11.98 墨子 非攻上 — 一人を殺せば不義、國を攻むれば義 — Epoché
この篇でできるようになること 盗む物から人の命へ、損なうものが大きくなる段を順に示せます。 愈・茲・益が同じ方向へ程度を強めることと、謂之の語順を説明できます。 黒白と甘苦のたとえが、国を攻めることへの評価をどう問い直すか読めます。 前提 :11.97「韓非子 五蠹」。立場によって評価が逆になる二話の後、損なう量が増えた時にも同じ基準を当てる墨子の議論を読みます。 人を損ない、自分の得にする 墨子の非攻上を読む課です。墨家は、へだてなく愛する兼愛と、攻める戦を退ける非攻を説きます。 原文は 今有一人,入人園圃,竊其桃李 と、他人の畑で桃や李を盗む一人を挙げるところから始まります。 聞いた人は非難し、政治を行う者は捕らえれば罰します。なぜかという問いへの返答が、 以虧人自利也 です。人を損なって自分の利益にするから、という基準を、この後も使い続けます。 同じ動作ではなく、損なうものを大きくする 次は犬・豚・鶏・子豚をかすめ取り、その次は馬や牛を取ります。さらに、罪のない人を殺して衣や武器を奪う者へ進みます。どれも畑へ入り盗む動作だというのではなく、被害の大きさを段階的に上げています。 攘 は rǎng、かすめ取ることです。 扡 は tuō、はぎ取る意味で、拕や拖と同じとされます。動詞が変わる所を読めば、物を取るだけの段から人の命を奪う段へ進んだことが分かります。 欄廏や欄廄は、家畜を入れる小屋です。この本文には両方の字形があり、どちらも家畜を取る場面です。 三つの「ますます」を、同じ向きに読む 以虧人愈多,其不仁茲甚,罪益厚 は、他人を損なう分が増すので、不仁の程度も増し、罪も重くなるという句です。愈・茲・益は、ここではいずれも程度が増す向きに働きます。 増えるのは順に、被害の量、仁に背く度合い、罪の重さです。三つを別々の評価にせず、同じ行為の大きさを違う面から言い重ねていると読みます。 この以は、何故かという問いに答える理由です。何かを手段として使う、という以ではありません。人を損なう分が多いから、と理由を示して次につなげます。 ほぼ同じ形が三度出ますが、以や苟、矣の有無に小さな違いがあります。 国を攻める時だけ、呼び名が逆になる ここまでは、天下の君子たちは悪いと分かり、不義と呼ぶと述べます。ところが国を攻めるほど大きくなると、非難せずにほめ、義と呼ぶと続きます。同じ人々の評価が、大きな行為の所で逆転します。 謂之不義 の之は、それを、という目的語です。の、ではありません。謂が呼ぶ動作、之が呼ばれる対象、不義が付ける名です。 謂之義 でも、名だけが変わります。 型編 24課 の 把 を使う現代語では、対象を先に置き、その後に呼び名を続ける形に直せます。原文そのものは、謂の後ろに対象を置く語順です。 則弗知非 は、非難すべきだと分からない、という意味です。小さな害は非難するという前の句との対を読みます。 問いの形で、結論を示す 此可謂知義與不義之別乎? は、これで義と不義の違いが分かると言えるだろうか、という反語です。理由をまだ知らずに尋ねる問いでなく、言えないという結論を問いの形で示します。 前に置かれた盗みと殺人の段を受けるから、この問いが働きます。相手が認める小さな例から始め、同じ基準を国への攻撃まで伸ばしたうえで、判断が食い違う所を問う順です。 一人から十人、百人へ 第二段では、殺した人数を増やします。一人なら一つの死罪、十人なら十重の不義、百人なら百重の不義という並びです。 若以此說往 は、この説明で進めるなら、という合図です。 ここで新しい善悪の基準を持ち込むのではありません。一人を殺すことは不義だとする判断を、そのまま人数の多い場合へ延ばしています。数を示すので、途中で義へ変わる不自然さがはっきりします。 罪の増え方と、国を攻める時の評価の逆転を比べるための段です。 ほめて書き残すことを、問い直す 情不知其不義也 の情は、まことに、という意味です。感情のことを言っているのではありません。ここでは相手を悪人と決めるより、不義だと分かっていないと述べます。 だから、その言葉を書いて後世に残すのだと続けます。もし不義だと分かっているなら、どんな理由でそれを書き残すのか。 夫奚說書其不義以遺後世哉? が、その矛盾を問い返す文です。 奚說は、どのような理由で、という問いです。書き残す行為まで挙げることで、目の前の行為をほめるだけでなく、後の人へ同じ評価を伝えることも問題にしています。 黒が多くなると、白になるのか 少見黑曰黑,多見黑曰白 では、少しの黒を黒と言い、多くの黒を白と言う人を挙げます。その人は白黒を見分けられないと判断されます。量が変わっても、黒という性質は変わらないからです。 