消す 至人無己 [4] 至人には自分というものがない 莫 否定の代詞 〜するものがない 主語に当たる範囲まで含む 物莫能陷也 [5] 貫けるものは一つもない 勿 禁止の副詞 〜するな 相手への禁止 勿施於人 [6] 人にしてはならない 弗 否定の副詞 〜ない この課では不に近い語として補う 弗敢專也 [2] 独り占めしようとはしない 慍 動詞 恨む・腹を立てる 人に理解されない場面 不慍 [7] 恨まない 欲 動詞 望む 否定される動作を見る 不欲 [6] 望まない 施 動詞 行う・施す 相手へする動作 施於人 [6] 人に行う 常 形容詞 変わらない・常の 道を説明する 常道 [3] 常の道 徧 動詞・形容詞 行き渡る ここでは遍に当たる字 小惠未徧 [2] 小さな恵みはまだ行き渡らない 陷 動詞 突き通す ここでは盾を貫く 物莫能陷也 [5] 貫けるものは一つもない 楯 名詞 盾 日本語では普通「盾」と書く 吾楯之堅 [5] 私の盾の堅いこと 矛 名詞 矛 盾と対にする武器 吾矛之利 [5] 私の矛の鋭いこと 全訳 原文の全訳です。この課程のために、原文に沿って訳しました。番号は原文の段落の番号で、原文と行き来できます。 先生が言われた。「学んでも自分で考えなければ、ものごとがはっきりしない。考えても学ばなければ、危うい。」 劌が言った。「肉を食べる身分の人たちは考えが浅く、まだ先を見通した計画を立てることができません。」 公が言った。「衣服や食べ物など暮らしを安らかにするものは、ひとり占めしたりはせず、必ず人に分け与えている。」答えて言った。「小さな恵みはまだすみずみまで行き渡っておらず、民はついてきません。」 道として言い表せる道は、変わることのない道ではない。名として名づけられる名は、変わることのない名ではない。 だから、こう言うのだ。至人には自分というものが無く、神人には手柄が無く、聖人には名が無い。 わたしの盾の堅いことといったら、どんなものでも突き通すことはできないのだ。 自分がしてほしくないことは、人にしてはならない。 人が自分を認めてくれなくても恨まない。それこそ君子ではないか。 練習 字を選び、原文に戻す 空欄に合う否定の字を入れ、原文の形で全文を書いてください。 己所_欲,_施於人 空欄に合う否定の字を入れ、原文の形で全文を書いてください。 道可道,_常道 空欄に合う否定の字を入れ、原文の形で全文を書いてください。 至人_己 空欄に合う否定の字を入れ、原文の形で全文を書いてください。 小惠_徧 「人に施すこと勿かれ」を、原文の字の順で書いてください。 「未だ遠謀する能はず」を、原文の字の順で書いてください。 「常の道に非ず」を、原文の字の順で書いてください。 現代語へ言い換える 小惠未徧 [2] の否定を現代語に替え、小さな恵みがまだ人々へ行き渡っていないと書いてください。 勿施於人 [6] を、相手に同じ行いを禁じる現代中国語にしてください。 至人無己 [4] と 非常道 [3] を、現代語の否定で一文ずつ言い換えてください。 物莫能陷也 [5] は、A「ある物が貫けない」、B「貫ける物が一つもない」のどちらですか。否定の範囲も説明してください。 人不知而不慍 [7] の二つの 不 が、それぞれ何を打ち消すか答えてください。 前の語で否定を書く 前の課の語 冰箱 ・ 抽烟 ・ 毕业 を一語ずつ使い、否定の現代中国語を三文書いてください。まだ、存在、禁止、動作や性質の否定を区別し、この課の漢文の字なら何に近いかも添えます。 前の課の語 西瓜 ・ 诚实 ・ 巴士 を一語ずつ使い、否定の現代中国語を三文書いてください。まだ、存在、禁止、動作や性質の否定を区別し、この課の漢文の字なら何に近いかも添えます。 前の課の語 窗子 ・ 着急 ・ 列车 を一語ずつ使い、否定の現代中国語を三文書いてください。まだ、存在、禁止、動作や性質の否定を区別し、この課の漢文の字なら何に近いかも添えます。 前の課の語 耳机 ・ 失望 ・ 宝宝 を一語ずつ使い、否定の現代中国語を三文書いてください。まだ、存在、禁止、動作や性質の否定を区別し、この課の漢文の字なら何に近いかも添えます。 前の課の語 箱子 ・ 冷静 ・ 阿姨 を一語ずつ使い、否定の現代中国語を三文書いてください。まだ、存在、禁止、動作や性質の否定を区別し、この課の漢文の字なら何に近いかも添えます。 否定の字を意識して音読する 読書ページの原文を、▶で手本を聞いてから通して読んでください。否定の字でわずかに間を取り、どの語を打ち消すかを考えます。書き下し文でも対応する否定を見つけてください。 この課のまとめ 動詞・形容詞、名詞のまとまり、存在を分けて否定を読みます。 未 の「まだ」と、 勿 の禁止を落とさず言い換えます。 莫では、主語に当たる側まで含む範囲を見ます。 右の語をたどり、句読点だけで否定の範囲を決めないようにします。 次の課へ 次の9.3では、 之 の四つの働きを見ます。前後に動詞・名詞・主語・場所のどれがあるかを手がかりにします。 答え 己所不欲,勿施於人 [6] 道可道,非常道 [3] 至人無己 [4] 小惠未徧 [2] 勿施於人 [6] 未能遠謀 [2] 非常道 [3] 小恩惠还没遍及百姓。 你不要对别人这样做。 至人没有自我。 这不是永恒的道。 Bです。 莫 は主語に当たる側まで含み、どの物も盾を貫けないと述べています。 一つ目は知ること、二つ目は恨むことを打ち消しています。二つの範囲を分けて読みます。 我家没有冰箱。 你别在这里抽烟。 我还没毕业。 順に、 無 ・ 勿 ・ 未 に近い働きです。 我还没买西瓜。 我觉得他不诚实。 巴士还没到。 順に、 未 ・ 不 ・ 未 に近い働きです。 房间里没有窗子。 你不要着急。 列车还没来。 順に、 無 ・ 勿 ・ 未 に近い働きです。 我没有耳机。 我不失望。 宝宝还没睡。 順に、 無 ・ 不 ・ 未 に近い働きです。 箱子里没有书。 他现在不冷静。 我阿姨还没来。 順に、 無 ・ 不 ・ 未 に近い働きです。 参考文献 孔子の弟子たち『論語 為政』( 學而不思 、 不思 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 3篇 左丘明『春秋左氏傳 莊公十年』( 未能遠謀 、 弗敢專也 、 小惠未徧 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 55篇 老子『老子 第一章』( 非常道 、 道可道,非常道 、 常道 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 8篇 莊子『莊子 逍遙遊』( 至人無己 、 至人無己,神人無功,聖人無名 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 94篇 韓非『韓非子 難一』( 物莫能陷也 、 吾楯之堅,物莫能陷也 、 吾矛之利,於物無不陷也 、 吾楯之堅 、 吾矛之利 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 13篇 孔子の弟子たち『論語 衛靈公』( 勿施於人 、 己所不欲,勿施於人 、 不欲 、 施於人 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 7篇 孔子の弟子たち『論語 學而』( 人不知而不慍 、 不慍 )。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。引用は当館の特別編にある同じ原文から。 出所: 特別編 1篇