理性が支配を支えるとき――ホルクハイマーとアドルノ — Epoché
解説 目的を問わず、手段だけ選ぶ 道具的理性は、与えられた目的に役立つ手段を選ぶ働きである。ホルクハイマーとアドルノは、理性がこの働きだけに狭まれば、目的の妥当性を問えず、解放より支配を支える危険があると批判した。 計算や科学が全て悪だという話ではない。二人による近代への批判的診断である。 出典1 ・ 出典2 違いを、計算と利用へまとめる 計算や効率だけを基準にすると、人や自然の違いも利用の対象へまとめられる。文化産業という批判の語では、文化が工業的な生産と消費の仕組みに合わされ、均質化されると論じた。 全作品や全ての受け手が同じ反応をするという測定結果でも、個人の趣味の優劣判定でもない。 出典2 理性を捨てず、理性を問い直す 課題は、理性が自分の支配への傾きを省察し、前提を捉え直すことにある。啓蒙や理性の可能性まで全て捨てるわけではない。 理性で理性を批判することを、どう正当化するかには異論がある。ハーバーマスの批判や、それへの再評価もあり、解決済みではない。 出典1 理性の働き 確かめる点 手段を計算する 目的そのものは妥当か 効率へまとめる 違いを押しつぶしていないか 自ら省察する 批判の前提をどう支えるか 二人の批判を読むための整理。科学から必然的に破滅へ進む図ではない。 参考文献 [1] Pickford, Henry; Zuidervaart, Lambert「Theodor W. Adorno」。 出典 [2] Berendzen, J.C.「Max Horkheimer」。 出典