苦いものを少しなめれば苦いと言い、多くなめれば甘いと言う人も、同じ形です。目で見る黒白と、舌で感じる甘苦を並べ、量が増えた時の判断のぶれを分かりやすくします。 このたとえを受けて、小さな悪を非難するのに、大きな悪である国への攻撃をほめることへ戻ります。盗みや殺人の段で示した食い違いが、今度は見分ける力そのものの問題として現れます。 「みなす」と「見分ける」を確かめる 則必以此人爲不知甘苦之辯矣 の以と爲は、この人を甘苦の区別を知らない者とみなす形です。人に何かをさせる兼語文ではありません。 把 と 当作 などを使う現代語が対応します。 辯はここでは見分けることです。現代語の 辩论 のような議論の意味だけでは合いません。最後の反問は 此可謂知義與不義之辯乎? で、最初の別とは字が違いますが、役目は同じです。 孟子の問答や韓非の二話に対して、この篇は基準を繰り返し当てます。人を損なって自分の利益にするという物差しを最後まで替えないことで、攻撃だけを義と呼ぶ判断を問い詰めています。 語釈 語 品詞 意味 日本語との差 例文 訳 園圃 名詞 果樹や野菜を作る畑 盗みの最初の場面 入人園圃 他人の畑に入る 虧 動詞 損なう 他人の被害を表す 以虧人自利也 人を損なって自分の得にするから 攘 動詞 かすめ取る 家畜を盗む動作 攘人犬豕雞豚 人の犬や豚や鶏をかすめ取る 不辜 形容詞 罪のない 辜は罪 至殺不辜人也 罪のない人を殺す者になると 扡 動詞 はぎ取る 拕・拖と同じとされる 扡其衣裘 衣や皮衣をはぎ取る 愈 副詞 ますます 量が増す向き 以虧人愈多 人を損なう分がますます多いから 情 副詞 まことに ここでは感情ではない 情不知其不義也 本当に不義だと分かっていない 辯 名詞 見分け、区別 議論ではない 不知甘苦之辯 甘さと苦さの見分けがつかない 練習 桃李、犬豕雞豚、馬牛、人の命と衣や武器を取る場面を、本文の順に並べてください。 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 以虧人_多,其不仁_甚,罪_厚 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 謂_不義 空欄に原文の字を入れて、中国語の文を完成させてください。 此可謂知義與不義之別_ 以虧人愈多,其不仁茲甚,罪益厚 を、 越 を使う現代語に直してください。 殺一人謂之不義,必有一死罪矣 に続く十人・百人の場合を、本文の言い方でそれぞれ書き、現代語にも直してください。 謂之不義 と 謂之義 を、 把 で対象を先に置く現代語に直してください。 最初の盗みを西瓜の盗みに置き換えた場面と、それへの反応を、 西瓜 ・ 伤害 ・ 诚实 ・ 冷静 ・ 失望 を全て使い、短い現代語の三文で書いてください。 黒白・甘苦のたとえが国への攻撃について何を示すか、 少見黑曰黑,多見黑曰白 を引いて二文で説明してください。 此可謂知義與不義之別乎 は、答えを知らずに尋ねる問いですか。どのような形で何を言う文か説明してください。 音読:次の原文の句を ▶ で聞き、声に出して読んでください。 以虧人愈多,其不仁茲甚,罪益厚。 損なう量、不仁の度、罪の重さの三つの句を、同じ間で区切って読んでください。 この篇のまとめ 取るものと人数を大きくしても、人を損なうという基準は同じです。ますますを重ねる句と反問、黒白・甘苦のたとえから、規模によって評価を逆転させることへの批判を読みました。 次の篇へ 次の11.99は漢書の蘇武の伝です。北海の蘇武を旧友の李陵が訪ね、家族の不幸を並べて説得しても、蘇武が動かない場面を読みます。 答え 桃李を盗む、犬や豚や鶏をかすめ取る、馬や牛を取る、罪のない人を殺して衣や武器を奪う、という順です。動作は同じではなく、損なうものが大きくなります。 以虧人愈多,其不仁茲甚,罪益厚 謂之不義 此可謂知義與不義之別乎 害人越多,就越不仁,罪也越重。 殺十人十重不義,必有十死罪矣 殺百人百重不義,必有百死罪矣 杀十人就是十倍的不义。 杀一百人就是一百倍的不义。 人们把这件事叫做不义。 人们把这件事叫做义。 他偷西瓜,伤害了别人的利益。 诚实的人对他很失望。 我们冷静地谈这件事。 少見黑曰黑,多見黑曰白 は、量が増えた時に評価を逆にする人には見分けがついていないことを示します。小さな害は不義と呼ぶのに、より大きく害する国への攻撃を義と呼ぶ判断も、同じように乱れていると論じます。 答えを知らずに尋ねる問いではなく、反語です。「これで義と不義の違いが分かっていると言えるだろうか」と問う形で、言えない、という結論を示しています。 参考文献 墨翟『墨子 非攻上』。パブリックドメイン(著者没後70年経過)。本文は全文。 出所: https://zh.wikisource.org/wiki/墨子/非攻上