5.22 病院で、どこがどう痛むかを言う — Epoché
この 課 か でできるようになること どこがどう 痛む いたむ かを、 二 に 通り とおり の 言い いい 方 かた で 言える いえる 。 いつからかを 言い いい 、 医者 いしゃ の 問い とい に 答え こたえ られる。 急 きゅう なときに、どこへかけ、 何 なん と 言う ゆう かが 分かる わかる 。 前提 ぜんてい : 5.21( 約束 やくそく と、 二 に 種類 しゅるい の 時間 じかん ) 話 はなし 編 へん 第 だい 2 期 き 8 課 か で 薬局 やっきょく を 扱い あつかい ました。 薬局 やっきょく で 済む すむ うちはよいのですが、 済ま すま ないこともあります。この 課 か は その 先 さき です。 体 からだ のことは、 辞書 じしょ を 引い ひい ている 暇 ひま がありません。だからこの 課 か で 覚える おぼえる のは 言い いい 方 かた の 型 かた です。どこが、どう、いつから。 この 三 みっ つが 言えれ いえれ ば、 語 ご が 足り たり なくても 医者 いしゃ は 分かっ わかっ てくれます。 そして、うれしい 知らせ しらせ があります。 痛み いたみ の 言い いい 方 かた は、 日本 にっぽん 語 ご とよく 似 に ています。 英語 えいご を 経由 けいゆ すると 遠回り とおまわり になるところなので、ここでは 日本 にっぽん 語 ご をそのまま 信じ しんじ てください。 痛み いたみ の 言い いい 方 かた — 日本 にっぽん 語 ご とそっくりな 型 かた 頭 あたま が 痛い いたい とき、ギリシア 語 ご には 二 に 通り とおり の 言い いい 方 かた があります。 表 ひょう は 二 に 行 ぎょう です。 言い いい 方 かた 組み立て くみたて と、どちらを 使う つかう か Πονάει το κεφάλι μου. 私 わたくし の 頭 あたま が 痛む いたむ 。 体 からだ の 部分 ぶぶん が 主語 しゅご 、 持ち主 もちぬし は 後ろ うしろ 。ふつうはこちら Με πονάει το κεφάλι. 頭 あたま が 私 わたくし を 痛ま いたま せる。 体 からだ の 部分 ぶぶん が 主語 しゅご 、 私 わたくし が 目的 もくてき 語 ご 。 強く つよく 言う いう とき どちらも 体 からだ の 部分 ぶぶん が 主語 しゅご です。ここが 大事 だいじ なところです。 日本 にっぽん 語 ご も 同じ おなじ です。 頭 あたま が 痛い いたい 。 痛い いたい のは 私 わたくし なのに、 主語 しゅご の 位置 いち に 立つ たつ のは 頭 あたま のほうです。 ギリシア 語 ご と 日本 にっぽん 語 ご は、ここで 同じ おなじ 見 み 方 かた をしています。 ところが、 英語 えいご を 経由 けいゆ するとこうはいきません。 英語 えいご では 私 わたくし が 頭痛 ずつう を 持っ もっ ている と 言い いい 、 主語 しゅご は 私 わたくし になります。 頭 あたま のほうは 持ち物 もちもの になってしまう。だから 英語 えいご から 訳そう やくそう とすると、ギリシア 語 ご の 型 かた に 届き とどき ません。 3.5 で、 日本 にっぽん 語 ご の が に 引きずら ひきずら れるな、と 書き かき ました。この 課 か はその 例外 れいがい です。 痛み いたみ については、 日本 にっぽん 語 ご の が がそのまま 使え つかえ ます。 引きずら ひきずら れてよいところと、いけないところがある——その 線引き せんびき を、ここで 一 ひと つ 覚え おぼえ てください。 いつからか — ここ 三 みっ 日 か 、という 言い いい 方 かた 医者 いしゃ が 必ず かならず 訊く きく のが いつからか です。ギリシア 語 ご には、これを 言う いう 決まっ きまっ た 形 かたち があります。 字義 じぎ は ここと 三 みっ 日 か です。 奇妙 きみょう に 見え みえ ますが、 日本 にっぽん 語 ご に 置き換える おきかえる と 驚く おどろく ほど 近い ちかい 。 ここ 三 みっ 日 か です。 日本 にっぽん 語 ご も、 時 とき のはじまりを 場所 ばしょ を 指す さす 語 ご で 言い いい ます。 この 形 かたち は 病気 びょうき の 話 はなし だけのものではありません。ここ 一 いち 年 ねん 、ここ 二 に 週間 しゅうかん 、ここしばらく。 