6.20 魯迅『死火』 — Epoché
この篇でできるようになること 夢の描写から会話へ切り替わるところを見つけ、話者を追えます。 炎に示される二つの終わりを、本文の言葉で説明できます。 書き言葉の否定や副詞の位置を確かめ、短い文を作れます。 前提 :6.19「朱自清『春』」。本文の文書を開き、まず夢の中で起きたこととして読み進めます。何か一つの意味を象徴すると、初めから決める必要はありません。 氷の谷で炎に出会う 魯迅『死火』は『野草』に収められた篇です。 我梦见自己在冰山间奔驰。 と夢の場面から始まり、谷に落ちた「私」が、凍った炎を拾います。炎は温められて目覚め、二人が話し始めます。 氷、火、谷、ポケット、車輪という見慣れたものが、現実には起こらない関係で組み合わされます。分からない語は語釈で確かめながら読みます。比喩か出来事かを急いで一つに決めず、何がどう動くかを追います。 前半の長い描写と、後半の短いやりとりの違いにも注目します。会話になってからは、問いへの返しと「彼は言った」などの地の文を見ます。それが、話している者を確かめる手がかりです。 語釈 語 品詞 本文での意味 手がかり 梦见 動詞 夢に見る 夢の出来事の導入 奔驰 動詞 駆ける 速く走る 弥漫 動詞 一面に広がる 空を覆う雲 鱼鳞 名詞 魚のうろこ 雲のたとえ 山麓 名詞 山のふもと 山の下部 松杉 名詞 松や杉 氷の木のたとえ 坠 動詞 落ちる 谷へ落ちる 冰谷 名詞 氷の谷 夢の場所 无不 副詞 〜でないものはない 二つの否定で全体を肯定する 纠结 動詞 からみ合う 赤い影の状態 珊瑚 名詞 さんご 凍った炎のたとえ 俯看 動詞 見下ろす 目を下へ向ける 火焰 名詞 炎 燃える火 毫不 副詞 少しも〜ない 全面的な否定 冰结 動詞 凍りつく 氷の状態になる 凝固 動詞 固まる けむりが止まった様子 火宅 名詞 燃える家 火が出てきたように見える場所 枯焦 形容詞 焼け枯れる 焦げた様子 洪炉 名詞 大きな炉 烈しい炎を出す 烈焰 名詞 烈しい炎 勢いの強い火 息息 副詞 刻々と 絶えず変わる 变幻 動詞 変幻する 姿を変える 永无 副詞句 永久に〜ない 形が定まらない 凝视 動詞 じっと見る 目をこらす 迹象 名詞 跡・徴候 残るもの 焦灼 動詞・形容詞 焼けつく 冷気が指へ与える感覚 熬 動詞 耐える 苦痛をこらえる 塞入 動詞 押し込む ポケットへ入れる 衣袋 名詞 ポケット 衣服の袋 登时 副詞 たちまち すぐに 思索 動詞 考えをめぐらせる 方法を探す 一缕 数量句 ひとすじ 細いけむりを数える 包围 動詞 囲む 炎が取り囲む 烧穿 動詞 焼き破る 燃えて穴を開ける 衣裳 名詞 着物・衣服 身に着けた物 惊醒 動詞 驚いて目覚める・目覚めさせる 温かさで炎が目覚める 遗弃 動詞 捨て去る 置き去りにする 答非所问 動詞句 問われたことと違うことを答える 名への返答になっていない 早已 副詞 とうに すでに以前に 灭亡 動詞 滅びる 消え去る 消尽 動詞 すっかり消える 残りがない 携带 動詞 連れていく・携える 炎を谷の外へ 惋惜 動詞 惜しむ 燃え尽きるのを惜しむ 冻灭 動詞 凍えて消える 炎の一方の終わり 反而 副詞 かえって 問いを返す 跃起 動詞 跳び上がる 急に飛び立つ 彗星 名詞 ほうき星 炎の動く姿 驰 動詞 走る 車が速く来る 终于 副詞 ついに 最後の結果 碾死 動詞 轢き殺す・轢かれて死ぬ 車輪の下で死ぬ 来得及 動詞句 間に合う その前に見られる 得意 形容詞 得意げだ 最後の笑い方 遇不着 動詞句 出会えない 可能補語の否定 再也 副詞 二度と(〜ない) 否定と組む 上下 名詞 上と下 上下四旁 で上下と周り 一定 形容詞 決まった 一定的迹象 で決まった跡 得到 動詞 手に入れる 炎を見つけて得る 线 名詞 線・糸 铁线蛇 (細い蛇の名)の一部 仍 副詞 やはり・もとのまま 仍在这里 で、ここに残る 対訳 氷の山 私は夢に見た。氷の山の間を自分が駆けている。 凍った空と林 高く大きな氷の山だった。上は凍った空に接し、空には凍った雲が一面に広がって、ひとひらずつ魚のうろこのようだった。山のふもとには氷の林があり、枝も葉も松や杉のようだ。すべてが氷のように冷たく、青白かった。 谷へ だが私は突然、氷の谷へ落ちた。 