1.4 長音(あう→おう、いう→ゆう、えう→よう) — Epoché
この課でできるようになること あう を「おう」、 いう を「ゆう」、 えう を「よう」と読める。 きやう ・ せう ・ てう のような拗音を、「きょう」「しょう」「ちょう」と読める。 動詞の語尾の ふ は伸びない( 給ふ はたまう、 会ふ はあう)と分かる。 『枕草子』『徒然草』『小倉百人一首』から引いた六つの実例を、声に出して読み通せる。 前提 : 1.3 まで。 ここまでの三つの課は、仮名を一字ずつ置き換える話でした。この課だけは違います。 二つの仮名が合わさって、一つの伸ばした音になる。 字の数と音の数が合わなくなるので、慣れるまでは戸惑います。ただし、当たる回数は多い。 けふ を「きょう」、 てふ を「ちょう」と読むあの読み替えです。 そして、この課には やってはいけない読み替え があります。前の課で 思ふ を「おもう」と読みました。この「う」を伸ばして「おもー」と読んではいけません。同じ「あう」という並びが、伸びる場合と伸びない場合に分かれる——その線がこの課の山場です。 現代語に残っている形 伸ばす音そのものは、いまの日本語にいくらでもあります。しかも、その多くは この課の読み替えを済ませた後の姿 です。 いまの語 古い書き方 並び おはよう おはやう やう → よう ありがとう ありがたう たう → とう きょう(今日) けふ けう → きょう ちょう(蝶) てふ てう → ちょう おうぎ(扇) あふぎ あう → おう そうろう(候) さうらふ さう → そう 「おはよう」と挨拶するとき、あなたは「お早く」の変化した形を口にしています。書くときには「おはよう」と書き、「おはよー」とは書きません。 「う」という字で伸ばす音を書く という約束は、いまの日本語にそのまま残っているのです。古文の読み替えは、この約束を一段さかのぼるだけです。 古文ではこうなる 規則は一つです。 母音が二つ並んだら、前の母音を軸にして一つの長い音にする。 並び方によって行き先が決まります。 並び 読み 例 あ段 + う お段を伸ばす やうやう → ようよう、 かうべ → こうべ い段 + う 「ゆう」または拗音を伸ばす いうげん → ゆうげん、 きう → きゅう え段 + う 拗音のお段を伸ばす けう → きょう、 せう → しょう 拗音 + う そのまま伸ばす きやう → きょう、 しやう → しょう え段の行き先が拗音になるのは、耳で試すと納得できます。「け」を伸ばして「けー」と言い、そのまま口の形をゆるめると「きょー」に近づきます。「せー」なら「しょー」。理屈より、口で一度やってみるのが早いところです。 前の課とのつなぎ目 けふ が「きょう」になるまでには、二つの課がつながっています。まず前の課の規則で、語尾の ふ が「う」になる。 けふ が「けう」になります。次にこの課の規則で、え段+うが「きょう」になる。 てふ も同じ道すじで「てう」を経て「ちょう」です。二段構えだと知っておくと、初めて見る語でも自分でたどれます。 やってはいけない読み替え ところが、 動詞の語尾の ふ が「う」になった場合は、伸びません。 給ふ は「たまう」であって「たもう」ではない。 会ふ は「あう」であって「おう」ではない。 思ふ は「おもう」、 言ふ は「いう」です。動詞は活用して形を変えるので、語尾がひとまとまりに溶けてしまうと不便だったのだと考えられます。 やっかいなのは、同じ道すじを通ったのに溶けてしまった語があることです。それが下の例外表で、数はごく少ないので覚えてしまえます。 けふ ja きょう 今日 てふ ja ちょう 蝶/〜という あふぎ ja おうぎ 扇 あふひ ja あおい 葵 さうらふ ja そうろう ございます(丁寧の言い方) せうと ja しょうと 兄弟。ここでは兄 あふひ だけは「おうい」にならず「あおい」です。同じ あふ で始まるのに あふぎ と行き先が違う——だから規則ではなく表として持ちます。 規則で届かないところは、語ごとに覚える。 これは弱点ではなく、言葉の扱い方としてふつうのことです。 原文で確かめる 『枕草子』の書き出しです。 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。 [1] 読み: はるわ あけぼの。ようよう しろく なりゆく やまぎわ すこし あかりて むらさきだちたる くもの ほそく たなびきたる。/訳: 春は明け方がよい。だんだん白んでいく山ぎわが少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいている。 やうやう が「ようよう」です。 『徒然草』から二つ。 やうやう夜さむになるほど、雁なきて来るころ、 [2] 読み: ようよう よさむに なるほど、かり なきて くるころ、/訳: しだいに夜が寒くなるころ、雁が鳴いてやって来るころ。