今 いま まで 続い つづい ている 期間 きかん ならどこでも 使え つかえ ます。 型 かた 編 へん 26 課 か で 学ん まなん だ 完了 かんりょう と 組 くみ にすると、いちばん 自然 しぜん な 言い いい 方 かた になります。 もう 一 ひと つ、 から を 使う つかう 言い いい 方 かた もあります。 昨日 きのう から、 月曜 げつよう から。 始まっ はじまっ た 一 いち 点 てん を 指す さす ときはこちらです。 表 ひょう は 二 に 行 ぎょう です。 形 かたち いつ 使う つかう か εδώ και τρεις μέρες ここ 三 みっ 日 か 。 続い つづい ている 長 なが さを 言う いう とき από χθες 昨日 きのう から。 始まっ はじまっ た 一 いち 点 てん を 言う いう とき 日本 にっぽん 語 ご も 同じ おなじ 二 に 本 ぽん 立て たて です。 ここ 三 みっ 日 か と 昨日 きのう から 。 長 なが さで 言う ゆう か、 始まり はじまり で 言う ゆう か。 ここも、 日本 にっぽん 語 ご の 感覚 かんかく がそのまま 移せ うつせ ます。 急 きゅう なとき — 番号 ばんごう と、 二 ふた つの 入口 いりぐち 覚え おぼえ ておくべき 番号 ばんごう は 一 ひと つだけ です。ヨーロッパのどの 国 くに でも 同じ おなじ 番号 ばんごう で、 警察 けいさつ も 消防 しょうぼう も 救急 きゅうきゅう もそこにつながります。ギリシアでは 英語 えいご も 通じ つうじ ます。 病院 びょういん には 二 ふた つの 入口 いりぐち があります。 予約 よやく して 行く いく ほうと、 急 きゅう なときに 行く いく ほうです。 急 きゅう なほうは 急ぐ いそぐ もの という 名 な で 呼ば よば れていて、 中性 ちゅうせい の 複数 ふくすう 形 けい です。4.6 で 場所 ばしょ を 表す あらわす 語尾 ごび を 学び まなび ましたが、これはそれとは 違い ちがい 、 形容 けいよう 詞 し がそのまま 場所 ばしょ の 名 な になった 形 かたち です。 もう 一 ひと つ、 手続き てつづき の 話 はなし をしておきます。ギリシアで 公立 こうりつ の 医療 いりょう にかかるには、 社会 しゃかい 保障 ほしょう の 番号 ばんごう が 要り いり ます。 旅行 りょこう で 来 き ているだけなら 要り いり ませんが、 住む すむ つもりなら 最初 さいしょ に 取る とる ものです。 これが 無い ない と、 予約 よやく すら 取れ とれ ません。 取り とり 方 かた は 話 はなし 編 へん 第 だい 3 期 き 6 課 か の 役所 やくしょ の 課 か で 扱い あつかい ます。 急 きゅう なときには、 番号 ばんごう が 無く なく ても 診 み てもらえます。 命 いのち にかかわる 場面 ばめん で 番号 ばんごう を 訊か きか れることはありません。 そこは 心配 しんぱい しなくて 構い かまい ません。 急ぐ いそぐ 場面 ばめん では、 丁寧 ていねい な 形 かたち が 落ちる おちる 二 ふた つ 目 め の 対話 たいわ に、 話し はなし 方 かた の 変わり目 かわりめ があります。 五 いつ つ 目 め から、 窓口 まどぐち の 人 ひと が 親しい したしい 形 かたち に 切り替え きりかえ ています。 急ぐ いそぐ 場面 ばめん では、ギリシア 語 ご はしばしば 丁寧 ていねい な 形 かたち を 落とし おとし ます。 よそよそしさを 取り払っ とりはらっ て 距離 きょり を 詰める つめる ため で、 失礼 しつれい ではありません。むしろ、 助けよう たすけよう としている 合図 あいず です。 5.2 で 二 ふた つの あなた を 学び まなび ました。あのときは 相手 あいて との 距離 きょり で 選ぶ えらぶ 、と 書き かき ました。ここでもう 一 ひと つ 加わり くわわり ます。 場面 ばめん の 緊張 きんちょう が 上がる あがる と、 近い ちかい ほうが 選ば えらば れる。 医者 いしゃ も、 救急 きゅうきゅう の 人 ひと も、 消防 しょうぼう の 人 ひと も、そうします。 日本 にっぽん 語 ご では 逆 ぎゃく に、 緊張 きんちょう した 場面 ばめん ほど 丁寧 ていねい になりますから、ここは 向き むき が 反対 はんたい です。 対話 たいわ その 一 いち — 診察 しんさつ を 受ける うける 話者 わしゃ : ユイと、 医者 いしゃ 。 