3.14 無人称と法助動詞 — しなければならない、できる、要る — Epoché
この 課 か でできるようになること しなければならない、できる、 要る いる を 言える いえる 。 形 かたち の 変わら かわら ない 動詞 どうし と、 変わる かわる 動詞 どうし を 見分け みわけ られる。 同じ おなじ 語 ご が かもしれない の 意味 いみ になることを 知る しる 。 前提 ぜんてい : 3.13( 不定詞 ふていし が 無い ない ということ)。 本 ほん 課程 かてい は、 第 だい 1 期 き を 終え おえ た 学習 がくしゅう 者 しゃ にとって いちばん 出会う であう 頻度 ひんど の 高い たかい 未習 みしゅう 語 ご を 実測 じっそく しました。 会話 かいわ の 池 いけ と 新聞 しんぶん の 散文 さんぶん の 両方 りょうほう で 順位 じゅんい を 取り とり 、その 和 わ で 並べ ならべ たところ、 一 いち 位 い が しなければならない、 二 に 位 い が できる でした。 この 二 に 語 ご は、どちらも 3.13 の 節 ふし と 組ん くん で 使い つかい ます。だから 節 ふし の 作り つくり 方 かた を 学ん まなん だ 直後 ちょくご の、ここに 置き おき ました。 型 かた の 骨格 こっかく — 形 かたち の 変わら かわら ない 動詞 どうし この 一群 いちぐん には、 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ に 馴染み なじみ のない 性質 せいしつ があります。 主語 しゅご が 誰 だれ でも 形 かたち が 変わら かわら ない ものが 混じる まじる のです。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 動詞 どうし 形 かたち が 変わる かわる か 主語 しゅご はどこに 出る でる か πρέπει 変わら かわら ない。いつもこの 一 ひと つの 形 かたち 節 ふし の 中 なか の 動詞 どうし の 語尾 ごび が 示す しめす χρειάζεται 変わら かわら ない。これも 一 ひと つの 形 かたち だけ これも 節 ふし の 中 なか の 語尾 ごび が 示す しめす μπορώ 変わる かわる 。ふつうの 第 だい 二 に 活用 かつよう この 動詞 どうし 自身 じしん の 語尾 ごび が 示す しめす 上 うえ の 二 ふた つは 無 む 人称 にんしょう と 呼ば よば れます。 誰 だれ がするのかを、この 動詞 どうし では 言わ いわ ない。 日本 にっぽん 語 ご の「〜する 必要 ひつよう がある」に 近い ちかい 感じ かんじ です。 必要 ひつよう がある という 部分 ぶぶん は 誰 だれ についても 同じ おなじ 形 かたち で、 誰 だれ なのかは 別 べつ のところに 出 で てきます。 ギリシア 語 ご では、その「 別 べつ のところ」が 節 ふし の 中 なか の 動詞 どうし の 語尾 ごび です。 私 わたくし が 行か いか なければならない なら、 節 ふし の 中 なか の 動詞 どうし が 私 わたくし の 形 かたち になる。あなたが 行か いか なければならない なら、あなたの 形 かたち になる。 前半 ぜんはん は 動か うごか ず、 後半 こうはん だけが 動き うごき ます。 三 みっ つ 目 め のできる は、これとは 違っ ちがっ てふつうに 活用 かつよう します。 私 わたくし はできる、あなたはできる。ただし そのあとに 節 ふし が 来る くる ところは 同じ おなじ です。 もう 一 ひと つの 顔 かお の 表 ひょう — かもしれない できる の 三 さん 人称 にんしょう の 形 かたち には、まったく 別 べつ の 顔 かお があります。 表 ひょう は 三 さん 行 ぎょう です。 形 かたち 表す あらわす もの 日本 にっぽん 語 ご なら できる の 三 さん 人称 にんしょう あの 人 ひと にはできる 能力 のうりょく を 言っ いっ ている 同じ おなじ 形 かたち + 節 ふし 〜かもしれない 可能 かのう 性 せい を 言っ いっ ている 同じ おなじ 形 かたち + 節 ふし の 否定 ひてい 〜のはずがない 強い つよい 打ち消し うちけし の 推量 すいりょう 二 ふた つ 目 め と 三 みっ つ 目 め は、 主語 しゅご を 持ち もち ません。 誰 だれ かができる、という 話 はなし ではなく、 そういうことがありうる という 話 はなし です。