6.18 朱自清『匆匆』 — Epoché
この篇でできるようになること 比喩と日常の動作を手がかりに『匆匆』を読み通せます。 受け身で表された日々の消え方を説明できます。 冒頭と結びの問いを比べ、本文の型を使って書けます。 前提 :6.17「許地山『落花生』」。本文の文書を開き、何が起きたかを追うより、同じ形や問いがどこに繰り返されるかを見てください。 時間をどう描く文章か 朱自清『匆匆』は、事件が次々に起こる物語ではありません。時が過ぎ、自分の日々が戻らないことを、問いや比喩で捉えようとする文章です。登場人物の行動を筋として追う代わりに、何を何にたとえているか、どの問いへ戻るかを読みます。 冒頭のつばめ・やなぎ・桃の花には、去ったり枯れたり散ったりしても、再び来る時があります。そこから話は折り返し、自分たちの日々はなぜ戻らないのかと問います。自然の繰り返しと人の日々が、同じものではないという対比です。 中ほどでは、手を洗う、食べる、横になるという動作が描かれます。そこに日々の移動を重ねています。時間という抽象的なものを、目に浮かぶ日常の場面で読むことができます。語釈で意味を確かめたら、その語がどの場面の中にあるかへ戻りましょう。 語釈 語 品詞 この本文での意味 読み取る手がかり 匆匆 形容詞 あわただしい 時の過ぎ方を表す 燕子 名詞 つばめ 季節とともに戻る鳥 杨柳 名詞 やなぎ 春に葉が青くなる 枯 動詞 枯れる 草木の変化 谢 動詞 花が散る ここでは礼を言う意味ではない 复返 動詞 また戻る 去ることとの対比 偷 動詞 盗む 日々を盗むという比喩 何处 代名詞 どこ 場所を問う 确乎 副詞 確かに 確かさを強める 空虚 形容詞 空である 手の中が空になる 默默 副詞 黙って 言葉を発しない 溜去 動詞 すべり去る 日々の動き 针尖 名詞 針の先 小ささを示す 不禁 副詞 思わず 抑えきれない反応 头涔涔 形容詞句 頭に汗がにじむ 汗が流れる様子 泪潸潸 形容詞句 涙が流れる 涙があふれる様子 尽管 副詞 かまわず・ひたすら この段での意味 斜斜 形容詞 斜めの 差し込む日ざし 悄悄 副詞 ひそかに・そっと 気づきにくい動き 挪移 動詞 移動する 少しずつ動く 茫茫然 形容詞 ぼんやりとした はっきり捉えられない 旋转 動詞 回る 太陽について動く 水盆 名詞 洗面器 手を洗う器 洗手 動詞 手を洗う 日常の動作の一つ 时候 名詞 とき …的时候 で「〜するとき」 又 副詞 また・さらに 問いを重ねる・繰り返す 饭碗 名詞 飯茶碗 食事の器 凝然 形容詞 じっと動かない 目の様子 觉察 動詞 気づく 変化を感じ取る 遮挽 動詞 さえぎり引きとめる 日を止めようとする 伶伶俐俐 形容詞 身軽で素早い 日々を人のように描く 跨过 動詞 またぎ越す 体の上を越える 掩 動詞 おおう 顔をおおう 叹息 動詞 ため息をつく 嘆きの動作 徘徊 動詞 行きつ戻りつする 進み切れずさまよう 千门万户 名詞句 数えきれない家々 広い人の世 薄雾 名詞 薄い霧 日々をたとえる 微风 名詞 そよ風 けむりを散らす力 初阳 名詞 朝日 霧を溶かす光 蒸融 動詞 蒸されて溶ける 霧が消える様子 痕迹 名詞 痕跡 残した跡 何曾 副詞 いつ…したことがあるか 反語で用いる 游丝 名詞 空中に漂う細い糸 かすかな跡の比喩 赤裸裸 形容詞 まる裸の 何も持たない様子 转眼间 名詞 またたく間 短い間 白白 副詞 むだに 何も残らない思い 一遭 名詞句 ひとめぐり 一度たどること 対訳 戻るものと、戻らない日々 つばめは去っても、また来るときがある。やなぎは枯れても、また青くなるときがある。桃の花は散っても、また咲くときがある。だが、聡明なあなたよ、教えてほしい。私たちの日々は、どうして一度去ったきり戻らないのか。誰かが盗んでいったのだろうか。それは誰だ。どこへ隠したのだ。自分から逃げていったのだろうか。では今どこにいる。 手からすべり落ちる日々 彼らがどれほどの日々をくれたかは知らない。しかし私の手は、確かにだんだん空になった。