3.3 属格と与格の用法 — 「の」と「に」の中身 — Epoché
この課でできるようになること 属格の 5 用法・与格の 4 用法を日本語との対応で言える。 所有の与格( tibi nōmen est )を「君には名がある」と読める。 属格が修飾する名詞を、位置ではなく格で見つけられる。 前提 : 3.2 まで。 奪格が「で・から・より」に割れたのに比べると、属格(の)と与格(に)は日本語に近い格です。ただしどちらにも、日本語話者が最初に「あれ?」と思う用法が一つずつあります。属格では 目的語的属格 ( metus mortis =死 への 恐れ)、与格では 所有の与格 ( tibi nōmen est =君 には 名がある)。この二つを中心に見ます。 属格 — 5 つの「の」 用法 日本語なら 例語 所有・所属 〜の(持ち主) umbra virtūtis 徳の影 / nōmen eius 彼の名 部分 〜のうちの pars hominum 人々の一部 / nihil bonī 良いもののうちの無=何も良いものが無い 性質 〜の(性質の) vir magnae virtūtis 大きな徳の人 目的語的 〜への・〜に対する metus mortis 死への恐れ / amor patriae 祖国への愛 主語的 〜が〜すること adventus Caesaris カエサルの到着(カエサルが到着すること) ★ 目的語的属格 は日本語話者が読み違えやすいところです。 amor patriae は「祖国が持つ愛」ではなく「祖国 への 愛」。属格の名詞が、もとの動詞(愛する・恐れる)の目的語にあたるときにこう読みます。日本語の「死の恐怖」も同じ曖昧さを持っているので、文脈で決める感覚は使えます。属格は名詞の 後ろにも前にも 来ます( virtūtis umbra も可)。結ぶのは位置でなく格。 与格 — 4 つの「に」 用法 日本語なら 例語 相手 (間接目的語) 〜に(与える・言う・信じる) mihi verba dat 私に言葉を与える / Da huic locum この人に席を与えよ 利害 〜のために・〜にとって nōn tibi hoc これは君にとって(起こら)ない 所有 (+ sum ) 〜には〜がある tibi nōmen est 君には名がある / Dominus nōmen illī 主が彼の名 与格をとる動詞 〜を(日本語では「を」) crēdō tibi 君を信じる / placet mihi 私は気に入る ★ 所有の与格 : 「持つ」を habeō で言うほかに、 est +与格で「〜には〜がある」と言えます。 Quod tibi nōmen est? =「君には何の名があるか」=「君の名は何か」。日本語の「私には兄がいる」と同じ構造なので、日本語話者にはむしろ自然。ロシア語課程の「ウ・ミニャー・イェスチ(私のところに〜がある)」と同じ発想です。 ★ 与格をとる動詞 : crēdō (信じる)・ placeō (気に入る)・ pāreō (従う)・ noceō (害する)は相手を与格に取ります。日本語では「君 を 信じる」なので「を」=対格と思いがちですが、ラテン語では「君 に 信を置く」の発想。辞書に「+与格」と書いてあるので、語表で覚えます。 実文で属格・与格を読む 原文 日本語訳 見るところ Quis est iste rex gloriæ? [1] この栄光の王とは誰か。 rēx glōriae 属格(所有・性質) Gloria umbra virtutis est; [2] 栄光は徳の影である。 umbra virtūtis 属格が後ろ Dominus virtutum nobiscum; [3] 万軍の主は私たちと共に。 Dominus virtūtum 属格複数。 nōbīscum Quod tibi nomen est? [4] 君の名は何か。 tibi 所有の与格 Dominus nomen illi; [5] 主が彼の名。 illī 所有の与格。 est は省略 Da huic locum: [6] この人に席を譲れ。 huic 相手の与格( hic の与格) mihi verba non dat. [7] 彼は私に言葉をくれない。 mihi 相手の与格 dedi de tuo tibi. [8] 私は君のものから君に与えた。 dē tuō (君のものから)・ tibi (君に) 背景 — 属格が後ろに来る理由と、与格が「持つ」を言える理由 日本語では修飾語は必ず被修飾語の前ですが、ラテン語の属格は 後ろに来るほうがやや多い 。実測では池の属格の 6 割が名詞の後ろ、4 割が前でした。