10.34 京劇と語り物 — Epoché
この課でできるようになること 京劇の生まれ方を、時期と土地に結び付けて説明できます。 役柄と技を分け、顔の色が表す人柄を中国語で言えます。 地方の芝居と土地の言葉を結び付けられます。 舞台から出た言い回しを、短いやりとりに使えます。 前提 :10.33「四大名著」。本の前にあった語りを、舞台と話芸へつなぎます。 京劇は、都で混ざって育った 中国語の 京剧 は、十八世紀の終わりごろから育った、比較的新しい芸能です。古い中国の芸能を代表していても、同じ形が二千年続いてきたわけではありません。 きっかけは1790年のことです。乾隆帝の誕生祝いに、安徽の劇団が北京へ呼ばれました。そこへ湖北の芸も混ざり、都で新しい芝居が育ちました。地方の芸が人とともに移り、別の芸と出会ったことが出発点です。 日本の歌舞伎が京・大坂・江戸の都市で育ったこととも、都市の娯楽という面で比べられます。二つの芸の年代や技法が全部同じという意味ではありません。どのような場所で観客を得たかを見る比較です。 役柄と技は、別の四つ 行当 は役柄の分類です。誰を演じる役かを示します。まず四つを見て、その後に、演じる技の四つを分けて覚えます。 役柄 この課での意味 見分ける手がかり 生 男役 年齢や性格によってさらに分かれる 旦 女役 かつては男性が演じた。 旦角 とも言う 净 隈取りの豪傑など 大きく顔を描き、強い性格を表す。 花脸 とも言う 丑 道化 鼻の周りを白く塗る。 丑角 とも言う 生には、 老生 ・ 小生 ・ 武生 のような分かれ方があります。役の種類を見たうえで、年齢や動きにも注意します。女役は、舞台の人物についての分類です。その呼び名は、演者が女性か男性かとは別です。 技 何をするか 聞く・見る所 唱 歌う 歌の節と声 念 せりふを言う 言葉の調子 做 しぐさをする 体の動き 打 立ち回りをする 武技と動作の形 四つの役柄に、四つの技が一対一で付くわけではありません。役者が身につける歌・せりふ・しぐさ・立ち回りと、演じる人物の種類は、別々の表として見ます。 中国語の文では 京剧 ・ 净 と書きます。日本語で使う「京劇」「浄」をそのまま入れず、役柄の字を確かめましょう。 隈取りの色から、人柄へ 脸谱 は顔の隈取りです。ここでは代表的な色と人物を組にします。赤は忠義や勇気、黒は実直さや公正さ、白はずるがしこさや疑い深さを表します。 色 表す人柄 代表の人物 红 忠義・勇気 关羽 黑 実直・公正 包拯 白 ずるがしこさ・疑い深さ 曹操 黄 荒々しさ 強い気性の役 金 ・ 银 神や仙人 人間とは違う存在 色を知ると、せりふの全てが分からなくても、人物を見る手がかりになります。前の課の関羽や曹操が、舞台ではどのように表されるかを結び付けます。 この色の意味は、日常の役割にも広がりました。 唱红脸 はいい人役をし、 唱白脸 は憎まれ役をすることです。交渉などで二人が違う役を担うときにも使います。 白を「善い人」と連想すると、役割が逆になります。赤と関羽、白と曹操を組にします。日常の言い回しでも、赤がいい人役、白が憎まれ役です。 少ない道具で、遠くへ行く 机一つと椅子二つという舞台でも、物語は進みます。馬そのものを置かず、鞭と歩き方で馬に乗る姿を表します。櫂を持って揺れれば、船に乗る場面になります。門を置かずに、開ける動作だけをすることもあります。 舞台を一周する動きが、千里の旅を表すこともあります。実際の距離を舞台の床に縮めて再現するというより、決まった動きで時間や場所を伝えるのです。 観客は、道具の数だけでなく、体の動きから場面を読み取ります。型が分かると、その中での細かな違いや技の巧みさにも目が向きます。写実を目指さないことは、動きが大ざっぱでよいという意味ではありません。 土地の言葉と、地方の芝居 中国の伝統的な芝居は 戏曲 と呼ばれ、京劇もその一つです。土地の言葉で演じる芸を見渡すと、芸の広がりが方言の地図と重なって見えてきます。名前の一字が土地を示す場合もあります。川劇の仮面を変える技は 变脸 と言います。 芝居 土地や成り立ち 特徴 昆曲 明のころに完成した古い芸 ゆるやかな調子と文学性。