丁寧 ていねい な 形 かたち です。 台詞 せりふ 訳 わけ Τι σας συμβαίνει; どうなさいましたか。 Είμαι άρρωστη. [1] 具合 ぐあい が 悪い わるい のです。 Πονάει το κεφάλι μου. 頭 あたま が 痛み いたみ ます。 Από πότε; いつからですか。 Εδώ και τρεις μέρες. ここ 三 みっ 日 か です。 Δεν έχεις πυρετό. [2] 熱 ねつ はありませんね。 Γιατί βήχεις σήμερα; [3] 今日 きょう はどうして 咳 せき をしているのですか。 Ξεκίνησε χθες το βράδυ. 昨日 きのう の 晩 ばん から 始まり はじまり ました。 二 ふた つ 目 め 、 六 むい つ 目 め 、 七 なな つ 目 め が 池 いけ から 取っ とっ た 実際 じっさい の 文 ぶん です。 三 みっ つ 目 め に、この 課 か の 型 かた が 出 で ています。 痛む いたむ のは 頭 あたま で、 私 わたくし は 出 で てきません。 五 いつ つ 目 め が ここ 三 みっ 日 か の 形 かたち 、 八 よう つ 目 め が 始まっ はじまっ た 一 いち 点 てん を 言う いう 形 かたち です。 同じ おなじ 症状 しょうじょう を、 二 に 通り とおり の 物差し ものさし で 言っ いっ ている ところを 聞き比べ ききくらべ てください。 一 ひと つ 目 め の どうなさいましたか は 字義 じぎ では 何 なん があなたに 起き おき ていますか で、ここでも 私 わたくし ではなく 出来事 できごと のほうが 主語 しゅご です。 対話 たいわ その 二 に — 急 きゅう なとき 話者 わしゃ : ユイと、 救急 きゅうきゅう の 窓口 まどぐち 。 急ぐ いそぐ 場面 ばめん なので、 途中 とちゅう から 親しい したしい 形 かたち になります。 台詞 せりふ 訳 わけ Ο φίλος μου έπεσε. 友人 ゆうじん が 倒れ たおれ ました。 Έχει τις αισθήσεις του; 意識 いしき はありますか。 Ναι, αλλά δεν μπορεί να σηκωθεί. はい、でも 起き上がれ おきあがれ ません。 Οι αρθρώσεις μου πονάνε. [4] 「 関節 かんせつ が 痛い いたい 」と 言っ いっ ています。 Είσαι σε κανένα φάρμακο αλλεργικός; [5] 何 なん かお 薬 くすり にアレルギーはありますか。 Δεν ξέρω. Δεν μιλάει καλά. 分かり わかり ません。うまく 話せ はなせ ないので。 Πάμε στο νοσοκομείο. [6] 病院 びょういん へ 行き いき ましょう。 Έρχεται ασθενοφόρο αμέσως. 救急 きゅうきゅう 車 しゃ がすぐ 来 き ます。 四 よん つ 目 め 、 五 いつ つ 目 め 、 七 なな つ 目 め が 池 いけ から 取っ とっ た 文 ぶん です。 四 よん つ 目 め にもう 一 いち 度 ど この 課 か の 型 かた が 出 で ています。 痛む いたむ のは 関節 かんせつ のほう。 五 いつ つ 目 め は、 救急 きゅうきゅう で 必ず かならず 訊か きか れる 問い とい です。 答え こたえ られるようにしておいてください。 三 みっ つ 目 め に 3.14 の しなければならない・できる の 形 かたち が 出 で ています。 起き上がる おきあがる は 3.16 の 中動態 ちゅうどうたい で、 自分 じぶん で 自分 じぶん を 起こす おこす 、という 形 かたち です。 この 課 か で 使う つかう 型 かた — 既習 きしゅう の 復習 ふくしゅう 表 ひょう は 六 ろく 行 ぎょう です。この 課 か の 台詞 せりふ に 出 で ている 型 かた を 並べ ならべ ました。 型 かた どこで 学ん まなん だか この 課 か での 出 で 方 かた 完了 かんりょう と 大過去 だいかこ 型 かた 編 へん 26 課 か ここ 三 みっ 日 か 、と 続い つづい ている 長 なが さを 言う いう ときに 組む くむ 法 ほう 助 じょ 動詞 どうし と 節 ふし 型 かた 編 へん 14 課 か 起き上がれ おきあがれ ません。できない + 節 ふし 中動態 ちゅうどうたい の 使い つかい 方 かた 型 か