2.7 アオリスト語幹 ② — 不規則 三十 — Epoché
この 課 か でできるようになること 規則 きそく に 従わ したがわ ない 過去 かこ の 形 かたち 、 三十 さんじゅう を 見分け みわけ られる。 三十 さんじゅう を、 覚え おぼえ 方 かた の 違い ちがい で 三 みっ つの 群 ぐん に 分け わけ て 扱える あつかえる 。 過去 かこ を 持た もた ない 四 よん つの 動詞 どうし を 知り しり 、 代わり かわり に 何 なん を 使う つかう か 分かる わかる 。 前提 ぜんてい : 2.6(アオリスト 語幹 ごかん の 規則 きそく と 加音 かおん )。 2.6 で 作り つくり 方 かた の 規則 きそく を 立て たて ました。この 課 か は その 規則 きそく から 外れる はずれる もの を 集め あつめ ます。 数 かず は 三十 さんじゅう ほどで、ここを 越えれ こえれ ば 過去 かこ は 片づき かたづき ます。 なぜ、よく 使う つかう 動詞 どうし ほど 不 ふ 規則 きそく なのか 先 さき に 一 ひと つ 言っ いっ ておきます。 日本 にっぽん 語 ご も 同じ おなじ です。 行く いく は 行っ いっ た になり、 規則 きそく どおりなら 行い おこない た のはずです。する は した、 来る くる は 来 き た。 日本 にっぽん 語 ご で 不 ふ 規則 きそく なのは、どれもいちばんよく 使う つかう 動詞 どうし です。 理由 りゆう は 同じ おなじ です。 使う つかう 回数 かいすう が 多い おおい 語 ご ほど、 昔 むかし の 形 かたち のまま 口 くち に 残る のこる 。 使う つかう 回数 かいすう が 少ない すくない 語 ご は、 規則 きそく のほうに 引きずら ひきずら れて 形 かたち を 整え ととのえ ます。だからギリシア 語 ご で 不 ふ 規則 きそく なのも、 見る みる ・ 言う ゆう ・ 来る くる ・ 食べる たべる ・ 行く いく ・ 取る とる —— 日本 にっぽん 語 ご で 不 ふ 規則 きそく なのとほとんど 同じ おなじ 顔ぶれ かおぶれ です。 これは 覚える おぼえる 側 がわ にとって、 実 じつ は 良い よい 知らせ しらせ です。 数 かず が 少なく すくなく 、しかも 毎日 まいにち 出 で てくるので、 覚える おぼえる 機会 きかい が 多い おおい 。 三十 さんじゅう を 三 みっ つの 群 ぐん に 分け わけ て、 順 じゅん に 見 み ます。 群 ぐん の 表 ひょう その 一 いち — 別 べつ の 語 ご に 見える みえる 十 じゅう 表 ひょう は 十 じゅう 行 ぎょう です。 左 ひだり が 現在 げんざい 、 真ん中 まんなか が 過去 かこ 、 右 みぎ が 意味 いみ と 手がかり てがかり です。この 十 じゅう は 現在 げんざい と 過去 かこ がつながって 見え みえ ません 。 英語 えいご の 行く いく と 行っ いっ た が 別 べつ の 語 ご に 見える みえる のと 同じ おなじ で、 対 たい にして 覚える おぼえる ほかありません。 現在 げんざい の 形 かたち 過去 かこ の 形 かたち 意味 いみ と 手がかり てがかり βλέπω είδα 見る みる 。 過去 かこ のほうはビデオ の 語根 ごこん で、 日本 にっぽん 語 ご からも 届く とどく λέω είπα 言う ゆう 。この 二 ふた つは 池 いけ でいちばんよく 出る でる 対 たい έρχομαι ήρθα 来る くる 。 中動態 ちゅうどうたい の 形 かたち をしているが 過去 かこ は 能動 のうどう の 形 かたち になる τρώω έφαγα 食べる たべる 。4.4 で 会っ あっ た 対 たい 。 食道 しょくどう を 表す あらわす 学術 がくじゅつ 語 ご が 過去 かこ のほうの 語根 ごこん πηγαίνω πήγα 行く いく 。 頭 あたま にエが 付か つか ない。もともと 山 やま が 正しい ただしい 位置 いち にあるから παίρνω πήρα 取る とる 、もらう。 行く いく の 過去 かこ と 一 いち 字 じ 違い ちがい なので 取り違え とりちがえ に 注意 ちゅうい βρίσκω βρήκα 見つける みつける 。これも 頭 あたま にエが 付か つか ない μπαίνω μπήκα 入る はいる 。 現在 げんざい の 語尾 ごび が 同じ おなじ 三 みっ つの 動詞 どうし のひとつめ βγαίνω βγήκα 出る でる 。 