後ろが基本で、前に出すと強調( virtūtis umbra 「 徳の 影」)——語順の自由がここにも働いています。ロマンス語はこの「後ろ」を固定して ombra della virt ù (伊)となり、英語は of を使う形で同じ順( shadow of virtue )。ゲルマン語起源の 's だけが前に置く。日本語話者は「後ろの属格を前に回す」を返り読みの基本動作として体に入れます。 所有の与格( mihi liber est 私には本がある)は、インド・ヨーロッパ語族の古い言い方です。「持つ」という他動詞は比較的新しく、多くの古い言語は「〜には〜がある」で所有を表しました。ロシア語の u menya yest ' (ウ・ミニャー・イェスチ)、ヘブライ語の yesh li 、そして日本語の「私には〜がある」——みな同じ発想です。ラテン語は habeō を持ちながら、与格の言い方も並行して使い続けた。ウルガタに所有の与格が多いのは、ヘブライ語原文にこの構文しかないからです。第 3 期にセネカを読むと habeō が増え、ウルガタとの文体の差が見えてきます。 与格をとる動詞( crēdō・placeō・pāreō・noceō・serviō・faveō )は、丸暗記するより 意味の共通点 で覚えるほうが早い——「相手に向かう態度」を表す動詞です。信じる・気に入る・従う・害する・仕える・味方する。どれも相手を「変える」のではなく相手「に対して」何かをする。日本語でも「彼に従う」「彼に仕える」「彼に味方する」は「に」で、「信じる」「害する」だけが「を」。ずれるのは 2 語だけです。 日本語ならどう言うか 「の」はほぼ属格ですが、二つ例外。①「金の指輪」のような材料の「の」はラテン語では奪格か形容詞( ānulus aureus )。②「東京の友人」のような場所の「の」は前置詞句か形容詞。「に」も、相手・利害・所有は与格、時点は奪格、方向は対格+ ad (次の課)。日本語の助詞は一つで多くの意味を持ち、ラテン語は格と前置詞で分ける——訳すときは 日本語の助詞から機械的に格を決めない で、意味の関係を見てください。 Quod tibi nōmen est ?(君の名は何か) 語(順に) 意味 読む順 Quod 何の ② tibi 君には ① nōmen 名が ③ est? あるか ④ 所有の与格は「〜には」と訳すと日本語の順に乗ります。直訳「君には何の名があるか」→ こなれた訳「君の名は何か」。訳編(訳編)で直訳と訳文の二段を練習します。 新出語 語(品詞) 意味 注 iste la 指示代名詞( ista , istud ) その、そこの(相手に近い。軽蔑を含むことも) 日本語との差 hic (私の)・ iste (君の)・ ille (あの)の 3 段 Quis est iste rex gloriæ? この栄光の王とは誰か。 cūra la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 心配、世話、注意 日本語との差 英語 cure ・ curious 。 sēcūrus = sine cūrā Scisne cur caelum caeruleum sit? [9] 空がなぜ青いか知ってる? Scisne cur hic sim? [10] 俺がなぜここに居るか分かってる? cōnsilium la 名詞・第 2 変化・中性( -ī ) 計画、助言、会議 日本語との差 英語 counsel 。 cōnsilium capere =計画を立てる auxilium la 名詞・第 2 変化・中性( -ī ) 助け、(複数で)援軍 日本語との差 英語 auxiliary praemium la 名詞・第 2 変化・中性( -ī ) 報酬、褒美 日本語との差 英語 premium officium la 名詞・第 2 変化・中性( -ī ) 務め、義務 日本語との差 キケロ『義務について』 Dē officiīs 。英語 office salūs la 名詞・第 3 変化・女性( salūtis ) 安全、健康、救い、挨拶 日本語との差 手紙の salūtem dīcit (挨拶を送る)。英語 salute Salva sis, Lisa! [11] こんにちは、リサ。 memoria la 名詞・第 1 変化・女性( -ae ) 記憶 日本語との差 memoriā tenēre =記憶に留める(奪格) placeō la 動詞・第 2 活用( placēre , placuī ;+与格) 気に入られる 日本語との差 placet mihi =私は気に入る。