10.31 三教 — 儒・仏・道 — Epoché
この課でできるようになること 三教が扱う問いを、日本語と短い中国語で説明できます。 道家と道教を分けて言えます。 建物の名前から、何を祀る所か考えられます。 同じ人が複数の見方を使うことを、作品と結び付けられます。 前提 :10.30までです。前の課で見た人と人の関係も思い出します。 三つの問いを見取り図にする 中国の思想を読むとき、儒・仏・道を三教として見る方法があります。この課では、次の三組を入口にします。教えの内容を、全部この三組へ閉じ込めるものではありません。何を中心に読めばよいかをつかむための見取り図です。 教え 主に見る関係 この課での問い 儒家 人と人 社会をどう組み、人としてどう振る舞うか 道家 人と自然 人は世界とどう向き合うか 佛教 生と死 苦しみをどう越えるか 一人が社会で働き、自然の中で自分を休ませ、死や苦しみにも向き合うなら、必要な問いは一つではありません。見る所の違いは、三つが長く並び立つことを考える手がかりになります。 儒家の中にも、違う出発点がある 儒家は、春秋の乱れた時代に生きた孔子から始まります。社会の乱れをどう収めるかを、人のあり方から考えます。中心になる語は 仁 ・ 礼 ・ 孝 です。 人を思うこと、人と人の間の形、親を大切にすることがつながります。そして、家の秩序から国の秩序へと目が向きます。親族の呼び名や席順を学んだときにも、人の位置に応じた振る舞いを見ました。 同じ儒家でも、孟子は人の性を善とします。荀子は人の性を悪とし、学びと礼で整えることを説きます。同じ教えの名だけで、全員が同じ出発点だと思わないようにします。特別編95篇の荀子と96篇の孟子を並べると、違いが読みの問いになります。 漢の時代に儒学は国の学問となり、のちには科挙の中心にもなりました。古典を読む力が、公の場で働く人の言葉と結び付いていたことを、作品の背景として見ます。 道家と道教を分ける 老子と荘子に代表される道家は、人が手を加えて整えようとする、そのこと自体を問い直します。中国語では 老子 ・ 庄子 と書きます。大切な語は 道 ・ 无为 ・ 自然 です。 無為は、何もしないこととして片づけません。無為は、余計な働きかけをしないこととして考えます。自然は、おのずからそうであることとして考えます。社会の秩序を組む問いとは、目を向ける先が違います。 荘子は、鳥や木などの寓話で、役に立つという物差しそのものを問い直します。理屈の一覧だけを探すより、物語が読み手の判断をどこで揺さぶるかを見ると読めます。 道家 は思想の流れ、 道教 は後漢以降に育った宗教の呼び名です。道教は不老長生を求め、多くの神を祀り、老子も神格化しました。老子と荘子の思想だけを、そのまま道教の全部とはしません。 仏教と、翻訳の言葉 佛教起源于印度。 [1] は、仏教の出自を述べる文です。三教の中では外から来た柱で、後漢のころ中国へ伝わりました。三国から南北朝にかけての分裂の時代に広がりました。苦しみや死の後を考える教えとして受け取られました。 唐の仏教の展開では、坐ることを重んじる禅も育ち、のちの日本へつながります。中国の古典の背景には、中国の内側だけで生まれた考えでなく、翻訳を通じて受け取られた考えもあります。 世界 ・ 现在 ・ 平等 ・ 因果 は、仏典の翻訳とともに定着した語です。日本語でも使われます。日常の言葉にも、その長い行き来が残っています。ただし、今その語を使う文が、すべて宗教の話になるわけではありません。 我想周游世界。 [2] は旅行への希望、 我现在很忙。 [3] は今の状態です。語の来歴と、その文で何を述べるかを分けて読みます。 同じ人の中で、使い分ける 三つが争わなかったわけではありません。出家を孝に反すると見る批判がありました。仏教が王朝に弾圧されたこともありました。それでも、長い時間の中では共存し、混ざり合ってきました。 「儒で世に処し、道で身を養い、仏で心を治める」という、よく引かれる言い方があります。