京劇の母胎の一つ 越剧 浙江 女性中心の上演で知られ、恋の話が多い 豫剧 河南 力強い歌い方 川剧 四川 仮面を瞬時に変える変臉 粤剧 広東 広東語で演じ、華僑を通じても広がる 南の土地の言葉が細かく分かれることは、 知編 3課 で見ました。芝居を全て北京の言葉で聞くつもりでいると、地域の違いを見失います。どこの芝居で、どの言葉を使うかを組にして見ます。そうすると、名前だけの一覧から一歩進めます。 海を渡った梅蘭芳 梅兰芳 は、男性で女役の旦を演じた名手です。清の時代には、女性が舞台に立つことを長く制限されていました。そうした背景の中で、男性の女役の技が磨かれました。その型は、制約がなくなった後にも芸として伝わりました。 梅蘭芳は日本やアメリカでも公演し、1935年にはソ連へ行きました。モスクワでその演技を見たドイツの劇作家が、ブレヒトです。ブレヒトは、役者が「これは演技である」と観客に見せながら演じている、と受け取りました。 これが、観客を物語に没入させず距離を保たせる「異化効果」の着想につながったと言われます。ただし、その受け取り方は京劇の読み違えだという指摘もあります。前の節で見た、写実を目指さない演技を、役者が役になりきっていないことと同じにしてよいか、という問題です。 他の文化から何を受け取ったかと、その文化がもともと何をしていたかは分けて考えます。ここでも、二つの留保を両方残して説明します。「生まれたと言われる」と、「読み違えという指摘もある」という留保です。 話芸と、舞台から出た言葉 相声 は、言葉遊びや物真似を使う話芸で、日本の漫才に似ています。二人で役割を分ける形のほか、一人で演じる形もあります。 评书 は、一人で長い物語を語る芸です。『三国志演義』や『水滸伝』を回に分けて語ります。その点で、 知編 33課 の本の生まれ方とつながります。 舞台から出た言葉 もとの場面 日常での意味 唱红脸 ・ 唱白脸 赤と白の顔の役 いい人役・憎まれ役をする 跑龙套 旗持ちの兵など、大勢で出る端役を演じる 端役や脇役として動く 粉墨登场 化粧して舞台に上がる 皮肉を込めて表舞台に登場すると言う 压轴 本来は最後から二番目の演目 目玉・大トリ 科班出身 専門の養成を受ける 正式な訓練を受けた出身 日本語の「十八番」「黒幕」「大詰め」も、芝居の言葉が日常へ入った例です。字の意味を一つずつ足すだけでなく、もとの舞台の場面と、日常での今の使い方を結び付けると覚えられます。 語表 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 京剧 名詞 京劇 劇の簡体字は剧 看京剧 京劇を見る 脸谱 名詞 隈取り 顔の模様を読む 画脸谱 隈取りを描く 行当 名詞 役柄の分類 ここでは舞台の役の種類 四种行当 四種類の役柄 老生 名詞 年配の男役( 生 の一つ) 役柄としての呼び名 演老生 年配の男役を演じる 旦角 名詞 女役( 旦 ) 演者の性別とは別 唱旦角 女役を演じる 花脸 名詞 大きく隈取りをする役( 净 ) 日本の浄とは字体が違う 演花脸 隈取りの役を演じる 丑角 名詞 道化役( 丑 ) 役柄としての呼び名 演丑角 道化を演じる 唱 動詞 歌う 演技の技の一つ 唱一段 ひとくだり歌う 念 動詞 せりふを言う 舞台のせりふの技 念台词 せりふを言う 做 動詞 しぐさをする ここでは演技の動作 做动作 動作をする 打 動詞 立ち回りをする ここでは武技 打得好 立ち回りがうまい 昆曲 名詞 崑曲 明に完成した古い芸 听昆曲 崑曲を聞く 越剧 名詞 越劇 浙江に関わる芝居 看越剧 越劇を見る 豫剧 名詞 豫劇 河南に関わる芝居 听豫剧 豫劇を聞く 川剧 名詞 川劇 四川に関わる芝居 看川剧 川劇を見る 粤剧 名詞 広東の芝居 広東語の芝居 听粤剧 広東の芝居を聞く 变脸 名詞・動詞 仮面を瞬時に変える技 川劇で知られる 看变脸 変臉を見る 相声 名詞 言葉遊びなどの話芸 漫才に似た芸 听相声 相声を聞く 评书 名詞 一人で物語を語る芸 長い話を回に分ける 听评书 評書を聞く 唱红脸 動詞句 いい人の役をする 交渉の役割にも使う 我唱红脸 私がいい人役をする 唱白脸 動詞句 憎まれ役をする 白がいい人役ではない 他唱白脸 彼が憎まれ役をする 跑龙套 動詞句 端役として動く 大勢で出る端役から日常へ 他跑龙套 彼が端役をする 压轴 名詞・動詞 目玉・大トリ 本来は最後から二番目 压轴节目 目玉の演目 戏曲 名詞 伝統的な芝居 京劇はその一つ 看戏曲 芝居を見る 練習 芸の名前を音読する 京剧 ・ 脸谱 ・ 行当 ・ 生 ・ 旦 ・ 净 ・ 丑 ・ 昆曲 ・ 相声 ・ 评书 ・ 唱红脸 ・ 唱白脸 ・ 跑龙套 を、▶で手本を聞いてから一つずつ言ってください。 