功利主義と公共の利益――最大多数の最大幸福 — Epoché
思想 自由・平等・正義 約 28 分 本文 約 12,500 字 図 4・表 2 資料 1 節 この課の要点 物差し・批判・応答の 3 つ 物差し ベンサムは、私人の行為も統治の施策も、関係する人々の幸福を増やす傾向で測り、共同体の利益は成員の利益の総和だとしました。 批判 少数者の犠牲を正当化しうること、人格の別個性を消すこと、幸福を人どうしで比べにくいことが、総和で測る見方への主な批判です。 応答 功利主義の側は、経験の条件・長期の帰結・規則や制度を通した間接の適用で応じます。日本の費用対効果評価にも同じ論点が現れます。 はじめに 新しい薬が出たとき、国の医療保険はその薬にいくらを払うべきでしょうか。町の予算で、公園を残すか駐車場を造るかを決めるとき、何を比べればよいでしょうか。政治の多くの決定は「公共の利益」のためだと説明されます。けれども、公共の利益とは何なのかを問われると、答えに詰まります。人によって望むことが違うからです。高い薬を保険で使えるようにすれば、その病気の患者は助かります。しかし、保険料や税として集めたお金には限りがあるので、その分はほかの医療やほかの政策に回せなくなります。誰の、どんな利益を、どう比べて決めればよいのでしょうか。 日本の憲法にも、この問いにつながる言葉があります。日本国憲法第 13 条は、「すべて国民は、個人として尊重される」と定め、続けて、生命・自由・幸福追求に対する国民の権利は「公共の福祉に反しない限り」国政の上で最大の尊重を必要とする、と書いています [8] 。一つの条文の中に、個人の尊重、幸福の追求、公共の福祉という三つの言葉が並んでいるのです。この「公共の福祉」をどう読むかは憲法学の解釈の問題で、この課では立ち入りません。けれども、一人ひとりを大切にすることと、全体の福祉を図ることの間にある緊張は、この課で扱う功利主義の争点とよく重なります。 この問いに、はっきりした答えを出したのがイギリスのジェレミー・ベンサム(1748–1832)です [1] 。ベンサムによれば、公共の利益とは、社会を作っている一人ひとりの利益を足し合わせたものです [5] 。そして、法律や政府の施策が良いか悪いかは、それが人々の幸福を、差し引きでどれだけ増やすかで決まります。この考え方を功利主義と呼びます。「最大多数の最大幸福」という標語で知られています。 この課程の『分配的正義』の課では、ロールズが功利主義を主な相手として正義の原理を組み立てたことを見ました。この課では、その相手の側に立ちます。功利主義はなぜ政治の物差しとして力を持ったのでしょうか。どこに強い批判が向けられ、功利主義者はどう応じたのでしょうか。最後に、日本で新薬の価格を決めるときに使われている「費用対効果評価」を例に、幸福の総和で測る見方が現実の制度にどう入り、どこで止められているかを見ます。 資料では、ベンサムの『道徳および立法の諸原理序説』の第 1 章を読み、共同体の利益が成員の利益の総和だという主張を、本人の言葉で確かめます。 この課の問い 政府の施策の善し悪しを、それが人々の幸福をどれだけ増やすかで測ってよいのでしょうか。幸福を足し合わせて「公共の利益」とする考え方は、どこまで役に立ち、どこで行き詰まるのでしょうか。 この課のことば 功利の原理 行為や施策を、関係する人々の幸福を増やす傾向か減らす傾向かで、認めたり退けたりする原理です。ベンサムはのちに「最大幸福原理」とも呼びました。 帰結主義 行為が正しいかどうかを、その行為がもたらす結果(帰結)だけで決める考え方です。約束したから守る、という過去の事情は、それだけでは理由になりません。 快楽計算 快と苦の量を、強さ・長さ・確実さなどの次元で見積もり、足し引きする手順です。後の研究者が付けた呼び名です。 限界効用の逓減 同じ 1 万円でも、貧しい人には大きな喜びになり、豊かな人にはわずかな喜びにしかならない、というように、豊かになるほど増える幸福が小さくなることです。 人格の別個性 一人ひとりが別々の人生を生きているので、別の人の得があるというだけでは、ある人の犠牲を正当化できない、という考えです。一人の中の損得の計算を、社会全体にそのまま広げることへの批判の要になります。 質調整生存年(QALY) 生きた年数に、生活の質の値(0 は死亡、1 は完全な健康)を掛けた健康の量です。医療の効果を病気の種類をこえて比べるのに使います。 幸福の総和という物差し――公共の利益を何で測るか 功利主義は、倫理学の理論であると同時に、法と政治を作り直すための物差しとして生まれました。この章では、まずベンサムが「公共の利益」をどう定義したかを見て、それが改革の道具としてどう働いたかを確かめます。