ここでは、特定の古典の一句とは断定しません。場面による使い分けを表す言い方として扱います。 蘇軾は、科挙に受かった官僚として儒家の教養で公務に当たりました。一方、左遷先で書いた『赤壁賦』では、変わるものと変わらないものを考えます。官にあるときと、官を離れた場で、同じ書き手の違う顔を読む手がかりです。 建物の名前から見る 中国語の名 この課で見る場所 祀るもの・関わる人 寺 仏教の寺 仏像があり、僧が住む 道观 道教の施設 道士がいて、老子や神々を祀る 孔庙 ・ 关帝庙 廟 孔子や関羽を祀る 祠 祠堂 祖先や、功績のある人物を祀る 廟には土地の神を祀るものもあります。名前から手がかりを得ても、祀られるものを一律に決めません。道観に仏像があるなど、複数の教えが同じ場所に現れることもあります。 同じ人が、場面に応じて複数の場所へ行くことがあります。日本でも、初詣、葬式、結婚式で違う宗教の施設と関わる場合があります。そのことと比べると、理解の助けになります。誰もが必ず同じ組み合わせをするという意味ではありません。 中国語の文では、日本の字の「観」「廟」をそのまま使わず、 道观 ・ 孔庙 ・ 关帝庙 と書きます。思想の名と施設の名も分けます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 三教 名詞 儒・仏・道の三つ 中国の思想を見る括り 三教并立 三教が並び立つ 儒家 名詞 儒家 人のあり方を問う思想 儒家思想 儒家の思想 道家 名詞 道家 宗教の道教と分ける 道家思想 道家の思想 道教 名詞 道教 宗教としての呼び名 信仰道教 道教を信仰する 佛教 名詞 仏教 中国語では佛と書く 佛教起源于印度。 [1] 仏教はインドに起源がある。 仁 名詞 人を思うこと 儒家の中心の語 讲仁 仁を論じる 礼 名詞 人と人の間の形・秩序 礼という語の範囲を見る 讲礼 礼を論じる 孝 名詞 親を大切にすること 儒家の大切な語 谈孝 孝を論じる 无为 名詞 余計なことをしない 何もしないとは分ける 无为思想 無為の思想 自然 名詞・形容詞 おのずからそうである ここではあるがまま 顺其自然 自然に任せる 世界 名詞 世界 仏典の翻訳と関わる語 我想周游世界。 [2] 世界を巡りたい。 现在 名詞・副詞 今・現在 時を示す 我现在很忙。 [3] 今は忙しい。 平等 形容詞 平等である 人を等しく見る 人人平等 人はみな平等 因果 名詞 原因と結果 行いとその結果を考える 因果关系 原因と結果の関係 烦恼 名詞 煩悩・悩み 仏教の語でもある 有烦恼 悩みがある 寺 名詞 寺 仏教の建物の名 这座寺 この寺 道观 名詞 道教の施設 道教の建物の名 山中道观 山の中の道観 庙 名詞 人や神を祀る建物 中国語では庙と書く 这座庙 この廟 孔庙 名詞 孔子を祀る廟 孔子に関わる建物 参观孔庙 孔子廟を見学する 关帝庙 名詞 関羽を祀る廟 关 は日本語では関 关帝庙里 関帝廟の中 祠堂 名詞 祠堂(祖先などを祀る建物) 祖先や、功績のある人物を祀る場所 这座祠堂 この祠堂 祖先 名詞 祖先 一族の前の世代 祭祀祖先 祖先を祀る 特別編の百篇へ 儒の流れは『論語』、孟子、荀子、唐宋の文章へ広がり、配分も最も多くなっています。道の流れは『老子』『荘子』のほか、陶淵明や蘇軾の賦を読む手がかりです。仏典そのものが収められていなくても、仏教の見方は詩文へ入り込んでいます。 すべてを三教へ分類して終わりにしません。特別編97篇の韓非子は法家、98篇の墨子は墨家です。96篇の孟子と韓非子では、人の心をどう見るか、家と国の関係をどう考えるかについて、違う答えが並びます。 練習 「人と人の関係を重んじる」のはどの教えですか。空欄に 儒家 ・ 道家 ・ 佛教 のどれかを入れ、全文を中国語で書いてください。 __重视 ・ 人际关系 の順につなぎます。 道家が人と自然の関係を考えることを、短い中国語の一文で書いてください。 