知識のまとまりを問い直す――クワイン — Epoché
解説 意味だけで真か、経験で真か 分析的な文とは、意味や言語規則だけで真となるとされる文。総合的な文は、経験で知られる事実を述べる文とされる。クワインは、この区別で論理や数学を経験から切り離す説明に疑問を向けた。 単に二つの語を使うなという主張ではなく、その区別が説明で果たす役割への批判である。 出典1 一つの主張も、他の知識と関わる 全体論とは、多くの理論上の主張が、他の理論的な知識を前提として経験と関わるという見方。クワインは、主張の受容を、知識のまとまりが経験を扱い予測する働きから考える。 観察文には例外がある。全知識を一回の実験で一度に判定する意味ではない。実際には、どの経験がどの変更につながるか分かる場合もある。 出典1 中心の知識ほど、変更の影響が大きい 算術は多くの知識で使われるため、それを捨てる変更は非常に大きい。この中心的な役割から、算術が必然的で個々の経験から独立に見えることを説明する。科学も、日常知をより注意深く改善する延長にある。 算術に代わる実用的な体系を提示したのではない。石を数えるだけの証明でも、都合よく何でも変更してよいという許可でもない。 出典1 主張の理由と、その適用の限界。 観点 理由 限界 分析と総合 経験から独立な真理の説明を問う 用語禁止の話ではない 全体論 理論上の判断は他の知識を前提にする 観察文には例外 算術の中心性 変更が多くの知識に及ぶ 現実的な代案を示したわけではない 学説の焦点を整理した表で、科学を自動判定する規則ではない。 参考文献 [1] Hylton, Peter; Kemp, Gary「Willard Van Orman Quine」。 出典