次に、総和で測る見方への批判を取り上げ、最後に功利主義の側の応答と、日本の制度に現れた同じ論点を整理します。 共同体の利益とは何か――成員の利益の総和 ベンサムは 1789 年の『道徳および立法の諸原理序説』(以下『序説』)の冒頭で、自然は人類を苦痛と快楽という二人の主人の支配の下に置いた、と書きました [3] [5] 。快と苦は、私たちが実際に何をするかを決めるだけでなく、何をすべきかを示す基準でもある、というのです [5] 。ここから功利の原理が導かれます。行為を、関係する人々の幸福を増やす傾向か減らす傾向かで、認めたり退けたりする原理です。 大事なのは、ベンサムがこの原理を、個人の行為だけでなく「統治のすべての施策」に当てはめたことです [5] 。法律を作ること、税をかけること、罰を定めることも、政府が行う一つの行為と考えます。施策は、共同体の幸福を増やす傾向が減らす傾向より大きいとき、功利の原理にかなう、とされます [5] 。 では、その「共同体の幸福」「共同体の利益」とは何でしょうか。ベンサムは、この語は道徳の言葉の中で最も一般的なものの一つで、だからこそ意味が失われやすいと注意します。そのうえで、共同体は、その成員とみなされる個々の人から成る「虚構の団体」だと言います。共同体の利益とは、それを作る成員たちの利益の総和にすぎない、というのです [5] 。 この定義の筋道は、次のように分けられます。第一に、共同体という、個人とは別の実体はありません。第二に、だから共同体の利益は、個人の利益を足し合わせたものです。第三に、個人の利益とは、その人の快の総量を増やし、苦の総量を減らすことです [5] 。第四に、施策を評価するには、影響を受ける人ごとに快と苦を見積もり、足し引きして、ほかの案と比べます (図 1) 。 案を並べる 公園を残す・駐車場にする・一部だけ 変えるなど 影響を受ける人 得をする人と損をする人を一人ずつ 数える 快苦を見積もる 強さ・長さ・確実さ・人数などで量る 足し引きする 共同体の利益=成員の利益の総和 案を比べる 差し引きの幸福がいちばん大きい案を 選ぶ 図 1 功利の原理で施策を評価する手順(ベンサムの『序説』第 1 章の定義と、快楽計算の次元をもとにした本教材の整理) [5] [2] 。 この見方は、行為の正しさを結果だけで決める「帰結主義」の典型です [3] 。たとえば約束を破ることが悪いのはなぜでしょうか。古典的な功利主義によれば、過去に約束したという事実そのものが理由なのではありません。約束を破ると、それを当てにしていた人が困り、不幸になるという、これから先の結果が理由です [3] 。また古典的な功利主義は、ある人への利益を、別の人への同じ大きさの利益とまったく同じ重さで数えます。より恵まれない人の利益に重みを付けることはしません [3] 。この「等しく数える」という性質は、あとで見る批判と、日本の制度の読み方の両方にかかわってきます。 本教材の作例で考えてみましょう。町の公園をつぶして駐車場を造る案があるとします。功利の原理では、遊び場を失う子どもと親の苦、車で通う人が得る便利さの快を、それぞれの強さや長さ、人数とともに見積もります。そして、駐車場を造る案、公園を残す案、公園の一部だけを駐車場にする案などを並べ、差し引きの幸福がいちばん大きい案を選びます。「町のため」という言い方の中身を、一人ひとりの暮らしへの影響に分けて考える点に、この見方の強みがあります。 ただし、「最大多数の最大幸福」という標語は誤解を招く、と現代の研究は指摘します [3] 。ある行為が多くの人の幸福を少しずつ増やしても、少数の人がそれ以上に大きく失うなら、差し引きの善は最大になりません。古典的な功利主義が求めるのは、人数の多さではなく、幸福の差し引きの総量です [3] 。 ここで間違えやすい 「最大多数の最大幸福」を多数決と同じだと考えるのは誤りです。功利主義は人数ではなく幸福の差し引きの総量で比べるので、多数がわずかに得をして少数が大きく損をする案は、功利の原理でも退けられることがあります [3] 。 改革の物差しとしての功利――反感や伝統ではなく帰結で ベンサムは、快と苦の価値を見積もる次元を挙げました。一人にとっての快苦の価値は、強さ・長さ・確実さ・近さ(すぐ来るか遠いか)で決まります。行為の傾向を測るときは、同じ種類の感覚が続いて起こる見込み(多産性)と、反対の感覚が続かない見込み(純粋性)を加えます。多くの人が関わるときは、影響を受ける人の数(範囲)も数に入れます [2] 。のちに「快楽計算」と呼ばれる手順ですが、この呼び名はベンサム自身のものではありません [2] 。 