ここでも 無 む 人称 にんしょう になります。 3.12 で、 確か たしか でないことを 言う いう 小さな ちいさな 語 ご を 学び まなび ました。あれと 合わせる あわせる と、 ギリシア 語 ご には 推量 すいりょう の 言い いい 方 かた が 二 ふた つ あることになります。 小さな ちいさな 語 ご のほうは たぶんそうだ という 当て あて 、この 課 か の 形 かたち は そうかもしれない という 可能 かのう 性 せい 。 日本 にっぽん 語 ご の「だろう」と「かもしれない」の 差 さ にほぼ 重なり かさなり ます。 日本 にっぽん 語 ご ならどう 言う ゆう か 日本 にっぽん 語 ご は、この 一群 いちぐん を 語尾 ごび や 補助 ほじょ 動詞 どうし で 言い いい ます。 行か いか なければならない、 行ける いける 、 行く いく 必要 ひつよう がある。 動詞 どうし に 付け足す つけたす 形 かたち です。 ギリシア 語 ご は 別 べつ の 動詞 どうし を 前 まえ に 立て たて ます 。 分け わけ て 言う いう ので 語数 ごすう は 増え ふえ ますが、その 代わり かわり 否定 ひてい の 置き おき 場所 ばしょ がはっきりします 。 ここで 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ が 必ず かならず つまずくところがあります。 しなくてよい と してはいけない の 区別 くべつ です。 日本 にっぽん 語 ご の「 行か いか なければならない」を 否定 ひてい すると「 行か いか なくてもよい」になりますが、これは 日本 にっぽん 語 ご の 言い いい 方 かた が 特殊 とくしゅ なのです。 ギリシア 語 ご では、しなければならない を 否定 ひてい すると してはいけない になります。しなくてよい と 言い いい たいときは、 要る いる のほうを 否定 ひてい します 。 要る いる 必要 ひつよう が 無い ない 、という 組み立て くみたて です。 この 使い分け つかいわけ は、 実際 じっさい の 場面 ばめん で 意味 いみ が 正 せい 反対 はんたい になるので ここだけは 丸 まる 暗記 あんき してください 。 行か いか なくてよい と 言う いう つもりで 行っ いっ てはいけない と 言っ いっ てしまうと、 話 はなし が 食い違い くいちがい ます。 実 じつ 文 ぶん で 確かめる たしかめる 十 じゅう 文 ぶん あります。 訳 わけ は 本 ほん 課程 かてい で 起こし おこし た 日本 にっぽん 語 ご です。 文 ぶん 訳 わけ 見る みる ところ Πρέπει να φάω. [1] 食べ たべ なければなりません。 前半 ぜんはん は 形 かたち が 動か うごか ず、 節 ふし の 中 なか が 私 わたくし の 形 かたち Πρέπει να πάω σπίτι. [2] 家 いえ に 帰ら かえら なければなりません。 同じ おなじ 組み立て くみたて 。 行き先 いきさき は 前置 ぜんち 詞 し なしでも 言える いえる Έτσι πρέπει να είναι. [3] そうあるべきです。 である と 組む くむ 。 物ごと ものごと の 筋 すじ を 言う ゆう 言い いい 方 かた Γιατί πρέπει να ντυθώ; [4] どうして 着替え きがえ なければならないのですか。 疑問 ぎもん 詞 し は 文 ぶん の 頭 あたま 。 前半 ぜんはん はやはり 動か うごか ない Όλοι πρέπει να συνεισφέρουμε. [5] 私 わたくし たちはみな 力 ちから を 出さ ださ なければなりません。 私 わたくし たち の 形 かたち は 節 ふし の 中 なか にだけ 現れる あらわれる Μπορώ να φάω. [6] 食べ たべ られます。 できる のほうは 活用 かつよう する Μπορείς να έρθεις; [7] 来 こ られますか。 あなたの 形 かたち 。 誘い さそい にも 使う つかう Δεν μπορώ να καταλάβω. [8] 理解 りかい できません。 否定 ひてい は 前 まえ の 動詞 どうし に 付く つく Δεν μπορεί να έχει δίκιο. [9] あの 人 ひと が 正しい ただしい はずがありません。 三 さん 人称 にんしょう の 形 かたち で、 可能 かのう 性 せい を 打ち消し うちけし ている Δεν χρειάζεται να φωνάζετε. [10] 大声 おおごえ を 出す だす 必要 ひつよう はありません。 