入る はいる と 対 たい で、 過去 かこ の 作り つくり 方 かた もそっくり 同じ おなじ κάνω έκανα する、 作る つくる 。スの 音 おと がどこにも 入ら はいら ないのが 不 ふ 規則 きそく なところ 八 よう つ 目 め と 九 ここの つ 目 め を 見 み てください。 入る はいる と 出る でる は、 現在 げんざい も 過去 かこ も 一 いち 字 じ しか 違い ちがい ません。 頭 あたま の 音 おと だけが 入れ替わる いれかわる 。この 二 ふた つは 対 たい で 覚える おぼえる と、 二 に 語 ご ぶんの 手間 てま が 一 いち 語 ご 半 はん で 済み すみ ます。 群 ぐん の 表 ひょう その 二 に — 語幹 ごかん の 音 おと が 入れ替わる いれかわる 十 じゅう 表 ひょう は 十 じゅう 行 ぎょう です。この 十 じゅう は、 現在 げんざい と 過去 かこ が つながって 見え みえ ます 。 語幹 ごかん の 母音 ぼいん や 子音 しいん が 入れ替わる いれかわる だけで、 頭 あたま と 終わり おわり は 残る のこる 。だから 対 たい で 覚え おぼえ なくても、 見れ みれ ば 同じ おなじ 語 ご だと 分かり わかり ます。 現在 げんざい の 形 かたち 過去 かこ の 形 かたち 意味 いみ と、どこが 入れ替わる いれかわる か δίνω έδωσα 与える あたえる 。イの 音 おと がオに 入れ替わる いれかわる πίνω ήπια 飲む のむ 。4.4 で 会っ あっ た 対 たい 。 頭 あたま がエではなくイになる μένω έμεινα とどまる、 住む すむ 。エがイに 入れ替わる いれかわる πέφτω έπεσα 落ちる おちる 、 転ぶ ころぶ 。フトがスに 縮む ちぢむ μαθαίνω έμαθα 学ぶ まなぶ 、 知る しる 。 長い ながい 語尾 ごび がまるごと 落ちる おちる φέρνω έφερα 持っ もっ てくる。ンが 落ちる おちる だけ στέλνω έστειλα 送る おくる 。エがイの 音 おと に 伸びる のびる πλένω έπλυνα 洗う あらう 。エがユの 綴り つづり に 入れ替わる いれかわる ξεχνάω ξέχασα 忘れる わすれる 。 第 だい 二 に 活用 かつよう なのにイを 挟ま はさま ずアのままでスを 足す たす γελάω γέλασα 笑う わらう 。 忘れる わすれる と 同じ おなじ で、 第 だい 二 に 活用 かつよう の 例外 れいがい の 型 かた 最後 さいご の 二 ふた つは、2.6 で「 第 だい 二 に 活用 かつよう はイを 挟む はさむ 一 ひと つの 型 かた だけ」と 言っ いっ たことへの 例外 れいがい です。 アのままでスを 足す たす 一群 いちぐん があり、 忘れる わすれる と 笑う わらう がその 代表 だいひょう です。 数 かず は 多く おおく ないので、この 二 ふた つを 覚え おぼえ ておけば、 似 に た 形 かたち に 出会っ であっ たときに 気づけ きづけ ます。 群 ぐん の 表 ひょう その 三 さん — 形 かたち が 読め よめ ない 六 ろく 表 ひょう は 六 ろく 行 ぎょう です。ここは 規則 きそく も 手がかり てがかり も 無く なく 、 一 ひと つずつ 覚える おぼえる しかない ものを 集め あつめ ました。 数 かず が 六 むい つに 収まる おさまる のが 救い すくい です。 現在 げんざい の 形 かたち 過去 かこ の 形 かたち 意味 いみ と 注意 ちゅうい φεύγω έφυγα 去る さる 、 出発 しゅっぱつ する。プスに 溶け とけ そうに 見える みえる が 溶け とけ ない αφήνω άφησα 残す のこす 、 放っ ほうっ ておく。 山 やま が 動く うごく だけで 規則 きそく に 近い ちかい καταλαβαίνω κατάλαβα 分かる わかる 。1.2 のカタ の 接辞 せつじ が 付い つい た 長い ながい 語 ご πεθαίνω πέθανα 死ぬ しぬ 。4.1 の 死 し を 表す あらわす 名詞 めいし と 同じ おなじ 語根 ごこん ανεβαίνω ανέβηκα 上がる あがる 、 乗る のる 。1.2 のアナ の 接辞 せつじ 。バスに 乗る のる ときもこの 語 ご κατεβαίνω κατέβηκα 下りる おりる 、 降りる おりる 。 