黙って数えると、八千あまりの日が、もう手の中からすべり去っている。針の先の一滴の水が大海へ落ちるように、私の日々は時の流れに落ち、音も影もない。思わず汗がにじみ、涙があふれた。 日常の動作の間を過ぎる 去るものはかまわず去り、来るものはかまわず来る。その去来の間を、なんとあわただしく過ぎるのだろう。朝起きると、小さな部屋に二つ三つ、斜めの日ざしが差し込んでいる。太陽には足がある。そっと、ひそかに動いていき、私もぼんやりとついて回る。そうして、手を洗うときには日は洗面器から過ぎ、食べるときには茶碗から過ぎ、黙っているときには動かない両目の前を過ぎる。あわただしく去るのに気づいて手を伸ばし、さえぎり引きとめようとすると、日はその手のそばを過ぎる。夜になって寝台に横たわると、日は身軽に体の上をまたぎ、足もとから飛び去る。目を開けてまた太陽に会うころには、一日がすべり去ったことになる。顔をおおってため息をつく。けれども新しい日の影は、もうそのため息の中で光って過ぎていく。 何を残しただろう 飛ぶように逃げる日々の中で、数えきれない家々のあるこの世界で、私に何ができるだろう。行きつ戻りつするだけ、あわただしいだけだ。八千あまりの日のあわただしさの中で、行きつ戻りつするほかに何が残る。過ぎた日々は薄いけむりのように、そよ風に吹き散らされ、薄い霧のように、朝日に蒸されて溶けた。私はどんな跡を残してきただろう。空に漂う糸ほどの跡でも、残したことがあっただろうか。まる裸でこの世界へ来て、またたく間に、まる裸で帰っていくのだろう。けれども心がおさまらない。どうしてわざわざ、このひとめぐりをむだに歩かなければならないのか。 同じ問いへ 聡明なあなたよ、教えてほしい。私たちの日々は、どうして一度去ったきり戻らないのか。 三つ並べて、問いへ折り返す 燕子去了,有再来的时候 、 杨柳枯了,有再青的时候 、 桃花谢了,有再开的时候 は、同じ形で並んでいます。何がいったん失われ、何がまた起こるかを、三つそれぞれで確かめます。 続く 但是 で、話が折り返します。戻る自然の姿を三つ示した後、戻らない日々を問います。語り手は盗んだ者や隠し場所まで尋ねますが、具体的な盗人を探している場面ではありません。戻せないものへの問いとして読みます。 この段には当時の字が三つあります。 现在又到了那里呢 の 那里 は、いまの 哪里 に当たり、「どこ」と問います。 是有人偷了他们罢 の 罢 は、いまの 吧 に当たります。前の篇『落花生』でも見た字です。 只有徘徊罢了 の 罢了 は「〜にすぎない」です。また、 他们 は人ではなく、日々を指しています。 最後も、日々はなぜ戻らないのかという問いへ戻ります。呼びかけの順や字の表記には違いがありますが、問う内容は同じです。答えを示して終えるのではなく、問いを残します。それによって、読者ももう一度始めの疑問へ立ち返ります。 動作の場面と時の動きを重ねる 洗手的时候,日子从水盆里过去 は、手を洗う間に日々が過ぎるという場面です。 从水盆里过去 を、物が洗面器から出ていく話だけとして取ると、時間の比喩が見えません。食事では茶碗、黙っているときには両目の前に、過ぎる時が置かれています。 日々を止めようとする手のそばさえ、時は通っていきます。寝ることも、目を開けることも、ため息をつくことも、その流れを止めません。日常の動作が一つずつ続くことで、何もしない間だけ時が失われるのではないと読めます。 日子从水盆里过去 を物の移動だけとして読まず、手を洗う場面へ戻します。 从 の後ろの場所と、そのとき何をしているかを組にすると、比喩を追えます。 受け身で消えていく 过去的日子如轻烟,被微风吹散了 は、「過ぎた日々は薄いけむりのように、そよ風に吹き散らされた」という形です。 被 の前がされた側、後ろの 微风 が働きかける側です。けむりが風を散らす文ではありません。 続く 如薄雾,被初阳蒸融了 も、朝日が霧を溶かす関係です。日々が自分で散るという言い方ではなく、外の力によって失われる形を選んでいます。