3.41 学術の時制 — 主張は現在・方法は過去・先行研究は現在完了 — Epoché
この課でできるようになること ★ 時制が「どの種類の話か」を示す印 だと分かる。 現在・過去・現在完了 を、役目で選べる。 ★ 一つの段落で時制が切りかわる のを追える。 ★ 先行研究を現在完了で書ける。 前提 : 3.40 まで。第 6 期の型編の 1 課目。 例文で見る 10 文を並べます。行を押すと音が鳴ります。 右の列は、その時制が何をしているか です。 英文 日本語訳 時制と、そのはたらき Water is important for people. [1] 水は人間にとって大切だ。 ★ 現在 。 いつでも成り立つこと Many people are better off than they used to be. [2] 暮らし向きが以前よりよくなっている人が多い。 現在。★ 過去と比べている History is not his major subject. [3] 史学は彼の専攻科目ではない。 現在。★ いまの事実を打ち消す He studied economics at college. [4] 彼は大学で経済を学んだ。 ★ 過去 。 終わったこと This policy resulted in a great rise in prices. [5] この政策は結局物価の高騰を引き起こした。 過去。★ 起きたこと ( 3.39 型編 ) I wasn't there at that time. [6] その時そこにはいなかったよ。 過去。★ いつの話かが決まっている Up to now, I have never met him. [7] 今まで一度も彼に会ったことはない。 ★ 現在完了 。 今までのところ This car has been used for the past ten years. [8] この車は過去10年間使用されてきた。 現在完了 + 受動。★ ずっと使われてきた Many improvements have been made since this century began. [9] 今世紀が始まって以来、多くの進歩があった。 現在完了 + 受動。★ いつからかを言う He has given us useful knowledge. [10] 彼は私たちに有益な知識を示してくれた。 現在完了。★ いまも効いている 骨組み ★時制は、いつの話かだけを言っているのではない ここまでの期で、時制は いつの話か を表すものとして扱ってきました。★ その理解で、日常の英語はほとんど書けます。 ★ 学術の文章では、もう一つの役目が乗ります。 ★ 時制が、「いま読んでいるこの一文は、どの種類の話か」を示す印になっている のです。 どの時制 何を示すか どこで使うか 現在 ★ いま成り立つと主張する 定義・主張・結論・図表の説明 過去 ★ 自分がしたこと・起きたこと 方法・観察・実験・出来事 現在完了 ★ これまでの積み重ねで、いまも効いている 先行研究・これまで分かっていること ★ これが分かると、読む速さが変わります。 ★ 時制を見ただけで、その一文が 著者の主張なのか、著者がしたことなのか、他人がしてきたことなのか が分かる からです。 ★ 逆に言うと、書く側は時制を間違えると誤解されます。 ★ 自分の主張を過去形で書くと、「昔はそう思われていた」と読まれます。 ★現在 — いま成り立つと主張する 定義は現在形で書きます。 Democracy is a form of government ——これは Democracy の定義です [11] 。 ★ なぜ現在形なのか。 ★ いつの話でもないから です。★ 「いま成り立つ」と書き手が言っている のです。 同じ文章の中の Democracy contrasts with forms of government も現在形です。★ 比べることも、いま成り立つ話 だからです( 3.38 型編 )。 ★ 現在形は、打ち消すときにも使います。 No consensus exists on a precise definition —— 合意は無い 、と現在形で書いています。★ 「まだ無い」という状態も、いま成り立つこと です( 9.12 論編 )。 ★過去 — したこと・起きたこと 自分のしたことは過去形で書きます。ダーウィンの序文を見てください。 I was much struck with certain facts [12] —— ビーグル号に乗っていたとき、ある事実に強く打たれた 。 そのあとも it occurred to me, in 1837 と、 年まで書いて います。