上がる あがる と 対 たい で、 接辞 せつじ だけが 違う ちがう 下 した の 四 よん つに、 橋 はし 編 へん で 学ん まなん だ 接辞 せつじ がそのまま 見え みえ ます 。カタ は 下 した へ、アナ は 上 うえ へ。 上がる あがる と 下りる おりる は、 同じ おなじ 語幹 ごかん に 反対 はんたい の 向き むき の 接辞 せつじ が 付い つい ただけです。 三十 さんじゅう のうちいくつかは、 暗記 あんき ではなく 組み立て くみたて で 届き とどき ます。 読み よみ 方 かた — 過去 かこ を 持た もた ない 四 よん つ 三十 さんじゅう のうち 残る のこる 四 よん つは、 表 ひょう に 入れ いれ ませんでした。 アオリストそのものを 持た もた ない か、 持っ もっ ていても 使わ つかわ ない 動詞 どうし だからです。 である と 持つ もつ の 二 ふた つは、 一 いち 回 かい きりの 過去 かこ を 作り つくり ません。である の 過去 かこ ήμουν 、 持つ もつ の 過去 かこ είχα 。どちらも 続い つづい ていたことを 言う いう 過去 かこ で、これは 2.8 で 扱う あつかう 形 かたち です。 理由 りゆう は 考えれ かんがえれ ば 分かり わかり ます。であった、 持っ もっ ていた——これらはもともと 続く つづく 状態 じょうたい であって、 一 いち 回 かい きりの 出来事 できごと になりません。 知っ しっ ている と 欲しい ほしい の 二 ふた つも 同じ おなじ です。 知っ しっ ていた の ήξερα 、 欲しかっ ほしかっ た の ήθελα 。どちらも 続い つづい ていた 過去 かこ で、 一 いち 回 かい きりの 形 かたち はほとんど 使わ つかわ れません。 知っ しっ ていた、 欲しかっ ほしかっ た——これも 状態 じょうたい です。 ここに、ギリシア 語 ご の 芯 しん があります。 形 かたち が 二 ふた つあるのは、 時 とき が 違う ちがう からではなく、 出来事 できごと の 見え みえ 方 かた が 違う ちがう からです。 一 いち 回 かい きりで 終わっ おわっ たものと、 続い つづい ていたもの。 日本 にっぽん 語 ご の「した」と「していた」に 近い ちかい のですが、ギリシア 語 ご ではどちらか 一方 いっぽう を 必ず かならず 選ば えらば なければなりません。この 選び えらび 方 かた が 3.11 の 中心 ちゅうしん になります。 頻出 ひんしゅつ 語 ご で 通す とおす 十 じゅう 文 ぶん あります。 三 みっ つの 群 ぐん から 混ぜ まぜ てあります。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Τον είδα. [1] あの 人 ひと を 見 み ました。 群 ぐん の 一 ひと つ 目 め 。 弱形 じゃっけい の 代 だい 名詞 めいし が 動詞 どうし の 前 まえ にある Της είπα. [2] あの 人 ひと に 言い いい ました。 言う いう の 過去 かこ 。 相手 あいて は 持ち主 もちぬし の 形 かたち で 置く おく Αυτή ήρθε! [3] あの 人 ひと が 来 き た。 来る くる の 過去 かこ 。 頭 あたま がエではなくイになる Ποιος έφαγε; [4] 誰 だれ が 食べ たべ ましたか。 食べる たべる の 過去 かこ 。 現在 げんざい の 形 かたち とつながって 見え みえ ない Δεν πήγα. [5] 行き いき ませんでした。 行く いく の 過去 かこ 。 頭 あたま にエが 付い つい ていない Σας βρήκα. [6] あなたがたを 見つけ みつけ ました。 見つける みつける の 過去 かこ 。これも 頭 あたま にエが 付か つか ない Γιατί ήπιες; [7] どうして 飲ん のん だのですか。 飲む のむ の 過去 かこ 。 群 ぐん の 二 ふた つ 目 め で、イの 音 おと が 入れ替わる いれかわる Ποιος έμεινε; [8] 誰 だれ が 残り のこり ましたか。 とどまる の 過去 かこ 。エがイに 入れ替わる いれかわる Πού έμαθες Γαλλικά; [9] どこでフランス 語 ご を 学び まなび ましたか。 学ぶ まなぶ の 過去 かこ 。 長い ながい 語尾 ごび がまるごと 落ち おち ている Τι έκανα; [10] 私 わたく