秋の風物を並べた段の一節です。 公世の二位のせうとに良覚僧正ときこえしは、きはめて腹あしき人なりけり。 [2] 読み: きんよのにいの しょうとに りょうがくそうじょうと きこえしわ、きわめて はらあしき ひとなりけり。/訳: 公世の二位の兄で良覚僧正と申し上げた人は、たいそう怒りっぽい人であった。 せうと が「しょうと」。 きはめて は前の課の規則で「きわめて」です。 『小倉百人一首』から二首。 いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな [3] 読み: いにしえの ならのみやこの やえざくら きょう ここのえに においぬるかな。/訳: 昔の奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中で美しく咲きにおっていることよ。 けふ が「きょう」です。 はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま [3] 読み: はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすちょう あまのかぐやま。/訳: 春が過ぎて夏が来たらしい。真っ白な衣を干すという天の香具山よ。 てふ は「〜という」の意味で、読みは「ちょう」。 ころもほす の ほ は語の頭なので、そのままです。 最後に、拗音の実例を作者の名から二つ。 せいせうなごん [3] 読み: せいしょうなごん。/訳: 清少納言。 せう が「しょう」になります。 さきやうだいぶあきすけ [3] 読み: さきょうだいぶあきすけ。/訳: 左京大夫顕輔。 きやう が「きょう」になります。 読み上げと音読 読み上げは けふ を「きょう」、 やうやう を「ようよう」と鳴らします。この課の読み替えは 耳で聞くといちばん腑に落ちる 種類のものです。字を見ると三文字なのに、聞こえるのは二拍。その落差を先に耳で受け取っておくと、目で読むときに字数を数えなくなります。 音読では、伸ばす音をきちんと伸ばしてください。「きょ」と短く切ると別の語に聞こえます。『枕草子』の一文は、 やうやう のところで少しゆっくりになるくらいがちょうどよい速さです。 練習 次の語の読みを、ひらがなで書いてください。 やうやう / けふ / てふ / あふぎ / せう 。 会ふ と あふぎ は、どちらも あふ で始まります。読みが「あう」と「おうぎ」に分かれる理由を、一文で説明してください。 『枕草子』の書き出しを、いまの音で三回、声に出して音読してください。三回目は読み上げを止め、伸ばす音の長さに気をつけて、自分の声だけで読んでください。 この課のまとめ 表記 読み 例 あう ・ かう ・ さう ・ やう おう・こう・そう・よう やうやう → ようよう いう ・ きう ・ しう ゆう・きゅう・しゅう いうげん → ゆうげん えう ・ けう ・ せう ・ てう よう・きょう・しょう・ちょう せうと → しょうと きやう ・ しやう ・ りやう きょう・しょう・りょう さきやう → さきょう 動詞の語尾の ふ 伸ばさない 給ふ → たまう、 会ふ → あう 例外の語 表で覚える けふ ・ てふ ・ あふぎ ・ あふひ 次の課へ 1.5 では、書かれていない音を扱います。 いはんや の「ん」や、 あつて の小さい「っ」のように、 本文に書いていない撥音と促音を補って読む 規則です。ここまでが字を置き換える話で、次からは字を足す話になります。 答え ようよう/きょう/ちょう/おうぎ/しょう。 会ふ は動詞の語尾の ふ が「う」になっただけなので伸びず、 あふぎ は名詞として一語に溶けてしまった例外だから。 読みの目安: はるわ あけぼの。ようよう しろく なりゆく やまぎわ すこし あかりて むらさきだちたる くもの ほそく たなびきたる。 参考文献 清少納言『枕草子』第一段(Wikisource)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/枕草子_(Wikisource) 兼好法師『徒然草』第19段・第45段(國文大觀)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。漢字は通行の字体に改めた。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草_(國文大觀) 藤原定家撰『小倉百人一首』第2番(持統天皇)・第61番(伊勢大輔)・第62番(清少納言)・第79番(左京大夫顕輔)。パブリックドメイン(作者没後 70 年以上)。読みの行は原文で折り返されているものを一行につないだ。出所: https://ja.wikisource.org/wiki/小倉百人一首