ベンサムは、個人も立法者もこの手順を厳密にはたどれないと認めていました。示したのは理想の計算の型で、実際の判断がそれに近いほど正確になる、という位置づけです [2] 。人を蹴る楽しみより蹴られる痛みの方が大きいことは、経験で分かります。毎回計算する必要はなく、経験則に従ってよいとされました。ただしその経験則は、従うと善を促すことと衝突するときには覆されうるものです [1] 。 この物差しは、当時の法と慣習を批判する道具になりました。ベンサムは同性愛を論じた文章で、ある行為をいやだと感じる「反感」だけでは、それを法で禁じる理由にならないと述べています [1] 。反感を理由に罰を認めれば、どこで止めればよいか分からなくなる、というのも理由の一つでした [1] 。何が「自然」か、何が伝統かではなく、その法が実際に誰をどれだけ苦しめ、誰をどれだけ喜ばせるかを問え、というのです。ミルもベンサムも、「自然の秩序」に訴えて慣習を正当化することを攻撃しました [1] 。 ベンサム ミル 快楽の違いは量だけ 快楽には質の違いも ある 快苦を 7 つの次元で 見積もる 知的な快楽は 感覚的な快楽より 高級 反感や「自然」は 法の理由にならない 権利は功利で 裏づけて認める 富が増すほど幸福の 増え方は小さい 女性参政権・言論の 自由を論じた 図 2 ベンサムとミルの功利主義の違い(SEP の整理による) [1] [2] 。 帰結で法を測ると、法は一度決めたら終わりではなくなります。研究者のローゼンブラムは、ベンサムにとって立法は、変わっていく人々の欲求に応じて調整し続ける過程だったとまとめています [1] 。ある時点で良い法も、事情が変われば悪い法になりえます [1] 。 この物差しは、統治者その人にも向けられました。『序説』の 1822 年の著者の注によると、のちに大法官となるウェダーバーンは、功利の原理を「危険な原理」と評しました。ベンサムはこれを、ある意味でまったく正しいと受けとめます。最大多数の最大幸福を統治の目的とする原理は、一人や少数の幸福を目的とする政府にとって危険だからです [5] 。ベンサムは、手続きの遅れや費用から利益を得る役人たちの利益を「邪悪な利益」と呼びました [5] 。公共の利益を個人の総和とする定義は、一部の人の利益を公共の利益と言いくるめることへの批判にもなったのです。 ベンサムの見方には、平等に向かう面もあります。ベンサムは、豊かな人の方が幸福だとしても、富を足すほど幸福が同じ割合で増え続けるわけではない、と示唆していました [2] 。今日の経済学で限界効用の逓減と呼ぶ考え方です。ここから、同じ額を豊かな人と貧しい人のどちらかに渡すなら、貧しい人に渡す方が幸福が増える、という帰結が出てきます。金の額がそのまま幸福の物差しにならないことも分かります [2] 。 ミル(1806–1873)はベンサムの後継者でしたが、快楽には量だけでなく質の違いがあると考えました。知的な快楽は感覚的な快楽より高級だとし、「満足した愚か者より不満足なソクラテス」の方がよいと論じました [1] 。またミルは、権利を、功利によって裏づけられるものとして認め、女性の参政権や言論の自由を、幸福を増やすという目的から論じました [1] 。この課程の『言論の自由』の課で読んだミルの議論を、この面から読み直すこともできます。 ここで間違えやすい 功利主義は何でも金額に直して比べる考えだ、と思うのは誤りです。ベンサム自身、同じ額でも受け取る人の豊かさによって幸福の増え方が違うので、金は効用の直接の物差しにならないと見ていました [2] 。 総和の見方への反論――少数の犠牲と人格の別個性 総和で測る見方には、早くから強い批判が向けられてきました。研究者は、T・H・グリーン以来の批判者が、効用の総和の計算は人格の別個性を尊重せず、個人の利益をたえず危険にさらす、と論じてきたと整理します。その例として、ロールズ(1971)やノージック(1974)が挙げられています [2] 。 ロールズの批判の筋道は、一人の人生と社会全体の違いにあります [4] 。一人の人生の中でなら、受験の年に遊びを我慢して、その後の人生をよりよくする、という差し引きはふつう賢い選択と見なされます。我慢する人と得をする人が同じだからです。また、その人は自分で我慢を選んでいます。ところが社会には、全員の快苦を一つにまとめて経験する主体がいません。社会全体で差し引きをすると、ある人の苦しみが、別の人の得で埋め合わされることになります。しかも、苦しむ人の同意は求められません [4] 。功利主義は人格の別個性を真剣に受け止めていない、とロールズが言ったのはこの点です [4] 。 幸福の総和で量る天秤 一人の大きな損 大勢の小さな