赤い影 上も下もまわりも、冷たく青白くないものはなかった。その青白い氷のすべてに、数えきれない赤い影が、さんごの網のようにからみ合っていた。足もとを見下ろすと、炎があった。 死んだ火 それは死んだ火だった。燃えさかる形なのに、少しも動かず、全体が凍りつき、さんごの枝のようだった。先にはまだ固まった黒いけむりがあり、燃える家から出てきたばかりで焼け枯れたのかと思わせた。それが氷の四壁へ映り、互いに映し返して無数の影となり、谷を紅さんごの色にしていた。 笑い はは。 幼いころの願い 幼いころから、快速艇がはね上げる波や、大きな炉から噴き出す烈しい炎を見るのが好きだった。見るだけでなく、はっきり見きわめたかった。だが残念なことに、それらは刻々と姿を変え、決まった形を持たなかった。じっと見つめても、これという跡は残らなかった。 得られたもの 死んだ炎よ、今、まずおまえを手に入れた。 拾い上げる 私は死んだ炎を拾い、詳しく見ようとした。その冷気はもう指を焼きつけたが、こらえてポケットへ押し込んだ。氷の谷はたちまちすっかり青白くなった。私は谷を出る方法を考えめぐらせていた。 目覚める炎 体からひとすじの黒いけむりが出て、細い鉄線の蛇のように上がった。谷の四方にはまた赤い炎が流れ動き、大きな火のかたまりとなって私を囲んだ。見下ろすと、死んだ炎はもう燃え、衣服を焼き破って氷の地面へ流れ出ていた。 炎の第一声 「ああ、友よ。おまえのぬくもりが、私を目覚めさせてくれた。」と彼は言った。 名を尋ねる 私は急いで声をかけ、名を尋ねた。 谷での来歴 「私はもともと、人に捨てられてこの氷の谷にいたのだ。」彼は問われたことと違うことを答えた。「私を捨てた者はとうに滅び、消え尽くした。私も凍えて死にそうだった。おまえが温め、もう一度燃え上がらせてくれなければ、まもなく滅びるところだった。」 私の申し出 「おまえが目覚めてくれてうれしい。私は今、氷の谷を出る方法を考えている。おまえを連れていき、永遠に凍らず、永遠に燃えていられるようにしたい。」 外へ出れば 「ああ、ああ。それでは私は燃え尽きてしまう。」 私の別案 「おまえが燃え尽きるのは惜しい。では、おまえを残して、ここに置いておこう。」 谷に残れば 「ああ、ああ。それでは私は凍えて消えてしまう。」 困った問い 「では、どうすればよいのだ。」 問い返す炎 「では、おまえ自身はどうするのだ。」と、彼はかえって尋ねた。 私の答え 「さっき言った。私はこの氷の谷を出たいのだ……。」 炎の選択 「それなら、いっそ燃え尽きたほうがましだ。」 谷の外 彼は突然跳び上がり、赤いほうき星のように、私もろとも谷の出口の外へ出た。大石を積んだ車が急に走ってきて、私はついに車輪の下で轢かれて死んだ。だが、その車が谷へ落ちていくのを見るには間に合った。 最後の笑い 「はは。おまえたちはもう二度と死んだ炎には出会えまい。」私は得意げに笑って言った。まるで、それを望んでいたかのように。 日付 一九二五年四月二十三日。 否定を二つ数える 上下四旁无不冰冷,青白。 は、上も下もまわりも冷たく青白いという意味です。 无不 は、そうでないものはないという二重否定です。一つの否定として読むと、意味が逆になります。 毫不摇动 は少しも揺れ動かない、 永无定形 は永久に決まった形がないというまとまりです。 毫不・永无 を見たら、何が否定されているかを後ろから読みます。 早已 や 终于 も動詞などの前にあります。時や結果をどう捉えるかを添えています。 无不 を「ない」だけで済ませないようにします。「冷たくないものがない」と否定を二つ読んでから、すべて冷たいという意味に戻します。 夢を組み立てる型 我原先被人遗弃在冰谷中 は、「私はもともと人に氷の谷へ捨てられた」という受け身です。捨てられた側が先にあり、誰に何をされたかが続きます。 将他塞入衣袋中间 の 将 は、ここでは書き言葉の 把 に当たります。対象を先に出し、ポケットへ押し込む動作を述べます。 可能補語は、動詞と結果の間に 得/不 を入れ、結果に届くか届かないかを示す型です。 遇不着 は出会えないという否定です。この 着 は zháo と読み、状態が続く 思索着 の zhe とは違います。 烧穿了我的衣裳 では、焼いて衣服を破ったという結果まで述べます。 使你永不冰结,永得燃烧 は、相手が凍らず燃え続けられるようにするという形です。