要る いる の 否定 ひてい 。しなくてよい を 言う いう 唯一 ゆいいつ の 形 かたち 八 よう つ 目 め と 九 ここの つ 目 め を 見くらべ みくらべ てください。 同じ おなじ 動詞 どうし の 同じ おなじ 人称 にんしょう で、 意味 いみ が 違い ちがい ます。 八 よう つ 目 め は 私 わたくし にはできない という 能力 のうりょく の 話 はなし 、 九 ここの つ 目 め は そんなはずはない という 可能 かのう 性 せい の 話 はなし 。 三 さん 人称 にんしょう かどうかと、 文脈 ぶんみゃく が 決め きめ ます。 よくある 誤り あやまり 誤り あやまり その 一 いち 、 無 む 人称 にんしょう の 動詞 どうし を 活用 かつよう させる。 私 わたくし が しなければならない と 言い いい たくて、 前 まえ の 動詞 どうし を 私 わたくし の 形 かたち にしてしまう 誤り あやまり です。 前 まえ は 動き うごき ません。 誤り あやまり その 二 に 、しなくてよい を、しなければならない の 否定 ひてい で 言う ゆう 。 これは 意味 いみ が 正 せい 反対 はんたい になります。 しなくてよい は 要る いる の 否定 ひてい で 言い いい ます。 誤り あやまり その 三 さん 、 節 ふし を 作ら つくら ずに 二 ふた つの 動詞 どうし を 並べる ならべる 。 3.13 と 同じ おなじ 誤り あやまり です。 二 ふた つ 目 め の 動詞 どうし の 前 まえ には 必ず かならず 節 ふし を 導く みちびく 語 ご が 要り いり ます。 広げる ひろげる — 頻度 ひんど の 高い たかい ものから 手 て に 入れる いれる この 課 か の 三 さん 語 ご は、 覚える おぼえる 価値 かち が 数字 すうじ ではっきりしています。 第 だい 1 期 き を 終え おえ た 学習 がくしゅう 者 しゃ が 次 つぎ に 出会う であう 語 ご の、 一 いち 位 い と 二 に 位 い と 六 ろく 位 い です。 語学 ごがく の 教材 きょうざい は、ふつう 分野 ぶんや ごとに 語 ご を 並べ ならべ ます。 体 からだ のことば、 家族 かぞく のことば、 食べ物 たべもの のことば。しかし 実際 じっさい に 読め よめ ない 原因 げんいん になるのは、 分野 ぶんや に 属さ ぞくさ ない 語 ご ——この 課 か のような、 文 ぶん の 骨組み ほねぐみ を 作る つくる 動詞 どうし です。 本 ほん 課程 かてい が 語 ご 編 へん の 順路 じゅんろ を 組み替え くみかえ たのも、この 実測 じっそく が 理由 りゆう でした。 語 ご 編 へん の 第 だい 2 期 き は、 衣服 いふく や 町 まち の 名詞 めいし ではなく 基本 きほん 動詞 どうし から 始まり はじまり ます 。 読める よめる ようになるのがいちばん 速い はやい 順 じゅん に 並べ直し ならべなおし たのです。 練習 れんしゅう 練習 れんしゅう 1 — どちらが 動く うごく か 次 つぎ の 日本 にっぽん 語 ご で、 前 まえ の 動詞 どうし と 後ろ うしろ の 動詞 どうし のどちらが 人称 にんしょう に 合わせ あわせ て 動き うごき ますか。 答え こたえ はこの 課 か の 最後 さいご にあります。 私 わたくし は 行か いか なければならない あなたは 行か いか なければならない 私 わたくし は 行ける いける あなたは 行ける いける 練習 れんしゅう 2 — しなくてよいか、してはいけないか 次 つぎ のギリシア 語 ご の 組み立て くみたて は、どちらの 意味 いみ になりますか。 しなければならない を 否定 ひてい する 要る いる を 否定 ひてい する できる を 否定 ひてい する できる の 三 さん 人称 にんしょう に 節 ふし の 否定 ひてい を 続ける つづける 練習 れんしゅう 3 — 音読 おんどく 実 じつ 文 ぶん の 十 じゅう 文 ぶん を、 音声 おんせい のあとについて 声 こえ に 出し だし てください。 前半 ぜんはん の 五 ご 文 ぶん で、 最初 さいしょ の 語 ご がいつも 同じ おなじ 形 かたち なのを 確かめる たしかめる こと 。 誰 だれ の 話 はなし でも 音 おと が 変わり かわり ません。 日本 にっぽん 語 ご 話者 わしゃ はここで 語尾 ごび を 動かし うごかし たくなるので、そうしない 練習 れんしゅう になります。 この 課 か のまとめ