★ 過去形は、いつのことかが決まっている話に使う のです。 ★ だから、方法を書くところは過去形になります。 ★ 調べた、数えた、比べた——全部、決まった時にしたこと だからです。 ★ 歴史の出来事も過去形 です。 Urbanization rapidly spread across the Western world [13] —— 広がった 、と過去形で書いています。★ いつ広がったかが決まっているから です。 ★現在完了 — これまでの積み重ねで、いまも効いている 先行研究は現在完了で書きます。★ これがこの課でいちばん大事なところ です。 The phenomenon has been closely linked to globalization —— これまで結びつけて論じられてきた 、という形です。★ 誰が結びつけたのかは書いていません ( 3.35 型編 )。★ いつ結びつけたのかも書いていません。 ★ 書いていないのが、この形の役目 です。★ 「これまでの研究の積み重ねがあって、その結果がいまも生きている」——それだけを言う のです。 ダーウィンも使っています。 as it has been called —— そう呼ばれてきた 。★ 誰がいつ呼んだかは問題ではなく、その呼び名がいまも通っている ということです。 ★ もう一つ、自分のことにも使えます。 I have not been hasty in coming to a decision —— 急いで結論を出してきたわけではない 。★ これは、過去のある一点の話ではなく、ここまでの二十年ぜんぶの話 です。 ★三つは、一つの段落の中で切りかわる ダーウィンの序文の最初の段落は、★ 三つの時制が順に出てくる手本 になっています。 どの時制 原文 何を言っているか 過去 I was much struck with certain facts ★ 自分がしたこと 現在完了 as it has been called ★ これまで他人がしてきたこと 現在 My work is now nearly finished ★ いまの状態 ★ 順に注意してください。 ★ したこと(過去)→ これまでの積み重ね(現在完了)→ いまの状態(現在) 。 ★ この順は、論文の序論の順とほとんど同じ です( 9.16 論編 で扱います)。★ 百六十年あまり前の本の序文が、いまの学術論文の形になっている のです。 日本語ならどう言うか 日本語との差を三つ挙げます。 何が 日本語では 英語では いつのことか 時を表す語で示す (去年・これまで) ★ 動詞の形で示す 「〜されてきた」 ★ 一つの言い方で済む ★ 現在完了か過去かを選ばされる 論文の書き出し 「〜については多くの研究がある」 ★ 現在完了で書く ★ いちばん困るのは、真ん中 です。★ 日本語の「〜されてきた」は、一つの言い方で済みます。 ★ 英語では、現在完了か過去かを選ばされます。 ★ 選び方は一つだけ覚えてください。 ★ いつのことか書いてあるなら過去、書いていないなら現在完了 です。 ★ 「千九百八十年代に研究された」なら過去。 ★ 「これまで研究されてきた」なら現在完了。 ★ 年を入れたとたんに、現在完了は使えなくなります。 ★ もう一つ、日本語の論文の書き出しに気をつけてください。 ★ 「〜については多くの研究がある」 ——★ これを現在形の there is で訳すと、英語では落ち着きません。 ★ 現在完了で「これまで多く研究されてきた」と書く のが、英語の形です。 丁寧さの段 ★ 時制には、もう一つの使い道があります。 ★ 過去形にすると、距離ができる のです。 ★ 距離ができると、丁寧になります。 ★ いま頼んでいるのに、過去形で言う ——★ 「さっきから思っていたのですが」という形で入っていく のです。 どの段 どういう形か どこで 近い 現在形で頼む 親しい相手・急ぐとき 中 ★ 過去形にして距離を置く 仕事の同僚 遠い ★ 過去形 + 進行形 はじめての相手 ★ この段は、第 7 期の型編で本格的に扱います。 ★ ここで言っておきたいのは、時制が時間だけのものではない ということです。 ★ 学術の時制も、丁寧さの時制も、根は同じ です。★ 英語は、動詞の形で 「どのくらい自分から離れた話か」 を示します。 ★ 現在形がいちばん近く、過去形は離れ、現在完了はその中間 です。 よくある誤り 三つ挙げます。下の誤文は Epoché の作例です。 自分の主張を過去形で書く。 This study showed that the method works. → This study shows that the method works. の形に。