啓蒙とは何か――自ら考えるための条件 — Epoché
解説 未成熟をどう定義するか 1784年の論文「啓蒙とは何か」冒頭。一続きの段落を三つに分けて読む。 原文:Aufklärung ist der Ausgang des Menschen aus seiner selbst verschuldeten Unmündigkeit. Unmündigkeit ist das Unvermögen, sich seines Verstandes ohne Leitung eines andern zu bedienen. 独自訳:啓蒙とは、人間が、自ら招いた未成熟な状態から抜け出すことである。未成熟とは、他人の導きなしに自分の知性を使えないことである。 ここでの未成熟は、単に年齢が低いことではない。引用自身が意味を定義している。 出典1 自ら招いた、と言う条件 wennは「もし〜なら」。知性の欠如と、それを使う決意・勇気の欠如を分けている。 原文:Selbstverschuldet ist diese Unmündigkeit, wenn die Ursache derselben nicht am Mangel des Verstandes, sondern der Entschließung und des Muthes liegt, sich seiner ohne Leitung eines andern zu bedienen. 独自訳:その原因が知性の欠如ではなく、他人の導きなしに自分の知性を使おうとする決意と勇気の欠如にあるなら、この未成熟な状態は自ら招いたものである。 依存する人は全員自己責任だ、とは一般化しない。原因を分ける条件を消さない。 出典1 定義を受けた標語 Sapere audeはラテン語の呼びかけ。続くドイツ語が、自分の知性を使う勇気という意味を示す。 原文:Sapere aude! Habe Muth dich deines eigenen Verstandes zu bedienen! ist also der Wahlspruch der Aufklärung. 独自訳:「知ろうとする勇気を持て。自分の知性を使う勇気を持て」が、それゆえ啓蒙の標語である。 他人から学ぶことの全否定とはしない。後段の公的・私的な理性使用の議論までは、ここに引用していない。 出典1 定義から条件を経て、標語へ 段階 意味 残す限定 未成熟の定義 他人の導きなしに自分の知性を使えない 年齢の幼さだけではない 自ら招いたと言う条件 原因が決意と勇気の欠如にある 知性が欠けている場合と区別 標語 自分の知性を使う勇気を持つ 全ての助言を拒む命令ではない 参考文献 [1] Immanuel Kant/Berlinische Monatsschrift4(1784),481頁。German Wikisource contributors(版3778353、同ページの履歴を参照)の転写をCC BY-SA4.0で利用。抜粋・体裁整理、anderenを原版照合でandernへ補正。本教材が日本語訳・解説を追加。MDZ原画像は非転載。「カント「啓蒙とは何か」開頭(1784年、印刷481頁)」。 出典 Wikisource転写の改変・本教材の独自訳と解説 CC BY-SA 4.0