その動きを見ている語り手の、止められないという無力さを読むことができます。 伸出手遮挽时 の 出 にも、動きの向きがあります。 从我身上跨过 の 过 、 从我脚边飞去了 の 去 も同じです。差し出す、またぎ越す、飛び去るという動詞と後ろの部分を一緒に取り、時の素早い動きを追います。 練習 过去的日子如轻烟,被微风吹散了 の受け身の部分を、そよ風がけむりを吹き散らしたという文に書き換えてください。主語が替わると何が変わるかを一言添えてください。 如薄雾,被初阳蒸融了 の受け身の部分を、朝日が霧を溶かしたという文に書き換えてください。主語が替わると何が変わるかを一言添えてください。 杨柳枯了,有再_的时候 の空欄を本文に合わせて埋めてください。 日子_水盆里过去 に場所を導く字を入れてください。 被微风吹_了 に結果を表す字を入れてください。 日子从 に場所と 过去 を続け、自分の一日の動作に重ねて中国語で二文書いてください。 文件・报告・表格・杂志・玩具 から二語選び、何をされたかを 被 で述べる中国語の文を二つ書いてください。 冒頭のつばめ・やなぎ・桃の花に共通することを、日本語で説明してください。 第一段と最後の段は、どの点で同じ問いになっていますか。 読書ページの「聞き取り」を入れてから第一段を ▶ で聞き、繰り返す三つの文と、 但是 による折り返しの位置を書き出してください。 薄いけむりの比喩から、された側と、働きかけた側を中国語で抜き出してください。 戻り語を本文で拾う 本文に出る語を使って、どんな動作の間に何が起こるかを書きます。短い引用で答えて構いません。 声音・影子 を含む箇所を本文で探し、日々が時の流れへ落ちた様子を中国語で書いてください。 洗手・吃饭 を含む箇所を本文で探し、日常の動作と時の動きを中国語で書いてください。 睁开・太阳・再见 を含む箇所を本文で探し、再び目を開ける場面を中国語で書いてください。 音読 第一段の同じ形の三文を、同じ調子で読みます。 但是 から問いへ調子を切り替え、並びと折り返しが耳でも分かるようにします。 この篇のまとめ 自然の繰り返しから戻らない日々を問い、日常の動作に過ぎる時を重ねます。受け身の形は、外の力で日々を失う無力さを支えています。結びは答えではなく、始めの問いへ戻ります。 次の篇へ 次の6.19では、同じ朱自清の『春』を読みます。春の景色を、比喩を重ねる短い文で描いた文章です。 答え 書き換えの答え: 微风吹散了轻烟。 働きかける風を主語に出しています。 書き換えの答え: 初阳蒸融了薄雾。 朝日を主語にしています。元の文は溶かされた側から述べます。 青 。本文は 杨柳枯了,有再青的时候 です(朱自清『匆匆』)。 从 。本文は 日子从水盆里过去 です(朱自清『匆匆』)。 散 。本文は 被微风吹散了 です(朱自清『匆匆』)。 言い換え・作文の例: 读书时,日子从书页里过去。 / 吃饭时,日子从饭碗里过去。 言い換え・作文の例: 我的报告被老师拿走了。 / 玩具被弟弟弄坏了。 去る・枯れる・散ることがあっても、再び来る・青くなる・咲く時がある点です。 私たちの日々が一度去ると戻らないのはなぜか、という内容です。字や呼びかけの順まで完全に同じというわけではありません。 繰り返す三つの部分は、 燕子去了,有再来的时候;杨柳枯了,有再青的时候;桃花谢了,有再开的时候。 [1] です。その直後の 但是 で、人の日々への問いへ折り返します。 された側は 轻烟 、働きかける側は 微风 です。比喩全体では、過ぎた日々がけむりに重ねられています。 我的日子滴在时间的流里,没有声音,也没有影子。 洗手的时候,日子从水盆里过去;吃饭的时候,日子从饭碗里过去 。動作と場所を組にして読みます。 等我睁开眼和太阳再见,这算又溜走了一日。 参考文献 朱自清『匆匆』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。繁体字を簡体字に改めた。出所:https://zh.wikisource.org/wiki/匆匆