★ 過去形で書くと、「当時はそう見えた」と読まれます。 年を書いたのに現在完了にする。 It has been studied in 1990. → It was studied in 1990. の形に。★ いつかを書いた瞬間に、現在完了は使えません。 先行研究を過去形で並べる。 Many people studied this question. → This question has been studied by many people. の形に。★ 過去形で書くと、「もう終わった研究」に聞こえます。 ★ 三つめが、日本語話者にいちばん多い誤り です。★ 日本語の「〜が研究した」をそのまま過去形にしてしまうから です。 ★ 直し方は二つあります。 ★ 現在完了にするか、受動にして誰がしたかを外すか ( 3.35 型編 )。★ 学術の文章では、両方まとめてやるのがふつう です。 実文で通す 読 E の三篇から、時制を五つ引きました。★ どれも、 いつの話かより、どの種類の話か を示しています。 どの篇から 原文 どの種類の話か 8.124 読編 I was much struck with certain facts [14] ★ 過去 ——自分がしたこと 8.124 読編 I have not been hasty in coming to a decision ★ 現在完了 ——ここまでの二十年 8.124 読編 My work is now nearly finished ★ 現在 ——いまの状態 8.127 読編 The phenomenon has been closely linked to globalization [15] ★ 現在完了 ——先行研究 8.128 読編 No consensus exists on a precise definition [16] ★ 現在 ——いま成り立つこと ★ 上の三つが、一つの段落の中にあります。 ★ ダーウィンは、接続詞を一つも使わずに 話の種類を三度変えて います。 ★ 四つめと五つめを並べてください。 ★ どちらも「誰が」を書いていません。 ★ けれども、四つめは これまでの誰か 、五つめは いまの誰も です。 ★ 時制だけが、その違いを運んでいます。 ★ 五つめのような書き方を覚えておいてください。 ★ 「合意は無い」と現在形で書くのは、 自分の主張 だから です。★ 「合意は無かった」と過去形で書けば、 過去の報告 になります。 ★ 同じ事実でも、どちらの責任で言うかが変わります ( 9.12 論編 )。 動画で見る この課の内容に近い解説動画です。押すと再生されます(再生は YouTube に接続します)。「画面に固定して見る」を押すと、本文を読みながら見られます。 Writing- tenses in academic writing Manchester Metropolitan University (6:47, 2019) 学術の文章の時制。マンチェスター・メトロポリタン大学 練習 「例文で見る」の 10 文を 続けて音読 する。3 周する。3 周目は音声に重ねて シャドーイング する。★ has と have は弱く、うしろの過去分詞を強く。 ★ 「三つは、一つの段落の中で切りかわる」の表を、上から順に声に出す。 ★ 読みながら、どこで話の種類が変わったかを言う。 ★ 10.14 作編 で書いた文章を読み返し、時制に印を付ける。 ★ 自分の主張が過去形になっていないか、先行研究が過去形で並んでいないかを見る。 この課のまとめ ★ 学術の文では、時制が「どの種類の話か」を示す印。 ★いつのことかだけを言っているのではない。 ★ 現在=いま成り立つと主張すること ——定義・主張・結論。★「合意は無い」のような打ち消しも現在形。 ★ 過去=したこと・起きたこと ——方法・観察・歴史。★いつのことかが決まっている話に使う。 ★ 現在完了=これまでの積み重ねで、いまも効いていること ——先行研究。★誰がいつしたかを書かない( 3.35 型編 )。 ★ 選び方は一つ —— いつのことか書いてあるなら過去、書いていないなら現在完了 。★年を入れたとたんに現在完了は使えない。 ★ 三つは一つの段落で切りかわる。 ★ダーウィンの序文は、したこと → 積み重ね → いまの状態、の順( 8.124 読編 )。 ★ 日本語の「〜が研究した」をそのまま過去形にしない。 ★現在完了にするか、受動にして誰がしたかを外す。 ★ 過去形にすると距離ができ、丁寧になる (第 7 期の型編)。★学術の時制も丁寧さの時制も、根は同じ——どのくらい自分から離れた話かを、動詞の形が示す。 ★ 自分の主張を過去形