英語 please Caffeum mihi non placet. [12] 僕はコーヒーが嫌いだよ。 dolor la 名詞・第 3 変化・男性( dolōris ) 痛み、悲しみ 日本語との差 英語 dolorous ・ condolence 読むときの手順 — 属格・与格を見たら 属格に出会ったら、まず どの名詞に掛かるか を探します。隣の名詞であることが多いが、一つ飛ばした先のこともある。掛かる名詞が見つかったら「の」で結んで、意味が変なら目的語的(〜への)や部分(〜のうちの)を試す。与格に出会ったら、まず 動詞 を見ます。与える・言う・見せる系なら相手(〜に)、 est なら所有(〜には〜がある)、 crēdō・placeō 系なら与格をとる動詞(日本語では「を」)、どれでもなければ利害(〜のために・〜にとって)。属格と与格は第 1 変化単数で同じ形( -ae )、第 2 変化では属格 -ī と与格 -ō で違う——形が同じときは、この手順で意味から決めます。第 1 期の統制作文では、 -ae が属格か与格か迷う文は出さないように書いてあります。 練習 練習 1 — 属格の用法 次の属格の用法(所有・部分・性質・目的語的・主語的)を言ってください。 umbra virtūtis metus mortis pars mīlitum vir magnī animī adventus rēgis 練習 2 — 所有の与格で言う 「私には友がいる」「王には息子がいる」を est +与格で書いてください。 練習 3 — 本文を隠して復唱する 上の 8 文を 3 段で読んでください。 tibi ・ mihi ・ illī ・ huic の与格を耳に。 この課のまとめ 属格 5 用法: 所有・部分・性質・目的語的・主語的。 amor patriae =祖国への愛 (目的語的)。 与格 4 用法: 相手・利害・所有・与格をとる動詞。 tibi nōmen est =君には名がある 。 crēdō ・ placeō ・ pāreō は与格をとる(日本語の「を」に引きずられない)。 属格は名詞の前後どちらにも。結ぶのは位置でなく格。 次の課へ 第 3.4 課は 前置詞 。対格をとるもの( ad ・ per ・ inter )、奪格をとるもの( ab ・ cum ・ dē ・ ex ・ sine )、両方とるもの( in ・ sub ——対格なら方向、奪格なら位置)。 答え 練習 1 : 所有/目的語的(死への)/部分(兵士たちのうちの)/性質(大きな心の)/主語的(王が到着すること)。 練習 2 : Mihi amīcus est. / Rēgī fīlius est. 参考文献 Vulg . Ps . 23:8( Quis est iste rex gloriæ? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Sen . Ep . 9.79.13( Gloria umbra virtutis est; )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Vulg . Ps . 45:8( Dominus virtutum nobiscum; )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Luc . 8:30( Quod tibi nomen est? )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Ps . 67:5( Dominus nomen illi; )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Vulg . Luc . 14:9( Da huic locum: )。 Vulgata Clementina , la . wikisource 。パブリックドメイン Sen . Ep . 3.25.3( mihi verba non dat. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Sen . Ep . 1.8.10( dedi de tuo tibi. )。 Perseus Digital Library ( canonical-latinLit , phi 1017. phi 015)。 CC BY-SA 4.0 Tatoeba 文 #8457714( Scisne cur caelum caeruleum sit? )。Tatoeba Project, CC BY 2.0 FR. https:/