役と色から文を作る 男役・女役・隈取りの役・道化の順に、四つの役柄を中国語で書いてください。 関羽の顔は赤、曹操の顔は白と、中国語で二文書いてください。 赤は忠義、黒は公正、白はずるがしこさを表す、ということを中国語で三文書いてください。 歌う・せりふ・しぐさ・立ち回りの四つを、中国語で順に書いてください。 交渉前の二人のやりとりを書いてください。一人がいい人役、もう一人が憎まれ役を引き受ける内容で、 唱红脸 ・ 唱白脸 を使います。 跑龙套 か 压轴 を使い、職場や催しでの役回りを言う短い文を中国語で一つ書いてください。 台上 ・ 眼里 を使い、舞台にある物と、観客から見た様子を、中国語の二文で書いてください。 崑曲・越劇・川劇・ 粤剧 を、明に完成した古い芸・女性中心の上演・変臉・広東語と結び付けてください。 地方の芝居の分かれ方が、方言の地図と重なって見えるのはなぜか、 粤剧 を例にして日本語で説明してください。 1935年のモスクワで梅蘭芳を見た劇作家と、着想につながったと言われる考え方を説明してください。読み違えという指摘も含めます。 机や椅子だけの舞台で、馬・船・長い旅をどう表すか、日本語で説明してください。 見る人、聞く人を書く 前の課の語 台上 ・ 兴奋 ・ 阿姨 を一語ずつ使い、観劇や話芸を聞く場面を中国語で三文書いてください。 前の課の語 眼里 ・ 激动 ・ 孙女 を一語ずつ使い、観劇や話芸を聞く場面を中国語で三文書いてください。 前の課の語 耳机 ・ 专心 ・ 女士 を一語ずつ使い、観劇や話芸を聞く場面を中国語で三文書いてください。 前の課の語 充电 ・ 喜爱 ・ 巴士 を一語ずつ使い、観劇や話芸を聞く場面を中国語で三文書いてください。 前の課の語 箱子 ・ 感兴趣 ・ 准时 を一語ずつ使い、観劇や話芸を聞く場面を中国語で三文書いてください。 この課のまとめ 京劇は、十八世紀末から地方の芸が都で混ざって育ちました。 役柄の四つと、演じる技の四つを分けます。 顔の色や決まった動きから、人物と場面を読みます。 地方の言葉と芝居を結び付け、舞台の語の日常での意味も覚えます。 次の課へ 次の10.35「書・画・印」では、文人の芸を見ます。文字・絵・詩・印が一枚に重なる仕組みと、文房四宝を学びます。 答え 生、旦、净、丑。 关羽的脸是红色的。 曹操的脸是白色的。 红色表示忠义。 黑色表示公正。 白色表示狡猾。 唱、念、做、打。 我来唱红脸。 好,我来唱白脸。 我在公司只是跑龙套的。 (会社では端役にすぎません。) 台上只有一张桌子。 在我眼里,台上的演员很美。 崑曲は明に完成した古い芸、越劇は女性中心の上演、川劇は変臉、 粤剧 は広東語です。 地方の芝居は、その土地の言葉で歌い、せりふを言うからです。たとえば 粤剧 は広東語で演じられます。そのため、芝居の広がりが方言の広がりと重なって見えます。 ブレヒトです。演技を演技と見せ、観客が物語から距離を保つ「異化効果」の着想につながったと言われます。ただし、写実を目指さない京劇を、役になりきっていないと受け取った読み違えだという指摘もあります。 鞭と歩き方で馬、櫂と揺れる動きで船を表します。舞台を一周する動きが千里の旅を表すこともあり、写実的な道具や距離の再現を目指していません。 台上有两把椅子。 我看京剧时很兴奋。 我阿姨喜欢京剧。 在我眼里,他演得最好。 我听评书时很激动。 她孙女喜欢相声。 我用耳机听相声。 我专心听评书。 这位女士爱看越剧。 我看戏前给手机充电。 我喜爱京剧。 我坐巴士去看戏。 箱子里有演出的衣服。 我对川剧感兴趣。 我准时到剧场。 参考文献 この課に引用はありません。