動かす側と、その結果としてある状態になる側を分けて読みましょう。 二つの終わりと、話者の交代 谷を出る案には 我将烧完 、谷に残る案には 我将冻灭了 と炎が答えます。どちらの案でも消えるので、炎をいつまでも生かす選択肢はありません。そのうえで、炎は 那我就不如烧完! と外へ出る方を選びます。 後半は、私の提案に炎が答え、今度は炎が私へ問い返すやりとりです。かぎかっこが続いていても、前の発言に対して何を答えたかを追えば、話者が分かります。炎が自分のことを言うときの「私」と、地の文の「私」を混ぜないようにしましょう。 最後に車輪に轢かれるのは、炎を助けた「私」です。炎は谷の外へ出て、「私」は得意げに笑います。単純に助かって終わる話ではありません。選ぶことと、その先の死や笑いが残ります。それらをすっきりまとめる結論は示されません。 練習 炎が谷を出る場合と残る場合の終わりを、本文の中国語を引いて日本語で説明してください。 那么,怎么办呢? と 但你自己,又怎么办呢? は、それぞれ誰の言葉ですか。地の文も手がかりにしてください。 上下四旁__冰冷,青白。 を、二重否定で完成させてください。 但__摇动 に、少しも〜ないという語を入れてください。 使你_不冰结,永得燃烧 の空欄を埋めてください。 可惜他们都息息变幻,__定形。 を本文に合わせて完成させてください。 身近な物を選び、 被 の文と 把 の文を、中国語で一つずつ作ってください。された側と、する側のどちらから述べるかを先に決めます。 你们是再也遇不着死火了! を手がかりに、もうできないことを、可能補語の否定で中国語の二文にしてください。 命运・经历・文章・意义 から二語以上使い、この篇の「私」や炎について、中国語で二文書いてください。 将他塞入衣袋中间 の 将 を、話し言葉の対応する字に替えて書いてください。 最後に死ぬ人物と、その態度を日本語で説明してください。 戻り語を本文で拾う 本文に出る語を使い、夢の中の動きを短く中国語で書きます。本文から引いても構いません。 欢喜 を含む箇所を本文から探し、私が炎の目覚めをうれしいと伝える部分を中国語で書いてください。 方法・燃烧 を含む箇所を本文から探し、私が炎を連れ出したいという願いを中国語で書いてください。 愿意 を含む箇所を本文から探し、最後の私が望んだかのように描かれる部分を中国語で書いてください。 音読 唉,朋友! からの会話を、私と炎に分かれて読みます。 唉・唉唉 は嘆く息のように置き、説明を読む声と会話の短い返しを切り替えます。 この篇のまとめ 夢として読んでから、描写と会話の切り替わりを確かめます。二つの否定や副詞の位置を読むと、凍る・動く・燃える関係が追えます。炎の二つの終わりと、最後に笑う私を、簡単な教訓にまとめず考えます。 次の篇へ 次の6.21では、同じ『野草』の『好的故事』を読みます。夢に見える水面の景色が、ほどけては戻ります。その動きを追う篇です。 答え 我将烧完 は燃え尽きること、 我将冻灭了 は凍えて消えることです。外へ出ても、谷に残っても、消えずに生き続ける案にはなりません。 初めは「私」、後は炎です。後の問いの後ろに、彼がかえって尋ねたという地の文があります。 无不 。本文は 上下四旁无不冰冷,青白。 です(魯迅『死火』)。 毫不 。本文は 但毫不摇动 です(魯迅『死火』)。 永 。本文は 使你永不冰结,永得燃烧 です(魯迅『死火』)。 永无 。本文は 可惜他们都息息变幻,永无定形。 です(魯迅『死火』)。 言い換え・作文の例: 我的伞被风吹走了。 / 我把书放进书包里。 言い換え・作文の例: 我再也找不着那本书了。 / 我再也看不见他了。 言い換え・作文の例: 火的命运让我难过。 / “我”经历了奇怪的事。 書き換えの答え: 把他塞入衣袋中间 です。 「私」が車輪に轢かれて死に、得意げに笑っています。 你的醒来,使我欢喜。 目覚めてくれたことをうれしいと述べています。 我正在想着走出冰谷的方法;我愿意携带你去,使你永不冰结,永得燃烧。 仿佛就愿意这样似的。 最後の態度を述べた部分です。 参考文献 魯迅『死火』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。繁体字を簡体字に改めた。出所:https://zh.wikisource.org/wiki/死火