仏教が生と死を考えることを、短い中国語の一文で書いてください。 思想としての道家と宗教としての道教を区別して、短い中国語の二文で書いてください。 寺と道観がどの教えに関わる場所か、短い中国語の二文で書いてください。 孔子廟、関帝廟、祠堂について、それぞれ何を祀る場所か中国語で一文ずつ書いてください。 実文の空欄を埋めて全文を書きます。 佛教起源于_。 世界 ・ 现在 ・ 平等 ・ 因果 から二つ選び、一文ずつ書いてください。宗教の話でなくても構いません。 仁 ・ 无为 ・ 因果 ・ 孝 ・ 自然 ・ 烦恼 を、この課で結び付けた三つの流れに分けてください。 蘇軾を例に、同じ人が儒と道の見方を使うことを説明し、三教に収まらない流れも一つ挙げてください。 戻り語 信仰を表明する必要はありません。見た場所や自分の関心として書けます。 山や建物の様子、気持ち、読むことについて、語ごとに短い一文を書いてください。 宁静 ・ 冷静 ・ 放松 。 山や建物の様子、気持ち、読むことについて、語ごとに短い一文を書いてください。 舒适 ・ 感兴趣 ・ 树林 。 山や建物の様子、気持ち、読むことについて、語ごとに短い一文を書いてください。 植物 ・ 松树 ・ 鲜花 。 山や建物の様子、気持ち、読むことについて、語ごとに短い一文を書いてください。 窗子 ・ 导游 ・ 独自 。 山や建物の様子、気持ち、読むことについて、語ごとに短い一文を書いてください。 步行 ・ 拍照 ・ 诗人 。 音読 語表の中国語を▶で聞いてから読みます。三つの教え、中心になる語、建物の名の順にまとめて読み、同じ名前の繰り返しだけにならないよう、意味も思い出します。 この課のまとめ 人と人、人と自然、生と死という三つの問いを、作品へ入る見取り図にします。同じ教えの内部にも対立があり、同じ人が複数の見方を使うこともあります。建物や語の名を分け、作品を一つの分類だけへ押し込めないように読みます。 次の課へ 次の10.32は「詩の千年 — 詩経から唐詩宋詞まで」です。四言から長短句への形の変化と、絶句、律詩、韻、対句を読む道具を見ます。 答え 儒家重视人际关系。 道家思考人与自然的关系。 佛教思考生与死。 道家是一种思想。 道教是一种宗教。 寺是佛教的场所。 道观是道教的场所。 孔庙祭祀孔子。 关帝庙祭祀关羽。 祠祭祀祖先。 佛教起源于印度。 [1] 我现在学习中文。 人人都是平等的。 それぞれの語が、その文で何を述べるかも考えます。 儒は 仁 ・ 孝 、道は 无为 ・ 自然 、仏は 因果 ・ 烦恼 です。この課での入口の分類で、他の教えが一切その語を使わないという意味ではありません。 官僚として社会に関わる面と、左遷先で変化や自然を考える『赤壁賦』の面を、同じ書き手の中に読めます。三教に収まらない流れには、韓非子の法家や墨子の墨家があります。 山里的道观很宁静。 我在寺里很冷静。 我在山里很放松。 这里很舒适。 我对三教感兴趣。 寺外有一片树林。 我喜欢山里的植物。 寺外有松树。 我看见了鲜花。 窗子外面是山。 导游介绍这座寺。 我喜欢独自思考。 我步行到寺里。 我想在山下拍照。 我喜欢这位诗人的文章。 参考文献 Tatoeba 文 #2771100( 佛教起源于印度。 )。簡体字に改めた。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/2771100 Tatoeba 文 #1862318( 我想周游世界。 )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/1862318 Tatoeba 文 #459759( 我现在很忙。 )。簡体字に改めた。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https://tatoeba.org/en/sentences/show/459759